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 1990年から続けた親子マラソン,ついにというかやっとというか<br />区切りの30年連続完走となった。運動神経音痴の娘に何とかスポーツの<br />楽しさを味わわせたいとの思いからのスタートだった。<br /><br /> ここまでこられたのも健康あってのこと。30年間,内科的な病気に<br />かからなかったことが大きかった。外科的な病気の場合は,時間の経過<br />とともに治癒していくのが目に見えることが多いが,内科的な病気は<br />そうはっきりとは治癒が目に見えず精神的な負担(がんはその典型例)<br />をかかえる場合がよくある。<br /><br /> 時に「たんぱくババア」(「食事はたんぱく質とらなければダメ」と,<br />いつも言い続けたカミさんを揶揄する別称)といわれながら,30年間<br />たんぱく質と野菜摂取でマラソン向きの食生活を支えたカミさんの協力があったから<br />こそであろう。<br /><br /> 30年のいくつかの思い出と今回の出来事の一部をブログにして<br />ふりかえった。<br /><br /> 写真は1年目の1990年のゴール<br /> 親子3人での感動のゴールに見えるが,実はそうとも言えない。<br />この年私(父。以下同じ)は,娘とゴールすることにしていたが,<br />30km過ぎにホテルの貴重品に関するトラブルを突然思い出し,<br />気もそぞろとなった。その時にカミさんに追いつかれたので,急遽<br />娘の面倒をカミさんに託して離脱,先にゴールしてしまった。<br />トラブルを収束させて,コースに取って返しゴールの500m<br />手前で合流した時の写真。もう一度ゴールインするわけには<br />いかないのでまたコースアウト,そのためゴールゲートでの公式写真<br />には私は写っていない。

2019年ホノルルマラソン父娘30年連続完走達成‼①ホノルルマラソン回顧録

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2019/12/06 - 2019/12/14

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旅行記グループ ホノルルマラソン

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ヘラヤガラ

ヘラヤガラさん

 1990年から続けた親子マラソン,ついにというかやっとというか
区切りの30年連続完走となった。運動神経音痴の娘に何とかスポーツの
楽しさを味わわせたいとの思いからのスタートだった。

 ここまでこられたのも健康あってのこと。30年間,内科的な病気に
かからなかったことが大きかった。外科的な病気の場合は,時間の経過
とともに治癒していくのが目に見えることが多いが,内科的な病気は
そうはっきりとは治癒が目に見えず精神的な負担(がんはその典型例)
をかかえる場合がよくある。

 時に「たんぱくババア」(「食事はたんぱく質とらなければダメ」と,
いつも言い続けたカミさんを揶揄する別称)といわれながら,30年間
たんぱく質と野菜摂取でマラソン向きの食生活を支えたカミさんの協力があったから
こそであろう。

 30年のいくつかの思い出と今回の出来事の一部をブログにして
ふりかえった。

 写真は1年目の1990年のゴール
 親子3人での感動のゴールに見えるが,実はそうとも言えない。
この年私(父。以下同じ)は,娘とゴールすることにしていたが,
30km過ぎにホテルの貴重品に関するトラブルを突然思い出し,
気もそぞろとなった。その時にカミさんに追いつかれたので,急遽
娘の面倒をカミさんに託して離脱,先にゴールしてしまった。
トラブルを収束させて,コースに取って返しゴールの500m
手前で合流した時の写真。もう一度ゴールインするわけには
いかないのでまたコースアウト,そのためゴールゲートでの公式写真
には私は写っていない。

旅行の満足度
4.5
観光
4.0
ホテル
4.5
グルメ
4.5
ショッピング
4.5
交通
5.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
20万円 - 25万円
交通手段
レンタカー タクシー 徒歩
航空会社
JAL
旅行の手配内容
個別手配
  • ホノルルの日刊サンに紹介記事が載る<br /> 大会前日の2019年12月7日付のホノルルの日本語紙『日刊サン』に,30年連続出場する父と娘がいるとして紹介された。日刊サンは,スーパー,コンビニ,街角などに置かれているフリーペーパーである。

