2021/02/06 - 2021/02/06
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あいち朝日遺跡発掘の魁となった、貝殻山貝塚の紹介です。現在はあいち朝日遺跡ミュージアムの一角の『史蹟貝殻山交流館』に発掘品が展示され、国の史跡として指定された区域に、第1貝塚~第3貝塚、環濠なども展示されています。
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(手前左):『船形木製品』
年代:弥生時代後期~古墳時代前期(紀元1世紀~4世紀)
(手前右):『木偶(もくぐう)』
年代:弥生時代
いずれも朝日遺跡出土の重要文化財です。 -
(左端):『儀仗』
年代:弥生時代中期(紀元前4世紀~紀元前1世紀)
(その他):『武器型木製品』
年代:弥生時代中期(紀元前4世紀~紀元前1世紀)ほか
いずれも朝日遺跡出土の重要文化財です。 -
最後にもう一度紹介する、『あいち朝日遺跡ミュージアム』の展示光景です。『銅鐸』の目玉展示があった、『基本展示室Ⅱ』だったようです。帰りは、『基本展示室Ⅰ』の前を通って出口に向かいました。
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同じく、最後にもう一度紹介する、『あいち朝日遺跡ミュージアム』の展示光景です。赤彩土器などが展示された『基本展示室Ⅱ』だったようです。
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これで、『あいち朝日遺跡ミュージアム』の見学はおしまいです。最初にミュージアムの表札を紹介できませんでしたから、帰り際に撮影しての紹介です。この本館が2020年(令和2年)3月に建設、別館(史蹟・貝殻山貝塚交流館)は、1975年(昭和50年)3月に建設されています。旧名称は、『愛知県清洲貝殻山貝塚資料館』でした。
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『あいち朝日遺跡ミュージアム』の本件玄関光景です。RC造り2階建てで、延べ床面積が約1953平方メートルです。国史跡に指定されている『貝殻山貝塚』部分の10,169平方メートルを含めて、総面積は15,716平方メートルです。
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『史跡・貝殻山貝塚』のタイトルがあった説明パネルの光景です。『貝殻山貝塚は、弥生時代の初頭に朝日遺跡で生活をしていた人々の貝塚です。直径15mで深さ2.5mの中にカキ・ハマグリなどの貝殻、動物の骨などが発見されています。また、弥生時代前期の土器も見付かっています』(愛知県清洲貝殻山貝塚資料館)
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西側方面から眺めた、『あいち朝日遺跡ミュージアム』の本館光景です。その手前に見えているのが『復元竪穴住居』(左側)と、「復元高床倉庫』(右側)です。更にその手前には、環濠が見えています。
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イチオシ
左手奥に見える小山が、貝殻山貝塚の『第1貝塚』です。左側に少し高くなっとぇいえる場所が『第2貝塚』になります。右手前に小高く見える部分も貝塚のようですが、名前は付けられていません。小高くなった部分は、古墳時代の5世紀頃に円墳が築かれた跡とする説もあるようです。
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『第2貝塚』のタイトルがあった説明パネルの光景です。先程の『第1貝塚』に隣接した、ほんの少し高い場所です。昭和41年(1971年)の発掘調査で、厚さ50~80センチの貝層が発見され、ボーリング調査で、その広さは15メートル程と確認されました。弥生時代前期(紀元前6世紀~紀元前4世紀)の土器や石器が出土しています。
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『第3貝塚』のタイトルがあった説明パネルの光景です。昭和41年(1971年)の発掘調査で、弥生時代前期(紀元前6世紀~紀元前4世紀)、弥生時代中期(紀元前3世紀~紀元前1世紀)、と(紀元1世紀~3世紀)の貝層が発見されました。シジミ層を主とする貝層の上にカキ、ハマグリ層が堆積していました。また、この貝塚の西北の位置で、弥生人2体が出土しています。
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『第3貝塚』の光景です。国指定の『史蹟・貝殻山貝塚』のエリアの西北角に位置します。1971年(昭和46年)13月に指定されました。また、『史蹟・貝殻山貝塚』は、『朝日遺跡』の全体では西南端に位置します。
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イチオシ
