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 新型コロナのため控えていた旅行でしたが、そろそろいいかな?と思って泊りの旅に出てみました。星野リゾート界出雲へ泊ることを第1の目的にして、以前から行きたいと考えていた安来市にある尼子氏の居城、月山富田跡に行ってみることにしました。そうなるとちょっと遠回りにはなりますが、毛利氏の吉田郡山城にも行こうということになり、一日目は2つの城跡巡りとなりました。今日の宿泊は米子です。

シニア夫婦温泉旅 星野リゾート界出雲に泊まる① 2つの城跡巡り

8いいね!

2020/09/22 - 2020/09/24

136位(同エリア239件中)

西のマーガレット

西のマーガレットさん

 新型コロナのため控えていた旅行でしたが、そろそろいいかな?と思って泊りの旅に出てみました。星野リゾート界出雲へ泊ることを第1の目的にして、以前から行きたいと考えていた安来市にある尼子氏の居城、月山富田跡に行ってみることにしました。そうなるとちょっと遠回りにはなりますが、毛利氏の吉田郡山城にも行こうということになり、一日目は2つの城跡巡りとなりました。今日の宿泊は米子です。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
ホテル
4.0
グルメ
4.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
自家用車
利用旅行会社
JTB

PR

  •  最初に登る郡山城の麓にある、安芸高田市歴史民俗博物館です。広い駐車場があります。ここから本丸跡まで歩くと45分ですが、もう少し車で行ったところにトイレ付きの駐車場と、そのもう一つ上に数台止められる駐車場があります。

     最初に登る郡山城の麓にある、安芸高田市歴史民俗博物館です。広い駐車場があります。ここから本丸跡まで歩くと45分ですが、もう少し車で行ったところにトイレ付きの駐車場と、そのもう一つ上に数台止められる駐車場があります。

    安芸高田市歴史民俗博物館 美術館・博物館

  •  広島県安芸高田市吉田町にある郡山城は、戦国武将毛利元就の居城として知られています。正面玄関には元就がお出迎え。 

     広島県安芸高田市吉田町にある郡山城は、戦国武将毛利元就の居城として知られています。正面玄関には元就がお出迎え。 

  •  郡山城は、吉田盆地を見渡す可愛川と多治比川の合流点の北側に築かれ、戦国期最大級の山城と言われています。日本百名城のひとつです。

     郡山城は、吉田盆地を見渡す可愛川と多治比川の合流点の北側に築かれ、戦国期最大級の山城と言われています。日本百名城のひとつです。

    郡山城跡 名所・史跡

  •  郡山城址とある碑のそばを車で通ります。少し上り坂です。

     郡山城址とある碑のそばを車で通ります。少し上り坂です。

  •  郡山城跡の説明版によると、郡山城は、南北朝時代の建武3(1336)年に毛利時親が郡山東南麓に旧本城を築城、後に元就が郡山全山を城郭化し、さらに輝元が改修を加えた大規模な山城で、毛利氏約260余年間の居城だったようです。その後、輝元が本拠地を広島に移しています。 

     郡山城跡の説明版によると、郡山城は、南北朝時代の建武3(1336)年に毛利時親が郡山東南麓に旧本城を築城、後に元就が郡山全山を城郭化し、さらに輝元が改修を加えた大規模な山城で、毛利氏約260余年間の居城だったようです。その後、輝元が本拠地を広島に移しています。 

  •  毛利氏は、はじめは安芸国の国人領主で、そのころ勢力を誇っていた山口を本拠地とする大内氏と出雲を本拠地とする尼子氏との間で揺れ動いていました。が、最終的には大内方に付き、元就の嫡男隆元は人質として山口で生活を送っています。尼子氏とは何度も戦火を交えており、1540年には尼子詮久(晴久)が率いた3万の大軍が1541年にかけて5か月余りにわたり元就と対峙し、郡山合戦を繰り広げました。多治比川を挟んで郡山の向こうに見える青山と三井山(両山合わせて青三井山)は尼子氏の陣所だったところです。<br /> 

     毛利氏は、はじめは安芸国の国人領主で、そのころ勢力を誇っていた山口を本拠地とする大内氏と出雲を本拠地とする尼子氏との間で揺れ動いていました。が、最終的には大内方に付き、元就の嫡男隆元は人質として山口で生活を送っています。尼子氏とは何度も戦火を交えており、1540年には尼子詮久(晴久)が率いた3万の大軍が1541年にかけて5か月余りにわたり元就と対峙し、郡山合戦を繰り広げました。多治比川を挟んで郡山の向こうに見える青山と三井山(両山合わせて青三井山)は尼子氏の陣所だったところです。
     