    ホノルルの日刊サンに紹介記事が載る
     大会前日の2019年12月7日付のホノルルの日本語紙『日刊サン』に,30年連続出場する父と娘がいるとして紹介された。日刊サンは,スーパー,コンビニ,街角などに置かれているフリーペーパーである。

  • いざ出陣<br /> 早朝4:30.ホテルを出発。スタート地点はホテルから歩いて<br />10分ほどのアラモアナなので十分間に合う。とはいえ,行きはよいよい<br />帰りは恐いで,ゴールのカピオラニ公園からからは徒歩で帰ると40分<br />以上かかるほどの苦行が待っている。<br /><br /> 3本挙げている指で30年目をアピール。誰も見ている人はいないのに。<br /> 背中に30周年記念と大きくプリントしたピンクのTシャツが,今回の<br />われわれのユニフォームだ。<br /><br /> エレベーターに乗ったとたんにびっくりすることが。上階から乗って<br />きていた人が,われわれの後ろ姿見て「新聞に乗っていた方たちですね,<br />頑張って」と声をかけられたことだ。日刊サンを読んでくれていたようだ。<br />後日,日刊サンの編集部にこの話をすると喜んでいた。

    いざ出陣
     早朝4:30.ホテルを出発。スタート地点はホテルから歩いて
    10分ほどのアラモアナなので十分間に合う。とはいえ,行きはよいよい
    帰りは恐いで,ゴールのカピオラニ公園からからは徒歩で帰ると40分
    以上かかるほどの苦行が待っている。

     3本挙げている指で30年目をアピール。誰も見ている人はいないのに。
     背中に30周年記念と大きくプリントしたピンクのTシャツが,今回の
    われわれのユニフォームだ。

     エレベーターに乗ったとたんにびっくりすることが。上階から乗って
    きていた人が,われわれの後ろ姿見て「新聞に乗っていた方たちですね,
    頑張って」と声をかけられたことだ。日刊サンを読んでくれていたようだ。
    後日,日刊サンの編集部にこの話をすると喜んでいた。

  • 花火が始まらない<br /> スタートのカウントダウンが始まった。ゼロがコールされた。<br />でも,ホノルル名物となっているスタート合図の花火が上がらない。<br />並んでいるランナーから不平が漏れる。ほとんどの人が花火を楽しみに<br />しているようだ。列が動き出し,スタート地点に向かう。<br /><br /> 10分ほど移動した地点で,突然ドーン,ドーンと爆発音が<br />鳴り出し夜空に花が咲き始めた。花火だ! 10分遅れの開始だ。<br />なぜ開始が遅れたのかは不明だが,「スタートラインの前の<br />ほうに並んでいるランナーたちは,花火よりタイムを競うランナーたちで,<br />花火のことなんか気にも留めないだろう。楽しみにしているのは,<br />一般のランナーたちで,彼らは真ん中より後ろからスタートするので,<br />彼らに合わせて花火を上げよう」って大会本部が考えたからというのは,<br />うがちすぎな意見???

    花火が始まらない
     スタートのカウントダウンが始まった。ゼロがコールされた。
    でも,ホノルル名物となっているスタート合図の花火が上がらない。
    並んでいるランナーから不平が漏れる。ほとんどの人が花火を楽しみに
    しているようだ。列が動き出し,スタート地点に向かう。

     10分ほど移動した地点で,突然ドーン,ドーンと爆発音が
    鳴り出し夜空に花が咲き始めた。花火だ! 10分遅れの開始だ。
    なぜ開始が遅れたのかは不明だが,「スタートラインの前の
    ほうに並んでいるランナーたちは,花火よりタイムを競うランナーたちで,
    花火のことなんか気にも留めないだろう。楽しみにしているのは,
    一般のランナーたちで,彼らは真ん中より後ろからスタートするので,
    彼らに合わせて花火を上げよう」って大会本部が考えたからというのは,
    うがちすぎな意見???

