2019/10/25 - 2020/10/25
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gianiさん
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この旅行記スケジュールを元に
ワイン取引のメッカだったシャルトロン地区を回る。
追記
便宜上、表記をイギリスで統一していますが、
年代によって下記の意味があります。悪しからず。
イングランドを母体とする。
1282年:ウェールズを併合
1649年:アイルランドを事実上の植民地化。1801年に正式併合。
1707年:スコットランドを併合
1922年:アイルランド南部が独立。
ボルドー紀行 前編↓
https://4travel.jp/travelogue/11686596
- 旅行の満足度
- 5.0
-
西洋らしい美しさ溢れる庭園。
ボルドーが沼地だった歴史を残すスポットです。ピュブリック庭園 広場・公園
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シャルトロン地区。
中世からワイン貿易地区として栄えました。シャルトロン地区 旧市街・古い町並み
-
異常に立派なファサードです。
サン ルイ教会 寺院・教会
-
内部は厳か。
パイプオルガンの演奏も素敵でした。 -
ワインと取引商人の博物館へ。
エントランス。
アイルランド人ワイン取引商人フランシス・ブリューケのために、
商社事務所兼自宅として、1720年代に建設されました。
黄金色の石材は内部を明るくし、鉄製の階段手摺は軽快さと重厚さを演出。 -
建物見取り図。
階段を挟んで左右に分かれます。
道路側はエントランス。その上部は主人の住居。
豪華なバルコニーなど、道路からの見栄えも重視しています。
階段の奥は商業エリア。
階段を降りると、半地下のガーヴ(ワイン貯蔵所)。幅は3m、一方の奥行きは33mあります。
1階は樽貯蔵所と醸造責任者の居住スペースで、ガロンヌ川から直接ワインを搬入できます。
上階は19世紀に増築され、2階はボトリング、3階はラベル張りや出荷準備のスペースです。出荷が樽から瓶に変化したことによります。ワインとネゴシアン博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
まずは、町の大まかな歴史。
ローマ時代、博物館のあるシャルトロン地区は、
都市と川に挟まれた市域外でした。 -
西暦330-1100年の変遷。
田舎都市ですね。市役所などの建つ中心部に城壁が。
シャトロン地区は、相変わらず白地図ですね。 -
1100-1300年
城壁の北西角にサンタンドレ大聖堂が建つ等、アキテーヌ公国の首都としての威容が整いつつあります。 -
1754年の地図。
シャルトロン地区は、
百年戦争後に築いたTrompette城塞によって、
市街と隔絶されています。 -
1827年の地図。
砦はカンコンス広場となり、大通りも開通し、
シャルトロン地区は旧市街と繋がりました。 -
港の変遷
中世からにぎわっていました。 -
uの字がvで表記されているので、17世紀より前の姿のようです。
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イタリアで出版された17世紀の地図。
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大型船が3列に連なって、積み下ろしを待っています。
この列は2kmに及ぶことも。
凄い交通量です。
大西洋から80kmも遡った地点であることも併せて、びっくりです。 -
ワイン取引の起こり
古代
2000年以上前から、ビュルディガーラはブリテン諸島の錫とイタリアワインを交易する都市だった。
港は、ガロンヌ川南岸の湾曲部分に位置した。
