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コロナ騒動で在宅時間が長くなり、パンやお菓子を焼いたり、手作りマスクを縫ったり…<br />何をやっても限界があります(泣)<br />そうだ!30年前にタイムスリップしてみよう!<br />と、30年前に友人3人でヨーロッパを周った旅を、ここに記してみることにしました。<br />この旅が私の海外旅の原点かな…<br /><br />※こちらの旅行記はあくまでも30年前の振り返りですので、観光などについての情報は一切ありませんのであしからず…<br />その地をご存知の方は今との景色の違いを、ご存知ない方も街並みを楽しんでいただけたら嬉しいです。<br /><br /><br /><br />ドイツからオーストリアに入国、ウィーンに4泊しました。<br />ウィーン西駅に到着早々、とっても親切な日本人に出会ったのです。<br />が、後にわかったことが…<br /><br />実はこのウィーン滞在ですが、次に入国するハンガリーのビザを取るために立ち寄ったのです。<br />ところが、ビザがスムーズに取れず2泊の予定が4泊もする羽目になり、その上観光予定がなかったため下調べができていなくて、グダグダの滞在となってしまいました。<br /><br />そんなことで、写真がほんの数枚しかありませんが、取りあえず載せることにします。<br /><br /><br /><br />1990.10.21 ドイツ→ウィーン   ◆ウィーン泊<br />1990.10.22            ◆ウィーン泊<br />1990.10.23            ◆ウィーン泊<br />1990.10.24            ◆ウィーン泊<br /><br /><br /><br />

女子3人、バックパック背負って、いざ!ヨーロッパへ③<ウィーン>

38いいね!

1990/10/21 - 1990/10/24

704位(同エリア6453件中)

maggie

maggieさん

コロナ騒動で在宅時間が長くなり、パンやお菓子を焼いたり、手作りマスクを縫ったり…
何をやっても限界があります(泣)
そうだ!30年前にタイムスリップしてみよう!
と、30年前に友人3人でヨーロッパを周った旅を、ここに記してみることにしました。
この旅が私の海外旅の原点かな…

※こちらの旅行記はあくまでも30年前の振り返りですので、観光などについての情報は一切ありませんのであしからず…
その地をご存知の方は今との景色の違いを、ご存知ない方も街並みを楽しんでいただけたら嬉しいです。



ドイツからオーストリアに入国、ウィーンに4泊しました。
ウィーン西駅に到着早々、とっても親切な日本人に出会ったのです。
が、後にわかったことが…

実はこのウィーン滞在ですが、次に入国するハンガリーのビザを取るために立ち寄ったのです。
ところが、ビザがスムーズに取れず2泊の予定が4泊もする羽目になり、その上観光予定がなかったため下調べができていなくて、グダグダの滞在となってしまいました。

そんなことで、写真がほんの数枚しかありませんが、取りあえず載せることにします。



1990.10.21 ドイツ→ウィーン   ◆ウィーン泊
1990.10.22            ◆ウィーン泊
1990.10.23            ◆ウィーン泊
1990.10.24            ◆ウィーン泊



