2019/09/27 - 2019/09/27
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frau.himmelさん
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19世紀半ばのパリ改造に伴い、モンマルトルに移り住んだ自由な思想の芸術家たち、彼らのことをボヘミアンと言うそうです。
今回は、モンマルトル美術館で紹介されていたそれらエコール・ド・パリのボヘミアンたちと、後半は、シュザンヌ・ヴァラドンとモーリス・ユトリロ、それにユトリロの親友でヴァラドンの夫となるユッテルの3人の壮絶な人生について書き連ねていきます。
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19世紀半ば、多くの芸術家たちがパリ改造に伴い市内を離れ、まだ絵になる農村風景が残っているモンマルトルに移り住みました。
それはパリ市内からだけでなく、近隣国からも放浪の芸術家たちがやってきて安アパートやアトリエに住み込むようになりました。そしてモンマルトルは画家や詩人、劇作家、小説家など多くの芸術家集団の街へと変貌しました。
そんな自由な空気に魅せられて集まった芸術家たちのことをボヘミアンと呼んでいるそうです。 -
コルト通り12番地(現モンマルトル博物館の場所)。
この古い家には、数多くのボヘミアン芸術家たちが住んでいました。
ルノワール、デュフィ、フリエツ、エミール・ベルナール、それにロートレック。
ヴァラドン、ユトリロ、ユッテルもいました。 -
オーギュスト・ルノワール(1841-1919)
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50歳ころのルノワール
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ロートレック(1864-1901)
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モデルを前にして制作中のロートレック
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シュザンヌ・ヴァラドン(1865-1938)
モーリス・ユトリロの母。
一時期ロートレックと同棲していました。 -
モーリス・ユトリロ(1883-1955)
シュザンヌ・ヴァラドン作 -
シュザンヌ・ヴァラドンと息子モーリス・ユトリロ、それにユトリロの親友でヴァラドンの夫アンドレ・ユッテル。
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ラウル・デュフィ(1877-1953)
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デュフィとオトン・フリエス(1879-1949)。
二人は高校時代からの親友でした。 -
フランシスク・プルボ(1879-1946)イラストレーター。
モンマルトルのぶどう畑を救った博物館の庭にある胸像の主。 -
プルボが描く子供たちの可愛い絵。
どこかで一度はご覧になったことがあるでしょう? -
シュザンヌ・ヴァラドンが描いた「コルト通りの庭 1928」。
彼女が住んでいたころの絵です。 -
隣には音楽家のエリック・サティが1890年から8年間住んでいた家があります。
サティはこの家に住んでいたころ、シュザンヌ・ヴァラドンと恋人関係にあり、彼女に何と300通ものラヴレターを渡したそうです。
二人はその後破局しました。 -
エコール・ド・パリのボヘミアンと言ったら、ここを忘れるわけにはいきません。
前回の旅行記で取り上げた「洗濯船」です。
ピカソ、モディリアニ、マティス、アポリネール、ドガなど錚々たる文化人が住んでいた共同アパートです。 -
パブロ・ピカソ(1881-1973)
「アトリエ洗濯船」は、1904年から1909年までピカソが恋人のフェルナンド・オリビエとともに暮らした場所でもあります。
ピカソはここで「アビニヨンの娘たち」を描き「青の時代」からキュビズムへと移行していきます。 -
ピカソ、洗濯船のピカソのアトリエ、1908
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アメデオ・モディリアーニ(1884-1924)。
1906年、 彼はモンマルトルのコーランクールにアトリエを借り活動を始めます。そこはアトリエ「洗濯船」に近く、モンマルトルの画家たちと交流を深めます。 -
洗濯船で1915年
モディリアーニはモンマルトル墓地で自殺しました。 -
マックス・ジャコブ(1876-1944)。
この共同アパートを「洗濯船」と命名したのはジャコブでした。
