1998/02/26 - 2014/02/26
13位(同エリア32件中)
palさん
フラフラ国には10回ほど出張しました。
最低土日を挟んで、9日間、
最長は1ヶ月でした。
長いとフラフラでした(=_=)/
フラフラ語づけだと、フラフラで、
たまにジャポネ、日本語を喋りたいっちゃ(>_<)///
ブリブリ語でもいいですぅ。
巴里じゃなくて、地方都市でした。
普通の日本人だと知らない街です。
でも、もし日本だったら、
愛知の豊田市とか、東京の東芝町みたいな、会社の城下町的な街でした。
街に会社の名前は付いてませんけどねぇ。。。
https://youtu.be/uty2XtS1WYE
フラフラ国リピーターでも滅多訪れない、ラブリーな街でした。
街の丘のランドマークに大聖堂がありますが、その下にはローマ神殿が埋まっているらしいです。
(*_*)⁉ほんまでっか?ヒョエー
でも、ローマ神殿を掘り起こすのは不可能です。
だって、でっかい大聖堂がその上にそびえ立っていますからねぇ。。。
フラフラ国の出張生活と言うと、
朝食はホテルです。
クラシカルなホテルは大好きなんですけと、毎朝、セルフサービスで、
オレンジジュース/カフェ、クロワッサン/バゲット、ジャム/バター、ハム/チーズだけ
3日目にはブチ切れます(=_=*)
せめて、サラダとか卵料理ないんかい(=_=*)ブチブチ
昼食は社内のレストラン食堂。ビュッフェ方式で、バゲット、アントレ、肉/魚、デザートなど選り取り見取りで選べます。
ビール/ワインもあったりします(*_*)マジ!?でっか
食後の立ちのみカフェまであります(^_^)/さすがにカフェはコーヒーだけで、アルコールはありません。
でも仕事が休みの土日のランチは、レストラン放浪です(=_=)
夕食は、街のレストラン放浪。。。
仕事を終えて、ホテルに仕事のバックパックを放り込んで、先ずはオープンカフェで街を眺めてビールを1杯ですねぇ。
それはいいとして、
今晩はどこにしようかなぁ、なに食べようかなぁ、って、毎晩のレストランを探しての放浪は結構辛いのです。
日本みたいに、メニューのサンプルのディスプレーも、写真メニューも無いのです。
店の前のメニューをパラパラめくりながら放浪して、フラフラっと入って、ボンソワァーですねぇ。
今晩はここにしようって入っても、これは何じゃろう、何じゃろうって、
フラフラ語のメニューと、にらめっことなるでのす(=_=)アー ギャー マー
よくブリブリ語の併記があるのですが(=_=)やっぱりブヒー
とりあえずワインのピッチャー500ccシルブプレとギャルソンのお兄さん/お姉さんにお願いすることとなるのです(=_=)ブヒー
毎食フラフラ料理だけだと、駄目です(=_=)。
デカ盛りで重くて、フラフラレストラン巡りは、ブクブク太ってフラフラっとなります。。。
フラフラ国に出張以前はスリムだったのに、おっちゃん腹となりました(>_<)哀れブタ腹、ぶひー
なので、ベトベト人のレストランに、よく通ってました(+_+)/
日曜日にもご開店のベトベト レストランは誠にブラボー(^_^)///でした。
そんな難民みたいな出張生活で、たまに、
フラフラ人の同僚が、自宅に招いくれて、奥様のフラフラ手料理と美味しいワインを振る舞ってくれるんですよねぇ。
そんな日は、ウキウキモードでした(^_^)///ブラボうれひーぃ///にゃぁ
そんなトレビアンな思い出の、写真の無い思い出の旅行記です(^_^)///
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ムッシュー B
入社して初めての mon chef モンシェフ 我が上司でした。
日本赴任5年ほど。
シェフですけどコックさんじゃないです。
chef シェフは、ブリブリ語だと、chief チーフですねぇ。。。
つまり、ボスです。
日本語がとってもうまかったです。
入社してすぐに、
私が日本語を話します。あなたは英語喋らなくていいです。
って言われて(=_=*)ブチ切れました。
フラフラ語、話してやろうやんけ、って猛勉強しましたよ。
この人が上司じゃなかったら、私はフラフラ語を話せるようになかったでしょう。
フランス人はミッシェルがお好き事件(*_*)或いは、ミッシェル ポルナレフ事件
B氏の名前は、ミッシェルだったんですけど、
ある日、私と3人のフランス人と会議がありました。
それが、私の上司も他の2人も名前がミッシェルでした(=_=)ありえない。
もう、みんな、ミッシェル、ミッシェル、ミッシェルって呼び合って、
みんなミッシェル(=_=)かい
私だけミッシェルじゃない(T_T)ブヒー会議でした。。。
私がミッシェルと叫んでも、
3人のミッシェルが、
だれやねん?