  •  駐車場から登山口の方を見たところ。朝早かったので車は一台もおらず、私たちが一番乗りでした。

     駐車場から登山口の方を見たところ。朝早かったので車は一台もおらず、私たちが一番乗りでした。

  •  駐車場にはガイドマップが入れてある箱が立っています。<br />

     駐車場にはガイドマップが入れてある箱が立っています。

  •  鳥居の下をくぐっていきます。

     鳥居の下をくぐっていきます。

  •  はじめは舗装された道を行きます。

     はじめは舗装された道を行きます。

  •  また鳥居です。

     また鳥居です。

  •  元就の墓所に来ました。

     元就の墓所に来ました。

    毛利元就の墓 名所・史跡

  •  洞春寺跡地です。洞春寺は元就の菩提寺です。今は、紆余曲折を経て山口市の五重塔がある瑠璃光寺の隣にあります。

     洞春寺跡地です。洞春寺は元就の菩提寺です。今は、紆余曲折を経て山口市の五重塔がある瑠璃光寺の隣にあります。

  •  百万一心碑です。元就の「百万一心」の伝説を記念して、元就墓所境内に昭和6年に石碑が建てられました。共同一致の精神を示しています。

     百万一心碑です。元就の「百万一心」の伝説を記念して、元就墓所境内に昭和6年に石碑が建てられました。共同一致の精神を示しています。

    百万一心碑 名所・史跡

  •  元就墓所の一段下に先祖の合墓と元就の兄興元、興元の長子幸松丸、隆元夫人の墓が並んでいます。私たちの後から違うグループも登ってきました。 

     元就墓所の一段下に先祖の合墓と元就の兄興元、興元の長子幸松丸、隆元夫人の墓が並んでいます。私たちの後から違うグループも登ってきました。 

  •  元就の墓所です。元就は元亀2(1571)年75歳の生涯を閉じました。翌年、菩提寺洞春寺が建立され境内にお墓が建てられました。木が倒れたりしていて、少し整備不足のような気がしました。

     元就の墓所です。元就は元亀2(1571)年75歳の生涯を閉じました。翌年、菩提寺洞春寺が建立され境内にお墓が建てられました。木が倒れたりしていて、少し整備不足のような気がしました。