積み木の箱のようなこのバラックの建物を見て、「まるでセーヌ川に浮かぶ洗濯船のようだ」と評したそうです。 -
ギョーム・アポリネール(1880-1918)、詩人・美術評論家。
なかなか興味深い人物です。
マリー・ローランサンは彼の恋人でした。
また1911年の「モナリザ盗難事件」では窃盗団との共犯の疑いで刑務所に収監されたという華々しい(?)経歴もあります。 -
キース・ファン・ドンゲン(1877-1968)、フォービズムの画家。
ピカソに誘われ、妻子と共に「洗濯船」に移り住む。 -
ジョルジュ・ブラック(1882-1963)。
ピカソに影響を受けたキュビズムの創始者のひとり。 -
ファン・グリス(1887-1927)
スペイン生まれのキュビズムの画家。 -
マリー・ローランサン(1883-1956)。
1907年ごろジョルジュ・ブラックと知りあい、その縁でピカソやアポリネールとも懇意になる。
すぐにアポリネールと恋に落ちた彼女だったが、アポリネールの「モナリザ盗難事件」により彼を見捨てる。
しかし彼女のことが忘れられないアポリネールは思いを詩に託した。それが彼の代表作となる「ミラボー橋」。 -
「洗濯船」に関する面白い逸話があります。
アンリ・ルソーは税関吏として務め、絵はその合間に描いていました。
ある時ピカソは古物商で1枚の絵をわずか5フランで買いました。それを塗りつぶして新たにキャンバスとして使いたいと思ったからです。
しかしその絵を見て感動しました。
ピカソはアポリネールと相談して、その絵の作者、アンリ・ルソーを招待して晩餐会を開きました。その会には洗濯船の仲間たちが集まりました。
これは結構有名な逸話だそうです。
(写真は昔のぼろアパート「洗濯船」。ほんとにボロですね) -
これは前の旅行記で使った「洗濯船」のウィンドーに展示してあった影絵です。
これを見れば当時の晩餐会の様子が判りますね。
汚いピカソのアトリエは綺麗に飾り付けられ、壁にはピカソが5フランで購入したルソー作「女性の肖像」が掲げてあります。
見難いですが、その絵の前でバイオリンを弾いているのはアンリ・ルソー。
右端の男女はアポリネールと恋人のマリーローランサン。
そして左端の二人はピカソとその恋人フェルナンド・オリビエ。
手前の二人はマックス・ジャコブともう一人は誰でしょうか。 -
「洗濯船」は1970年に火災により全焼しました。
しかし、1978年に、作曲家ギュスターヴ・シャルパンティエの甥である建築家クロード・シャルパンティエ (1909-1995) がアトリエ25室を鉄筋コンクリートで再現し、現在は若い芸術家らが使用しているそうです。
写真は叔父のギュスターヴ・シャルパンティエ(1860-1956)。
彼もモンマルトルを愛し、モンマルトルを舞台にオペラを作曲した芸術家です。 -
大変見応えのある博物館でした。
さて、それでは博物館を出て、ルノワールの庭を通ってベレール邸へ向かいます。 -
後ろを振り返るとルノワールの庭の緑のアーチ。
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ベレール邸にシュザンヌとユトリロのアトリエがあると、お庭にいた女性が指さして教えてくれました。
ここから見えるあの窓のことでしょうか。 -
扉を開けて入ったところではモンマルトルの歴史を映像で案内していました。
そしてその横には・・・、
あのロートレックの親友だった歌手のアリスティード・ブリュアンの後姿。 -
そこにはモンマルトルのジオラマ。
とても精巧にできています。 -
ヴァラドンとユトリロのアトリエの前から外を眺めます。
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アトリエの案内板。
シュザンヌ・ヴァラドン、モーリス・ユトリロ、アンドレ・ユッテル:
LE TRIO INFERNAL(地獄のトリオ)。
翻訳辞書で調べてみました。また大層な題名ですね。
3人の壮絶な地獄のような人生ってことでしょうか。 -
シュザンヌ・ヴァラドンとモーリス・ユトリロのアトリエ。
当時の絵や写真を基に再現された部屋だそうです。
大きく開いた窓からは明るい光が射し込み、「地獄」など連想できません。 -
窓辺のテーブルの上に置かれた絵具やパレット、絵筆など。
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その隅にさらりと、ヴァラドンが描いた裸婦のスケッチが置かれています。
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部屋の隅の棚の上には、無造作にキャンバスがいくつも重ねられている・・・。
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シュザンヌ・ヴァラドンとモーリス・ユトリロ、それにアンドレ・ユッテルの人生とは?
