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 観光4日目はアントワープからルクセンブルク市の日帰り観光です。片道3時間半は今回の旅行で最長の移動時間となりますが、深い渓谷と緑の森の中に囲まれた城塞都市ルクセンブルクは、今回の旅行で一番訪れたいと思っていた街です。<br /><br /> 旅行の日程は以下の通り:★印がこの旅行記です。<br /> 9月08日(月) 11:05関空~16:20アムステルダム着(アムステルダム泊)<br /> 9月09日(火) アムステルダム(アントワープ泊)<br /> 9月10日(水) アントワープ、ブリュッセル(アントワープ泊)<br /> 9月11日(木) ゲント、ブルージュ、オステンド(アントワープ泊)<br />★9月12日(金) ルクセンブルク、<br />        ナミュール(アントワープ泊)<br /> 9月13日(土) デン・ハーグ、デルフト、ライデン(アムステルダム泊)<br /> 9月14日(日) アムステルダム、15:20アムステルダム発~(機内泊)<br /> 9月15日(月) 9:30関空着

2008ベネルクスひとり旅06:ルクセンブルク

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2008/09/12 - 2008/09/12

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旅行記グループ 2008ベネルクス3国ひとり旅

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blumental

blumentalさん

 観光4日目はアントワープからルクセンブルク市の日帰り観光です。片道3時間半は今回の旅行で最長の移動時間となりますが、深い渓谷と緑の森の中に囲まれた城塞都市ルクセンブルクは、今回の旅行で一番訪れたいと思っていた街です。

 旅行の日程は以下の通り:★印がこの旅行記です。
 9月08日(月) 11:05関空~16:20アムステルダム着(アムステルダム泊)
 9月09日(火) アムステルダム(アントワープ泊)
 9月10日(水) アントワープ、ブリュッセル(アントワープ泊)
 9月11日(木) ゲント、ブルージュ、オステンド(アントワープ泊)
★9月12日(金) ルクセンブルク、
        ナミュール(アントワープ泊)
 9月13日(土) デン・ハーグ、デルフト、ライデン(アムステルダム泊)
 9月14日(日) アムステルダム、15:20アムステルダム発~(機内泊)
 9月15日(月) 9:30関空着

旅行の満足度
5.0
同行者
一人旅
交通手段
鉄道
航空会社
KLMオランダ航空
  • 今日はルクセンブルク観光、ルクセンブルクの銀行博物館Musée de la Banqueのこの場面からスタート。<br />アントワープ8:02発のICでブリュッセル北駅8:36着、8:42発に乗り換えて11:36ルクセンブルク中央駅に到着。

    今日はルクセンブルク観光、ルクセンブルクの銀行博物館Musée de la Banqueのこの場面からスタート。
    アントワープ8:02発のICでブリュッセル北駅8:36着、8:42発に乗り換えて11:36ルクセンブルク中央駅に到着。

  • ルクセンブルク中央駅から北西に伸びるリベルテ通りAve. de la Libertéを進み、アドルフ橋手間のメス広場Place de Metzにあるネオ・ルネサンス様式の立派な建物が銀行博物館です(1909年建築)。国立貯蓄銀行Staatssparkasse本館もここにあります。<br />建物が広場に面して凹型に見事にカーブしています。<br />

    ルクセンブルク中央駅から北西に伸びるリベルテ通りAve. de la Libertéを進み、アドルフ橋手間のメス広場Place de Metzにあるネオ・ルネサンス様式の立派な建物が銀行博物館です(1909年建築)。国立貯蓄銀行Staatssparkasse本館もここにあります。
    建物が広場に面して凹型に見事にカーブしています。

  • アドルフ橋Pont Adolpheを渡っています。ルクセンブルクの旧市街は深いペトリュッス渓谷に隔てられています。

    イチオシ

    アドルフ橋Pont Adolpheを渡っています。ルクセンブルクの旧市街は深いペトリュッス渓谷に隔てられています。

  • ルクセンブルクの歴史は、963年アルデンヌ家伯爵ジークフリートが岩山ボックフェルゼンに堅固なボック城を建設したことに始まります。さらに14-15世紀に長大なヴェンツェルの環状城壁が築かれ領土も拡大しました。