  •  墓所から本丸まで800mです。

     墓所から本丸まで800mです。

  •  石畳みの坂道を上ります。

     石畳みの坂道を上ります。

  •  案内板は100m毎に立ててあり、歩く目安となり登りやすいです。

     案内板は100m毎に立ててあり、歩く目安となり登りやすいです。

  •  林の中を抜けていきます。

     林の中を抜けていきます。

  •   登りやすいように工夫がしてあります。登山靴でなくてもスニーカーで登れます。

    登りやすいように工夫がしてあります。登山靴でなくてもスニーカーで登れます。

  •  登山途中で少しだけ、下の街並みが見えました。麓の説明板に頂上は眺望が開けていないとありました。

     登山途中で少しだけ、下の街並みが見えました。麓の説明板に頂上は眺望が開けていないとありました。

  •  もう少し登ります。

     もう少し登ります。

  •  御蔵屋敷跡まで来ました。ここは結構広いです。

     御蔵屋敷跡まで来ました。ここは結構広いです。

  •  ここから本丸まであと100m。

     ここから本丸まであと100m。

  •  御蔵屋敷跡の説明版

     御蔵屋敷跡の説明版

  •  一国一城令により江戸初期に崩された石垣がそのまま残っています。

     一国一城令により江戸初期に崩された石垣がそのまま残っています。

  •  全体の案内図。左手に井戸が残っているようなので行ってみると、 

     全体の案内図。左手に井戸が残っているようなので行ってみると、 

  •  御蔵屋敷から少し行ったところにある、釣井の壇の井戸跡。

     御蔵屋敷から少し行ったところにある、釣井の壇の井戸跡。

  •  現在は枯れていますが、城内に残る石組みの井戸としては唯一のものです。

     現在は枯れていますが、城内に残る石組みの井戸としては唯一のものです。

  •  二の丸跡まで来ました。

     二の丸跡まで来ました。

  •  二の丸跡の説明版です。

     二の丸跡の説明版です。

  •  二の丸から三の丸方面を見たところ。

     二の丸から三の丸方面を見たところ。

  •  本丸跡に着きました。ここは元就による拡張後の中心地です。城主の館があったと思われます。

     本丸跡に着きました。ここは元就による拡張後の中心地です。城主の館があったと思われます。

  •  一段高いところです。

     一段高いところです。

  •  ここには櫓台があったようです。

     ここには櫓台があったようです。

  •  木々の隙間からちょっとだけ下の街並みが見えました。

     木々の隙間からちょっとだけ下の街並みが見えました。

  •  櫓台から本丸跡を見たところです。帰りは御蔵屋敷跡まで降りてから違うルートをとって駐車場まで戻ります。

     櫓台から本丸跡を見たところです。帰りは御蔵屋敷跡まで降りてから違うルートをとって駐車場まで戻ります。

  •  同じ道を帰ってもよいのですが、せっかくなので元就墓所方面ではなく、郡山公園方面に下りてみました。展望台そばを通り、隆元の墓所側から帰ります。こちら側の方が駐車場から山頂までは少し遠くなります。

     同じ道を帰ってもよいのですが、せっかくなので元就墓所方面ではなく、郡山公園方面に下りてみました。展望台そばを通り、隆元の墓所側から帰ります。こちら側の方が駐車場から山頂までは少し遠くなります。

  •  少し下っていくと右手に平たい土地がありました。勢溜の壇跡です。ここには本丸守護の兵が滞在していたようです。

     少し下っていくと右手に平たい土地がありました。勢溜の壇跡です。ここには本丸守護の兵が滞在していたようです。

  •  郡山公園まで800mです。

     郡山公園まで800mです。

  •  案内標識に沿ってどんどん下りていけます。

     案内標識に沿ってどんどん下りていけます。

  •  石段が長々と続きます。

     石段が長々と続きます。

  •  幅広の石段が続くので、こちら側を登るほうがきつくて大変だと思います。

     幅広の石段が続くので、こちら側を登るほうがきつくて大変だと思います。

  •  展望所に着きました。

     展望所に着きました。

  •  吉田町が見えます。

     吉田町が見えます。

  •  川を挟んで向こう側に尼子氏が陣取っていたのです。今見えている平地が戦場となったのでしょうか。

     川を挟んで向こう側に尼子氏が陣取っていたのです。今見えている平地が戦場となったのでしょうか。

  •  展望所を少し降りて振り返ると、毛利の紋がはためいていました。町の写真を撮るのにはちょっと邪魔でした。

     展望所を少し降りて振り返ると、毛利の紋がはためいていました。町の写真を撮るのにはちょっと邪魔でした。

  •  隆元の墓所方面へと下りていきます。

     隆元の墓所方面へと下りていきます。

  •  ここは隆元の菩提寺の常栄寺があった場所です。

     ここは隆元の菩提寺の常栄寺があった場所です。

  •  常栄寺は今は山口市に移っています。雪舟庭があることで有名です。

     常栄寺は今は山口市に移っています。雪舟庭があることで有名です。

  •  毛利隆元の墓所です。

     毛利隆元の墓所です。

  •  隆元は元就の長子ですが、長命の元就より早くに亡くなりました。その子、輝元は祖父の元就や叔父の吉川元春、小早川隆景に鍛えられて成長します。

     隆元は元就の長子ですが、長命の元就より早くに亡くなりました。その子、輝元は祖父の元就や叔父の吉川元春、小早川隆景に鍛えられて成長します。

  •  駐車場まで戻ってきました。車でいっぱいになっていました。同年代のご夫婦に、どちらから登るのがいいか尋ねられたので、もちろん、元就の墓所方面から登ることをお勧めしました。

     駐車場まで戻ってきました。車でいっぱいになっていました。同年代のご夫婦に、どちらから登るのがいいか尋ねられたので、もちろん、元就の墓所方面から登ることをお勧めしました。

