2019/07/10 - 2019/07/11
30位(同エリア1012件中)
エンリケさん
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2019年夏休みのポーランド旅行記6日目。
トルンから移動してこの日は、ポーランドでいちばん訪れたかった街クラクフを散策。
中世のたたずまいを残す旧市街やかつての王の居城ヴァヴェル城からは、この街が歩んできた重厚な歴史が感じられ、まさに生きる博物館のよう。
世界遺産第一号として登録されるのも納得の街並みに、疲れも忘れて歩き回った一日となりました。
<旅程表>
2019年
7月 6日(土) 羽田→ミュンヘン→ワルシャワ
7月 7日(日) ワルシャワ
7月 8日(月) ワルシャワ→グダンスク
7月 9日(火) グダンスク→マルボルク城→グダンスク
→トルン
〇7月10日(水) トルン→ウッチ→クラクフ
〇7月11日(木) クラクフ
7月12日(金) クラクフ→ヴィエリチカ岩塩坑→クラクフ
7月13日(土) クラクフ→アウシュヴィッツ・ビルケナウ
強制絶滅収容所→クラクフ
7月14日(日) クラクフ→ミュンヘン→
7月15日(月) →羽田
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
7月10日(水)
15時30分、世界遺産の中世都市トルンの観光を終え、トルン本駅へ。
これから鉄道でポーランド第二の都市ウッチを経由して、最後の宿泊地クラクフへ向かいます。トルン中央駅 駅
-
駅に着いて電光掲示板を見てみると、予約していた16時03分発のカトヴィツェ(Katowice)行きの列車は3分遅れとの表示。
そのうち遅延時間はどんどん拡大していき、16時になる頃には13分遅れに。
ウッチでの乗り換え時間は50分ほどなので、このまま遅れが拡大するとこの日のうちにクラクフに着けなくなるかもと焦りましたが、16時18分、カトヴィツェ行きの列車は15分遅れで到着。
グダンスクからトルン行きの列車も遅れたし、ポーランドでは地方間の列車はよく遅れるので、乗り換えがある場合には、遅延も想定したスケジュールを考えておくことが必要です・・・。 -
列車はこんな起伏のない田舎の風景の中を南へ。
ちなみに乗車券は乗り換え込みでポーランド鉄道HPから1週間前の購入で61.2ズウォティ(約1,780円)。
トルンからクラクフまで約440kmの長い道のりにしてはオトク(ただし鈍行ですが)。 -
19時07分、結局20分の遅れでウッチ・ヴィゼヴ駅(Lodz Widzew)に到着。
ここから19時42分発クラクフ行きの列車に乗車。
こちらはすでに到着していて、遅れずに出発。 -
そして3時間後の22時36分、ウッチから約260kmの道のりを走り切り、列車はクラクフ本駅に到着。
途中、列車の中でウトウトしてしまいましたが、物乞いやおかしな人が回ってくるようなこともなく、無事、鉄道の旅を終えることができました。
わたしが体験した限り、ポーランドの長距離列車は必ず車掌による乗車券確認があり、怪しい人が乗ってこれないよう、比較的監視の目が行き届いていて、安全と感じました。
イタリアでは毎回物乞いみたいな人に遭遇したからなあ・・・。クラクフ本駅 (クラクフ中央駅) 駅
-
クラクフ本駅は隣接するショッピングセンター、“ガレリア・クラコウスカ”(Galeria Krakowska)と内部でつながっていて、まるで迷路のよう。
シャッターが降りてひと気のないショッピングセンター内の案内標識に従い、何とか、ホテルがある駅の西側へ。ギャレリア コラコウスカ ショッピングセンター
-
駅の西側には広々とした広場があり、こんなモニュメントが(奥はガレリア・クラコウスカ)。
ちなみに時刻は夜の23時ですが、ぽつぽつ歩いている人は仕事や観光帰りのまともそうな人ばかりで、それほど危険は感じません。 -