このアトリエと、博物館に展示されていた写真や絵画で彼らの人生を見て参りましょう。 -
シュザンヌ・ヴァラドンは、貧しい洗濯女の私生児として生まれました。
10代のころ、憧れのサーカスのブランコ乗りになるも空中ブランコから転落して負傷します。
差サーカスを辞めたヴァラドンは、その後、母親と洗濯女として働いていました。ある日洗濯を届けに行った先で、有名な画家の目に留まり絵のモデルとなります。
ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ、オーギュスト・ルノワール、ロートレック、エドガー・ドガなど。 -
モデルとして働いていたころのヴァラドン。
左はオルセー美術館で見たルノワールの「都会のダンス」ですね。
右はロートレックの「シュザンヌ・ヴァラドンの肖像」 -
1883年、ヴァラドン18歳でユトリロを出産します。父親は誰かわかりません。
そのころルノワールの「都会のダンス」のモデルをしていたので、ルノワールという説もあります。
何にしてもユトリロの絵画の才能は母親と父親に授かったものでしょうから、画家と言う説は正しいのかも知れませんね。
ヴァラドンはユトリロを母親に預けて、自由奔放な生活をしながら、画家のモデルを努めます。
ロートレックとは同棲していましたし、エリック・サティとは恋愛関係にあり、彼から300通のラブレターを送られたそうです。 -
シュザンヌ・ヴァラドンは、モデルとして一流の画家たちと接することにより、彼女もまた画家の道を目指すようになります。
彼女の才能を見出したのはロートレックでした。
ちなみに、シュザンヌという名前は同棲していたロートレックがつけたもの。
旧約聖書の中で水浴しているところを老人に覗かれる場面がありますね。「スザンナと長老たち」という題で絵画でもよく取り上げられています。
あの女性がスザンナ=シュザンヌです。
恋人ヴァラドンが画家たちに裸を晒すのを見て、彼女にモデルを辞めるように促すも聞く耳を持たないシュザンヌ、ロートレックの嫉妬ですね。 -
アトリエの壁にはシュザンヌ・ヴァラドンの自画像(右)。
彼女が18歳のころ描いた絵です。
左は1926年に描かれた花瓶の花。 -
こちらには、シュザンヌが描いたユトリロが絵筆を握っている絵。
その左にはエドガー・ドガの作品。ヴァラドンはロートレックに紹介されて、ドガに師事しています。
その下の円形の写真入れにはアンドレ・ユッテルの写真。 -
恋多きヴァラドンは子育ては母親にまかせっきり。
てんかんの持病があるユトリロは、発作を起こすと祖母から精神安定剤としてアルコールを与えられました。
母の愛情に飢え、精神的にも不安定なユトリロはお酒で気を紛らわせる毎日。10代のころには立派なアルコール依存症になっていました。
シュザンヌ・ヴァラドンが描いた母親(ユトリロにとっては祖母)の絵。 -
アルコール依存症の治療の一環として医師から勧められて始めたのが絵画でした。
ユトリロの心の中には、母と同じ絵を描くことで、母が自分を振り向いてくれるのでは?という淡い期待もあったのでしょうか。
心情を思うと可哀想でなりません。
シュザンヌ・ヴァラドンが描いたユトリロの肖像。 -
ヴァラドンとユトリロ、それにユトリロの祖母。
どんよりとした暗い表情の3人。
ヴァラドンの素描。 -
ユトリロのそんな期待もむなしく、母親ヴァラドンは奔放に恋をし自由に絵を描いて人生を謳歌していましたが、そんな生活に疲れたのか、31歳の時に資産家と結婚します。
そしてコルト通りに住みます。
絵はユッテルが描いた「コルト通り12番地」 -
しかしそれも10年と続きませんでした。
ヴァラドンは、息子ユトリロが連れてきた親友のアンドレ・ユッテル(1886-1948)に恋をし、資産家とは離婚します。
ユッテルはユトリロより3歳年下、ヴァラドンよりなんと21歳年下でした。
まぁ、その時のユトリロの気持ちを推し量ると、ため息が出ます。
二人は1914年に正式に結婚。
シュザンヌ49歳、ユッテル28歳?
