2019/10/21 - 2019/10/29
1081位(同エリア2192件中)
エネルさん
おはようございます
今日もいいお天気で嬉しいかぎり 気持ちのいい朝です
今日でこのまるま荘をチェックアウトです
まるま荘、いい宿です 2日間お庭でのんびりできました
もっとゆっくりしたかったな
お母さん、娘さんも優しいし、ご飯も美味しいし、泊ってる方達にも恵まれて楽しかったです
また来ますね ありがとうございました
朝チェックアウトして今日は、昨日見残した干立集落の雨御嶽と
後は大原方面の御嶽と西表島南側の南風見田の浜あたりを見に行こうと思います
レンタカーは昨日朝、上原で借りましたが、今日そのまま大原の営業所で返せるやまねこレンタカーさんですから安心です
超便利?
まるま荘のお母さんに、干立集落の雨御嶽を見に行きたいのですが・・・
と相談すると意外なほどあっさり大丈夫ですよと言われて、車を駐車する場所まで教えていただきました
ありがとうございます 安心して見に行けます
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- レンタカー JALグループ 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
まるま荘3日目の朝です
前日、夕食の時に一人旅同士の4人で仲良くなり
明日の朝日をみんなで見ませんか?ということで
まるま荘のプライベートビーチ、まるまビーチで待ち合わせをしました
宿の玄関から10秒で出れるビーチです -
最高ですね~
若い子は朝からSUPなどやってますが、ジジイは張り切りすぎると痛い目見ることを知っているのでやめときました
賢明な選択です -
西表島東部で見る日の出は海からです -
実は昨日も早起きして日の出を見てました
昨日は雲がなくて、水平線から綺麗にお日様が上がってくるのが見れました -
船浮での山からの日の出と両方見れてなかなかの感動です
上ってくる朝日の真上に下から照らされた月が見えました -
とっても神秘的ですね 現実とは思えない宇宙を感じる瞬間です
ただ、これじゃ新月に向かうのか満月に向かうのかわからないね・・・ -
今日の予定一発目は昨日見残した雨御嶽を見に行きます
大丈夫、まるま荘のお母さんに了解を得ていますw
この干立集落前にある星立の浜をずっと先まで歩いていきます
調べると、集落の名前は干だけど、浜の名前は星でした
この辺りも船浮と同じように地層がすごいですね
今はド干潮で完全に地層が露出してますが、海が満ちてたら完全に行く手を阻まれてました -
またしばらく歩いていくと・・・ ん?もの凄い大木が・・・ -
うわー!根っこごと吹っ飛んできたんですかね!?
どういう状況でこうなったのか知りたいw -
流木感あるんだけど、流木なら倒れてるはずだしね
倒れてたのが台風で起こされたのかな? 謎は深まります -
根っこの部分の高さだけで3メートルくらいある感じでした -
そしてついにありました! 雨御嶽!
満潮になったら確実に鳥居の下部分は海の中です -
雨御嶽(アマウガン)
雨乞いに使用される御嶽で、干立集落から海岸沿いに北西方向に約70m行ったところにあります。
元干立村跡の海岸にあり雨を司る神として信仰されてきたようです。
御嶽の鳥居は海に面して立っています。ここへは満潮時は歩いて行くことは困難かと思われます。
干立御嶽(フタデウガン)にはこの雨御嶽への遙拝所があります。
(八重山 島旅への誘い より)
めちゃくちゃ雰囲気ありますね~ -
これこれ! この鳥居が見たかった~ これぞまさに島の御嶽って感じです -
もちろんここから見るだけで満足です 感動しました ド干潮に来れてよかったです
今日の海も穏やかです 祖納の先の外離島までよく見えます -
さて次の目的地に向かいましょう
上原の港を過ぎ、船浦の集落を過ぎた、船浦湾にかかる
海中道路の駐車場からピナイサーラの滝が綺麗に見えました
ちょうど滝のところだけお日様が当たって綺麗です
今回の旅はラッキーが多いね あれやこれやいい景色やシャッターチャンスに恵まれてます
そして大原までやってきました
ここの集落にも見ておきたい御嶽があるのです -
大富地区の住宅街にある 世持の宮(よもちのみや)
戦後の政府計画開拓移住地の大富地区(昔の仲間地区)の大富中学校東側に御嶽の旧跡が発見されましたが由来は全く不明です。
御嶽の名前は「あかた御嶽」と判明します。
1961年に観音像と自然石が祀られ有志により宮を建て奉遷し「世持ちの宮」として信仰されています。
(八重山 島旅への誘い より) -
「千年万年世代に栄ありかし仲間の里」と未来に対する祈りのことばが記録されています
予習していたのでわりと簡単に見つけられてよかったです -
そして大原神社
大戦終戦の翌1946年に新城上地島の美御嶽の神を分移勧請して祀り、名を大原神社としたものです。
このためいわば美御嶽の子御嶽的存在です。
大原部落は戦前は南風見部落と呼ばれていました。主に新城島からの移住で部落建設がなされています。
(八重山 島旅への誘い より)
西表島には島の開拓のために新城島や波照間島から強制的に移住させられてきた人々が多く
その人々が自分たちの島の信仰をその地に持ち込むのは至極自然なことですよね
なので集落ごとに祭祀なども違う文化のあることが、この八重山の島文化の面白いところです -
