2025/09/09 - 2025/09/09
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frau.himmelさん
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2026年最初の旅行記なのにもう既に2月。
新年のご挨拶が遅くなってしまいましたが、本年もよろしくお願いいたします。
世界で最も美しい図書館と言われるオーストリア国立図書館のプルンクザール(豪華なホール)。何度見ても素晴らしい。
特に今回の特別展は「写真でみるオーストリアの一世紀 1925-2025」。近代歴史に興味がある私は、何枚も何枚も写真に撮りました。
そして旅行記にまとめようと調べ始めたら、これがまた面白い。1枚の写真であっちこっちに飛んだりひっかかったり、旅行記に纏めるどころかますます混乱するばかりで、出口が全く見えなくなってしまいました。
そんな状態が昨年末から1か月以上続いていますから、これはさすがにまずいですね。旅行記はどうなるの?
危機感を抱いた私は奥の一手を使うことにします。
プルンクザールは後回しにして次へ進もう!
ということで、前回から1カ月以上間をあけての旅行記再開です。
後期高齢者2人を含むシニア3人旅の2日目後半です。
カフェ・モーツアルで朝食を摂り、王宮を散策して、美しい図書館(プルンクザール)を見学した後は、二手に別れて行動です。K氏M子さんは美術史美術館へ、私は前から観たかった別の博物館へまいります。
そして夜は楽友協会でモーツアルトコンサートが予約してありますので、いったんホテルに集合して6時に出発です。
追記
本日、K氏から電話がありました。
旅行記がなかなかアップされないけど、どうしたの?って。
やっぱりそう思いますよね(笑)
- 同行者
- 友人
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
「世界で最も美しい図書館」と言われるプルンクザール。
私は二度目でしたがやはり何度見ても美しい。 -
天井と言わず壁と言わず、豪華豪華で圧倒されます。
-
特に今回は「写真でみるオーストリアの一世紀 1925-2025」の写真展は面白かった。
オーストリアの現代史、そういえばドイツの現代史は何度か調べたことがあるけれど、オーストリアの現代史は今まであまり調べたことがありませんでしたね~。
もう少し調べて、出口が見えて来たら、いつの日か旅行記で発表させていただきますね。
(写真はオーストリア国立図書館のサイトより)下記の許可あり。
Die Verwendung des zur Verfügung gestellten Bildmaterials im Rahmen der Berichterstattung über die Österreichische Nationalbibliothek ist kostenfrei. -
そうと決まれば次へ行きます。
プルンクザールを堪能してヨーゼフプラッツに出てまいりました。 -
あれっ、あの馬車は?
さきほど王宮のミヒャエル門ですれ違った馬車じゃない?
前回の旅行記の表紙に使っていますので間違いありません。 -
これが前回の表紙写真。
と言うことは、私たちがプルンクザールを見学していたのは約45分でしたから、あの方たちはその間ウィーンの旧市街を馬車で観光していたのですね。
異国ではどんな偶然も楽しく感じられる。 -
そしてその馬車の横の建物は?
忘れもしません。2016年にメンバーは違いましたが、同じくシニア三人旅で「第三の男」ロケ地探しをしている時に見つけた重要な場所でした。 -
それがその時の写真(2,016年写す)
パラヴィッチーニ・フリース宮 (Palais-Pallavicini-Fries)。
1784年に銀行家ヨハン・フォン・フリースのために建てられた宮殿。
建築様式で言うと、女性が建物の柱を支えていますから「カリアティート」ですね。 -
さて、ヨーゼフ広場に戻りましょう。
ウィーン国立図書館の建物の左手の方にアウグスティーナ教会の入り口があるはずです。 -
入り口を探して中にはいると、美しいパイプオルガンの音が聞こえる。壁に設置されたオルガンに向かって女性が弾いている。
それを聴きながら教会見学、なんて贅沢な時間なのでしょう。
それにしても豪華なゴシック様式の室内です。
左側には聖アウグスティヌスが。右側には金箔が施された説教壇。 -
いかにもゴシックらしい豪華な中央祭壇。
アウグスティーナ教会はハプスブルク家の宮廷教区教会として14世紀に建てられました。その後何度かの増築・改築がなされ現在に至っています。
この教会では皇帝の戴冠式やハプスブルク家の結婚式が執り行われました。
有名なところでは
・マリア・テレジアとロートリンゲン公フランツ1世。
・マリー・アントワネットとフランス国王ルイ16世(代理)
・マリー・ルイーズ(神聖ローマ皇帝フランツ2世の娘)とナポレオン・ポナパルト(代理)