その地形から、月の港と名付けられた。 -
中世
1152年アキテーヌ女公エレオノールは、ヘンリー・プランタジネットと結婚し、数か月後夫はイングランド王として即位した。
イングランドからはボルドーワインを買い付けに、ボルドーからはロンドンへ売り込みに。イングランドがラロシェルを失うと、ボルドーが最重要港に。
イングランドの上流階級が消費したワインの3/4は、ガスコーニュ産だった。 -
ボルドーワイン特権
イングランド王はボルドー市民の権利を認め、「ボルドーワイン特権」を付与する。
ボルドーのブルジョア階級が所有する畑、またはボルドーが管轄する地域で生産されたワインのみが城壁内で取引できた。
また、ブドウ収穫から聖マルタン祭までの期間は、城壁外でボルドー産以外のワインを取引すると、罰金または禁錮刑が科された。 -
シャルトロン地区の誕生
1330年、公証人ピエール・ド・マドローが貯蔵庫2軒と庭園をカルテジオ修道会に寄付し、現地で「Nostra Dama dues Chartrons(ノートルダム・シャルトロン修道会)」を設立したことにちなむ。
1401年にイングランド王兼アキテーヌ公ヘンリー4世により、境界線が定められる。クレパ川~カスティヨン間では港建設とワインの積み下ろしを禁じ、ボルドー市街のワイン特権を守るためである。英蘭商人の投資の元、材木倉庫を建てた。
百年戦争後に建設された軍事要塞とバリュと呼ばれる湿地帯により、中心部とは隔絶された。16世紀にフランドル人コンラード・ゴッセンによる湿地の干拓が行われ、大通りと直角に交わる細長い道が多く開通した。19世紀には、2本の広い道(cours)が2本建設されたことにより取引商人の数が増加した。 -
シャルトロン地区の典型的なワイン貯蔵庫
間口が狭く、奥行きのある建物で、壁沿いに通路(couloir)があった。分厚い石壁によって、室温と湿度が一定になるような建物だった。手前には、樽工房がある。 -
ワイン取引の流れ
生産者→仲介者→取引業者→消費者
フランス語表記および続く英文説明を読むと、
BookerageはBrokerageの誤植である。
後述するが、ボルドーのオリジナリティは、
熟成をシャトーではなく取引業者が行ったことと、
仲介者が存在したことである。 -
取引商人
ワインを取引する貿易商人は、正式にはワイン育成取引商人(négociant éleveur)という。彼らは、買い取ったワインを顧客好みの味に仕上げた。
完成品として樽詰or瓶詰して出荷する前に、自身の貯蔵庫で3年間熟成させた。
当時は、ブランド=取引商人だった。
※同じシャトーの原酒が複数の取引商人に販売され、それぞれ別ブランドで販売されることも普通だった(もちろん味も変わる)。
-
以前から取引商人は組合を組織していたが、ルイ14世は税収確保のために商工業を国家の管理下に置くことにした。
1705年に商業会議[ジュラード]を組織し、参事会は官僚と12名の取引商人で構成された。 -
取引商人の出身地
ボルドーの取引商人は出身毎にファミリーを形成した。下記の段階を経た。
16-18世紀初頭…オランダ
18世紀前半…英国・アイルランド
1730以降…ドイツ人およびハンザ同盟都市(とりわけハンブルク)
1821以降…フランス国内(オーベルニュ、アジャン、ローヌ川流域等)
※18世紀末には、アメリカ人も進出。
ルイ14世による1685年のナントの勅令廃止措置により、プロテスタント信奉者の多くはフランス退去を余儀なくされ、各地に離散する。彼らは離散先で帳場を開設。一方、表向きはカトリックに改宗する等してボルドーに踏みとどまった移住者もいる。彼らは血縁関係を重視し、販路は離散家族を通して拡大する。 -
ネットワーク
国とファミリーの結びつきは、非常に強固だった。
母国との結びつきは、子弟を外国にいる親族の元で修業させること、
姻戚や従業員の採用は出身地の人に限ることによって、強固なネットワークを維持した。