  • 1年目の完走パーティ<br /> 利用したツアーのホスト役がフォーク歌手として著名な高石ともや氏。<br />氏はホノルルマラソンに参加した日本人第1号。娘はこの時最年少参加と<br />いうことで,高石氏のインタビューを受けた。娘が「来年も参加したい」<br />と発言したことが,今回につながることになる。<br /><br /> 高石氏とはその後もほぼ毎年のようにホノルルマラソンを通して交流が<br />続くことになる。写真は,左から長男,カミさん,娘,高石ともや氏,義父。<br />義父も完走したことで,義父・私とカミさん・二人の子の三世代参加・完走<br />だった。三世代参加は正式記録としては認定されてはいないが,世界中の<br />マラソン大会を見渡しても,たぶんマラソン史上初ではないかと自負している。<br />

    1年目の完走パーティ
     利用したツアーのホスト役がフォーク歌手として著名な高石ともや氏。
    氏はホノルルマラソンに参加した日本人第1号。娘はこの時最年少参加と
    いうことで,高石氏のインタビューを受けた。娘が「来年も参加したい」
    と発言したことが,今回につながることになる。

     高石氏とはその後もほぼ毎年のようにホノルルマラソンを通して交流が
    続くことになる。写真は,左から長男,カミさん,娘,高石ともや氏,義父。
    義父も完走したことで,義父・私とカミさん・二人の子の三世代参加・完走
    だった。三世代参加は正式記録としては認定されてはいないが,世界中の
    マラソン大会を見渡しても,たぶんマラソン史上初ではないかと自負している。

  • 4年目にして年齢別準優勝<br /> 娘の初参加から4年目の小学4年のときに,それはやってきた。<br />思ってもみなかった女子年齢別(12歳以下51人参加)での準優勝<br />だった。<br /><br /> 初出場の8時間越えから4回目にして,3年目から1時間以上タイムを<br />更新してサブ5(4時間25分47秒)を達成。娘もやり続けることで<br />結果を残すことが体験できて収穫だった。ホノルルでこのタイムだと,<br />全女性参加者の上位10%くらいに位置する好タイムと言える。

    4年目にして年齢別準優勝
     娘の初参加から4年目の小学4年のときに,それはやってきた。
    思ってもみなかった女子年齢別(12歳以下51人参加)での準優勝
    だった。

     初出場の8時間越えから4回目にして,3年目から1時間以上タイムを
    更新してサブ5(4時間25分47秒)を達成。娘もやり続けることで
    結果を残すことが体験できて収穫だった。ホノルルでこのタイムだと,
    全女性参加者の上位10%くらいに位置する好タイムと言える。

  • 小5で年齢別優勝(5年目)<br /> 4回目の2位の上をいく驚きが。なんと,準優勝の翌年は女子年齢別<br />(12歳以下)で優勝してしまった。運動神経が鈍くても,地道に努力を<br />続ければ予期せぬ成果が表れるのことがわかったことが,その後の<br />人生の教訓になれば幸いだ。<br /><br /> タイムも4時間11分3秒で,後半もうちょっと頑張っておけば<br />3時間台だったかも,と娘も少し悔しそう。このときの後半のハーフで,<br />「サブ4が目の前,ペースを上げろ,ペースを上げろ」と叱咤激励の<br />檄を飛ばしたことが,あとで述べる「電柱5本の檄」に書いた25年後の<br />わが身に降りかかってくることになる。<br /><br /> この結果をかみしめ,マラソンをやったからには誰からも一目置かれる<br />サブ4を新たな目標にすることで,父娘の意見が一致した。<br />

