2008/09/11 - 2008/09/11
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blumentalさん
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観光3日目、ゲントを見た後はブルージュに行きました。ブルージュは街自体が「ブルージュ歴史地区」として世界遺産登録されているだけあって、中世の景観たっぷりです。ブルージュを間もなく引き上げようという時になって突然の雨に会ってしまいましたが、それにもめげず、西の終着駅オステンドまで行ってきました。
旅行の日程は以下の通り:★印がこの旅行記です。
9月08日(月) 11:05関空~16:20アムステルダム着(アムステルダム泊)
9月09日(火) アムステルダム(アントワープ泊)
9月10日(水) アントワープ、ブリュッセル(アントワープ泊)
9月11日(木) ゲント、
★ ブルージュ、オステンド(アントワープ泊)
9月12日(金) ルクセンブルク、ナミュール(アントワープ泊)
9月13日(土) デン・ハーグ、デルフト、ライデン(アムステルダム泊)
9月14日(日) アムステルダム、15:20アムステルダム発~(機内泊)
9月15日(月) 9:30関空着
- 旅行の満足度
- 5.0
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
- KLMオランダ航空
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ゲント・ダンポルト14:04発のICで14:40ブルージュ着。
駅前の幹線道路と運河を渡り、オーストゥメールス通りOsstmeersを北に向かっています。向こうに見えるのは聖サルヴァトール大聖堂(救世主大聖堂)です。 -
煉瓦の家が並ぶ姿がとても綺麗です。煉瓦の色は明るい茶色です。
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窓辺には花による装飾。
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イチオシ
東の方向に聖母教会の尖塔が見えます。すらりと伸びた美しい塔です。
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どこだったか路地を東に曲がり、旧聖ヨハネ療養院Sint-Janshospitaalの裏庭に出ました。ここにはメムリンク美術館もあります。煉瓦造りの建物に囲まれた静かな場所です。
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これを東に通り抜けるとマリア通りMariastraatです。
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マリア通りに面したメムリンク美術館Memlingmuseumの入り口です。
12世紀からある聖ヨハネ療養院は1978年まで実際に病院として使用されていました。その建物の一部を利用した美術館です。 -
東側には通りに面して聖母教会Onze Lieve Vrouwekerkがあります。もとはロマネスク様式の教会を1270-80年にゴシック様式で再建。北側の尖塔も含め、14-15世紀に増築。
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塔の高さは116m。高い!
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教会の身廊。内陣には仕切が設けてあります。仕切りの上にはパイプオルガンがある珍しい構造。さらにその上にはキリスト磔刑像。
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内陣仕切りの聖母子像とパイプオルガン(1722年作)。
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こちらは南側翼廊にある祭壇です。
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イチオシ
祭壇中央にあるのがミケランジェロ作の聖母子像(1501-04年作)。ブルージュの豪商が1506年にこの教会に寄贈したそうです。
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内陣にはブルゴーニュー公シャルルル・テメレール(在位1467-77)と娘のマリー(ブルゴーニュ女公、在位1477-82)の霊廟がありました。
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イチオシ
こちらは聖母教会の東側にあるボニファシウス橋Bonifaciusbrugからの風景。運河沿いに煉瓦の家が並び、涼しそうな風景です。
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確かこの近くにあった彫刻です。記憶不鮮明。
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聖母教会の北側のグルートゥーズ通りGruuthusestraatに面して建つ塔(名前は不明)。グルートゥーズ博物館の西端に位置します。
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グルートゥーズ通りの東に続くダイフェル通りDijverには、運河巡りのボート乗り場があります。
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イチオシ
運河沿いにダイフェル通りを東に行くとヨハネス・ネポムク橋Johannes Nepomucenusbrugがあり、ここにもボート乗り場があります。
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橋を渡ってマルクト広場に通じるウォレ通りWollestraatを進むと向こうに鐘楼が見えました。
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鐘楼Belfort van Bruggeの高さは83m。1240年に建造されましたが1280年に焼失して再建されました。「ベルギーとフランスの鐘楼群」として世界遺産です。
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ウォレ通りの先にはマルクト広場Markt。広場北側には切妻屋根のギルドハウスがずらり。ブリュッセルやアントワープのギルドハウスに比べ、ずっと庶民的な感じ。
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広場の中央には「自由ブルージュ」の旗を掲げているヤン・ブレーデルとピーテル・デ・コーニンクの銅像。彼らは1302年の金拍車の戦いの指導者で、コルトレイクでフランス軍を破りフランドルの独立を守りました。
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広場の東に建つネオゴシック様式の西フランドル州庁舎Provinciaal Hofです(現在はセレモニー会場)。1294年に建てられたブルージュ港の物流センターWaterhalleが起源で取り壊し後、1887-1921年に庁舎及び郵便局として再建されましtた。
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州庁舎の左はヒストリウムHistoriumという歴史アトラクションの施設です。
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そして広場の南側には鐘楼がそびえています。建物は13世紀には1層でしたが、1483-87年に上の2層が建造され3層になりました。
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こちらはマルクト広場の東側に位置するブルグ広場Burgですが、何かイベントがあるのか、椅子がぎっしり。広場の南側に建っているのはゴシック様式の市庁舎Stadhuis(1376-1420年の建造)。