※取引商人が長らく外国人の職種だったことは、ボルドーワインが国内ではなく輸出がメインだった歴史に由来すると思われる。 -
仲介・斡旋業
仲介人は市長・および参事会メンバーによって任命された。
城壁内に500ルーブル以上の資産価値のある建物を有しているなど、幾つかの条件を満たしている必要があった。
醸造元と取引商人の間に入って取引を仲介・斡旋する役割で、取引額の2%分を仲介手数料として受け取った。 -
1566年の版画のキャプション
仲介人は、主に英国向けのワインをグラーヴ地域の醸造元から買い付けるために誕生した。
補足:三者の関係は、不動産契約に例えられる。買手は不動産屋で売手を見つけ、不動産業者は、マッチングの成功報酬として仲介手数料を受け取る。 -
仲介人は、すべての取引に立ち合い、すべての取引を帳簿に記録する義務があった。
考察:取引商人は、シャトーが生産する原酒を向こう9年分買い取る契約を結んだ。
※先を読むのが難しいゆえに、交渉は複雑になる。こうした特殊性も、仲介人が存在する理由になったと思われる。 -
取引商人がシャトーのオーナーになる
18-19世紀にかけて、取引商人がメルロー・グラーヴ地域の醸造元を買収する変化が見られ、20世紀には顕著な傾向となる。
醸造元・生産者・シャトーという表現を用いたが、いずれも同義である。
ただし、ボルドーワインで「シャトー」を名乗れるのは、格付表に記載されている生産者のみである。 -
1855年の格付け
メドックワイン最初の格付けは、1787年にボルドーを訪れたトマス・ジェファソン(後のアメリカ大統領)によるものだった。
1855年にナポレオン3世は、パリ万博向けのワイン格付を要請する。
メドック地域の61のシャトーを5つのクラスに分類した格付表が完成した。
同時に、ソーテルヌ地域(白ワイン)の26のシャトーを3段階に評価した格付表も作成された。 -
1855年の格付から100年後に、2つの格付表が作成された。
グラーヴ地域とサンテミリオン地域である。
サンテミリオンは下記の3クラスに分類され、リストは10年ごとに改定される。
・プルミエ・グランクリュ・クラッセ:13のシャトー(銘柄)
・グランクリュクラッセ:46のシャトー(銘柄)
・グランクリュ:2006年に新設された最下級のクラス -
格付されたシャトーの抜粋。
最上段がメドック、中段がグラーヴとサテミリオン、下段が白ワイン。
ボルドーワインのブランド力が如実に表れた配置である。
※クリュ(crus)はシャトーと同義と考えて構わない。 -
かつてのガーヴ(貯蔵庫)に、歴史的グッズが陳列されています。
-
買い付けたワインを入れた樽は、横向きで寝かし(熟成され)ます。
-
ワイン樽の製造工程を開設したビデオが
エンドレスで上映されます。
取引商人は、樽工房および職人を抱えており、
18世紀には500人ほどいました。 -
オーク材を金属製のタガで締め付けます。
樽職人は、木工および鍛冶の技術が求められます。 -
硫黄がもたらした革命
18世紀初頭まで、ワインは1賞味期限の短い飲み物だった。1年以内に消費される必要があった。
オランダ出身の取引商人から、硫黄で樽を殺菌する方法が伝わると、
オーク材の木樽で長期間熟成させる、まったく新しいタイプのワインが誕生した。 -
樽(バレル)
ワイン樽は、1858年にオーク(樫)材を使用して、容積は225リットルと正式に規定された。これは、中世から続く伝統を追認したに過ぎない。
1バレル(225リットル)は、750ml瓶300本分に換算される。ボルドーではバリックと呼ばれる。
ちなみに原油・石油製品などで使用される計量単位バレルも、樽を意味する言葉が語源。現在のワイン瓶の容積が750mlなのは、ボルドー樽が起源。 -
ワインの熟成過程
補酒(ウイヤージュ):水分蒸発でできた隙間をワインを注入して埋める。熟成開始の1か月、毎週行う作業。樽から酸素を除去するのが目的。