そして西表島大原郵便局の前を通ってさらに南下し、南風見田の浜方面へ -
忘勿石
忘勿石とは、第2次世界大戦の末期に、波照間島の全島民が南風見田の浜に集団疎開させられた後、多くの島民(住民461名、内66人は幼児子供)がマラリアにかかり、命を落とした場所です。
強制疎開の理由はアメリカ軍の襲撃を避けるためですが、実際には軍の食料確保の為に島民の家畜や穀物を奪う為でした。この惨事をいたみ、波照間国民学校校長の識名信升氏が戦争当時の悲惨さと無念さを忘れないよう、南風見田の浜の石に「コノ石忘レルナカレ」と刻みました。
そして、忘勿石の手前には、戦争の悲劇を忘れないよう後世に伝える意味で「忘勿石の碑」が建てられています。
(八重山 島旅への誘い より)
コピペしすぎですねw (勝手に引用すみません) -
ここも見たかった場所の一つでした -
この忘勿石の駐車場は最近できたのかな? えらく綺麗です
以前テレビで見たり、調べていた行き方じゃなくても行けるようになって便利ですね
かなりちゃんとした大きな駐車場になってます しかもありがたいことに無料です
さてそれじゃ木道を降りて行ってみます -
便利ですね~ 結構な距離というか高低差というかありましたよ
海に出る斜面に沿って木道が作られてるんですね
最短距離になるのかな? ちゃんと忘勿石の前にでます -
かなりの大きさの記念碑があるのですが、その裏になにやら粉々の石板が・・・ -
あー・・・ そういうことね・・・
台風のしわざかな? 残念なことに言葉や名前などが刻まれた、重要な表面が全部剥がれちゃってます -
コンクリート打ちっぱなしで味も素っ気もなくなってます・・・w -
引いてみると、大きな岩に挟まれたこんな一角に建ってるんですね -
そして、波照間国民学校校長の識名信升氏が見つめている先には・・・
遠く波照間島が見えます 識名先生はずっと故郷の波照間を見ているんですね -
波照間島方面の海は穏やかです
識名先生の像の横には 忘勿石 ハテルマ シキナ の文字が刻まれたモニュメント -
この石碑の脇に実際に掘られた石が、70年以上たった今も綺麗に残っています -
忘勿石は南風見田の浜の一番東にあって、そこから西側にずっと続く浜を望みます
そしてそのずっと先には楽園と言われる鹿川湾があるのです 行ってみたいですね~ -
南風見田の浜東端
穏やかな海 とても綺麗です -
忘勿石を後にして、白浜南風見線の終点南風見田キャンプ場に向かいます
まぁキャンプするわけではなく南風見田の浜に行きたいだけです
まぁ砂浜づたいに行けば着くんだけどね だいぶ歩くからw 車で行きます
南風見田キャンプ場 -
キャンプはしないので入りませんがw 道路の突き当りまで進みます
突き当りにちょっとした駐車スペースと 「ヤマネコ発見の地」 という石碑がありました -
1965年に大原中学校の遠足で南風見田の浜を訪れた生徒が
ケガをしたヤマネコを発見、生け捕りにしたのだそうです -
元々弱っていたためすぐに亡くなってしまいましたが、新種の貴重な標本(パラタイプ標本)となったようです
・・・と、書いてありますw -
南風見田の浜に出ます -
広大すぎるだろーーー!!!
時間帯も干潮だったので砂浜が広すぎで野球でもできそうです -
リーフエッジまでどんくらいあるんだろ・・・ ちょっと先まで行ってみましょう -
足首くらいのところが延々続いています・・・
だいぶ気が遠くなってきた・・・ これリーフエッジまで行ったからってなにがあるんだ?
とか、余計なことを考えます・・・ -
水深が膝上くらいのところまで来たんだけど、結局面倒になってやめてしまいました・・・w
あこがれの鹿川湾に行くには写真で見える陸地のもっと先まで
ここから砂浜とリーフエッジをずっと歩いて行きます(途中山に入るか泳ぐしかない難所もありますがw)
20数キロ延々雄大な景色だけを見て歩くんです
行ってみたいけどね~ こんなお天気なら最高だけどね
あ、でも暑すぎるか・・・ 10月後半でもまぁまぁ日差しは暑いです
南風見田の浜でボーっとしている時に、鹿川方面から白人の男性が一人歩いてきて
少し話したんだけど一人でキャンプしてるってこと以外、何言ってるのかわからなくて残念な結果になりました・・・ -
・・・さて帰りましょう -
大原の港に戻る途中の道からパナリ島が綺麗に見えて -
右に視線を移すと波照間島もよく見えます -
西表島探索楽しかったな
一応調べ上げた場所や見たかった場所はおおかた周れました
一区切りつきました お世話になった方々ありがとうございました
次回からはゆっくりしに来ます
その後、本当は港近くの満八という食堂でランチをする予定でしたが満席で入れず・・・
最後の最後で心残りです 満八楽しみにしてたんだけどな
仕方なく14時の船で石垣島に戻って早めから飲みましょう -
石垣島離島ターミナル近くのマルハ鮮魚でマグロの刺身とフリットで飲みます
ここも毎度石垣では定番です
ここはのんびりできますよ そして出会いもあります
今回は大阪から来た若い子達と楽しくお話できました
旅の醍醐味ですね
島旅エネルの2019 西表島編 これにて終了
明日は朝一の飛行機で与那国島に移動します
さぁ旅の後半与那国島編のスタートです
https://4travel.jp/travelogue/11678102
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