2018/09/14 - 2018/09/27
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洛陽の東郊外にある白馬寺,更に東に位置する偃師を見学。
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(2018/9/22 旅行9日目)
今日はこの旅で最もハードルが高そうなルートである。
洛陽の東郊外にある白馬寺,その付近にある漢魏洛陽城跡,更に東に位置する偃師,そこから二里頭遺跡に行くというものだ。
白馬寺までは簡単に行けそうだが,後は交通ルートや手段がよく分かっていない。
特に「二里頭」は小さな田舎村のようであり,もし可能であれば行くというスタンスである。
まず83番バスで白馬寺へ向かう。 -
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白馬寺の歴史は古い。
なにしろ仏教が中国に伝わった時期に建立されたものだ。
創立年は何と紀元68年である。 -
「白馬寺」の由来である,二人のインド僧が白馬にお経を積んでやってきたという図。
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中国のお寺というものは,建物にしても仏像にしてもいかにも復元したものという感じがして,あまり有難味を感じることがないものである。
白馬寺にしても,やはりその感は否めない。
せめて修行僧などがいて,修行も兼ねた作業にでも励んでいる姿でも見かければ感慨を感じることもできるであろうが,そうしたものも見かけない。 -
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中国仏教伝来の地という意味からなのが,他国のパゴダなどが建てられているが,なお見る気がしない。
門前の土産物屋では,唐三彩風の馬のお土産が売られていたのであるが,これが一個5元と,物価が年々上昇している中国にあっては格安。
完全に「客寄せ馬」である。
一個買った。 -
さて次は偃師である。
そのバスは白馬寺前のバス停で簡単に見つけることができた。
「洛陽駅~白馬寺経由~偃師」バスが運行しているようだ。 -
偃師汽車站に着いたものの,地図もなく地理感ゼロ状態。
どの方向が偃師博物館や偃師商城なのかさっぱりわからない。
ちなみに「商城」とは「ショッピングビル」ではなく,日本語でいえば殷時代の都市遺跡のことである。 -
田舎町のことだから交通費も安いだろうと思い,そこらへんでたむろしていた三輪タクシーに声をかけ博物館へ移動。
運賃はたった4元。 -
いかにも地方都市のこじんまりした博物館だ。
ところで,そもそも「夏王朝」の実在さえ確定しない中,この偃師で発掘された宮殿の位置付けについても諸説入り乱れている。
代表的な説の一つは,「二里頭」を「夏」の都とし,「偃師」はその「夏」を滅ぼし殷(商)王朝を興した「湯王」の最初の都である「亳(または西亳)」とするものである。
この説によれば,この地は殷王朝最初の都ということになる。
この博物館には,その二里頭,偃師両遺跡からの出土品が展示されている。
時代区分は「二里頭」のものは「夏」,「偃師」のものは「商」と表示されている。 -
二里頭遺跡宮殿復元模型。
前から気になっていたのだが,右側手前が出っ張っているのはどういう理由によるものであろうか。 -
二里頭出土の鼎型土器。
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「透底器」という二里頭出土の土器。
食べ物を蒸すためのものか。
線状の装飾は蛇を模している。 -
無骨な造形は,日本の「縄文式土器」と通ずるものがあるような感じがする。
二里頭遺跡といっても大まかに4期に分かれるようで,展示品がどの期に属するかまでは表示されていない。 -
二里頭出土の卜骨。
殷の実在は,こうした卜骨に文字(甲骨文字)が刻まれていたことで証明されたが,二里頭からは文字資料は見つかっていない。
これが二里頭が「夏」ということが確定されない最大の要因となっている。 -
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「陶羊頭」
現在この辺りは一面の農作地であるが,当時は羊を飼っていたのだろうか。 -
湯王に始まり,31代の帝辛(紂王)までの殷(商)王朝系図。
無理やり描いた感があるイラストが,いかにもローカルな博物館風で微笑ましい。 -
こちらは偃師商城復元模型。
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さて次は「偃師商城」へ行きたいのであるが,さっぱり位置関係が分からない。
小さな街だから,そのあたりをぶらついていればどこかにサイン標識でも見つかるかもしれないと,しばらくあてずっぽに歩いたものの,全くそういうものも見当たらない。
またも三輪タクシーに頼ることにした。
運転手のおじさんが何か言っているが,言葉がほとんど分からない。
しかしおそらく「中を見学するには紹介状がいるが,持っているか?」だと思った。
訝しげな表情のおじさんに,ともかく近くまで乗せて行ってもらう。
おそらく「関係者以外立ち入り禁止」になっているだろうが,その「殷の最初の王都」を偲ぶよすがをほんの少しでも得たかったのだ。 -
それは大通りから少し入りこんだ,かなりわかり辛い場所であった。
そして遺跡の敷地はすっぽりと無愛想なコンクリート塀で囲われている。
解説パネルなども一切ない。
門のすぐ側の建物の屋根が茅葺であることが,かろうじてここが考古学的な施設であることをうかがわせる。
塀に沿って歩いてみる。 -
すると,途中いかにもおおらかな中国らしく,壊れかかって大きな隙間があいている車両用の扉があって中の様子を見ることができた。
残念ながらマンションの工事現場と何ら変わらない風景が見えただけであった。
期待した殷王朝を偲ぶよすがはほとんどなかった。
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