  •  昼食は道の駅「ふぉレスト君田」で。ここはまだ広島県。君田温泉「森の泉」がありましたが、先を急ぐので、温泉には入りませんでした。

     昼食は道の駅「ふぉレスト君田」で。ここはまだ広島県。君田温泉「森の泉」がありましたが、先を急ぐので、温泉には入りませんでした。

    道の駅 ふぉレスト君田 道の駅

  •  ウナギならぬ「豚のひつまぶし定食」

     ウナギならぬ「豚のひつまぶし定食」

  •  スマホの充電をお願いすると、快くOKをくださいました。

     スマホの充電をお願いすると、快くOKをくださいました。

  •  月山富田城へと続く国道432号線の途中に、松本清張の小説「砂の器」で有名になった亀嵩駅があります。

     月山富田城へと続く国道432号線の途中に、松本清張の小説「砂の器」で有名になった亀嵩駅があります。

  •  亀嵩駅は島根県仁多郡奥出雲町にあるJR西日本の木次線の駅です。 

     亀嵩駅は島根県仁多郡奥出雲町にあるJR西日本の木次線の駅です。 

    亀嵩駅

  •  山の中のかわいい駅です。駅の中はお蕎麦屋さんになっていました。

     山の中のかわいい駅です。駅の中はお蕎麦屋さんになっていました。

  •  お店には人がいっぱいでした。ここから車で5分くらい走ったところに砂の器記念碑がありました。写真はとらずじまい。

     お店には人がいっぱいでした。ここから車で5分くらい走ったところに砂の器記念碑がありました。写真はとらずじまい。

    亀嵩駅の手打そば 扇屋 グルメ・レストラン

  •  ふと見ると、駅のそばにこのような看板が。

     ふと見ると、駅のそばにこのような看板が。

  •  どうやら和泉式部のお墓があるようです。

     どうやら和泉式部のお墓があるようです。

  •  線路を越えて向こう側です。 

     線路を越えて向こう側です。 

  •  和泉式部のお墓はあちこちにありますが、ここもそのひとつらしく「平安の歌人 和泉式部終焉の地」と看板がありました。夫が九州に地方官として赴いた際、夫を訪ねてここまで来たが病を得てこの地で没したとありました。娘の小式部内侍の碑を添えて祀ってあります。

     和泉式部のお墓はあちこちにありますが、ここもそのひとつらしく「平安の歌人 和泉式部終焉の地」と看板がありました。夫が九州に地方官として赴いた際、夫を訪ねてここまで来たが病を得てこの地で没したとありました。娘の小式部内侍の碑を添えて祀ってあります。

  •  和泉式部のお墓

     和泉式部のお墓

  •  月山富田城の麓にある安来市立歴史資料館に着きました。郡山城から富田城まで、私たちの移動は車で2~3時間のものですが、戦国時代の戦いに向かう武士たちは、重い甲冑をつけて馬や徒歩で移動したのでしょうか。私たちは舗装された道をすいすいと来ましたが、山中の道なき道を進んだのでしょうか。よくもこの距離を歩いたなと感嘆します。

     月山富田城の麓にある安来市立歴史資料館に着きました。郡山城から富田城まで、私たちの移動は車で2~3時間のものですが、戦国時代の戦いに向かう武士たちは、重い甲冑をつけて馬や徒歩で移動したのでしょうか。私たちは舗装された道をすいすいと来ましたが、山中の道なき道を進んだのでしょうか。よくもこの距離を歩いたなと感嘆します。

  •  月山富田城跡は(パンフレットによると)標高190mの月山を中心に、飯梨川(富田川)に向かって馬蹄形に伸びる丘陵上に多数の防御施設を配した広大な山城跡です。戦国大名尼子氏歴代の居城として栄え、尼子氏が毛利氏の攻撃を受けて滅亡した後には、毛利氏の山陰地方支配の拠点となりました。関ヶ原の戦いの後、堀尾氏の居城となり、堀尾吉晴が松江城を完成させ居城を移すまでここで政務を行いました。その後、吉田郡山城同様に一国一城令により廃城となりました。ここも日本百名城のひとつです。

     月山富田城跡は(パンフレットによると)標高190mの月山を中心に、飯梨川(富田川)に向かって馬蹄形に伸びる丘陵上に多数の防御施設を配した広大な山城跡です。戦国大名尼子氏歴代の居城として栄え、尼子氏が毛利氏の攻撃を受けて滅亡した後には、毛利氏の山陰地方支配の拠点となりました。関ヶ原の戦いの後、堀尾氏の居城となり、堀尾吉晴が松江城を完成させ居城を移すまでここで政務を行いました。その後、吉田郡山城同様に一国一城令により廃城となりました。ここも日本百名城のひとつです。

    月山富田城跡 名所・史跡

  •  御子守口から登ります。徒歩で登りかけましたが、資料館隣にある案内所で尋ねると、もう少し上に駐車場があるようなので、少しだけですが車で上がりました。その案内所でパンフレットも手に入れました。

     御子守口から登ります。徒歩で登りかけましたが、資料館隣にある案内所で尋ねると、もう少し上に駐車場があるようなので、少しだけですが車で上がりました。その案内所でパンフレットも手に入れました。