さて、駅の近くにあるクラクフでの宿、“アパートホテル・バスツトワ”(Aparthotel Basztowa)へ(写真は翌朝に撮影)。
Booking.comで予約した1泊174ズウォティ(8%の付加価値税込み、約5,100円)の宿で、クラクフではここに4連泊の予定。
隣接するPolonia Hotelと建物がつながっていて、そこのフロントでチェックインし、ロビーで待機していたおじさんに部屋まで案内されます(おじさんからはチップの要求なし)。駅や旧市街に近く立地抜群でオトクなホテル Aparthotel Basztowa by エンリケさんアパートホテル バスツトワ ホテル
-
いったんPolonia Hotelの外へ出て、旧市街に面したバスツトワ通り沿いの入口から建物の中へ。
内部は外観と同じく立派そうな絨毯が敷かれていてクラシックな造り。 -
通路の壁にはクラクフを代表する観光スポットであり世界遺産でもあるヴァヴェル城の美しい絵画も。
-
そして案内された部屋はこんな感じで、1泊5,000円という金額からすると、広々として趣があって、予想していた以上に立派。
トルンでの宿といい、嬉しい誤算が続きます。
これもポーランドの物価の安さがなせる業でしょうか。 -
部屋の片隅には、クラシックな形をしたストーヴも。
飾りだけなのか、それとも、今でも使えるのでしょうか。 -
洗面所にはバスタブはありませんでしたが、それでも、広々としてリラックスできる感じ。
・・・そんなこんなで一連の部屋の設備に満足し、翌日からのクラクフ観光に備えて眠りに就きます。 -
7月11日(木)
この日は一日クラクフ観光。
準備を整え、8時15分、街に繰り出します。 -
宿を出て、旧市街の入口、“バルバカン”(Barbakan)へ。
ポーランドがクラクフに都を置いていたヤギェウォ朝時代の1498年に造られたという、旧市街を守る現存の砦です。
・・・夜中に雨が降ったのか、路面は濡れていて、この朝も少し小雨がぱらつく天気。バルバカン 建造物
-
バルバカンの先には旧市街を取り囲んでいた城壁の門である“フロリアンスカ門”が。
城壁のほとんどは時代遅れの産物として19世紀に取り壊されてしまい、残っているのはこのフロリアンスカ門周辺だけだそうです。フロリアンスカ門 (聖フロリアン門) 建造物
-
近くに掲げられていた旧市街の地図。
クラクフ旧市街は南北に長いのが特徴で、市街を通り抜けた南の先には、歴代ポーランド王の居城、ヴァヴェル城が位置しています。 -
さて、まずはそのヴァヴェル城を目指し、フロリアンスカ門をくぐってフロリアンスカ通りを南へ。
少し雨に濡れた路面がいい雰囲気を醸し出していますね。 -
早朝のこの時間帯はまだ観光客が動き出しておらず、静かな雰囲気。
旧市街は車の通行が制限されているのか、動いている車も見かけません。 -
8時30分、フロリアンスカ門から500mほど歩いて、旧市街の中心、中央広場(Rynek Glowny)へやってきました。
中世から残っている広場としてはヨーロッパ最大の約4万㎡を誇る広場で、中央に建っているのは、現在は土産物屋街や美術館になっているかつての織物会館。
その手前に立つのは、ワルシャワでも見かけたポーランドの愛国詩人、アダム・ミツキェヴィチ(1798-1855年)の像です。
【雨多き初夏のポーランド(1) ワルシャワのクラクフ郊外通りに立つアダム・ミツキェヴィチ像】
https://4travel.jp/travelogue/11520001#photo_link_61163901中央広場 広場・公園
-
そしてそのミツキェヴィチ像と向かい合うようにそびえ立っているこちらの建物は、クラクフのアイコンとも言うべき“聖マリア教会”
1222年に創建されたものの、1240年からその翌年にかけてのモンゴル軍のポーランド侵攻で破壊され、現在の建物はカジミェシュ3世(大王)により14世紀に再建されたものが基となっています。
