2020/02/17 - 2020/02/17
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杉本寺/報国寺を参拝後、鎌倉市の立札に <←杉本寺/報国寺/浄妙寺→>があったので、(別の日に)浄妙寺を訪ねました…金沢街道巡りの東側<浄妙寺/延福寺跡のやぐら,明王院,大慈寺跡,明石橋の石仏さま,光触寺,十二所神社>を参拝/散策しました(^^)
浄妙寺は足利家のお寺;引両紋;足利二つ引`なんですね(報国寺も)! 開基は足利家/墓地も足利家/やぐらも足利家(-_-!) 山門から参道沿いは見事な枯山水の庭園と白紅の梅も♪ 本堂は屋根の大きさ/緑青色の銅板葺き/両端がチョッと跳ね上がるのも印象的です♪
明王院(開基;鎌倉幕府4代将軍 藤原頼経公)と大慈寺跡(開基;3代将軍 源実朝公)はお隣でも参拝することができないです…大慈寺が廃寺になったのは? 光触寺と十二所神社は鎌倉と六浦を繋く由来が関係しますね…`朝夷奈峠の切通し`は次回ですね(^^?) (ただ、崖崩れで通行止めです) 明石橋の石仏さま/各地域の案内板は鎌倉市/市の人々に感謝します
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通手段
- 徒歩
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-
<浄妙寺>
鎌倉の立札
浄妙寺に着いた…杉本寺/報国寺は3日前に訪問済み
次は光触寺に(?) -
山門
`稲荷山浄妙禅寺`のが石柱
瓦には`引両紋;足利二つ引`ですよ!
(この前の報国寺は足利家時公;孫は足利尊氏!) -
参道
両側が枯山水の庭園、白紅の梅も咲いてますね!
垣根は何かの象徴ですかね,,
真っ直ぐ本堂に向かっています(表紙の写真) -
本堂
圧倒されました;屋根の大きさ/緑青色の銅板葺き!
両端がチョッと跳ね上がるのも印象的です
鎌倉五山 本尊は釈迦如来
開基は足利義兼(足利宗家2代,鎌倉時代前期の武将)
初めは極楽寺で`浄妙寺`に;足利宗家7代で足利貞氏の法名 -
本堂(2)
参拝しました
禅寺の特徴`方丈`と、浄財箱には`引両紋;足利二つ引` -
境内
本堂の裏山にはお墓がありました
階段を登ると,, -
足利貞氏公の墓地
立札の案内板に`足利貞氏公の墓`が
足利貞氏;足利宗家7代で足利尊氏の父! -
足利貞氏公の墓地(2)
足利貞氏公の墓;宝篋印塔
墓地ですが`廟所`の形にしなかったのは?
…開基は足利宗家2代で申し分なしで、
宗家7代`室町幕府初代征夷大将軍の父`~風習?
-
境内(2)
もう一つ、足利家のお墓がありました
小さな立札の案内板に`足利直義公の墓`が -
境内(3)
うっそうの竹林道を通ります
(報国寺の`竹の庭園`とは違いますね) -
<延福寺跡のやぐら>
浄妙寺境内の西北が延福寺跡
これはこれは<やぐら>で`足利直義公の墓` -
延福寺跡のやぐら(1)
足利直義公の墓
足利直義;足利尊氏の弟で延福寺で幽閉(観応の擾乱)
浄妙寺のお墓 足利貞氏公は尊氏と直義の父です
…`反乱`には<やぐら>?!;足利一族なのに(-_-!)
(報国寺のやぐらにも`永享の乱;足利義久公の墓`が,,) -
延福寺跡のやぐら(2)
三つのやぐらで、最初は`足利義久公の墓`
真ん中は、多分ご家来(?)の墓/五輪塔 -
延福寺跡のやぐら(3)
後は五輪塔も少ないのできっと名のある武将(?)
三つのやぐらには竹の筒に生花が!