この写真はそれより6年後、シュザンヌ55歳、ユトリロ37歳、ユッテル34歳のころ。 -
シュザンヌ・ヴァラドンはユッテルをモデルにした「アダムとイヴ」、「網を打つ人」など彼女の代表作となる作品を次々に制作しました。
ユッテルをモデルとした「網を打つ人」1914年、
シュザンヌ・ヴァラドン作。 -
ユッテルが描いたシュザンヌの素描
-
ユトリロはそのころ、精神病とアルコール依存症で入退院を繰り返しながら絵を描いていました。
退院すると、絵を描きながらも酒浸りの毎日。
入院先のサンノワで描かれた「サンノワの風車」1912年 -
しかしそのころの「白の時代」のユトリロの絵は高く評価され、買い手も付きました。
ユトリロの絵が評判になればなるほど、画商と、母ヴァラドン義父ユッテルとの間に確執が生まれ、ユッテルは画家としての道を諦めてユトリロの絵画制作・売買に力を尽くすようになりました。 -
壁にはユトリロ「白の時代」に描かれた「モンマルトルのサンピエール教会」
-
「ピガール広場」1910
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65歳のヴァラドンと、ユッテル。
母のヴァラドンも女流画家として成功します。
1932年には、パリ最大のプティ・ジョルジョ画廊で彼女の回顧展が開催された際には、当時のフランス首相から序文を寄せられています。
また彼女の主要作品はフランス政府に買い上げられ、今でも国立近代美術館で見ることができます。
若いころ美貌を武器に数々の有名画家を虜にしたヴァラドンもすっかりおばあちゃんになってしまいました。
でも幸せな表情をしていますね。
彼女は1938年に72歳で亡くなっています。 -
1930年ごろのシュザンヌ・ヴァラドンとモーリス・ユトリロ。
母親の愛情に飢えて子供のころよりアルコール中毒になったり、情緒不安定で精神病院に入退院を繰り返していたユトリロでしたが、本当は母親が大好きだったのです。 -
1936年、ヴァラドンの死の2年前に描かれたユトリロの絵「Epinettes通り」。
画家のサインを拡大すると、モーリス・ユトリロの署名の後には、母親の姓ヴァラドンの「V」が入っています。
いつも母親と一緒だという思いがあったのでしょうね。
そのユトリロも52歳で結婚し、71歳で亡くなりました。
彼の葬儀には数万人の人が集まったそうです。また同年にはパリの名誉市民賞を受賞しています。 -
ユトリロのアトリエ。
彼の白の時代の作品「サクレクール寺院」が飾られています。 -
どっしりとした階段を降りて外に出ます。
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アトリエを出て外に出ると、お庭ではちょうどモデルの写真撮影をやっているところでした。
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その美しいモデルと、ここで壮絶な人生を送ったシュザンヌ・ヴァラドンとを重ね合わせている自分に気が付きました。
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この旅行記へのコメント (4)
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- mistralさん 2020/01/19 10:13:08
- モンマルトルで。
- himmelさん
おはようございます。
himmelさんの表されるパリ、ドイツ語圏の旅行記だけでなく、
とっても読みごたえがあり、楽しませていただきました。
今まで私にとってあまり目の行かなかったモンマルトルですが