早朝のこの時間帯は、入場は祈りを行う者に限定されるため、また後ほど見学に来ることにします。聖マリア教会 寺院・教会
-
中央広場から南へ延びる道をてくてくと歩き、8時50分、ヴァヴェル城へと続く坂道を登っていきます。
だんだん景色が見下ろせるようになってきましたが、空はまだ、どんより天気・・・。 -
そして坂を登り切り、ヴァヴェル城(Zamek Krolewski na Wawelu)の入口へ。
向こうに見える背の高い塔は、ヴァヴェル城と隣接しているヴァヴェル大聖堂のもの。ヴァヴェル城 城・宮殿
-
さて、チケットセンターは9時開館となっていますが、すでに何人かが並び始め、そのうち行列に。
このヴァヴェル城、クラクフでも有数の人気スポットで、午後にはチケットがなくなっていることも多く、朝一番に訪れるのがお薦めのようです。
2日前に訪れたマルボルク城のように、インターネット販売による時間指定のチケットがあればいいのですが、クラクフほどの大観光都市の中にあると、いろいろと調整が難しいのでしょうかね・・・。 -
開館前から列に並んだおかげで、チケットは開館後すぐGET。
このヴァヴェル城、いろいろと部屋があるのですが、共通チケットはなくすべて別々になっていて、しかも入場時間が決められており、選ぶのが少々面倒・・・。
わたしは“王宮”(State Rooms、25ズウォティ)、“王族の私室”(Royal Private Apartments with a guide、27ズウォティ)、“宝物・武器博物館”(Crown Treasury and Armoury、25ズウォティ)の3つを購入(合計77ズウォティのところ、セット割引で51ズウォティ=約1,480円)。
なお、他のチケットとしては、“ヴァヴェル城遺構”(The Lost Wawel)、“東洋美術館”(Oriental Art)、“復興博物館”(Wawel Recovered)などがあります。
【ヴァヴェル城HP】
https://wawel.krakow.pl/en -
それでは、ヴァヴェル大聖堂の前の通路を通り、いざ、ヴァヴェル城へ。
ちなみに写真は帰路の12時過ぎの時間帯のもの。
遅い時間になればなるほど、観光客がこのように滅茶苦茶多くなってきます。 -
門となる建物内の通路を通り抜け・・・。
-
四方をたくさんのアーチが並ぶ建物に囲まれた、広い空間にやってきました。
この建物がヴァヴェル城の王宮部分で、この場所は城の中庭。
16世紀初頭、ヤギェウォ朝の王ジグムント1世(在位:1506-48年)が建設を命じた、ゴシックとルネサンスの複合様式の建物です。
ちなみに、ポーランド国内の多くの建物が破壊された第二次世界大戦において、ここヴァヴェル城はナチスのポーランド総督府が置かれたため、破壊されることなく現在に至っています。ヴァヴェル城 旧王宮 城・宮殿
-
王宮の壁面にはこのようにフレスコ画が。
“王宮”といっても、ド派手な印象ではなく、どことなく質素な雰囲気を感じます。
実際、内部の多くの部屋(撮影禁止のため以下URL参照)はワルシャワの旧王宮で見たようなキンキラな造りではなく、白を基調とした素朴な感じで、その分、この城が歩んできた長い歴史が飾り気なく伝わってくるようでした。
【ヴァヴェル城の王宮(State rooms)】
https://wawel.krakow.pl/en/exhibition-constant/state-rooms
【雨多き初夏のポーランド(2) ワルシャワ旧王宮の大会議場】
https://4travel.jp/travelogue/11527283#photo_link_61454701 -
次の“王族の私室”(10:45~)と“宝物・武器博物館”(11:50~)も撮影禁止。
“王族の私室”はガイドツアーで、巡る部屋は“王宮”と似たような感じ。