    ルクセンブルクの歴史は、963年アルデンヌ家伯爵ジークフリートが岩山ボックフェルゼンに堅固なボック城を建設したことに始まります。さらに14-15世紀に長大なヴェンツェルの環状城壁が築かれ領土も拡大しました。

  • アドルフ橋から見て、一番目につくのはノートルダム大聖堂。

    アドルフ橋から見て、一番目につくのはノートルダム大聖堂。

  • 橋を渡って右(東)へ、憲法広場に向かっています。<br />今渡ってきたアドルフ橋を展望台から眺めます。

    イチオシ

    橋を渡って右(東)へ、憲法広場に向かっています。
    今渡ってきたアドルフ橋を展望台から眺めます。

  • アドルフ橋のたもとには銀行博物館が見えます。

    アドルフ橋のたもとには銀行博物館が見えます。

  • 憲法広場から見たアドルフ橋です。長さ154m、高さ43m。1900-03年の建設で、新しい橋Nouveau pontとも呼ばれます。橋の名は建設当時の大公アドルフ(在位1890-1905)に寄るものです。

    憲法広場から見たアドルフ橋です。長さ154m、高さ43m。1900-03年の建設で、新しい橋Nouveau pontとも呼ばれます。橋の名は建設当時の大公アドルフ(在位1890-1905)に寄るものです。

  • かなり深い渓谷、まるで森林です。下にはペトリュス川とペトリュス公園があるはずですが見えません。

    かなり深い渓谷、まるで森林です。下にはペトリュス川とペトリュス公園があるはずですが見えません。

  • 憲法広場Place de la Constitutionです。中央には第一次世界大戦の戦没者慰霊碑Gelle Fraが建っています。

    憲法広場Place de la Constitutionです。中央には第一次世界大戦の戦没者慰霊碑Gelle Fraが建っています。

  • 碑の頂には黄金の女神像。

    碑の頂には黄金の女神像。

  • 慰霊碑の彫像。

    慰霊碑の彫像。

  • 憲法広場と道路を挟んで東側にノートルダム大聖堂が見えます。

    憲法広場と道路を挟んで東側にノートルダム大聖堂が見えます。

  • 憲法広場からシメ通りRue Chimayを北へ行くとアルム広場Place d&#39;Armesです。アルム(兵器)の名前は、衛兵の屯所がここにあったことに由来します。インパチェンスが綺麗でした。

    憲法広場からシメ通りRue Chimayを北へ行くとアルム広場Place d'Armesです。アルム(兵器)の名前は、衛兵の屯所がここにあったことに由来します。インパチェンスが綺麗でした。

  • 広場中央では、何かコンサートのリハーサル中のようでした。

    広場中央では、何かコンサートのリハーサル中のようでした。

  • アルム広場の東側には自治宮殿Palais-munincipal(1907年建築)。広場の残りの面は緑の木々に囲まれています。

    アルム広場の東側には自治宮殿Palais-munincipal(1907年建築)。広場の残りの面は緑の木々に囲まれています。

  • アルム広場から南東の方角にはもっと広いギョーム2世広場Place Guillaume IIがあります。<br />広場の東にはウィレム2世の像。東の突き当りには大公宮が見えます。

    アルム広場から南東の方角にはもっと広いギョーム2世広場Place Guillaume IIがあります。
    広場の東にはウィレム2世の像。東の突き当りには大公宮が見えます。

  • ウィレム2世。第2代オランダ国王(在位1840-49)であり、ルクセンブルク大公。フランス語名ではギョーム2世。幕末(1844年)に開国を勧告する国書を徳川家慶に送ったのはこの人です(江戸幕府は断りましたが)。

    ウィレム2世。第2代オランダ国王(在位1840-49)であり、ルクセンブルク大公。フランス語名ではギョーム2世。幕末(1844年)に開国を勧告する国書を徳川家慶に送ったのはこの人です(江戸幕府は断りましたが)。

