2021/02/17 - 2021/02/17
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高蔵遺跡紹介の締め括りです。古墳時代後期の7世紀前半に築造された直径約18mの円墳の高蔵1号墳からの出土品は、質・量ともに東海地方でのトップクラスとされ、7世紀の古墳としては規模が大きいことも合わせると、名古屋台地を統率するクラスの有力首長層を被葬者とする古墳であると考えられています。
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現在までに確認されている高蔵古墳群の一覧です。
◎1号墳:1954年(昭和29年)5月に名大による発掘調査。横穴式石室。出土品多。
◎2号墳:1958年(昭和33年)12月に名大による発掘調査か。記録不明。
◎3号墳:未調査。稲荷社の隣にあって墳径約20メートル。
◎4号墳:未調査。稲荷社の参道脇にある隆起かも。
◎5号墳:平成29年度に発掘調査。埴輪を巡らした方墳。
◎6号墳:未調査。神社の参道脇にある夜寒公園内の隆起かも。
◎7号墳:平成29年度に発掘調査、石室を持つ円墳。
◎8号墳:平成29年度の発掘調査で古墳を確認。円墳。 -
イチオシ
名前:『ツバキ(椿)』
分類:ツバキ科ツバキ属
分布:日本、台湾、朝鮮半島南部、中国に分布。
その他:推定ですが、『思いのまま』でしょうか。 -
名前:『ツバキ(椿)』
分類:ツバキ科ツバキ属
分布:日本、台湾、朝鮮半島南部、中国に分布。
その他:ツバキの開花期は、11月~12月、2月~4月です。 -
名前:『スイセン(水仙)』
分類:ヒガンバナ科スイセン属
分布:スペイン、ポルトガル、北アフリカの地中海沿岸が原産地。
その他:芽を出して間がないようですが、蕾も見えています。 -
最初に紹介すべき標識でしたが、最後になってしまいました。『高座結御子神社(たかくらむすびみこじんじゃ)』の名古屋市教育委員会名の案内標識です。子育ての神として信仰が厚く、社伝によれば、織田信長が本殿を築造し、蜂須賀氏が修造を加えたことが紹介されていました。千秋季光は熱田神宮の大宮司であり、また武士として織田信秀に仕えていましたが、加納口の戦いで戦死、子の季忠が大宮司職を継ぎ、信秀の子、信長に仕えました。永禄3年(1560年)、桶狭間の戦いでは、佐々政次と共に鷲津砦・丸根砦を守りましたが、今川軍に落とされ、信長が善照寺砦に到着したのを見て義元本隊に攻撃を仕掛け、政次ともども討ち死にを遂げました。
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『高座結御子神社』の鳥居の光景です。信長と千秋(せんしゅう)家のことについて、もう少し紹介します。千秋季忠が桶狭間で戦死した時、まだ母の胎内にあった子の季信が、後に大宮司職と織田信長より遺領となる野並村(現在の名古屋市天白区野並三丁目)を継議ました。千秋家の歴代の墓所は野並の相生山にあります。
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野並の友人宅で開催した、2005年4月の花見の時の写真です。桜満開の日でした。右手奥に見えるのが、千秋(せんしゅう)家のお墓がある墓域です。別の旅行記で撮影したお墓の写真も記憶にありましたが、見つかりませんでした。宮司職は代々尾張国造の子孫の尾張氏が務めていましたが、平安時代の後期に藤原南家の藤原季範にその職が譲られ、以降はその子孫たちが務められているようです。
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名前:『ツバキ(椿)』
分類:ツバキ科ツバキ属
分布:日本、台湾、朝鮮半島南部、中国に分布。
その他:やや先が尖った、深紅の花です。 -
名前:『ツバキ(椿)』
分類:ツバキ科ツバキ属
分布:日本、台湾、朝鮮半島南部、中国に分布。
その他:やや先が尖った、深紅の花です。 -
名前:『ツバキ(椿)』
分類:ツバキ科ツバキ属
分布:日本、台湾、朝鮮半島南部、中国に分布。
その他:一斉に咲いたピンクの花です。 -
名古屋市名の立看板です。『森を守り、子々孫々へ!」のタイトルがありました。対象区域が、『高蔵特別緑区保全地区』として、1.7ヘクタールであることも記されていました。地図に濃く塗られた緑色の部分です。『高座結御子神社』と『高蔵公園』の範囲になるようでした。
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名前:『スイセン(水仙)』
分類:ヒガンバナ科スイセン属
分布:スペイン、ポルトガル、北アフリカの地中海沿岸が原産地。
その他:日本に帰化した、『ニホンズイセン(日本水仙)』のようです。 -
『夜寒公園』の文字が記された、公園入口の門柱の光景です。公園に向かって右側の石柱だったようです。推測ですが、戦災を受けて剥がれたたような傷跡がありました。その足元で、『ニホンズイセン(日本水仙)』らしい花が咲いていました。
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平仮名で、『よさむこうえん』の文字が記された門柱の光景です。こちらにも、戦災を受けて剥がれたような傷跡がありました。岩質も加工しやすい軟質のように見受けました。上空からの飛来物による傷のようにも見えます。
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入り口付近から眺めた、『夜寒公園』の光景です。『夜寒町』は、熱田東町の字に由来します。1939年(昭和14年)4月1日に 熱田区熱田東町の一部から熱田区夜寒町として成立しました。その夜寒町の一角にある公園です。夜寒町は、『夜寒の里』として古くから知られる歌枕の地です。