“宝物・武器博物館”はその名のとおり、銀器などの宝物や鎧、武具などの展示で、最後の方はちょっと食傷気味になったかも・・・。
【ヴァヴェル城の王族の私室(Royal Private Apartments)】
https://wawel.krakow.pl/en/exhibition-constant/royal-private-apartments
【ヴァヴェル城の宝物・武器博物館(Crown Treasury and Armoury)】
https://wawel.krakow.pl/en/exhibition-constant/crown-treasury-and-armoury -
12時30分、宝物・武器博物館の見学を終え、再び中庭に出てくると、いつの間に晴れたのか、屋根の向こうには青空が。
一方、中庭はものすごい人だかりになっています。 -
ヴァヴェル城の外にもたくさんの観光客が。
朝一でチケットを手に入れることができて、本当に良かった・・・。 -
晴れてきたところで、ヴァヴェル大聖堂の遠景をパチリ。
やはり晴れている景色の方が映えますが、厚い雲があるのがちょっと気になるかな・・・。 -
ヴァヴェル大聖堂を正面から。
この後、大聖堂の向かい側にある“大聖堂博物館”(12ズウォティ=約350円)をちょっと覗き見し(法衣などあるも撮影禁止)、入場無料の大聖堂(撮影禁止)へ。
14世紀から18世紀までの間、ポーランド君主の戴冠式が執り行われた場所でもあり、現在に至るまでこの国の統治者たちの墓所ともなっているこの大聖堂には、歴代国王の事績を刻んだ記念碑があちらこちらに。
つくづく壮麗な場所だったのに、撮影不可だったのが惜しまれます・・・。ヴァヴェル大聖堂 寺院・教会
-
この大聖堂は塔にも登れます。
階段を上っていくと、ジグムント1世の時代、1520年に鋳造されたという国内最大の鐘、“ジグムントの鐘”が。
狭いフロアには、この鐘を一目見ようとする観光客たち・・・明らかにキャパシティオーバーですね(笑)。 -
このフロアは展望台にもなっています。
人混みをかき分け、窓に取り付くと、こんなクラクフの街の眺めが。
うーむ、やっぱり山が見えない・・・。
本当にポーランドは平坦な国なのですね。 -
14時、ヴァヴェル城の一連の見学を終え、城を下ってきました。
9時から居たので、所要5時間。
今回見学しなかった東洋美術館やヴァヴェル城遺構も含めれば、一日過ごせるスポットかもしれませんね。 -
帰り際、城の周囲をクラクフ名物の馬車が走っていたので思わずパチリ。
見れども見れども、騎手は女性ばかりです。 -
旧市街の中央広場に戻る途中で見かけた“聖ペテロ聖パウロ教会”。
ルネサンス様式のこの教会、内部は音響がよく、しばしばクラシックのコンサートが開かれるそうです。
何となくマカオの“聖ポール天主堂”をイメージしてしまいますが、イタリアやポルトガルにありそうな教会ですね。聖ペテロ聖パウロ教会 寺院・教会
-
14時30分、旧市街の中央広場に戻ってきました。
朝方よりも人が増え、賑やかな雰囲気に包まれています。
聖マリア教会を中央に、定番の写真を記念にパチリ。 -
さて、この日はまだ時間があるので、次にレオナルド・ダ・ヴィンチの有名な絵があるという旧市街東側の国立美術館に行ってみることに。
その途中、たまたま目に入ったピルスナーウルケルのお店で昼食。
まずはビール。
チェコビールではなく、琥珀色のポーランド国産ビール、“チェルヴォニーラガー”(Piwo Czerwony Lager、10ズウォティ=約290円)ですが、散々歩き回った体に沁み渡り、美味。 -
続いては“ロシア風のピエロギ”(Pierogi ruskie、24ズウォティ=約700円)。
出てきたときにそのボリューム感にびっくり(笑)。
チーズが濃厚で、最初はうまいうまいと食べていたのですが、そのうち修行に変わってきます(苦笑)。