って感じでした(=_=)/ブヒー
元上司には、1998年のフランス出張で、フラフラ国にようきたなぁと、と、可愛がってもらいました。
ピカピカのBMW M6でホテルにお迎えで、ぶっ飛ばしてきてくれました。
スゲぇ(*_*)
この人は日本で駐在中、YAMAHAの1000cc級のバイクで事故りました(=_=)担ぎ込まれた病院に駆けつけましたよ。
それ以来、奥様のためにバイクはやめたそうですが、フランスに帰って、フラフラ車ではなくて独国のBMWでキーンとぶっ飛ばしていました(=_=)ウヒョー
高原にある可愛い家でした。
日本から連れ帰った犬さんも、元気でした(^_^)ワンワン
クンクンクンクンとジャポンの匂いを嗅いでくれました。
おみゃーフランス語で吠えてるのか?
日本の犬語は、ワンワンじゃ(+_+)///忘れたか?
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ムッシュー G
2番目の mon chef モンシェフ 我が上司でした。
ああ、でも、ガルシアって、エスパニョール系?
そうじゃ、私にはエスパーニャの血が混じっているのじゃ。
私はカスティーリ語もカタルーニャ語も話せるのじゃ。ガリシア語もできるぞ。っと、えっへんと豪語していました。
んー、でも、私も関東弁、関西弁、話せるっちゃ(+_+)///
と対抗していました(+_+)そんなもんやろ
実際いに、エスパーニャ国から上司にスペイン語で電話があった時には、ブエノ、ブエノって非汗でした。。。
嘘、バレバレ(=_=)爆
あかん(=_=)やっちゃ
休日に、日本に来たばっかりの奥さんが、うどんを作りたい、って私、日本男子にリクエストがありました(=_=)/
休日でしたけど、
はい喜んで、と、
ウイー(+_+)///と引き受けました。
奥様はフラフラ人でした。
Gさんより、のっぽの美人奥様とは、スーパーでデート?で、楽しかったです。
それは海なし県で、
海あり県出身の私には、誠に味気ない海鮮売り場でした。。。
奥様はニコニコ、これが美味しいっちゃ、って
サメ(=_=)でした。海あり県では見たことがなくて、びっくり。
サメの切り身って、初めて見ました。
海無し県民は、サメ食うのかって、目からウロコでした。。。
奥様は、これも美味しいっちゃ、って
イナゴの佃煮を指差しました(*_*)wow
ひぇー、海無し県民(*_*)びっくりです。
フラフラ人はチャレンジャーです(*_*)っちゃ///
フラフラ奥様と、リクエストのうどんを、カツオ節から出汁を取って作りましたぁ(^_^)v
出汁をとったのは、初めてでした。
うどんは、市販のものでした。
フラフラ奥様はパスタみたいにうどんをこねて作ってみたかったようですが、それは(>_<)さすがに無理です。
在日わずかだった頃のフラフラ奥様は、何それぇ、って、スーパーで買った一緒に買った醤油とみりんに興味津々でした。
お宝探偵団が始まった時期で、フラフラ夫婦は日本語がわけわからずも、興味津々で、くいづけでしたねぇ。
私は、Votre antiquité c’est combian?