同行者
友人
旅行の手配内容
個別手配
  • ★23日目(1990.10.21)<br />《1オーストリアシリング約13円》<br /><br />ドイツ・パッサウを出発し、ウィーン西駅に到着したのは夕方18時過ぎでした。<br />駅にはたくさんの宿の客引きがウロウロしています。(特に国際列車が到着すると)<br />いつもと同じようにユースに電話をしていると、Sちゃんが白人の客引きに声をかけられました。<br />まだ私たちも20代、こういうのは警戒してしまいます。(今ならハッキリ、必要ないねん!って突っぱねられるのですが…)<br />ユースに何件か電話をしていましたが、ずっと私たちの後ろに引っ付いていて、「こんな時間からユースの空きなんてないよ!」と言うのです。<br />悔しいかな、その通り…<br />数件電話しましたが、その時間ではどこも満室です。<br />その男、「ほら、見てみい」と言わんばかり。<br />「安くしてやるから今晩はうちに泊まりな」と。<br />仕方なく値段交渉(1泊500シリング/3人)し、その男の車に乗りこむべく歩き始めたところ…<br /><br />向こうから「だめよ!付いて行ったら!」と、日本人の男女の叫び声が聞こえてきました。<br />そして私たちの先頭を歩いていた白人男性と、日本人の男女がかなりきつい物言いで言い合いを始めました。(英語ではない外国語で… 今思えば、あれはドイツ語でしょうね…)<br />結局、白人男性から私たち3人を奪った日本人男女は、「あの男はマフィアの一味で、あの宿はサイテーなの。寝具もノミだらけだし、清掃もされてない部屋で、たくさんの日本人が犠牲になってるわ。あなたたちを救えてよかった…」と、延々とさっきの白人男性の宿の悪口を吹き込み、落ち着いた頃に、「私たちはペンションをやってるから、うちに泊まりなさい」と。<br />その時は3人で、「いやー、危ないところを助けてもらってよかったね」なんて言いながら、その日本人男女のホテルに向かいました。<br />ホテル到着後、料金を支払い(ひとり560シリング/2泊)部屋へ入ると、?????<br />何この部屋?寝具も汚い、掃除もできてないやん!<br />えっ?なに?なんなん?<br />なんや、結局、さっきの白人男性と客の取り合いしとっただけちゃうん?<br />なに?私ら巻き込まれただけ??????<br />もうほんとにほんとにサイテーなウィーンのスタートでした。<br /><br />夜な夜な3人で話し合い、ちょっとここにもう1泊は予算もオーバーしてるしキツイよな。と<br />

    ★23日目(1990.10.21)
    《1オーストリアシリング約13円》

    ドイツ・パッサウを出発し、ウィーン西駅に到着したのは夕方18時過ぎでした。
    駅にはたくさんの宿の客引きがウロウロしています。(特に国際列車が到着すると)
    いつもと同じようにユースに電話をしていると、Sちゃんが白人の客引きに声をかけられました。
    まだ私たちも20代、こういうのは警戒してしまいます。(今ならハッキリ、必要ないねん!って突っぱねられるのですが…)
    ユースに何件か電話をしていましたが、ずっと私たちの後ろに引っ付いていて、「こんな時間からユースの空きなんてないよ!」と言うのです。
    悔しいかな、その通り…
    数件電話しましたが、その時間ではどこも満室です。
    その男、「ほら、見てみい」と言わんばかり。
    「安くしてやるから今晩はうちに泊まりな」と。
    仕方なく値段交渉(1泊500シリング/3人)し、その男の車に乗りこむべく歩き始めたところ…

    向こうから「だめよ!付いて行ったら!」と、日本人の男女の叫び声が聞こえてきました。
    そして私たちの先頭を歩いていた白人男性と、日本人の男女がかなりきつい物言いで言い合いを始めました。(英語ではない外国語で… 今思えば、あれはドイツ語でしょうね…)
    結局、白人男性から私たち3人を奪った日本人男女は、「あの男はマフィアの一味で、あの宿はサイテーなの。寝具もノミだらけだし、清掃もされてない部屋で、たくさんの日本人が犠牲になってるわ。あなたたちを救えてよかった…」と、延々とさっきの白人男性の宿の悪口を吹き込み、落ち着いた頃に、「私たちはペンションをやってるから、うちに泊まりなさい」と。
    その時は3人で、「いやー、危ないところを助けてもらってよかったね」なんて言いながら、その日本人男女のホテルに向かいました。
    ホテル到着後、料金を支払い(ひとり560シリング/2泊)部屋へ入ると、?????
    何この部屋?寝具も汚い、掃除もできてないやん!
    えっ?なに?なんなん?
    なんや、結局、さっきの白人男性と客の取り合いしとっただけちゃうん?
    なに?私ら巻き込まれただけ??????
    もうほんとにほんとにサイテーなウィーンのスタートでした。