結局一人では食べ切れず、残してしまいました・・・。 -
16時、旧市街の西にある国立美術館本館に到着。
入館料25ズウォティ(約730円)を支払い、早速見学スタート。クラクフ国立博物館本館 博物館・美術館・ギャラリー
-
まず最初は、“クラクフの至宝”とも言うべき、レオナルド・ダ・ヴィンチ作、“白貂を抱く貴婦人”(1490年頃)。
もともとは1798年にポーランドの貴族、チャルトリスキ公爵が購入し、旧市街にあるチャルトリスキ美術館で展示されていたものですが、2016年にポーランド文化・国家遺産省が買い取り、以来、国立美術館にて展示がなされています。
さすがに重要な絵だけあって、この絵のために、真っ暗な中ポツンと照明が当てられている特別な部屋が用意されていて、撮影は禁止。
警備員も常駐していて、なんだかなあという雰囲気での鑑賞でした・・・。
(この写真は展示室前の作品紹介に使われているコピーを撮ったもの) -
この国立美術館本館、レオナルド・ダ・ヴィンチの“白貂を抱く貴婦人”以外は、主だった絵画は旧市街中央広場の織物会館内にある分館に収められていて、あとは陶器や武具、民芸品などが中心。
いろいろな絵画が見られると期待していただけに、ちょっぴり残念な気持ちも・・・。 -
そんな絵画以外のコレクションの主だったものをご紹介。
まずこちらは、19世紀末から20世紀初頭にかけて欧米で流行した“アール・ヌーヴォー運動”(新しい芸術運動)の一派である“ナンシー派”のエミール・ガレの花瓶(1895-1910年頃)。
ガレの作品はフランス・ナンシーのナンシー派美術館でも見ることができます。
【晩夏のアルザス・ロレーヌ(11) ナンシー派美術館のガレの花瓶】
https://4travel.jp/travelogue/11301757#photo_link_51916414 -
こちらは1905-10年頃のポーランド人デザイナーによる陶器。
上のアール・ヌーヴォー運動と同時期の作品ですが、こちらはやや伝統的なスタイル、かな。 -
こんな木工品の展示もあります。
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17~18世紀の作という撥弦楽器のリュート。
ヨハネス・フェルメールの作品(リュートを調弦する女)に出てくるものとして有名ですね。
【美術ファン:リュートを調弦する女】
https://bijutsufan.com/baroque/pic-vermeer/1660-7/ -
1750年頃の当時の貴族を描いたものとされる陶器。
男性は辮髪をしていて、当時の風俗が分かる貴重なものとなっています。
この辮髪は“オセレーデツィ”と言われ、ウクライナ・コサックの伝統的な髪型であり、リトアニアとの合同(1569年)によりウクライナをも領土としていた16世紀から19世紀にかけてのポーランド人貴族にも普及していたそうです。 -
続いては、第二次世界大戦までクラクフの人口の4分の1を占めていたというユダヤ教徒の遺品シリーズ。
ポーランドでは、1240年から1241年にかけてのモンゴル軍の侵攻により人口が激減したため、ユダヤ人の自治を認める奨励策(1264年ボレスワフ敬虔公によるカリシュの法令)がなされ、当時ヨーロッパ中で迫害されていたユダヤ人が移住してきたと言われています。
こちらは“シヴィティ”(Shiviti)と言われるユダヤ教の燭台で、18世紀後半頃に作られたもの。
ヘブライ文字らしきものが書かれていますね。 -
こちらはユダヤ教の“ハヌカー”(Hanukkah、マカバイ戦争(BC168-BC141年)においてイェルサレム神殿を奪回したことを記念する祭)で使われる燭台を集めたもの。
18~19世紀に作られたものとのこと。 -
“ヤド”(Yad)又は“トーラー・ポインター”(Torah pointer)と呼ばれる、ユダヤ教の儀式で使われるポインター。