himmelさんの墓マイラーに始まり、今回のモンマルトル美術館探訪、
などhimmelさんのお目の付け所に脱帽です (変な表現ですが)
若き日のルノワール、ユトリロ、ピカソなどなどの写真にも興味深々、
まだ名を成す前の芸術家たちの溜まり場だった地の当時を
彷彿とさせる旅行記でした。
ヴァラドンとユトリロとの母子関係、
そのような経緯でアルコール依存症になっていったユトリロを想うと
同情の想いが湧き上がりますが
複雑な感情が昇華されて?彼の絵の中で表現されているのかも、と
思うと、芸術家の人生ってしんどくもあり、楽しそうでもあり、
なんと表現して良いのやら、、、
機会があったらモンマルトルにも足を踏み入れてみたいと
思いました。
mistral
- frau.himmelさん からの返信 2020/01/19 21:24:26
- RE: モンマルトルで。
- mistralさん、こんばんは。
早いもので、1月ももう後半ですね。つい先日お正月を迎えたような気がしますのに。
いつもコメントありがとうございます。
墓マイラーや美術館探訪・・・、
いえいえ、私は美しい景色やお城などより、そこで生活をした歴史上の人間に興味があるので。
それを写真で撮って、帰ってからいろいろ調べるのが楽しくて、それで旅行をしているようなものです。旅行前の下調べより帰ってからのほうがずっと時間を取られます。
ですから写真撮影禁止の美術館や博物館はつまらないです。
ヴァラドンとユトリロの母子関係、私もユトリロのやるせない心情を思いながらあの旅行記を書いていました。なんて酷い母親だ・・・って。
自分より年下の、自分の親友が父親とは・・・。
ハチャメチャですね(笑)。
でも、写真で見る年老いたヴァラドンは何とも幸せそう。
ほんと、おっしゃるように何と表現したらいいのか。
やはり我々凡人には理解し難いものなのでしょうね。
寒さ厳しき折、お風邪など召されませんように。
himmel
-
- norisaさん 2020/01/19 06:49:09
- 見応えのある博物館
- frau himmelさん
おはようございます。
この博物館、まさしく見応えのある博物館ですね!
数々の有名な画家、詩人、彼らの人間模様もくっきりと浮かび上がらせます。
そして、ユトリロの母のシュザンヌ・ヴァラドンの人生。
数奇、しかし、才能豊かな濃い人生だったのですね!
こんなエピソードが満杯の博物館。
再訪すべきパリにまたまた必須ポイント、つまりモンマルトル博物館が加わりました。
パリを起点にドライブでもしたかったのですが、パリで3,4日必要ですね(笑)
norisa
- frau.himmelさん からの返信 2020/01/19 20:54:37
- RE: 見応えのある博物館
- norisaさん、
今回もコメントありがとうございます。
と言うことは、今年はヨーロッパにいらっしゃるのですね!?
しかもドライブで・・・なんて素敵ですね。
そんな中でモンマルトル博物館を気に入っていただいてうれしいです。旅行記を書いて良かったと思います。
シュザンヌ・ヴァラドン、
育児放棄して遊びまわっているなんて・・・、世の母親の敵みたいな女性でしたが、あの時代、生活のためには金持ち男性の世話になることはそんなに珍しいことではなかったのでしょうね。
ドガのバレエダンサーと黒服の紳士もそうでしたものね。
でもホント、ヴァラドンって憎めませんね。
息子より年下の夫と3人で、ニコニコして写真に写っているなんて・・・。
モンマルトル博物館はそんなに広くないので、見学なさるのにそんなに時間はかからないと思います。
いつもコメントありがとうございます。
himmel
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