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市庁舎の右側にあるのは聖血礼拝堂Heiling Bloed Basiliek。もとはフランドル伯の個人礼拝堂(1134年建造)でしたが、第2回十字軍遠征に参加したフランドル伯ティエリー・ダルザスが、1149年帰路コンスタンチノープルに立ち寄って聖血の遺物を持ち帰り、この礼拝堂に奉納したことによってバジリカに格上げされました。
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礼拝堂の入口の上には黄金の像が並んでいます。
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下段中央が聖母教会に埋葬されているブルゴーニュ女公マリーです。ブルゴーニュ女公(在位1477-82)の彼女はハプスブルク家のマクシミリアンと結婚したため、ブルゴーニュ公国はハプスブルク領となってしまいました(彼女は公国最後の君主です)。美人の誉れ高き彼女は何と25歳でお亡くなりに(お気の毒)。
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さあ、聖母教会方向に戻ります。ヨハネス・ネポムク橋から西の風景。先ほど歩いてきた運河沿いのダイフェル通りです。
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聖母教会の隣(東側)にあるのはグルートゥーズ博物館Gruuthusemuseum。
1425年建造のグルートゥーズ家邸宅を1955年より博物館として使用し、武器、楽器、食器、家具、レース、タペストリー等を展示して貴族の生活を再現しているそうです。 -
グルートゥーズ家はフランドル伯に仕えた貴族で、ビール醸造に使う香辛料グルートの調合・販売を独占していました。中世のビールではグルートが主流でしたが、その後ホップが重宝され、グルートは廃れてしまいました。
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グルートゥーズ博物館前の広場への通用門(内側から)。グルートゥーズ通りに面しています。
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次は聖母教会からマリア通りを南へ。マリア通りにかかる橋からの風景です。
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左手はボート乗り場、右手は旧聖ヨハネ施療院です。
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駅に戻る途中、べギンホフ(べギン会院)Begijnhofに寄りました。煉瓦の塀に囲まれた静かで落ち着いた場所です。ここのベギンホフは1245年にフランドル伯爵夫人マルガレーテによって設立されたものです。
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しかし本来の居住者がいなくなったため、1927年にベネディクト会によって買い取られ、現在はベネディクト派の修道女が暮らしています。
「フランドル地方のべギン会修道院群」として世界遺産に登録されていますが、べギンホフは修道院とは本来無関係です。 -
べギンホフの教会、聖エリザベス教会Begijnhofkerk Sint-Elisabethの内部です。
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べギンホフ南側の門です。右側には運河。
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門の横には運河を挟んで建つ煉瓦の家、質素で落ち着いた感じがします。この家の裏側に見えるのが聖エリザベス教会。
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この門を出た時です。突然雨が降り出しました。天気は良かったのに予想外!
駅まで駆け足で戻りました(駅から遠く離れた場所でなくて良かった)。持っていたガイド本「D社の歩き方」を雨除けにしましたが役に立たず(当たり前)びしょびしょのぐにゃぐにゃになりました。
ここまで来たらついでに北海まで行きたくなって、濡れた服など気にせず、隣のオステンドまで行くことにしました。 -
ブルージュ17:06発のICに乗って17:21にオステンド到着(西の終着駅です)。
小雨のオステンド駅前です。和蘭語ではオーステンデは「東の端」の意味ですが、西端の街がなぜこんな名前なのか不思議です。 -
駅の前には船がいっぱい。港湾都市ですから当然です。
17年前の若かりし頃(1991年)ドーヴァー海峡を渡ってこの港に着き、すぐに列車でブリュッセルに移動したことがあります。朝5時の真っ暗な中、寝ぼけたままの移動だったのでこの街の名前以外何も憶えていません。 -
駅から西に少し歩くと聖ピーター・ポール教会St. Petrus en Pauluskerkです。雨水の溜まった路上(聖ピーター・ポール公園)にも教会の姿。
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以前あった教会が1886年に焼失した後、1899-1908年にネオゴシック様式で再建されました。2基ある尖塔は高さ72m。この教会ファサードは珍しい東向き。
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入り口付近の彫刻。
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教会の西側に隣接するルイーズ・マリーの霊廟Mausoleum voor koningin Louise-Marie。たぶん初代ベルギー国王レオポルド1世の王妃ルイーズ・マリー・ドルレアンではないかと思います。彼女は1850年オステンドで亡くなっています。
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聖ピーター・ポール教会を西側から。
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聖ピーター・ポール教会の(道路を挟んで)西側には聖ピーターの塔Sint-Pieterstorenがあります。
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1886年の火災を免れた唯一の部分だそうです。
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港沿いの道フィッセルスカーイ通りVisserskaaiを北に進みます。
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通りの突き当りは北海です。とうとう来ました、天気が悪くて残念。
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ベルギーの海岸線です。砂浜はかなりの広さです。
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砂浜の手前に何か記念碑が建っていました。慰霊碑みたいですけど、船の錨があるんで、戦没者ではなく船乗りの慰霊碑でしょうか。
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黙祷。
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オステンド駅方向に戻ります。雨が上がって虹が出ました。
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夏はリゾート客で賑わう街のはず、晴れた日に訪れたい街です。
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多少は明るくなったか。
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オステンド駅です。さて、アントワープに戻ります。
オステンド19:05発のICでアントワープ20:38着。帰りの車内ではくたびれて爆睡でした。この後アントワープで遅い夕食。
明日は3か国目、ルクセンブルクに行きます。
(ルクセンブルク)https://4travel.jp/travelogue/11641610
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