こちらも18~19世紀に作られたものとのこと。 -
こちらの部屋はポーランド貴族(シュラフタ、szlachta)の甲冑を集めたもの。
きらびやかな銀の甲冑が並びます。 -
こちらは16世紀から17世紀にかけて、当時ヨーロッパ最強を誇っていたとされるポーランド重騎兵、“フサリア”(Hussars)の甲冑。
当時ウクライナを含む広大な領土を持っていたことも一因なのでしょうが、モンゴルやオスマン帝国の精鋭騎兵と戦った経験が、ポーランド騎兵をヨーロッパ最強の軍隊に仕立て上げたのでしょうかね。 -
こちらは軍服コーナーにかかっていた、Wojciech Kossak(1856-1942年)という画家の“セント・ヘレナ島のナポレオンの幻影”(Vision of Napoleon on the St. Helen Island、1914年)という絵画。
18世紀後半にオーストリア、ロシア、プロイセンに三分割され、国家が消滅してしまったポーランドですが、1807年、当時ヨーロッパに覇を唱えていたナポレオン1世により、“ワルシャワ公国”として一時的な復活がなされます。
この絵は、ポーランド人画家として、そんなナポレオンへの謝意を示すものなのでしょうかね。 -
18時、国立美術館は閉館時刻となり、旧市街へ戻ることにします。
途中、沿道には、こんな社会主義時代のプロパガンダっぽいモニュメントが。 -
そのモニュメントの向こう側には、こんな由緒ありそうな立派なファサードの建物も。
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18時15分、旧市街の中央広場に戻ってきました。
聖マリア教会がある方と反対側には、巨大な旧市庁舎の塔がそびえ立っています。
もともとこの場所にあった旧市庁舎は1820年に取り壊されますが、塔だけが解体を免れて残されたそうです。旧市庁舎の塔 建造物
-
その旧市庁舎の塔の前には、彫刻家イゴール・ミトライ(Igor Mitoraj、1944-2014年)が製作した現代アートのブロンズ像、“エロス”(Eros Bendato)が不気味な感じで横たえられています。
このエロス像、もともとは2003年のアートフェスティバルで一時的にこの場所に展示されていたものですが、ミトライ氏から市への寄贈で、引き続きこの場所に置かれることとなったんだとか。
“昔ながらの旧市街に現代アートは似合わない”という声もあったそうですが、今ではすっかりなじんで、子どもの遊び場所にもなっていますね(笑)。
そういえば“進撃の巨人”でもこんな像を見かけたような・・・。 -
こちらは中央広場のど真ん中に建てられている織物会館。
この2階に国立美術館の分館があるそうで、この日はもう閉館してしまったので、また後日行ってみることにします。織物会館 (織物取引所) 市場
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その織物会館の1階は土産物屋街。
あまり興味を引くものはありませんでしたが、こういうところは人々の様子を見ているだけで楽しいものですね。
2020年3月現在は、新型コロナウイルスの影響でどうなっていることでしょうか・・・。 -
織物会館から中央広場の反対側に出て、再び聖マリア教会が眼前に。
夕暮れの陰になっている時間帯もまたいいものです。 -
聖マリア教会を真正面からパチリ。
まだまだ広場の賑わいは続きそうです。 -
さて、開館している施設もなくなってきたところで、ヴァヴェル城の外観をよく見ていなかったことを思い出し、再びヴァヴェル城方面へ行ってみることにします。
-
中央広場からてくてくと南下し、19時、ヴィスワ川のほとりの、ヴァヴェル城を眺められるポイントまでやってきました。
この時間帯、水辺空間にも憩いを求めてたくさんの人々が集まっていますね。 -