・フランツ・ヨーゼフ1世とエリザベート(シシイ) -
祭壇の中央には世界の支配者キリストが、その周囲には多数の天使と皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の守護聖人の彫像がおかれています。
-
身廊。
リブヴォールトの天井は高くて室内はとても明るい。
祭壇側からパイプオルガンを臨みます。
結構多くの入場者がいますね。 -
小祭壇もいろいろと。
右側祭壇の聖人は聖アウグスティヌス。 -
この教会の中で最も有名なのはこの白い大理石の豪華な彫刻。マリア・テレジアの娘、マリア・クリスティーナのお墓です。
(アントニオ・カノーヴァ作、1805年)
マリアテレジアの子供たちはみな政略結婚でしたが、マリア・クリスティーナは唯一恋愛結婚を認められました。 -
しかし私が最も興味を持ったのはこの祭壇。
カール1世(1887-1922)、最後のオーストリア皇帝の祭壇です。
どうしてカール1世の祭壇があるのか? -
大伯父フランツ・ヨーゼフ1世の没後、オーストリア皇帝に即位しましたが、在位期間が2年弱と短く、歴史的には影の薄い存在でした。
カール1世の皇帝即位に際しても大変な紆余曲折がありました。
皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の皇位継承者、息子のルドルフ皇太子がマイヤーリンク事件で謎の死を遂げ、次の後継者フランツヨーゼフの甥フェルディナント皇太子がサラエボ事件で暗殺され、フェルディナントの弟でカールの父であるオットー・フランツが早世したため、全く予定していなかったカールが皇帝の座に就くといういきさつがありました。 -
第一次世界大戦敗戦後、ハプスブルク帝国は解体され、カール1世はその妻と共にマディラ島へ流されました。
そして彼は1922年に亡くなりました。
しかし彼はキリスト教への信仰心は篤く、徳の高い優しい心の持ち主だったようです。 -
2003年、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世は、そんなカール1世を、20世紀の国家元首としては初めて「福者」に認定しました。
そして2004年にサン・ピエトロ広場で列福式が執り行われました。
国家元首初の「福者」カール1世の祭壇はアウグスティナー教会だけでなく、他にも数多く存在するそうです。
福者:キリスト教、カトリック教会において徳と聖性が認められ、聖人に次ぐ福者の地位に上げられることをいう。(Wikiより) -
アウクスティーナー教会の地下には、ハプスブルク家の歴代の心臓が眠っている納骨堂があります。
今回ここを訪れた理由の一つはこれを見たいと思ったからでしたが、日曜日だけしか入れないようです。しかも予約制。
やっぱり行き当たりばったりではダメですね。 -
「神の慈しみへの祈り」のイエスキリストにお別れをして外に出ます。
-
ここからK氏M子さんとは別行動。
お二人は美術史美術館へ、私は何度も行っているし、もう少しこの近くをぶらぶらして新王宮にあるウィーン歴史博物館へ行きます。
ハプスブルガ―ガッセ。
マリアテレジアイエローの建物がこの歴史的な街並みにマッチしています。 -
ハプスブルが―ガッセのバス停。
1A,2Aと言うのは狭い旧市街を走るミニバスの停留所。私も一度は乗ってみたいと思っていましたが、歩いて回ったほうがしっかり観光出来るのでいつもパス。 -
ミヒャエル広場にやってきました。
目の前にあるのは、古代ローマ遺跡(ウィンドボナ)。
その向こう、右側の建物はロースハウス(既出)。 -
ミヒャエル門をくぐって再び英雄広場へ。
弓なりの新宮殿。 -
プリンツ・オイゲン公の騎馬像の後ろ、新宮殿のバルコニー・・・。
-
そうです、1938年3月12日、このバルコニーでナチス・ドイツのヒットラーがアンシュルス(オーストリア併合)を宣言したのです。
この広場には熱狂する何十万という群衆が詰めかけて、ヒトラーを歓迎したのでした。そしてオーストリア国民の99%以上の人々が併合に賛成しました。(写真は2018年5月の旅行記より) -
私が訪れたかった博物館はここにあります。
アンシュルスを宣言したバルコニーの下の入り口から入ります。 -
hdgo(House der Austrian History)。オーストリアの現代史博物館です。
開館は2018年11月、意外と新しい博物館です(しかもコロナ期のことを考えれば) -
展示物はとても興味深いものでした。
これも美しい図書館(プルンクザール)のオーストリア100年史と被りますので、別編で合わせてまとめたいと思います。
1938年、オーストリアが大きく動いた年でしたね。 -
1955年、変革の年でしたね。
これらのパネルもいつか旅行記で登場させます。 -
アンシュルスが宣言された新王宮のバルコニー出口から右に出ます。
640年もの長きにわたりハプスブルク家の政治中枢であり居城であった王宮、壁面には様々な時代の兵士の立像が飾られています。 -
更にその先には「hofburg」。