  •  駐車場です。10台くらい停まっていました。

     駐車場です。10台くらい停まっていました。

  •  登山道はよく整備されています。

     登山道はよく整備されています。

  •  石垣もたくさん残っています。

     石垣もたくさん残っています。

  •  見事な石垣です。現在残る富田城跡の遺構は、尼子氏が骨格を築き、毛利・吉川氏、堀尾氏によって改修されたものです。

     見事な石垣です。現在残る富田城跡の遺構は、尼子氏が骨格を築き、毛利・吉川氏、堀尾氏によって改修されたものです。

  •  ここは山中御殿。城主の居館があったところで、周囲を石垣に囲まれた広大な曲輪です。 

     ここは山中御殿。城主の居館があったところで、周囲を石垣に囲まれた広大な曲輪です。 

  •  階段を上り、

     階段を上り、

  •  山中御殿を上から眺めたところです。広大です。 

     山中御殿を上から眺めたところです。広大です。 

  •  山頂へ向かう途中にある「親子観音」 石廟入り宝篋印塔です。堀尾家御家騒動の際に処罰された親子の墓と言われていましたが、後の調査結果から、子である堀尾勘解由の墓であると推定されているようです。 <br />

     山頂へ向かう途中にある「親子観音」 石廟入り宝篋印塔です。堀尾家御家騒動の際に処罰された親子の墓と言われていましたが、後の調査結果から、子である堀尾勘解由の墓であると推定されているようです。 

  •  親子観音から上はこのような階段が続きます。いい景色です。

     親子観音から上はこのような階段が続きます。いい景色です。

  •  郡山城と違い、周りの木々が伐採されているためか、眺望が開けています。安来の街が見えてきました。

     郡山城と違い、周りの木々が伐採されているためか、眺望が開けています。安来の街が見えてきました。

  •  山頂への途中にある井戸。 

     山頂への途中にある井戸。 

  •  山吹井戸です。

     山吹井戸です。

  •  この階段の上は二の丸です。本丸はこの周りをぐるりと回り、もう少し先です。先に三の丸に行きます。

     この階段の上は二の丸です。本丸はこの周りをぐるりと回り、もう少し先です。先に三の丸に行きます。

  •  三の丸の石垣です。よく残っています。

     三の丸の石垣です。よく残っています。

  •  本丸へ向かいます。大きな木の向こうが本丸跡です。

     本丸へ向かいます。大きな木の向こうが本丸跡です。

  •  この階段を上ると、

     この階段を上ると、

  •  本丸跡です。広いです。

     本丸跡です。広いです。

  •  本丸跡に建っていた石柱

     本丸跡に建っていた石柱

  •  眺めは最高です。中海が見えます。

     眺めは最高です。中海が見えます。

  •  本丸の奥まったところに、大国主の命を祀った勝目高守神社があります。

     本丸の奥まったところに、大国主の命を祀った勝目高守神社があります。

  •  勝目高守神社の拝殿です。

     勝目高守神社の拝殿です。

  •  最後に、二の丸へ向かいます。二の丸下の見事な石垣が続いています。

     最後に、二の丸へ向かいます。二の丸下の見事な石垣が続いています。

  •  二の丸

     二の丸

  •  二の丸の説明版

     二の丸の説明版

  •  飯梨川がよく見えます。この川に沿って向こう方面へ毛利氏を攻めに行き、また、あちらから毛利氏が攻めてきたのでしょう。毛利の軍勢が押し寄せるのを月山から眺めたことでしょう。その前には大内氏とも戦って退散させていますが、どのあたりでぶつかったのでしょうか。いろいろと想像が膨らみます。

     飯梨川がよく見えます。この川に沿って向こう方面へ毛利氏を攻めに行き、また、あちらから毛利氏が攻めてきたのでしょう。毛利の軍勢が押し寄せるのを月山から眺めたことでしょう。その前には大内氏とも戦って退散させていますが、どのあたりでぶつかったのでしょうか。いろいろと想像が膨らみます。

  •  今日の夕食はホテルの方に教えてもらったお店が休みだったので、その近くのお店でとることにしました。

     今日の夕食はホテルの方に教えてもらったお店が休みだったので、その近くのお店でとることにしました。

    和食居酒屋 旬門 米子本店 グルメ・レストラン

  •  ねぎの一本焼き

     ねぎの一本焼き

  •  烏賊

     烏賊

  •  のどぐろ

     のどぐろ

  •  ベニズワイガニの天麩羅、などなど。

     ベニズワイガニの天麩羅、などなど。

  •  今日の宿泊はANAクラウンホテルプラザ米子です。2日目に続きます。

     今日の宿泊はANAクラウンホテルプラザ米子です。2日目に続きます。

    ANAクラウンプラザホテル米子 宿・ホテル

    2名1室合計 7,052円~

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