    小5で年齢別優勝(5年目)
     4回目の2位の上をいく驚きが。なんと,準優勝の翌年は女子年齢別
    (12歳以下)で優勝してしまった。運動神経が鈍くても,地道に努力を
    続ければ予期せぬ成果が表れるのことがわかったことが,その後の
    人生の教訓になれば幸いだ。

     タイムも4時間11分3秒で,後半もうちょっと頑張っておけば
    3時間台だったかも,と娘も少し悔しそう。このときの後半のハーフで,
    「サブ4が目の前,ペースを上げろ,ペースを上げろ」と叱咤激励の
    檄を飛ばしたことが,あとで述べる「電柱5本の檄」に書いた25年後の
    わが身に降りかかってくることになる。

     この結果をかみしめ,マラソンをやったからには誰からも一目置かれる
    サブ4を新たな目標にすることで,父娘の意見が一致した。

  • 父娘別走で父サブ4達成<br /> 中学生2年になったこの年(8回目)から,それぞれ自分のペースで<br />走ることを提案。別送は7回目となった前年にも提案していたが,<br />このときは娘の拒否でお流れになった。<br /><br /> マラソンは自分で体調管理をし,ゲームプランを立てて頭で考えながら<br />ゴールを目指すこのスポーツであり,中学生になったのだから独り立ち<br />して走れるようになって当然というのが第一の説得理由。<br /><br /> もう一つは私の個人的な理由。これまで7年間娘と同走・同時ゴールで<br />自分のレースをしてことがなかった。しかし,もともとホノルルを走る<br />ようになった時から「ホノルルで自己新記録とサブ4そして歩かない」<br />との目標があった。標への挑戦である。幸い娘との同走の間に,すでに<br />「歩かない」だけは,「今年からは絶対に歩かない」との4年目の娘の<br />宣言に後押しされて達成済だった。この娘の宣言以後が歩くことがなくなり,<br />別走からのサブ4,自己新記録更新が達成できたともいえよう。<br /><br /> 「歩かない」宣言は,マラソンを通しての娘への最初の感謝である。<br />余談になるが,二つ目の感謝が,「電柱5本の檄」(後述)で<br />もたらされる。<br /><br /> 写真はサブ4達成の1997年の完走証。この完走証には,<br />全参加者での順位,男女別順位,男女年齢別順位,とが記載されている。<br />この形式は私が初参加した1988年の大会から変わっていない。<br />この形式に2000年からはさらに中間点での途中計時も追記される<br />ようになり,それが2007年まで続く。<br /><br /> なぜか2008年からは,あなたの「完走タイムは〇時間〇分○○秒」<br />だけというそっけないものに代わってしまった。高い参加料を取り毎年の<br />ように値上げしておきながらコストダウンか?,とも言いたくなる。<br />少なくとも,3位までの年齢別表彰式はしているのだから,年齢別順位<br />までは出すのが当然と思うのだが,どんなもんだろう。<br /><br /> 毎年のように参加費を値上げしておきながら,コストダウンとは<br />これいかに? との問いには「〇〇を,○○と言うがごとし」との返し<br />をしたいのだが,思い浮かばない……。

    父娘別走で父サブ4達成
     中学生2年になったこの年(8回目)から,それぞれ自分のペースで
    走ることを提案。別送は7回目となった前年にも提案していたが,
    このときは娘の拒否でお流れになった。

     マラソンは自分で体調管理をし,ゲームプランを立てて頭で考えながら
    ゴールを目指すこのスポーツであり,中学生になったのだから独り立ち
    して走れるようになって当然というのが第一の説得理由。

     もう一つは私の個人的な理由。これまで7年間娘と同走・同時ゴールで
    自分のレースをしてことがなかった。しかし,もともとホノルルを走る
    ようになった時から「ホノルルで自己新記録とサブ4そして歩かない」
    との目標があった。標への挑戦である。幸い娘との同走の間に,すでに
    「歩かない」だけは,「今年からは絶対に歩かない」との4年目の娘の
    宣言に後押しされて達成済だった。この娘の宣言以後が歩くことがなくなり,
    別走からのサブ4,自己新記録更新が達成できたともいえよう。