ヴィスワ川に架かる橋から眺めたヴァヴェル城。
宿にかかっていた絵とほぼ同じポイントですね。 -
橋を渡り、そのままヴィスワ川に沿って続いている遊歩道をてくてく。
気候もちょうどよく、なんとも充実したお散歩タイムです(笑)。 -
対岸から望むヴァヴェル城をズームアップ。
足がかなりくたびれてきましたが、この景色を見られて良かった・・・。
さて、時計を見ると19時30分。
そろそろ戻りましょうかね。 -
橋を渡り、今度はヴァヴェル城側の遊歩道を北上していきます。
途中、ヴァヴェル城に差し掛かったところで見つけたのが、このモニュメント。
よく見ると竜のかたちをしていて、時々口からは火を噴く仕掛けが施されています。
どうやらヴィスワ川の竜伝説をモチーフにしたモニュメントのようで、この近くには“竜の洞窟”(Smocza Jama)と呼ばれる入場施設があるとか。竜の洞窟 洞穴・鍾乳洞
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20時、旧市街に戻って、夕食を食べようとお店探し。
フォルクローレショーが見られるというフロリアンスカ門近くのお店、“ヤマ・ミハリカ”(Jama Michalika)に入ってみると、これから団体客を迎え入れるようで、個人客に構っていられなそうな雰囲気だったので、退散・・・。 -
フロリアンスカ門の外に出て、その北にあるマテイキ広場へ。
ここまで来ると、旧市街の喧騒が消え、静かな雰囲気になってきます。
その広場の中央には何やら騎馬像のモニュメントが。ヤナ マテイキ広場 広場・公園
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騎馬像の下には倒れた騎士の姿も。
実はこれ、1410年にポーランド・リトアニア連合軍がドイツ騎士団を破った“グルンヴァルトの戦い”の記念碑。
1878年にクラクフ出身のポーランドの国民画家、ヤン・マテイコが題材にしたことでも有名で、この広場の名前が“マテイキ広場”であることからも、この記念碑はマテイコを記念する意味もあるのでしょうね。
【雨多き初夏のポーランド(2) ワルシャワ国立美術館のマテイコ作“グルンヴァルトの戦い”】
https://4travel.jp/travelogue/11527283#photo_link_61554433グランウォルド記念碑 モニュメント・記念碑
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そのマテイキ広場に面し、数々のグルメガイドで受賞歴があるというレストラン、“ヤレマ”(Jarema)へ。
まずは、“地球の歩き方”でもオススメの“ウクライナ風ボルシチ”(Barszcz Ukrainski、18ズウォティ=約520円)を注文。
確かに、ビートの甘みが効いていて何とも美味です。
ちなみにこのヤレマ、ウェイトレスの制服が可愛らしく、また、典型的なポーランド人らしく、たいへん美人。
写真を撮れなかったのが、非常に悔やまれます・・・。ヤレマ 地元の料理
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メインに選んだのは、“Cepeliny z miesem”という料理(38ズウォティ=約1,100円)。
盛り付けも美しいですが、中には肉が詰まっていて、味もなかなか。
ただ、お昼に食べたチーズのピエロギがまだお腹に残っていて、こちらも完食とはなりませんでした・・・。
ビール(13ズウォティ=約380円)とあわせ、合計69ズウォティ(約2,000円)とはなかなかリーズナブル。
ポーランド、物価が安くて食べ物も美味しいし、旅行者満足度が高い国ですね。
さて、翌日はクラクフ歴史地区と並び、1978年に世界遺産第一号として登録されたヴィエリチカ岩塩坑を訪ねます!