ただ、
浄妙寺の栞には`足利義久公の墓`はなしでした
-
境内(4)
やぐらから境内に帰ると、桜が咲いていました
山門では梅が、稲荷山は桜が♪ -
石窯ガーデンテラス(境内)
浄妙寺境内の中に`洋館左側がレストランの入り口`
(浄妙寺拝観料を払ってですよね!) -
喜泉庵(境内)
茶席です;浄妙寺の庭園は茶庭ですね♪
境内と同じ枯山水…`禅寺`の茶庭 -
花塚(境内)
本堂-山門には`花塚`;生花が供えています
流石、`花の感謝`で鎌倉華道会が花供養を♪ -
境内ご案内
浄妙寺に着いた時には見逃していました
(`受付`が気になっていた為)
やっぱりこの地図でも`延福寺跡のやぐら`はないですね
さて、次の場所は? -
<明王院>
鎌倉の立札
例に寄っとり立札をみると`明王院`が近い!
その後に`光触寺/十二所神社`ですね
金沢街道から一段下なので`スリップ注意`看板も -
寺標(石碑)
`五大堂 明王院`の堂々した文字が記載!
明王院;別名`五大堂`(=本尊;五大明王像)
ここより参道がですよね…冠木門が見えています
-
本堂
桜の参道(また蕾)を本堂に;鎌倉には珍しい`茅葺屋根造り`!
開基;鎌倉幕府4代将軍 藤原頼経公
本堂(木造五大明王像が安置)に参拝
(撮影禁止の立札)
`スリップ注意`の街道でなく、裏道を通りました -
<大慈寺跡;石碑>
鎌倉幕府3代将軍 源実朝公が建立したかつての大寺院`大慈寺`
`建保2年 源実朝創建;本堂/丈六堂/釈迦堂/三重塔//で 荘厳,,
星霜700年,一片礎石,,`…昭和時代 鎌倉町青年団が♪
3代将軍の大慈寺大伽藍と4代将軍の明王院が東側一帯に建造!?
(火災or移転,,廃寺なることが分かりませんでした) -
金沢街道に戻りました
<明石橋の石仏さま>
お地蔵様/石仏さまが目に入りました
逗子と鎌倉に行く交差点`明石橋`です
交差点付近です…ちゃんと整理が行届ていました
近所の人の好意ですね、ありがとうございます♪
-
石仏さまから交差点を見ると
交差点で車がいっぱいで向こうにはコンビニ店が!
`光触寺方面`なので、コンビニで買って/飲んで♪
さ~、光触寺に!
-
<光触寺>
金沢街道(右側)を右折すると滑川の橋`光触寺橋`を♪ -
本堂
一遍上人が開基の時宗で、本堂の参道広場には`お姿`が(-_-)
本尊は阿弥陀三尊で、中尊の阿弥陀如来像は`頬焼阿弥陀`が
一対の常夜燈が記入されていました♪
`大慈寺 丈六堂`の本尊であったという阿弥陀如来の仏頭も! -
塩嘗地蔵(しおなめじぞう)
切通し峠の朝比奈(朝夷奈!)の`塩の道`で塩商人がお参りに!
(次回は朝夷奈峠の切通し?) -
<十二所神社>
鎌倉の立札
今度は`鎌倉ものがたり`の下案内が
やっと来た`十二所神社`に! -
十二所神社
光触寺境内にあった`熊野十二所権現`が天保九年(1838)にこの場所
明治時代`十二所神社`という名称に改められました
地名`十二所`の由来;`熊野十二所権現`から地名も`十二所` -
十二所神社(2)
朝比奈切通入口の六浦道を挟んだ対面に所在;地名`十二所`の鎮守です
本殿/神楽殿?/丘陵壁面/石蹟等が丘陵境内にあります
本殿に参拝しました(事務所はないでした)
さて、次は;光触寺でも;朝夷奈峠の切通し(^^?)
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