澱引き(スーティラージュ):樽内のワインを別の空き樽に移し替えて、樽の底に沈殿した澱を除去する作業。洗浄して澱を除去した樽は硫黄を燃やして殺菌する。三か月毎に行われる。
卵白清澄(コラージュ):軽く泡立てた卵白を注入し、不純物を樽底へ沈殿させる。ワインの透明度を上げるための仕上げ工程。 -
瓶詰作業(ボトリング)
ガラス瓶は16世紀に英国で発明された。当初は樽のまま輸出され、輸出先で瓶詰めされていた。
ボルドー最初のボトル工場は、18世紀にアイルランド人のピエール・ミシェルの手でシャルトロン地区に誕生した。 -
ボトル詰機
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ラベル
ラベルが作り始められるのは19世紀にはいってから。フランシスコ・ゴヤの版画「ボルドーの闘牛」の製作にもかかわったシプリアン・ゴーロンが作成・印刷したGaulon Wetterwald印刷所が起源。
当時のラベルは、いたってシンプル。生産地域名or有名シャトー名、および取引商人名だけ。顧客名も刻印されることもあった。
現在はINAO(原産地呼称委員会)の厳格な規定の元に作成されているが、シャトー及びネゴシアンの重要な広告媒体である点は変わっていない。 -
最初期のラベル。
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ムッシュー(Mr.)・ドプレ社のモスクワ向け価格表(ロシア皇帝に納入)
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初期の輸出ルート
中世の第一の客先は英国だった。ブリストル、ハル、サウスハンプトン、サンドウィッチ、ロンドンへ向けて、年間50,000バレル(11,250キロリットル)が輸出された。
14世紀には、イギリス王室のワイン管理人は、毎年1000~2000樽を宮廷向けに発注している。
16世紀には、イギリス、オランダ、バルト諸国への主要な供給源だった。
ハンザ同盟都市へは、北海・バルト海沿岸の各所に支店を開設し、ロンドンは重要拠点の一つだった。ロンドン支店は、北ヨーロッパとのワイン貿易の窓口となった。
18世紀までに販路は多様化していたが。一方で幾つかの戦争が原因で、イギリス等の輸出先を失った。 -
その他輸出先
18世紀には、フランス植民地、北アメリカ、インドが新たに加わった。フランス革命までは、西インド諸島との植民地交易がメインだった。 -
インド帰りのワイン
ルイ・ガスパール・エストゥメルは、英領インドへ飲料を輸出していた。そして、インドまで航海したワインが格段に美味しくなることに気付いた。
エストゥメルは「メドックのマハラジャ」の異名をとり、サン・テステフ地区にはエキソジック建築様式の大邸宅を構えていた。 -
「インド帰りのワイン」は評判を呼び、
ワインをわざわざ旅に出すシャトーも現れた。
retour des indes インド帰りを強調した商品。 -
商船団
10~11月にかけて、新酒であるヴィンテージワイン(澱引きは行わない)を引き取りに来る。
3月に、聖マルタン祭(11月11日)あるいはクリスマスにシャルトロン地区に保管されてた上流地域ワインを引き取りに来る春季船団。 -
一貫生産へ
第一次世界大戦後の経済危機を乗り越え、ボルドーも一大転換期を迎える。
1924年に、シャトーのオーナーであるフィリップ・ド・ロチルド男爵の音頭で「5大シャトー連合」(=ボルドーワインの最高峰メドックの格付表で最高クラスのシャトー)が結成される。彼はシャトーでのボトリングを義務付け、安物が混入するリスクを排除した。 -
先物取引
熟成段階のヴィンテージワインを、期間限定で先行取引する。18世紀から続く伝統的取引形態である。
4月上旬:生産家は、ワイン専門家とジャーナリストを招待して、試飲会を開く。