  • こちらはペチュニアが綺麗でした。

    こちらはペチュニアが綺麗でした。

  • ギョーム広場の南側には市庁舎Hôtel de Ville。さらにその南にはノートルダム大聖堂。

    ギョーム広場の南側には市庁舎Hôtel de Ville。さらにその南にはノートルダム大聖堂。

  • 市庁舎の横を南に抜けて、ノートルダム大聖堂の西側入口へやってきました。

    市庁舎の横を南に抜けて、ノートルダム大聖堂の西側入口へやってきました。

  • ノートルダム大聖堂Cathédrale Notre-Dame 。1613-21年に建設されたイエズス会の教会で、1870年から聖母大聖堂に昇格しました。

    ノートルダム大聖堂Cathédrale Notre-Dame 。1613-21年に建設されたイエズス会の教会で、1870年から聖母大聖堂に昇格しました。

  • 1935-38年に改修・増築され、現在の姿になっています。

    1935-38年に改修・増築され、現在の姿になっています。

  • 西側入り口の聖母子像。

    西側入り口の聖母子像。

  • 大聖堂南側にある内陣と祭壇。

    大聖堂南側にある内陣と祭壇。

  • ステンドグラス。

    ステンドグラス。

  • 大聖堂北側の拝廊とパイプオルガン。<br />聖堂は本来西から入り東に内陣がありますが、ここは北から南に向けて造られた珍しい配置です。

    大聖堂北側の拝廊とパイプオルガン。
    聖堂は本来西から入り東に内陣がありますが、ここは北から南に向けて造られた珍しい配置です。

  • 天井には聖人が描かれています。

    天井には聖人が描かれています。

  • 大聖堂の南側です。大聖堂前の通りを道なりに南東方向に歩いてみました。

    大聖堂の南側です。大聖堂前の通りを道なりに南東方向に歩いてみました。

  • なんと新市街(中央駅方面)に通じる高架橋に来てしまいました。まだ駅に戻るわけにはいかないので、橋だけ眺めて大聖堂に引き返しました。

    なんと新市街(中央駅方面)に通じる高架橋に来てしまいました。まだ駅に戻るわけにはいかないので、橋だけ眺めて大聖堂に引き返しました。

  • 大聖堂東側に沿って北へ移動するとクレールフォンテーヌ広場Place de Clairefontaineがありました。広場の南西側にはノートルダム大聖堂の北側入り口が見えます。

    大聖堂東側に沿って北へ移動するとクレールフォンテーヌ広場Place de Clairefontaineがありました。広場の南西側にはノートルダム大聖堂の北側入り口が見えます。

  • 広場の中央には、ルクセンブルク大公シャルロット(在位1919-64)の銅像があります。

    広場の中央には、ルクセンブルク大公シャルロット(在位1919-64)の銅像があります。

  • 広場からオー通りRue de l&#39;Eauを北東に進むと左手にルクセンブルク大公宮Palais Grand-Ducalがあります。大公宮の右端部分は議事堂Chambre des Députésです。

    広場からオー通りRue de l'Eauを北東に進むと左手にルクセンブルク大公宮Palais Grand-Ducalがあります。大公宮の右端部分は議事堂Chambre des Députésです。

  • 大公宮の前には近衛兵が立哨しています。何か花影から隠し撮りしているような構図になってしまいましたね。

    大公宮の前には近衛兵が立哨しています。何か花影から隠し撮りしているような構図になってしまいましたね。

  • でっかいネクタイピンのごとく、胸に自動小銃を取り付けています。カメラを向けたら撃たれるかと思いましたが、視線を向けてもくれませんでした。

    でっかいネクタイピンのごとく、胸に自動小銃を取り付けています。カメラを向けたら撃たれるかと思いましたが、視線を向けてもくれませんでした。

  • 1574年に市庁舎として建てられ、1891年から大公宮殿となりました。ルクセンブルクが大公国に昇格したのは1815年ですが、君主が大公であるのは唯一この国だけです。ここは現在、迎賓館、大公執務室として利用されています。

