2019/09/27 - 2019/09/27
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frau.himmelさん
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明けましておめでとうございます。
昨年は私の拙い旅行記をお読みいただきありがとうございました。
年は改まったのに、私は相変わらず昨年の旅行記の続きです。それどころか一昨年の旅行記もまだ放り出したまま。
年々旅行記を仕上げる速度が遅くなっているのを感じます。それにも増して最近は、旅行記を書くためにいろいろ調べるのに夢中になり、そちらが楽しくて中断することも多くなりました。
そんなわけで今年も旅行記に追いかけられる年になりそうです。
さて、パリ旅行記はモンマルトルの続きです。
昨日はプチトランで楽をしてモンマルトルを一周しましたが、今日はチケットが買えないというアクシデントに見舞われ仕方なく徒歩でモンマルトルを周ることに。
丘の街モンマルトルはどこへ行くのも階段です。しかも目指すサクレクール寺院は丘のてっぺんにあります。
へタレシニア夫婦のこと、絶対途中でギブアップするかと思いましたが、意外とスムースに歩き通しました。
モンマルトルには魅力的なところがいっぱいあり、それを探しながら歩くのがとても楽しかったのです。
-
9月27日。
昨日までは2日間市内乗り放題のチケットを使っていましたが、今日は新たに購入しなければなりません。
当初の予定では今日はシャンティイ城に行くはずでしたので、連続チケットは買っていなかったのです。
明日パリを出発ですから、10枚つづりの回数券カルネでいいわよね。
だけどこの券売機どうやって使えばいの? -
二人して試行錯誤の末、なんとかカルネを買える段階までこぎつけました。14.9ユーロ。
ところが券売機にお金を入れようと思ったら、何とか小銭をかき集めてもあと2ユーロ足りない。それ以外は50ユーロ札しかない。
クレカは何が使えるのか表示がありませんし、やみくもに使えないクレカを入れて飲み込まれたら事です。
実は一度私はパリでクレカを飲み込まれたことがあるのです。あの時は大変でした。あの時の悪夢はもう二度と御免です。
それにしてもここにはチケット販売の窓口がない。
仕方がないので、正式な窓口ではないけど改札口の中にいる係員さんに声をかけて、カルネがほしい旨伝えました。
やはり、あと2ユーロがないと・・・と。 -
駅でチケットが買えないってことあるんですね。
まあ仕方がない。ラマルク・コーランクール駅からモンマルトルの頂上を目指して登山です。
この駅は人気映画「アメリ」に出ていましたね。
凝り性の私は、DVDを借りて、お正月に見ました。 -
ホテルの並びにあるラマルク・コーランクールバス停。
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このバス停から40番バスに乗ればサクレクール寺院まで連れて行ってくれたのです。
矢印が40番バス、それを辿ればコースがつかめます。 -
丘の街モンマルトルはどこへ行くのも階段。
どれだけ急勾配かご覧ください。
建物の傾斜壁を見てもおわかりですね。 -
その頂上にあるサクレクール寺院を目指して、後期高齢者含むシニア2人、のんびりゆっくり坂を上ります。
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坂の途中に見えてきたのは特徴あるピンク色の建物。
ここで観光客が記念撮影をしていました。
キャバレー「オ・ラパン・アジル」です。 -
ここにルノワールやピカソ、ユトリロなどの当時の大芸術家たちがやってきては、飲み、歌い、芸術論を戦わせたそうです。
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「オ・ラパン・アジル」は今なお営業を続けており、現存するパリ最古のキャバレーということです。
ラパンとはフランス語で「ウサギ」のこと。
ウサギの絵は撮れていませんね。 -
次にワンちゃんがお散歩している場所は、モンマルトルのブドウ畑、いえパリで唯一のブドウ畑。
さすがにワイン王国のフランス、パリでもワインが造られるのですね。 -
モンマルトルのブドウ畑「Vigne du Clos Montmartre: クロモンマルトル」の入り口。
ここでは毎年10月第2週末に収穫祭が行われるそうです。
1934年から開催され、2019年は85回目。
4トラ会員であり、いつも詳細で魅力的な旅行記を書いていらっしゃるnorio2boさんは、ちょうどこの時期に訪れられて、賑やかなお祭り風景を旅行記で紹介していらっしゃいました。
https://4travel.jp/travelogue/11538252
私は2週間ほど早かった、残念! -
ブドウの房は今は見えません。摘み取られて仕込みにはいっている頃ですね。
このブドウ畑ではわずか1500本のワインしかできないそうです。ですからこの収穫祭の時期にしか買い求めることできないとか。