4~5月:ジャーナリストが試飲評価を公表する。同時に、ボルドーワイン・酒商組合も試飲評価を公表する。
5~6月中旬:上記の試飲評価を基に、取引商人らは未完成ワインをボトリング後に適用される価格よりも安く買い付ける。
翌年の秋:熟成したボトル詰めワイン(完成品)が納品される。 -
組織と組合
「ボルドー及びジロンド県のワイン&酒卸取引組合連盟」は、下記の地方組織で構成される。
すなわち、リブルヌ地域ワイン&酒卸取引組合、ボルドー酒商組合である。
その傘下のボルドー酒商は、ボルドー地域57のアペラシオン(産地)ワインの70%を175か国へ輸出している。
フランス農業省管轄の公的機関として、ボルドーワイン委員会も存在する。 -
国内のワイン産地
茶色:ガスコーニュ地方…フランス南西部。ジロンド県を除く10の県を含む。
朱色:ボルドー…ガスコーニュ産でも、ジロンド県産のみ名乗れるスペシャルブランド。
青色:ロワール渓谷 -
橙色:ラングドック地方
紫色:ルシヨン地方
青色:プロヴァンス地方 -
薄橙:コルシカ島
黄色:ローヌ渓谷
紫色:サヴォワ地方
緑色:ビュジュ地方
濃橙:ジュラ地方
赤色:ブルゴーニュ地方 -
薄紫:シャンパーニュ地方
上記右:ロレーヌ地方
上記右:アルザス地方
※ちなみにフランス3大ワインは、ボルドー、ブルゴーニュ、ローヌ渓谷です。 -
AOC(原産地呼称統制)
農産物(・加工品)の品質保証に関わる法律。第一に産地を特定する。付随して、生産法等を限定する。長らくチーズ・ワインに適用され、その後農産物全般に広がる。ボルドーワインのAOCの主な条件は下記の通り。
産地:ボルドー(=ジロンド県)<メドック地域<オー・メドック地区<ポーイヤック村といったように、産地が限定されるほど、付随する基準が厳しくなる。ブルゴーニュでは、さらに生産者毎にAOCを取得している。
品種:カベルネ・ソーヴィニョン、カベルネ・フラン、プチ・ベルドー、セミヨン、ソーヴィニョン・ブラン
土壌:石灰岩質、砂岩質。
日照:年間2000時間以上
降水量:年間950mm以下 -
ボルドーワイン。
とりわけ赤ワインは「クラレット」として知られる。
砂岩質の左岸はメドック、グラーヴなどが鎮座。
対照的に右岸は石灰岩質の土壌。
ボルドーワインでは、国主導のAOCよりも自主規格の格付表の方が、はるかに権威ある。AOCは、格付表にリストされない生産者の救済措置的一面もある。 -
商品取引の仕組(17-18世紀)
ワインを積むのはボルドー発のみで、ボルドー着便には様々な積荷が。ボルドー発便にも、ワイン以外のものが積載された。
ワイン、プラム→英愛蘭→塩漬肉、小麦粉、木材、毛織物
奴隷、塩漬肉、小麦、プラム、絹製品→西インド諸島のフランス植民地→コーヒー、砂糖、綿、藍
上記の地域からの積荷→ボルドー→プラム、小麦粉、絹製品
愛=アイルランド -
1716年1月16日、ルイ15世はボルドー・ナント・サンマロ・ルーアンの4都市に奴隷取引を許可した。18世紀には411の奴隷商船がボルドーから出港し、奴隷取引では全仏第3位だった。
-
植民地貿易
ボルドー~西インド諸島間は、取引量が多かったので、直行便がメインだった。年間500-600隻が運航した。
アフリカ(ギニア・アンゴラ)を経由する奴隷商船も20隻あった。三地点を結ぶので、三角貿易と呼ばれる。 -
展示の見学を終え、チケットオフィスへ戻ります。
-
膨大なコレクションから、任意の3種を試飲できます。
日本語のテイスティングのアンチョコもいただけます。
身も心も酔わされました。 -
夕方は、ブルス広場でのんびりと。
ブルス広場 広場・公園
-
凪になると、水面に反射して水鏡に。
-
21世紀にできた新しい鑑賞法。
-
フランス人は、秩序を壊したがります(笑)。
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