    1574年に市庁舎として建てられ、1891年から大公宮殿となりました。ルクセンブルクが大公国に昇格したのは1815年ですが、君主が大公であるのは唯一この国だけです。ここは現在、迎賓館、大公執務室として利用されています。

  • 大公宮から東に移動し、モンテ・ド・クローゼン通りMontée de Clausenに出ました。前方(東方向)にはボック砲台Casemates du Bockが断崖から突き出ています。

    大公宮から東に移動し、モンテ・ド・クローゼン通りMontée de Clausenに出ました。前方(東方向)にはボック砲台Casemates du Bockが断崖から突き出ています。

  • ボックの「砲台」の名前で紹介されていますが「地下道要塞」の方が的確な気がします。要塞部分は全長20kmに渡って今も残っているそうです。

    ボックの「砲台」の名前で紹介されていますが「地下道要塞」の方が的確な気がします。要塞部分は全長20kmに渡って今も残っているそうです。

  • ボック砲台から南西の眺め。南方向に旧市街が突き出ています。

    ボック砲台から南西の眺め。南方向に旧市街が突き出ています。

  • 断崖に沿うようにアルゼット川がグルント(低地)地区を流れています。

    断崖に沿うようにアルゼット川がグルント(低地)地区を流れています。

  • 川に面して立つのは聖ジャン教会Église St. Jean du Grund。

    イチオシ

    川に面して立つのは聖ジャン教会Église St. Jean du Grund。

  • ボック砲台から南東の眺め。アルゼット川に架かる橋。<br />ヴェンツェルの環状城壁Wenzelsmauerが写真右上まで伸びています。

    イチオシ

    ボック砲台から南東の眺め。アルゼット川に架かる橋。
    ヴェンツェルの環状城壁Wenzelsmauerが写真右上まで伸びています。

  • 橋の袂には円形の塔。<br />環状城壁は14世紀末からヴェンツェル2世(ルクセンブルク公在位1383-88、神聖ローマ皇帝1376-1400)によって建造が始まりました。岩山ボックフェルゼンから低地の街も取り囲み、それによって市街地が拡大しました。

    橋の袂には円形の塔。
    環状城壁は14世紀末からヴェンツェル2世(ルクセンブルク公在位1383-88、神聖ローマ皇帝1376-1400)によって建造が始まりました。岩山ボックフェルゼンから低地の街も取り囲み、それによって市街地が拡大しました。

  • ボック砲台の東には、モンテ・ド・クローゼン通りに面してボックの虫歯Casemates du Bockがあります。

    ボック砲台の東には、モンテ・ド・クローゼン通りに面してボックの虫歯Casemates du Bockがあります。

  • ボック砲台の北東の風景。鉄道橋を列車が通過。左はクレルボー方向、右はルクセンブルク駅方面です。

    ボック砲台の北東の風景。鉄道橋を列車が通過。左はクレルボー方向、右はルクセンブルク駅方面です。

  • 鉄道橋の向こうはキルシュベルグ(高台)地区。キルシュベルクにはヨーロッパセンターなどの高層ビルが並んでいます。

    鉄道橋の向こうはキルシュベルグ(高台)地区。キルシュベルクにはヨーロッパセンターなどの高層ビルが並んでいます。

  • ボック砲台から北の風景。手前は老人ホームHospice de Pfaffenthalと庭園。向こうに見えるのはシャルロット橋。

    ボック砲台から北の風景。手前は老人ホームHospice de Pfaffenthalと庭園。向こうに見えるのはシャルロット橋。

  • シャルロット橋Pont Grande-Duchesse Charlotteは旧市街(左)とキルシュベルク地区(右)を結んでいます。

    シャルロット橋Pont Grande-Duchesse Charlotteは旧市街(左)とキルシュベルク地区(右)を結んでいます。

  • 「ルクセンブルクの古い街並みと要塞群」の世界遺産登録を示すプレート。プレートの枚数がえらく多いなと思ったら、同じ内容がフランス語、英語、ドイツ語で書かれているようです。ドイツ語、フランス語と並ぶ公用語のルクセンブルク語がありませんね。<br />ルクセンブルクではこれら4言語を話せる人は普通で、5,6言語話せる人もざらにいるのだそうです。羨ましい。