あなたのアンティークは、いくら?
って、訳して、ナルホド、って大受けでした。
アンティークは、フラフラ語では、
アンティキテです(=_=)フラフラ
お宅にでっかい花瓶があって、ジャポネはええなぁって飾ってました。
あのー、そのー、その壺は、どうみても
Chinois(シノワ プーさん帝国)です(=_=)
ボスと奥様はえぇー、ジャポネじゃなぃのぉと、がっかりでした。
どこで買ったのか摩訶不思議。
ジャポネとシノワの違いはフラフラ人には、わからないのです。。。
のっぽの奥様は、1度だけ私を含めて、旦那さんの日本人の子分10人ぐらい招いてくれたことがあります。。
うみゃー、トレビアンでした。
10数人分って大変ですよねぇ。
シェフでもないのに、奥様はニコニコで腕をふるってくれて、ブラボーでした。
うどんがお気に入りだったのかなぁ。
フラフラ国に帰って、
きっと、
ジャポネのうどんをみんなに振る舞って披露してることでしょう。
私がフラフラの奥様にうどんを教えたシェフです(=_=)フラフラの奥方様、ブヒーでござでるつかまつ(+_+)る。。。
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ムッシュー M ミッシェルではありません。。。
彼が日本駐在の時は、とってもお世話になりました。
やっぱり5年ぐらい日本にいたかなぁ。
会議最初は英語で、なんとなくフラングレ(フラフラ語とブリブリ語のチャンポン)となり、
最後にはフラフラ語にしていきましたねぇ。
私の拙いフラフラ語も、ウンウンとにっこり聞いてくれました。
今考えると、よく通じていたなぁ、と摩訶不思議(*_*)
フラフラ語の師匠の1人です。
いつもニコニコで、超弩級の完璧記憶の頭脳でした。
でも、筋肉ムキムキマンでした。
フランス出張で、B元上司と共に、ようこそフランスにってお宅に招かれました。
もう定年を迎えて悠々自適でした。
最新式のTire-bouchon(ティレブッション、コル抜き)でワインを開けて、ご満悦でした。
私にはまあさっぱりわかりませんが、フラフラ人はその日のワインの話だけで盛り上がるのです(=_=)
ニコニコ奥様の手料理はうみゃかったです(^_^)ブラボー
奥様も日本の生活が長かったですねぇ。
私がベトナムに初めて旅したのは、1996年。
でも彼は、奥さんと1995年にベトナムとカンボジアをバックパッカー旅行したツワモノでした。
私はベトナム旅行を1年、先を越されました。
ベトナムでは、ドンをドンドンとニコニコとチップでばらまいたそうです。
まあ、その頃の最高額紙幣は、20000ドンで、200円でした。
1000ドン、2000ドン、5000ドン札って、ばらまけたでしょうねぇ。。。
その頃のロンリープラネットには、ドンが余ったら、トイレットペーパーにしましょう。って書かれていました(=_=)辛口
フラフラ人は、駐在アジアのバカンスの時期には、ここぞとばかり、アジア放浪バカンスを楽しんでいました。
フラフラ国の法律で連続3週間以上のバカンスを取ることが義務付けられていました。
バカンスを取らないと、人事部から、ちゃんとバカンス取れぇ、と、電話が掛かってくるとのことでした。
夏は、3週間じゃなくて、ひと月のバカンスが当たり前でした。
羨ましい(~_~)
まあその恩恵で、私のバカンスは、土日を挟んで9日以上が基本で、
フラフラっとバックパッカー旅行ができました(^_^)///
souris qui dance
スーリ キ ダンス
踊るネズミ
つまり、ボスがいない、ネズミが踊る季節でした。
私もネズミのダンスで、フラフラ っとバックパックを担いで東南アジア諸国をバカンス旅行できました(^_^)フフフ
東南アジアの旅では、バカンスの時期には、
そんなアジア諸国駐在のフラフラ家族、フラフラカップルに出会うと、
フラフラ語で、
キャハハハとフラフラっと盛り上がりますねぇ。
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ムッシュー A アランですけど、ドロンじゃないです(=-=)古。。。
ドロンってどんな顔でしたっけ?