    夜な夜な3人で話し合い、ちょっとここにもう1泊は予算もオーバーしてるしキツイよな。と

  • ★24日目(1990.10.22)<br /><br />起床後すぐにユースに電話すると空室あるとのこと、即この日からの予約を入れ、このペンションの1泊分の料金を渋々返してもらうことができました。<br /><br />荷物をまとめチェックアウト後、旧市街地のほうへ行きハンガリー大使館を探したり、街ブラをし19時過ぎユースへ。<br />街ブラをしたはずなのですが、写真が全くないのです(泣)<br />シュテファン大聖堂も、ペーター教会も、ペスト記念柱も、モーツアルトもゲーテも、なんにもない!<br />そして行った記憶もない!日記に記してあるのは、「市場で食べたカツサンドが美味しかった♪」と…トホホ<br /><br />この写真もどこなのかわかりません。おそらく、グラーベン通りと思われます。<br />

    ★24日目(1990.10.22)

    起床後すぐにユースに電話すると空室あるとのこと、即この日からの予約を入れ、このペンションの1泊分の料金を渋々返してもらうことができました。

    荷物をまとめチェックアウト後、旧市街地のほうへ行きハンガリー大使館を探したり、街ブラをし19時過ぎユースへ。
    街ブラをしたはずなのですが、写真が全くないのです(泣)
    シュテファン大聖堂も、ペーター教会も、ペスト記念柱も、モーツアルトもゲーテも、なんにもない!
    そして行った記憶もない!日記に記してあるのは、「市場で食べたカツサンドが美味しかった♪」と…トホホ

    この写真もどこなのかわかりません。おそらく、グラーベン通りと思われます。

  • ★25日目(1990.10.23)<br /><br />朝食後、ハンガリー大使館へビザの申請に行きましたが、この日は祝日のようで閉まっていました。<br /><br />*日記より*<br />「どうしようか悩んだ末、IBUSZがあったのを思い出しそこへ行って聞いたら、代理で取ってもらえるとのこと」<br />IBUSZってなんや?と、先ほど調べてみたら、ハンガリーの旅行代理店(国営?)のようです。そういえば、なんかそんなんあったなあ…程度の記憶しか、残念ながらありません。<br />手数料は少しかかりますが、夕方16時には出来上がるとのことでお願いしました。<br />が、夕方取りに行くと、「今日は大使館が休みやから、また明日取りに来てねーー!」と言われた。いやいや待ってよ、今日大使館休みなん最初からわかってるやん!だから私ら、わざわざ代理取得お願いしたんやで!と言いたかったが、あの頃のヨーロッパの人たち、絶対英語喋ってくれなかったんです…<br /><br />仕方なしに、翌日の15時に取りに来る約束をして、IBUSZを後にしました。

    ★25日目(1990.10.23)

    朝食後、ハンガリー大使館へビザの申請に行きましたが、この日は祝日のようで閉まっていました。

    *日記より*
    「どうしようか悩んだ末、IBUSZがあったのを思い出しそこへ行って聞いたら、代理で取ってもらえるとのこと」
    IBUSZってなんや?と、先ほど調べてみたら、ハンガリーの旅行代理店(国営?)のようです。そういえば、なんかそんなんあったなあ…程度の記憶しか、残念ながらありません。
    手数料は少しかかりますが、夕方16時には出来上がるとのことでお願いしました。
    が、夕方取りに行くと、「今日は大使館が休みやから、また明日取りに来てねーー!」と言われた。いやいや待ってよ、今日大使館休みなん最初からわかってるやん!だから私ら、わざわざ代理取得お願いしたんやで!と言いたかったが、あの頃のヨーロッパの人たち、絶対英語喋ってくれなかったんです…