まさにヴィンテージものです。
現在はこのブドウ畑はパリ市の所有地です。 -
そしてここでも観光客が写真を撮っていました。
薄いピンク色の壁と開き戸のグリーンの窓がとても可愛い。
それに背後の建物に絡まる見事なツタ、歴史を感じさせます。
「ラ・メゾン・ローズ」。
ここはかつてユトリロが住んでいました。ユトリロの絵画の中にもこの家を描いたものがあります。 -
現在は人気のレストランになっていて、訪れる観光客も多いのでしょうね。
お食事をしてくれればまだいいのでしょうけど、写真だけ撮ってさようなら(私たちのような)の人には困っているようで、写真撮影は控えてほしい旨の張り紙があります。 -
その先には雰囲気のいい小路、コルト通り。
正面に見えるのは給水塔とサクレクール寺院の塔。
ユトリロの絵にもでてきそうな小路です。 -
小路の途中にあるのは「モンマルトル博物館」。
10時開館ですからまだ開いていません。
あとでゆっくり訪れます。 -
モンマルトル博物館のお隣、玄関の上に何やらプレートが。
「エリック・サティが1890年から1898年の8年間住んだ家」。
エリック・サティ(1866-1925)。
フランスの作曲家。
私は彼の「ジムノペティ」大好きです。 -
給水塔を右折して、土産物屋さんの通りをゆっくり歩いていたら、昨日乗ったプチトランと出会いました。
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そして目の前にはもうサクレクール寺院が。
あら、意外と近かったじゃない。
バスに乗ったらここまで楽に連れてきてくれるけど、パリ唯一のブドウ畑や「オ・ラパン・アジル」や「ラ・メゾン・ローズ」、サティ―の住んだ家などゆっくり見れませんでしたね。
やはり苦労は報われるのね(笑)。 -
こちらはサクレクール寺院の裏側。
鐘楼とドームの間の屋根の上には竜(悪)を退治する大天使ミヒャエルの彫像。 -
雨水を吐き出すガーゴイル。どれも個性的で一つ一つ顔が違います。
ガーゴイルと言ったらノートルダム大聖堂を思い出します。
あそこのずらりと並んだガーゴイルは圧巻でしたね。まさかあの大聖堂が焼けるなんて。
横面からみたサクレクール寺院。 -
繊細な細工を施した扉の下にはホームレスさんが。
彼も世のしがらみにとらわれないで自由奔放に生きるボヘミアン。
夫が私に「写真を撮るのはやめなさい」と。
横面からみた大聖堂。
建物が巨大過ぎてカメラに入り切れません。 -
ようやくサクレクール寺院の入り口に到着。
案内板を見るとなんと朝7時から夜22時まで開いているそう。 -
サクレクール寺院全体像。
カメラに収まり切れないので昨日プチトランの中から撮ったものを貼り付けます。
真っ白で大変美しいサクレクール寺院は、ビザンチン様式とロマネスク様式のバジリカ大聖堂。
普仏戦争とその後のパリ・コミューンによって犠牲となった市民を讃えるための教会として造られました。 -
正面中央にはイエスキリスト像。
その両脇の騎馬像は、左が聖王ルイ、右はジャンヌダルク。
サクレクールとは「聖なる心臓」という意味。
キリストの左手は心臓に置かれています。 -
寺院の中に入るには手荷物検査を受けます。
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入り口の扉の上。
イエス・キリスト磔刑のレリーフが。
ゴルゴダの丘で磔になったキリスト。
その脇腹を槍で突き刺して生死の確認をしているのは兵士ロンギヌス。
彼は白内障で眼が見えなかったが、キリストの血が眼に入り、目が見えるようになったという。
そこで彼は罪を悔い改め、殉教者としてキリストに仕え、聖ロンギヌスと呼ばれるようになった。
聖書の物語って調べてみると楽しいですね。 -
扉を開けて中に入ると、この巨大なキリスト像が手を広げて迎えてくれます。
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目にも鮮やかな美しいブルーのモザイク画。見事です。
このモザイク画は世界最大で475㎡もあるそうです。 -
キリスト昇天のモザイク画の前の天使像と丸天井。
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聖水盤とサクレクール寺院の成り立ちが書かれている壁。
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大天使ミヒャエルの礼拝堂。
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背後のステンドグラスも美しいです。
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サクレクール寺院の特徴は、内陣のあちこちに見事なモザイクが施されていること。
こちらはモザイクの礼拝堂 -
緻密な素晴らしいモザイク模様です。