アランは、ITプログラマーでした。
彼はアジアに行ったことは、ありませんでした。
ジャポネに興味津々でした。
私としては異色の、変なコンピュータ言語のシステムの研修でした。
2週間、びっちりでした(=_=)ブヒー
彼は、ランチを食べると眠くなるので、と、昼食を食べない主義者でした。
なので、いつもランチは1人で食べることとなりました(>_<)
工場からちょっと離れた社の食堂で1人ランチでした(=_=)つまらん。
社食ではいつも、un peu アンプ 少しね、って注文していたのですが、
いつもヒヒヒフフフと、バーンとデカ盛り(>_<)にされました。
Chinois (シノワ、プーさん帝国人)やないねん。
ジャポネはそんなに食えへんねん(=_=*)残したら、もったいないやろ、ブチ
さて、
彼はシステムのhelpデスクを兼ねていたのですが、他の国から英語でhelp電話を受けると、
ペッツペッツと下手な英語で(=_='非汗で、必死で、爆笑でした。
英語が苦手な困ったちゃんでした(^_^)爆笑でした。
ブリブリ語は困りますねん(T_T)ハァ疲れた。。。
おっちゃんはハヒフヘホが発音できませんでした。。。
年配のフラフラ人(^_^)あるあるです。
まあ、でも、電話を掛けてくる人のブリブリ語って、どんな訛りのブリブリ語ですかねぇ。。。
初めての日の研修で、キーボードの
リーブル キーを押せ(+_+)/
って言われて、
へっ(*_*)⁉ リーブルってなんですか(*_*)?
あー、リーブル知らんのか?ブリブリ国のポンド記号じゃ。Lみたいなやつじゃ。
えー、そんなのありません(+_+)///。ドルはありますけど、ポンドはないですぅぅ。見たこともありません。
C'est pas vrai セパブレ んなアホな(*_*)/
って、ほんまにあらへんなぁ、って日本のキーボードにびっくりしてました。
ポンド記号がリーブルって言うんだって、初めて知りました(*_*)へーホーと学ぶ。
何でフランスにリーブルがあってフラン キーがないのか、摩訶不思議(-_-)なんでやねん。
さすがにITマンで私のキーボードをあっという間に、ポンドを押せるキーボードにセッティングしてくれました。
(^_^)ブラボー
研修でお世話になる初めての出会いでしたが、やっぱりご自宅にお招きされました。
私のホテルには、ちょっとクラシカルなメルセデスで迎えに来てくれて、びっくりしました。
最近買ったばかりで、見せびらかしたかったようです。
あんたも独国車かい。。。
奥様は素敵なニコニコの看護師さんでした。
素敵なアパルトモンで美味しい料理をいただきました。
ええ奥様でした。
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ムッシュー D
彼のオフィスには、1ヶ月の長期出張でした。
短期のボスでした。
Dシェフの部下の後述のA2氏とI氏と、夕食にお招きに預かりました。
女子大生ぐらいのムッチャ可愛い女の子がいたんですよねぇ。
でかした、ダニエル(~_~)///
可愛いお嬢さんは、
他のフラフラ人の同僚にはベゼ/ハグでチュッチュだったのに、
私を見つめて、どうしようかなぁ、んーって、ニコニコ握手でした(=_=)ジャポネとの未知との遭遇。。。かも。。。
いえ、初めて会った人に、ベゼ/ハグないですねぇ。
奥様のフランスおばちゃまの手料理で、ワイワイガヤガヤ楽しかったです。
奥さんには別れ際にベゼ/ハグ、いただきました(^_^)///
D氏とは、プーさん帝国の瀋陽(奉天)の2013年の冬の出張で再開しました。
D氏には初めてのアジア出張でした。
ジャポンにも出張で行ってみたいなぁ。
とのたまってました。
が、彼はついに日本出張は叶わず、定年退職しました。。。
C'est la vie セラビ それが人生です(+_+)///なぁ。。。
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ムッシュー A2
またもや、アランです。
、なのでA2です。
前述のD氏の部下で、私と一緒の仕事でした。