旧名称は『愛知県清洲貝殻山貝塚資料館』、現在の名称は『史蹟貝殻山交流館』の玄関付近の光景です。1975年(昭和50年)3月に建設された建物です。現在は、『朝日遺跡』の一部となっていて、出土品の大部分はこの建物内に収蔵されています。
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『史蹟貝殻山交流館』の入口付近に展示してあった説明パネルの紹介です。最初に粗油買いするパネルには『弥生時代』のタイトルがありました。諸説がある中で『紀元前6(5)世紀~紀元前3世紀』とされていました。左上の写真の『農具』と左下の『銅鐸』は、新館の『あいち朝日遺跡ミュージアム』に展示してありました。
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次のパネルには『貝殻山貝塚』のタイトルがありました。左上の写真は、昭和40年頃(1965年頃)の貝殻山貝塚の光景です。貝殻山貝塚周辺で、土地改良事業が始まることから、昭和46年(1971年)に愛知県と清須町(現・清須市)との合同調査が始まりました。豊富な遺物が出土したため、同年11月に1万平方メートル余りが国の史跡に指定されました。
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『出土した人骨と墓』のタイトルがあった説明パネルです。
(左写真):『周溝墓』:朝日遺跡
(右上写真):『人骨(2体)』:朝日遺跡:昭和47年(1971年発掘調査)
(右下写真):『土器棺』:朝日遺跡 -
イチオシ
『朝日遺跡と貝殻山貝塚』のタイトルの説明パネルです。時代区分の色分けは、
◎弥生時代前期(紫色):左下の貝殻山貝塚
◎弥生時代中期(水色):墓域をはじめ、広範囲に分布、環濠等も
◎弥生時代中期後葉(橙色):各地に散在
◎弥生時代後期(赤色):南北居住域主体 -
『重要文化財朝日遺跡出土品」のタイトルがあった説明パネルです。2012年(平成24年)9月に国の重要文化財に指定された2028点の一覧表と、その中でも特に際立つ品が4種類写真紹介されていました。丸窓付土器、赤彩土器、銛、ひすいの勾玉の装身具などでした。
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名称:『弥生土器(部分3点)』
年代:弥生時代後期~中期前葉
出土:貝殻山貝塚
その他:表示札が見当たりませんでしたから、周りの品と比較しての紹介です。 -
『朝日遺跡と貝殻山貝塚』のタイトルがあった、朝日遺跡全体の平面図です。主な遺跡、出土品などが記されていました。貝殻山貝塚が、昭和46年(1971年)の発掘調査を踏まえて、同年に国の史跡に登録されたのに対し、その後に発掘調査が行われた、朝日遺跡の大部分がインターチェンジ等の工事で消え去ったことは、極めて残念なことです。80~100万平方メートルの規模とされる朝日遺跡のうち、国の史跡とされたのは、貝殻山貝塚周辺の僅か1万平方メートルほどです。
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『弥生時代前期の環濠推定復元』のタイトルがあった平面図の光景です。発掘調査により、環濠が確認された部分が太い赤色の破線、残りの推定部分が細い破線で記されていました。かなりの部分が国の史蹟の指定外の場所になります。
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名称:『弥生土器(破片5点)』
年代:弥生時代後期~中期前葉
出土:貝殻山貝塚
その他:いずれも環濠からの出土です。 -
名称:『弥生土器(2点)』
年代:弥生時代後期~中期前葉
出土:貝殻山貝塚
その他:いずれも環濠からの出土です。 -
『史跡指定後の発掘調査』のタイトルがあった説明パネルの紹介です。
(左半分):平成7~8年(1995~1996年)発掘調査
貝殻山貝塚が、環濠に囲まれた弥生時代前期の居住跡であることを確認。
(右半分):平成29年(2017年)の敷地内発掘調査
環濠に続くとみられる溝を確認、弥生時代前期~中期始めの遺物出土。 -
(上側):『加工円盤(2個)』:土製品
貝殻山貝塚出土、弥生時代前期
(下側):『土垂(2個)』:土製品
貝殻山貝塚出土、弥生時代前期 -
名称:『壷(2点)』、『高坏(2点)』
年代:弥生時代後期~終末期
出土:貝殻山貝塚
その他:いずれも弥生土器です。 -
名称:『壷(3点)』
年代:弥生時代後期~終末期
出土:貝殻山貝塚
その他:いずれも弥生土器です。 -
(左上):粗製剥片石器:貝殻山貝塚出土(弥生時代中期・前期)
(左下・左):石錐(2点):貝殻山貝塚出土(弥生時代中期・前期)
(左下・右):磨製石斧:貝殻山貝塚出土(弥生時代中期・前期)
(右・左側):垂飾・狼歯牙製:貝殻山貝塚出土(弥生時代中期・前期)
(右・右側):垂飾・魚骨製:貝殻山貝塚出土(弥生時代中期・前期) -
写真タイトル:『貝殻山貝塚の発掘調査』
撮影年:昭和46年(1971年) -
名称:『磨製石斧(10点)』、『石環(2点)』
年代:弥生時代前期~中期
出土:貝殻山貝塚
その他:重要文化財かも知れません
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