    「ルクセンブルクの古い街並みと要塞群」の世界遺産登録を示すプレート。プレートの枚数がえらく多いなと思ったら、同じ内容がフランス語、英語、ドイツ語で書かれているようです。ドイツ語、フランス語と並ぶ公用語のルクセンブルク語がありませんね。
    ルクセンブルクではこれら4言語を話せる人は普通で、5,6言語話せる人もざらにいるのだそうです。羨ましい。

  • ボック砲台から北西に伸びるヴィクトル・トルン通りBoulevard Victor Thornを進むと3つの塔の門Porte des Trois Tours がありました。

    ボック砲台から北西に伸びるヴィクトル・トルン通りBoulevard Victor Thornを進むと3つの塔の門Porte des Trois Tours がありました。

  • この門の東側から断崖の外側の道であるソステーヌ・ワイ通りRue Sosthène Weis(写真中央)に降りられました。この通りを南に下っていき。。。

    この門の東側から断崖の外側の道であるソステーヌ・ワイ通りRue Sosthène Weis(写真中央)に降りられました。この通りを南に下っていき。。。

  • ボック砲台のすぐ西にある「城の橋」Schlassbréckをくぐりました。

    ボック砲台のすぐ西にある「城の橋」Schlassbréckをくぐりました。

  • ボック砲台を下から見上げます。

    ボック砲台を下から見上げます。

  • 通りを南に、つまり谷底に向かって降りていきます。これは東の風景、ボック砲台の断崖南側の面です。

    通りを南に、つまり谷底に向かって降りていきます。これは東の風景、ボック砲台の断崖南側の面です。

  • だいぶ降りてきました。アルゼット川対岸には聖ジャン教会(教会の西側)。

    だいぶ降りてきました。アルゼット川対岸には聖ジャン教会(教会の西側)。

  • 下まで降りてきました。アルゼット川に掛かる橋から北の風景。断崖の上に聖ミッシェル教会Église St. Michel。こうやってみると岸壁を境に上の街と下の街がある面白い所ですね。

    イチオシ

    下まで降りてきました。アルゼット川に掛かる橋から北の風景。断崖の上に聖ミッシェル教会Église St. Michel。こうやってみると岸壁を境に上の街と下の街がある面白い所ですね。

  • 観光用ミニトレインが横を通っていきました。これについていくと旧市街に戻ってしまいそうなんで、後追いせず真っ直ぐ南に進みました。

    観光用ミニトレインが横を通っていきました。これについていくと旧市街に戻ってしまいそうなんで、後追いせず真っ直ぐ南に進みました。

  • アルゼット川沿いに南に向かっています。西方向には高架橋Pont Viaducが見えます(1859-61年建造)。こちらは古い橋Vieux pontとも呼ばれ、長さ290m、高さは45m。

    アルゼット川沿いに南に向かっています。西方向には高架橋Pont Viaducが見えます(1859-61年建造)。こちらは古い橋Vieux pontとも呼ばれ、長さ290m、高さは45m。

  • 突き当りから南西に伸びるぺトルッス坂Montée de la Petrusseを上がっています。手前の川はアルゼット川と繋がるペトリュス川。

    突き当りから南西に伸びるぺトルッス坂Montée de la Petrusseを上がっています。手前の川はアルゼット川と繋がるペトリュス川。

  • 坂を上って高架橋の南側(新市街側)に出ました。最後に旧市街を振り返って撮った1枚です。<br />列車の時間が迫っているので駅に向かって猛ダッシュ。何とか14:24発のICに間に合いました。アントワープに戻る途中、ナミュールで途中下車します。<br /><br />(ナミュール)https://4travel.jp/travelogue/11642176

    坂を上って高架橋の南側(新市街側)に出ました。最後に旧市街を振り返って撮った1枚です。
    列車の時間が迫っているので駅に向かって猛ダッシュ。何とか14:24発のICに間に合いました。アントワープに戻る途中、ナミュールで途中下車します。

    (ナミュール)https://4travel.jp/travelogue/11642176

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