(ポーランド旅行7日目~ヴィエリチカ岩塩坑観光に続く。)
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この旅行記へのコメント (4)
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- mom Kさん 2020/04/20 05:36:15
- 想いはつのる
- エンリケさん、おはようございます。わが旅日記に共感いただきうれしく思います。自己紹介の文章拝読。多くの箇所にうなずいてしまいました。年を重ねて、旅のスタイルも好みの土地も私は変化。誰でもそうでしょうが。旅も熟成していくのかなと思ったり。お名前で、スペインかポルトガルに格別な経験や体験をなさったのかなと。私にはとてもよい思い出のある名前です。サラマンカでですが。クラクフは未踏の地、もう5年くらい温めています。大事にとっているというところでしょうか。アジア圏には割と思い立ってすぐに旅立ちますが、それ以外は、ためてためての旅立ち。これも点火して数十年、6月のブダペスト断念。エンリケさんのクラクフ記で脳内旅行させていただきました。お宿もいいですね。ここなら1週間居心地よさそう。ありがとうございました。
- エンリケさん からの返信 2020/04/24 21:37:28
- クラクフはおすすめの地です。
- mom Kazukoさん
こんばんは。わたしの旅行記にご訪問ありがとうございます。
自己紹介まで読んでいただいて・・・もう、これを書いてから何年も経っていますから、自分の中で、旅に対する考えがさらに変わってきていますね。
> お名前で、スペインかポルトガルに格別な経験や体験をなさったのかなと。
そうですね。スペインには海外旅行をし始めた頃に二度訪れ、思い入れのある国なのですが、もう20年近くも訪れていません。
今は新型コロナウイルス感染症の拡大でたいへんなことになっていますが、いつか必ず、思い出の国を訪れてみたいものです。
> クラクフは未踏の地、もう5年くらい温めています。
クラクフは“ポーランドの京都”と呼ばれるだけあって、歴史的な遺産に恵まれていて、本当に素晴らしいところでしたよ。
mom Kazukoさんもぜひ、機会を作って訪れてみてください!
-
- 川岸 町子さん 2020/03/22 13:09:56
- 重厚な街クラクフ
- エンリケさん、こんにちは(^-^)
懐かしいクラクフですが私は駆け足だったので、エンリケさんの旅行記を楽しみにしておりました。
私は10月で寒くなりかけの季節。夏は日も長くベストシーズンに見えます。
さすがヴァヴェル城は観光客多く、見応えありますね。私の時はチケットは一種類だけでした。
博物館のユダヤ人の燭台、凛とした美しさ、そしてどんな思いで火を灯したのかと思います。
ダヴィンチの絵画は全く知りませんでしたが、クラクフの大切な宝ですね。
中央広場は、朝昼夜いつ訪れても、それぞれの美しい表情を見せてくれ、素晴らしいです!
重厚だけど、きれいに清掃され、市民が行き来し、祈り、息づかいが伝わる広場ですね。
ポーランドは、お料理おいしくて、レストランがおしゃれで物価安く、女性がお人形みたいに可愛いことを思い出させて頂きました(^_-)また行きたくなりますね!
対岸からのヴァヴェル城の風景は絵のようです。心に残る夕方の一時でしたね。見てみたいなぁ。
次回も楽しみにしています。
- エンリケさん からの返信 2020/03/22 23:55:08
- さすが世界遺産第一号の街並みでした。
- 川岸 町子さん
こんばんは。早速クラクフ旅行記にご訪問ありがとうございます。
ポーランドの気候は日本と似ていて、夏は日が長いのですが、雨が多いのが厄介ですね。
ヴァヴェル城、本当に観光客が多くて、朝一で訪れて正解でした。
ワルシャワの旧王宮と違って、第二次世界大戦中も破壊されずオリジナルのままなので、古さの中に歴史が感じられるところがよかったです。
博物館のユダヤ人の燭台は、この街がユダヤ人と共存してきた証ですよね。
それが第二次世界大戦ではゲットーに隔離され、さらに強制絶滅収容所に送られてしまうなんて・・・。
今の我々から見ると、あまりにも不条理すぎて、言葉を失ってしまいますよね・・・。
中央広場、おっしゃるとおり、朝昼夕夜、いずれの時間帯もそれぞれの顔があって美しく、何度も訪れてしまいました。
これほど魅かれる街に出会ったのは、プラハ以来かもしれません。
いずれも、中世の街並みが今に残る、本物の旧市街ですよね。
クラクフ編は翌日もまだあるので、しっかり作成していきたいですね。
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