初めての出会いは、会社の外で借り切った会議場でした。
どでかいバイクで乗り付けて来ましたねぇ。
(+_+)BMW wow///
でも、あんたもドイチュランド派かい(=_=)ジャポネにせぇ
彼は日本には出張で行ったことはないけど、トランジットで通り過ぎたことがあるとか。
フラフラ航空で、Nouvelle Calédonie(ヌーベルカレドニ、ブリブリ語ではニューカレドニア)に家族でバカンスに行ったことがあるとか。。。
まあ、高いホテルに長いバカンスでずっと泊まれる訳では無いので、バックパッカー的な旅行です。
ブラボー(^_^)///
調べると、ニューカレドニアにもバカンス用に、
週単位で借りられるキッチン付の安いアパルトモンってあるんですよねぇ。
家に招待したいんだけど、子供が小さくて、奥様にNGを食らったということでした。。。
残念(>_<)///
C'est la vie セラビ ですぅ(+_+)///
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ムッシュー G
Guy ギィさんでした。
前述のA2氏同じく、一緒の仕事でした。
日本のギーって、ギィギィって、ああ嫌な擬音です。
ギーってねぇ(=_=)日本人的にありえない名前。。。です。。。
フラフラ語を勉強していたとき、大久保さんは、爆笑対象でした。
フラフラ人には、oh cul beau オーキュボ(*_*)、あら、可愛いおしりちゃん(^_^)、って聞こえるらしいです(^_^)爆
今(こん)さんって、未だかつて1度しか出会ったことがないですけど、フラフラ国に行ったら最悪です。
フラフラ語では、con って、阿呆馬鹿です(=_=)(フラフラ国のアルファベにKはありません。。。)
ムッシュー コンは、ムッシューアホですねぇ。。。
フラフラ人は笑いが抑えられないと思います。
ベトベト語には類数詞って冠詞みたいなものがあって、動物にはcon が付くんですよねぇ。
フラフラ人には、
con cho バカ犬
con meo アホ猫
con heo たわけ豚
動物にはみんなアホが付くのです(=_=)トレビアン
ベトベト語では、子供も、Con コンなんですよねぇ。。。
フラフラ人にはベトベト国では、動物も子供もみんなアホでっか?
って感じで(=_=)失笑爆笑なのです。。。
さて、G氏とは私の最長のフラフラ国1ヶ月出張で一緒に働きました。
お宅に招かれて、
ちょっとぽっちゃりのニコニコのフラフラ奥様の手料理ランチをいただきました(^_^)///
ムッチャうまかったですぅぅぅ(^_^)///
G氏には、休日にドライブでいろいろと連れて行ってもらいました。
フラフラ国の古城ポツポツ、
Volvicの水源、
2000年以上前、カエサル率いるローマ共和国軍と、Vercingétorixが(フラフラ語の読み方は、ヴェルサンジェトリクス、読み方はいろいろ)率いるガリア軍の戦いがあったことがあるかも、
って平原を見渡せる丘にも行きました(*_*)へーホー
https://youtu.be/dVRWgPr970A
フラフラ国の、関ヶ原かもー(^_^)///
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招かれたときは、
手土産は、日本酒とお菓子でしたねぇ。
Le Sakeと、せんべい/あられ、は喜ばれました。
ジャポンに行ったことがない奥様には、ジャポネじゃぁ、って受け受けでした。
(+_+)///
みんなお米から造られているのですって説明すると、へーホーっと(+_+)目がキラキラでした。
奥様たちは腕によりをかけて、フラフラ手料理を振る舞ってくれました。
奥様たちは、ニコニコで興味津々、ジャポン/ジャポネの話でワインでチンチンと盛り上がりました。
フラフラ国のニコニコの奥様たちの手料理は、
トレボン(トレビアンより最上級で、どえりゃーうみゃー)なのです(^_^)///
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