万国旗が並ぶ建物はOSCE(欧州安全保障協力機構)。 -
ホーフブルクの中を通り抜けます。アーケードにはお土産屋さんが並んでいます。
日本人形。アクセサリー屋さんですね。 -
プチポワン。細かい刺繍です。
私もずっと前にお土産にいただいたことがありますが、お値段を見てビックリ。手前のバッグは1,870ユーロ。180円として34万円! -
お馴染みモーツアルトさん。オルゴールやさんでしょうか。
-
その他にもオーストリアの魅力あるお土産がいろいろあります。
驚いたのはミニ扇風機があったこと、あれって日本だけのものかと思っていましたが、ウィーンでも使うのですね。 -
昔は私もいろいろ買ったものでしたが、後期高齢者になるともう断捨離です。物欲がなくなって今はただ見るだけ。
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赤と黒色が印象的なスイス宮の門。
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中庭のフランツ2世の像の前をクラッシックスタイルの赤い観光ジープが通ります。
この場面にとても調和している。 -
王宮からミヒャエル門を通って、ミヒャエル広場へ。
さっきから行ったり来たり、今日何回目のミヒャエル広場だろう。
そうだ、ミヒャエル教会の中を見てみよう。 -
1200年代に建てられたウィーンで最も古い教会の一つです。
観光客も大勢います。
そう言えばこの辺の入り口の段に、集団で(5,6人)並んで座って、スーパーのお惣菜を食べている彼のアジアの大国の人々を見た時には驚きましたね。 -
ファサードの屋根には悪を退治する大天使ミヒャエル、その両脇には翼を持つ天使の像。
大天使ミヒャエルに捧げられた教会です。 -
中に入ります。
内陣はちょっと薄暗いけど、主祭壇の方は眩いくらいに明るい。 -
うわー、なに?この豪華な漆喰の祭壇は!
1782年にカール・ゲオルク・メルヴィルによって制作された「天使降臨」の巨大な彫刻。
その下にはビザンチン様式の聖処女マリアのイコン。それを二人の大天使が捧げ持っている。
迫力があります。 -
天井部分も煌びやか~~!
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落ち着いた佇まいです。
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優美な説教壇
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パイプオルガンは1714年作、ウィーンのバロック様式のオルガンとしては最大のものだそう。
1749年には17歳のハイドンが演奏をし、1791年にモーツアルトが亡くなった際にはここで追悼式が執り行われ、モーツアルトのレクイエムの初回演奏がされたそうです。 -
美しい漆喰の小祭壇。
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マリア像の前にはたくさんのかわいい花が捧げられています。
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ウィーンで最も古い教会です。壁には1350年ごろのフレスコ画も残されている。
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壁に嵌め込まれた像は、私の調べ方に間違いなければオーストリア第一共和国時代の首相のエンゲルベルト・ドルフース(1892-1934)。
強権的な政治で、オーストロファシズムの独裁者で結構長くファシズムの独裁体制を確立していた人物です。今回のプルンクザールの旅行記で私が悩まされた人物でもあります。
結局、ドルフースは対立していたオーストリア・ナチスのクーデターで暗殺されましたが、私の浅い知識では、ファシズムとキリストの教えとは相反するもののような気がします。
なのに、どうしてドルフースは由緒ある教会で聖職者にみたいに飾られているのか、どうも不思議でした。 -
聖ミヒャエル教会を後にします。
緑のアーチが飾られた雰囲気のい路地裏。こういうガッセ(路地)って好きなのよね~。 -
そこを抜けてアルベルティナー美術館。
今はモネとピカソの特別展をやっているようです。
今頃、K氏とM子さんは美術史美術館で名画を鑑賞しているかな? -
今朝朝食を摂ったカフェ・モーツアルト。
そういえば、ちょっとお腹が空いてきた。もう3時です。ちょっとケーキでもいただこうかしら。
と言いつつ、私はモーツアルトに入らないで右側の角を曲がります。 -
そこにはホテルザッハーがあるのです。
もちろんお目当てはザッハトルテ。
しかし長蛇の列ですね。ここは諦めます。 -
その先は国立オペラ劇場。
人が多いですね。オペラ劇場の見学ツアーを待っている人々でしょうか。
私もツアーを利用してこの劇場を見学したことがあります。なかなかいいですよ。 -
さて、どこに行こうか?