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イエスキリスト像の前で祈りを捧げている人。
さっきからあの姿勢です。何を祈っているのでしょうか。 -
ここにもモザイク画。
イエスの胸には赤い「聖なる心臓」が描かれています。 -
聖母マリアの礼拝堂。
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聖母マリアの礼拝堂とステンドグラス。
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聖母マリア礼拝堂の屋根の天井画。
6天使に導かれて天に昇る聖母マリア。 -
周囲にはいろいろな聖母子像の絵画がありました。
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礼拝堂
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フランス王妃に捧げられた礼拝堂。
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黄金の天井モザイク画。
どこにあったものか覚えていません。
モザイクがとステンドグラスが素晴らしい教会でした。 -
内部見学を終えて外に出てきました。
テラスからパリ市内が一望できます。 -
カメラマンの腕が悪いのか、それともこの日はこんな天候だったのか、周りがぼーっと霞んで見えます。
パリにも超高層ビルが林立している地域があるのですね。 -
さて、ではモンマルトル博物館に引き返します。
先ほどのホームレス氏は今はご就寝中。
こんな人通りの多い賑やかなところじゃなくて、もっと静かなところでお休みください。 -
サクレクール寺院の隣は、サン・ピエール・ド・モンマルトル教会。
パリでもっとも古い教会の一つです。
ユトリロの葬儀はここで執り行われました。 -
10時を過ぎて、観光客が集まり始めたモンマルトル。
土産物屋の横を通ってモンマルトル博物館へ。 -
このあと、モンマルトル博物館へ。
モンマルトル博物館では2時間近くも、モンマルトルの歴史や印象派の画家たちの生活などを勉強しました。
館内は写真撮影可能でしたのでいっぱい撮りました。
この項は別旅行記でアップします。 -
博物館前のコルト通りから左折して、ゾル通りの緩やかな坂を上っていると、ゴッホのことを説明したパネルがありました。
ゴッホのモンマルトル時代、アルル時代、サンレミ時代、それに晩年となったオーヴェル時代、それぞれの時代の絵画が分けて展示してありました。
大変興味をそそられましたが、これに頭を突っ込むとまたまた長くなりますので、サラッと通り過ぎます。
そういえば、この近くにゴッホが弟テオと住んだアパートがあるのですよね。 -
モンマルトル時代の絵画だけちょっと顔を突っ込みます。
ゴッホは1886年2月から1888年2月まで約2年間、モンマルトルの弟テオの家に居候します。そこで印象派や新印象派の画家たちと交流を持ちました。
先ほどのモンマルトル博物館があった場所に住んでいた画材商タンギー爺さんもそのころの知り合いです。
下左:「ムーラン・ドラ・ギャレット」1886。
下右:「タンギー爺さん」1887。
タンギー爺さんの背景にはゴッホがそのころ熱中していた浮世絵が描かれています。 -
更に坂を登るとこんな可愛い陶器のお土産屋さんが。
女の子ならみんな欲しくなりますね。
幸い私は女の子ではないので・・・。 -
そしてここは、「オーベルジュ・ド・ラ・ボンヌ・フランケット」。
ゴッホの「モンマルトルレストラン ラ・ガンゲット」1886、はこのレストランの中庭で描かれたものです。 -
人気のお店だから若い人達がタムロしています。
私「ここで食事にしましょうか?」。
夫「いや、隣にしょう」 -
この小さなレストラン。
確かにこちらの方が入りやすそうですし、静かに食べられそうですね。 -
ラッキーなことに窓側に座れました。
-
例によってメニューが読めない(笑)。
でもなんとなく頼んだものは・・・。
ここのところ、私はあんまりアルコールが欲しくないのです。
珍しくオレンジュース。 -
頼んだメニューは・・・。
オニオングラタンスープとムール貝(ポテトチップ添え)。
まあそんなに悪い選択ではなかったわね。
ベルギーでさんざん食べたムール貝をここフランスでも食するとは・・。 -
食事を終えて次へ。
レストラン前の邸宅の壁の案内板。
ムーラン・ルージュは1898年10月6日に営業を開始しました。
今年は130年目の記念の年にあたるそうで、10月6日にはムーランルージュ前で交通を遮断して、フレンチカンカンの踊り子たちが広場で踊りを繰り広げたり、花火なども打ち上げられるなど、賑やかな感謝祭が開催されたようです。
あ~ら残念、あと1週間後だったら・・・。 -
後ろを振り返ります。
サクレクール寺院とさっきお食事をしたレストラン。
ユトリロの絵に出てきそうです。 -
ベルト通り。
この坂道を見てください。降りてまた登る・・・。