     「歩かない」宣言は,マラソンを通しての娘への最初の感謝である。
    余談になるが,二つ目の感謝が,「電柱5本の檄」(後述)で
    もたらされる。

     写真はサブ4達成の1997年の完走証。この完走証には,
    全参加者での順位,男女別順位,男女年齢別順位,とが記載されている。
    この形式は私が初参加した1988年の大会から変わっていない。
    この形式に2000年からはさらに中間点での途中計時も追記される
    ようになり,それが2007年まで続く。

     なぜか2008年からは,あなたの「完走タイムは〇時間〇分○○秒」
    だけというそっけないものに代わってしまった。高い参加料を取り毎年の
    ように値上げしておきながらコストダウンか?,とも言いたくなる。
    少なくとも,3位までの年齢別表彰式はしているのだから,年齢別順位
    までは出すのが当然と思うのだが,どんなもんだろう。

     毎年のように参加費を値上げしておきながら,コストダウンとは
    これいかに? との問いには「〇〇を,○○と言うがごとし」との返し
    をしたいのだが,思い浮かばない……。

  • 1099の特別ゼッケン<br /> 娘の10年目。ホノルルマラソン協会の日本支部に,出場資格取得から<br />「10年連続で出場している」と連絡したところ,ホノルルの協会本部から<br />「1099」の特別ゼッケン提供の連絡が。1999年に10回目の<br />マラソンとの意味を込めたゼッケンナンバーとの説明があった。<br /><br /> ゼッケン1099でゴールインする娘。

    1099の特別ゼッケン
     娘の10年目。ホノルルマラソン協会の日本支部に,出場資格取得から
    「10年連続で出場している」と連絡したところ,ホノルルの協会本部から
    「1099」の特別ゼッケン提供の連絡が。1999年に10回目の
    マラソンとの意味を込めたゼッケンナンバーとの説明があった。

     ゼッケン1099でゴールインする娘。

  • 電柱5本の檄<br /> 15年目に初めて娘に先着されたが,20年目以降は<br />それが恒常化するまでになった。今回は30年目という<br />ことで,同時ゴールすると娘は決めていた。<br /><br /> 若さゆえの体力に勝る娘は,走る+歩きでゴールを目指す<br />と決めていたのに,歩く時間がちょっと長くなると「次の<br />電柱から5本分走るよ」といってせかす。<br /><br /> これは,娘の小学生時代に私がよく使った手。走る<br />ペースが落ちた娘に「ペースを戻せ,ペースを戻せ」と<br />何度も発破をかけられたことを覚えていた娘が,<br />この時とばかりにそのリベンジをしてきたようだ。 <br /><br /> 「電柱5本」とは,道路際に立つ電柱の5本分の間隔<br />だけ走ろうの意味。写真は高速道路の電柱間隔。ファイ<br />ンダー越しには5本がはっきりわかったのだが,写真に<br />すると3本目くらいまでしか確認できない。5本分はだいたい<br />150mくらいのものだが,足の力が残っていないので<br />これでもがきつい。今回はハーフすぎてから,この檄で<br />何回走ったことか。最後のほうは,5本が3本に減って<br />いたが……。この檄があったからこそ今回のタイムで<br />収まったのかもしれない。<br /><br /> 娘には二つ目の感謝しかないか???<br />

    電柱5本の檄
     15年目に初めて娘に先着されたが,20年目以降は
    それが恒常化するまでになった。今回は30年目という
    ことで,同時ゴールすると娘は決めていた。

     若さゆえの体力に勝る娘は,走る+歩きでゴールを目指す
    と決めていたのに,歩く時間がちょっと長くなると「次の
    電柱から5本分走るよ」といってせかす。