お二人とは6時にホテルで待ち合わせだからそんなにゆっくりしていられません。
私が1番のトラムに乗ってやってきたところはブルク劇場・・・、じゃなくて。
ブルク劇場は、ゼンパーらによって設計されたネオ・バロック様式の美しい劇場です。1888年に完成しました -
劇場の前にあるカフェ・ラントマンです。
ここも数年前シニア3人旅で訪れた大好きなカフェです。
実はここに来る前にお二人にラインを入れました。
「これからラントマンに行きますが、美術館が終わったら来ませんか。場所はKさんが知っています」と。 -
有名カフェですから皆さん優雅にカフェタイム。
お二人の姿は見えませんね。
私は空いている席に座ります。 -
注文したのはメランジェとザーネたっぷりのザッハトルテ。
ザーネは甘くない生クリーム。トルテと一緒にいただきます。
カップを見るとラントマンって創業150年なのね。
ホテルザッハより古い老舗なのです。 -
お二人の返事が入っていました。
M子さんは「今公園です。薔薇の咲いている・・・」と。あらフォルクス庭園かしら。近いわね。
K氏からは「ホテルの前の教会にいます」と。ヴォティーフ教会かしら。
ということは美術館を見学した後、二人別々に行動しているってことですね。
じゃあここには来ませんね。 -
少しゆっくりラントマンの余韻を楽しんで席を立ちます。
「ウィーンで最もエレガントなカフェ ラントマン」屋外の女性像もエレガントです。 -
ラントマンの先に見えるのは、「リーベンベルク記念碑」。
リーベンベルクは17世紀のウィーンの市長でした。
彼は、第二次オスマントルコのウィーン大包囲のさい、市民軍を組織し、団結と勇気を与えました。
記念碑のてっぺんには勝利の女神ヴィクトリアの姿、下には楯を持った傷ついたライオン像。
中央にリーベンベルク市長の金色のレリーフ。 -
リーベンベルク市長の後ろの小高い丘がメルカーバスタイ。
その向こうの建物(バスクラティーハウス)の4階に1804年から1815年までベートーベンが住んでいました。
2016年のシニア3人旅で建物の下まで行きました。 -
メルカーバスタイ側のエスカレーターを使って地下道に降りました。
-
次にウニヴァージテート(大学)側のエスカレーターで地上に出ます。
-
トラムが通る広い通りはヴェ―リンガー通り。
3人の集合時間までもう少し時間があるので近くを散策します。 -
この建物は、M子さんが朝の散歩で通った時にありましたね。
煉瓦造りの由緒有りげな建物、素敵です。目の付け所はいっしょです。 -
M子さんの写真では何の建物なのかわからなかったけど、ここに撮っておりました。
ウィーン医科大学だったようです。 -
そのお隣の建物も素敵。入り口には柱を支えるアトラス像。
-
あ、あそうだ!
今のうちにヴォティーフ教会の内部見学をしなければ。
2019年に訪れた時は月曜日で休館のために入れなかった曰くつきの教会です。 -
ネオゴシック様式の美しい教会。
シュテファン寺院に次いでウィーンで2番目に大きい教会だとか。
フランツ・ヨーゼフ1世がテロの暗殺から奇跡的に助かったことを神に感謝して1879年に建てられた教会です。 -
ファサードの見事な彫像。
イエスキリストを中心として上にも横にも聖人や聖女。 -
だけど扉が開かない。
どこか他に入り口があるのだろうか?
ぐるっと回って探す。
通りがかりの男性を見つけて「アインガング(入り口)はどこですか?」と聞く。
その男性「入り口はそっちだけど、もう閉まっているよ」と。
え~~~~っ! -
月曜日~金曜日は16時で終わりですって。
もうとっくに過ぎていますすね。
前回は月曜日で休館、今回は時間切れ。
私って本当にツイテいないですね。
目の前のホテルに3泊も宿泊したのに、内部見学ができないなんて。 -
仕方がない、ホテルに帰ろう。
K氏M子さんはもう帰っているかしら。
今日はこれから楽友協会のコンサートです。
2日目はまだ続きます。だらだらと長くなって申し訳ありません。
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