    仕方なしに、翌日の15時に取りに来る約束をして、IBUSZを後にしました。

  • さて、この写真なんですが銅像の前で記念撮影。<br />ですが、これどこ?レベルの写真です。<br />一応、街歩きはしていたようです。

    さて、この写真なんですが銅像の前で記念撮影。
    ですが、これどこ?レベルの写真です。
    一応、街歩きはしていたようです。

  • 美術史博物館

    美術史博物館

  • ★26日目(1990.10.24)<br /><br />今日の午後ハンガリーのビザをピックアップし、そのあとの電車でハンガリーに向かうと、ブダペストに到着するのが20時を過ぎる。<br />そんな時間に到着すると、ウィーンの二の舞になりかねないな。<br />仕方ない、ウィーンでもう1泊し明日の朝の電車でウィーンを出ることにしよう。と、昨晩3人で決めました。<br /><br />今日は中央墓地のほうへ行く予定だったが、昨日から強風がひどく外を歩ける天候ではない…<br />マクドで時間つぶしです。<br /><br />**ちなみにこの時マクドでマックシェイクを飲みました。<br />値段は19シリング(約247円)<br />カナダもそうでしたがヨーロッパのサイズは、日本のものよりワンサイズ大きい感じですが、小さいサイズでこの値段。<br />時代を考えるといいお値段ね。でも、今もそう値上がりしていない優良ショップとも取れますが…<br /><br /><br />いきなりウィーンでの出来事が、ウィーンの印象を悪くしたようで、3人ともウィーンを楽しもうという気が起こりませんでした。無駄に4泊もした感じ、と日記に記してます。<br />が、今思うとほんとにもったいない滞在でした。ウィーンっていっぱい見るところがあって、昨年のひとり旅の時には全然時間が足りなかったのにな。<br />まあ、年齢とともに趣味や嗜好って変わるし、あの時には魅力的な街に感じられなかったんだなーーー。<br /><br />楽しい思い出はなかったものの、ある意味、記憶に残るウィーン滞在となりました。<br /><br />明日はいよいよブダペストに向かいます。

    ★26日目(1990.10.24)

    今日の午後ハンガリーのビザをピックアップし、そのあとの電車でハンガリーに向かうと、ブダペストに到着するのが20時を過ぎる。
    そんな時間に到着すると、ウィーンの二の舞になりかねないな。
    仕方ない、ウィーンでもう1泊し明日の朝の電車でウィーンを出ることにしよう。と、昨晩3人で決めました。

    今日は中央墓地のほうへ行く予定だったが、昨日から強風がひどく外を歩ける天候ではない…
    マクドで時間つぶしです。

    **ちなみにこの時マクドでマックシェイクを飲みました。
    値段は19シリング(約247円)
    カナダもそうでしたがヨーロッパのサイズは、日本のものよりワンサイズ大きい感じですが、小さいサイズでこの値段。
    時代を考えるといいお値段ね。でも、今もそう値上がりしていない優良ショップとも取れますが…


    いきなりウィーンでの出来事が、ウィーンの印象を悪くしたようで、3人ともウィーンを楽しもうという気が起こりませんでした。無駄に4泊もした感じ、と日記に記してます。
    が、今思うとほんとにもったいない滞在でした。ウィーンっていっぱい見るところがあって、昨年のひとり旅の時には全然時間が足りなかったのにな。
    まあ、年齢とともに趣味や嗜好って変わるし、あの時には魅力的な街に感じられなかったんだなーーー。

    楽しい思い出はなかったものの、ある意味、記憶に残るウィーン滞在となりました。

    明日はいよいよブダペストに向かいます。

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この旅行記へのコメント (1)

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  • Reinheitsgebotさん 2021/07/30 11:57:01
    これどこ?
    こんにちは。

    “これどこ?”……美術史美術館と自然史博物館の間の広場に立つマリア・テレジアですね。

    自然史美術館は今だに未訪問。美術史博物館は4度目の滞在でようやく入館しましたが、お目当てのフェルメール『絵画芸術』はなんとメンテナンス中。ベラスケスやブリューゲルで我慢……ですが、相変わらず美術館は苦手です。

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