     これは,娘の小学生時代に私がよく使った手。走る
    ペースが落ちた娘に「ペースを戻せ,ペースを戻せ」と
    何度も発破をかけられたことを覚えていた娘が,
    この時とばかりにそのリベンジをしてきたようだ。 

     「電柱5本」とは,道路際に立つ電柱の5本分の間隔
    だけ走ろうの意味。写真は高速道路の電柱間隔。ファイ
    ンダー越しには5本がはっきりわかったのだが,写真に
    すると3本目くらいまでしか確認できない。5本分はだいたい
    150mくらいのものだが,足の力が残っていないので
    これでもがきつい。今回はハーフすぎてから,この檄で
    何回走ったことか。最後のほうは,5本が3本に減って
    いたが……。この檄があったからこそ今回のタイムで
    収まったのかもしれない。

     娘には二つ目の感謝しかないか???

  • 高石ともや氏との邂逅<br /> 高石ともや氏と出会ったのは,コースの高速道路上。<br />氏はまだ往路,われわれは復路。例年に比べると高石氏の<br />ペースがひときわゆっくりだが,笑顔で疲れもみえずで,<br />心ゆくまでホノルルマラソンを楽しんでいるようだ。<br />われわれが二人そろって走っているのを見て,すごく<br />喜んでもらえたようだし,長い時間かけての交歓となり,<br />追い抜いていくランナーからは「早く走ったほうがいいよ」<br />と言われる始末だった。

    高石ともや氏との邂逅
     高石ともや氏と出会ったのは,コースの高速道路上。
    氏はまだ往路,われわれは復路。例年に比べると高石氏の
    ペースがひときわゆっくりだが,笑顔で疲れもみえずで,
    心ゆくまでホノルルマラソンを楽しんでいるようだ。
    われわれが二人そろって走っているのを見て,すごく
    喜んでもらえたようだし,長い時間かけての交歓となり,
    追い抜いていくランナーからは「早く走ったほうがいいよ」
    と言われる始末だった。

  • ゴール後の3ショット<br /> ゴール後のカピオラニ公園での父娘とカミさんとの3ショット。<br />ピンクの30周年記念Tシャツが今年のわれわれのユニフォーム。<br /> <br /> カミさんは自称カメラマンとして参加しているが,シャッター<br />チャンスのタイミングを逃す天才といってもよい。例えば,<br />スタート直後(朝5時過ぎ)の真っ暗闇でフラッシュなしで撮影したり,<br />われわれの眼前を別のランナーが遮っているのにシャッターを押したりと,<br />「迷」が付くほどの腕前。故にわれわれのマラソン中の写真は<br />毎年欠品となる。

    ゴール後の3ショット
     ゴール後のカピオラニ公園での父娘とカミさんとの3ショット。
    ピンクの30周年記念Tシャツが今年のわれわれのユニフォーム。
     
     カミさんは自称カメラマンとして参加しているが,シャッター
    チャンスのタイミングを逃す天才といってもよい。例えば,
    スタート直後(朝5時過ぎ)の真っ暗闇でフラッシュなしで撮影したり,
    われわれの眼前を別のランナーが遮っているのにシャッターを押したりと,
    「迷」が付くほどの腕前。故にわれわれのマラソン中の写真は
    毎年欠品となる。

  • オーロラビジョン<br /> マラソンのゴール会場のカピオラニ公園には,参加者のゴールイン映像を20分ほどの遅れで流すオーロラビジョンが設置されている。写真はわれわれ二人のゴールシーン(ビジョンの左下角に写る二人がわれわれ)。

    オーロラビジョン
     マラソンのゴール会場のカピオラニ公園には,参加者のゴールイン映像を20分ほどの遅れで流すオーロラビジョンが設置されている。写真はわれわれ二人のゴールシーン(ビジョンの左下角に写る二人がわれわれ)。

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