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『西高蔵』の表示があった、道案内標識の光景です。最下部に地図も付属していました。目の前の国道19号線を渡った先が『熱田神宮公園』、右向きの矢印が、『名古屋国際会議場』や『中央卸売市場』などの案内表示でした。
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先ほど紹介した、『西高蔵』の道案内標識の最下部にあった案内図のズームアップ光景です。北側が下向きになっていた写真ですが、数百メートル上側(南側)に『ダンプ山古墳』が記されていました。熱田神宮、白鳥古墳を含め、共通のキーワードが、ヤマトタケル(日本武尊)、ミヤズヒメ(宮簀媛)と尾張氏などになります。
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名古屋市地下鉄の名城線の西高蔵駅構内の光景です。時刻は3時前ですが、少し早く家に戻ることにしました。八事駅で鶴舞線に乗り換えになります。この後紹介する写真は、名古屋市博物館で撮影した、高蔵遺跡に巻子展示品と、尾張地区のいくつかの古墳などの紹介です。
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イチオシ
『高蔵遺跡」のタイトルの説明パネルの光景です。名古屋市博物館の展示の一部の紹介になります。高蔵地域は、弥生時代には海に面した地域だったとされ、海上交通の拠点と紹介されていました。写真は、中国から渡来したとされる鏡が、高蔵遺跡から出土した状況です。
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『縄文から弥生へ』のタイトルがあった説明パネルの紹介です。縄文時代から、弥生時代への変化は、様々な面で生じたようですが、併存するケースもあったようです。弥生土器が出現し、機織り機も伝わってきました。様々な木製の道具、それを加工する磨製石器も使われましたが、鏃などは引き続いて使われたようです。
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『弥生時代の名古屋の地形』の紹介です。海岸線が破線で示されたように今よりもずっと、内陸部に入り、『市域北部と西部の沖積低地』『市域中心部の台地』と『東部の丘陵地』に分けられます。薄黄色が沖積低地、濃い黄色が台地、緑が丘陵地の色分けです。弥生遺跡が海岸線を中心に赤く記され、その一つが高蔵遺跡です。
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左側が『尾張の弥生時代概観』、右側が『弥生時代前期』のタイトルがあった説明パネルです。前半期には稲作に便利な海岸線に近い沖積低地に大きな遺跡ができ、後半期には、台地部に広がっていきました。『弥生時代前期』のパネルには、代表的な環濠集落として、西志賀遺跡、堀越町遺跡、高蔵遺跡が例示され、弥生時代の初めに入ってきた遠賀川式土器と、縄文土器の系列の条痕紋系土器と併存しました。
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『弥生時代中期』のタイトルがあった説明パネルの紹介です。弥生文化が定着し、大規模な集落が沖積低地似営まれるようになりました。その代表的な遺跡が、名古屋北部と清須市にまたがる朝日遺跡です。朝日遺跡では銅鐸も制作された跡があり、この時代には鉄器がもたらされ、丘陵地への進出も容易になったようです。
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『弥生時代後期』のタイトルがあった説明パネルの紹介です。後期には、台地上に多くの集落が営まれました。その代表的なものが、瑞穂遺跡、見晴台遺跡、高蔵遺跡です。後期の土器には、伝わってきたらしい個人用と思われるものが出現しました。また、パレス・スタイルと呼ばれる赤彩の土器も出現しました。
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『弥生土器各種(丸窓付壺、パレススタイル土器その他)』
年代:弥生時代(中期~後期)
出土:名古屋市内各所の弥生遺跡
その他:それぞれに個性的な造りの土器です。 -
名称:『円筒埴輪』
年代:古墳時代後期:5世紀
出土:高蔵遺跡
その他:名古屋市教育委員会蔵 -
イチオシ
名称:『円筒埴輪』
年代:古墳時代後期:6世紀
出土:高蔵遺跡
その他:名古屋市教育委員会蔵 -
『西志賀遺跡』のタイトルがあった説明パネルです。『西志賀遺跡(にししがいせき)』は、名古屋市西区から北区にかけて広がる弥生時代の遺跡です。『西志賀貝塚』とも呼ばれます。庄内川左岸の標高3メートルから4メートル程度の微高地に発達した遺跡です。隣接する志賀公園遺跡、平手町遺跡とは一体の遺跡だったようです。
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『国史跡・断夫山古墳』のタイトルがあった説明パネルの紹介です。海に向けて古墳の威容を示したらしい、現存する姿で、墳丘長151メートル、三段築の大型前方後円墳です。6世紀に造られたこの古墳は、この地域のリーダーの墳墓のようです。6世紀前葉では、日本で第二番目の規模です。
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名称:『円筒埴輪』
年代:古墳時代後期:6世紀
出土:断夫山古墳
その他:館蔵(守山郷土史研究会贈)
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