さすがに坂道はもういいわ。 -
黒猫マークの壁。
あの「黒猫」と関係があるのでしょうか? -
その近くに見つけました。「洗濯船」。
ピカソ、マティス、ドガ、モディリアニ、アポリネールなど錚々たる画家や文化人たちが暮らしていた共同住宅。
表のショーウィンドーで当時の画家たちの活動をうかがい知ることができます。 -
「アトリエ洗濯船」は、1904年から1909年までピカソが恋人のフェルナンド・オリビエとともに暮らした場所でもあります。
ピカソはここで「アビニヨンの娘たち」を描き「青の時代」からキュビズムへと移行していきます。
また詩人のアポリネール、ジャン・コクトー、アンリ・マティスなども出入りして活発な芸術活動の拠点となりました。
アメリカの美術収集家、ガートルード・シュタインやレオ・シュタインも出入りし、ピカソやマティスの絵画を収集したり、前衛絵画をアメリカに紹介していました。 -
1908年に、当時税関吏であったアンリ・ルソーを囲んで晩餐会がひらかれたのもここ「洗濯船」。
1970年に火災に遭い、1978年に復元されました。 -
アトリエ「洗濯船」
-
「アトリエ洗濯船」の前にあるエミール・グドー広場。
地元の人の憩いの場所となっています。 -
広場は急な坂の途中にあります。
-
アベス通りをメトロのアベス駅に向かいます。
そのついでにもう1か所行きたいところがあります。 -
サン・ジャン・ド・モンマルトル教会。
煉瓦造りに見えますが実は鉄筋コンクリート製。
ここは、パリで初めての鉄筋の教会だそうです。
アナトールド・ボト設計、1904年 -
はい、ついでにやってきたところはココ。
青い壁一面に何やら書かれています。
ジュテームの壁です。 -
世界中の言語で、その数300以上の言葉で「愛しています」と書かれています。
日本語もいくつか見られます。
ここを訪れている人は若い人ばかり。写真を撮ったり、中には壁の前でキスをしている人も。
私たち(私です、夫は何も知らずに連れてこられただけ・笑)みたいな物見遊山なシニアなんていません。
はい、そうそうに退散します。 -
メトロ12号線アベス駅。
この近くでミネラルウォーターを買って50ユーロを崩しました。
これでやっと「カルネ(回数券)」が買えます。
モンマルトルの北の端から南の端まで、徒歩で制覇?しました。
「案ずるより産むがやすし」でした(笑)。 -
上は昨日まで使った2日間乗り放題チケット(1-3ゾーン)一人19.8ユーロ。
下はカルネ(10回つづり回数券)14.9ユーロ。
これで今日これからと明日パリ出発までのチケットは大丈夫だと思います。
足りなかったら別途1回券を買うことにします。
このチケットを使って、この後、ザッキン美術館とエッフェル塔に行きました。(既出)
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この旅行記へのコメント (3)
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- ベームさん 2020/01/06 11:06:18
- 早とちり、謝ります。
- himmelさん、
前言取り消し。私はモンマルトルを「歩いた」なんて自慢話を。
ベーム
- frau.himmelさん からの返信 2020/01/06 20:49:48
- RE: 早とちり、謝ります。
- ベームさん、こんばんは。
はい、先日のコメントを読んで思わずニヤリとしました。
そして今回の旅行記の題名が決まりました。「徒歩で・・・」ってつけようと。
私も人が悪いでしょう?
でもたったあれだけではモンマルトルを徒歩で制覇した、なんて恥ずかしくて言えませんね。北の端から南の端を通過しただけですから。
前日、プチトランで一周しているのを足して、甘々の制覇ですね。
と、この辺まで書いてベームさんの旅行記を見せていただきました。穴があったら入りたいとはこのこと。
ベームさんもお人が悪い。どうぞおおいに自慢してください。(笑)
himmel
- ベームさん からの返信 2020/01/07 20:05:58
- RE: RE: 早とちり、謝ります。
- himmelさん、
これは厳しいしっぺ返しでした。「徒歩で」にはそんな意味が含められていたのですか。
でもhimmelさんのモンマルトルも盛りだくさんですよ。サティの家やゴッホのレストラン、LE CONSULATでの食事など。それと、コーランクール通りからモンマルトルの急坂を上ってアッベス側まで下ってきたなんて、なかなか健脚です。
サクレクールは最近写真撮影可となっているようですね。ほかの方の旅行記にも堂内の写真がありました。私の時は不可で、写真を撮っている人が係員に制止されていました。
ジュテームの壁の女性、リタ・ヘイワースは私の想像で、ダリダかもしれません。似てますね。ただ残念なのは、仰ってるようにサン・ヴァンサン墓地のユトリロの墓を訪ねられなかったことですね。
ベーム
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