2018/09/14 - 2018/09/27
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HOUKOUさん
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西安最後の見学地として,曲江を選んだ。
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西安最後の見学地として,曲江を選んだ。
曲江は昔からの憧れの地であった。
「曲江(水)の宴」の語源となった地であり,例によって玄宗皇帝と楊貴妃のロマンスの舞台である。
しかし,私にとって最もそのゆかりを感じたかったのは杜甫である。
安禄山の乱の際,杜甫は軟禁状態から脱出して退位した玄宗に代り帝位についた粛宗のもとにはせ参じ,そのことが認められ官位を得た。
しかしながら涓かいな杜甫のこと,周りとうまくゆかず,この時期鬱々とした日々を送っていたようだ。
曲江 杜甫
朝より回かえりて日日春衣を典す
毎日 江頭に酔いを尽くして帰る
酒債 尋常 行処にあり
人生 七十 古来稀なり
花を穿つきょうちょうは 深深として見え
水に点ずるせいていは款款として飛ぶ
伝語す 風光 共に流転して
暫時 相賞して相違たがうこと 莫らん
宮仕えから帰り,毎日毎日、春の衣服を質に入れ、
その金で曲江のほとりで泥酔して帰る。
酒の借金はいつものことで,あちらこちらに借りがある。
人生は短く,昔から七十歳まで生きることなどめったにないことなのだ。
(いうまでもなく「古希」の由来)
花のまにまに蜜を吸うあげはちょうがむこ うの奥に消え、
面に尾をつけて卵を産むとんぼがゆるやかに飛んでいる 。
私は自然に対して言葉を伝えたい。私と共に流れゆき、
どうかほんのしばらくの間でも、このよい季節をお互いに楽しみあって、そむくことのないようにしよう。
・・・・・・・・・・・・・・
杜甫の詩には,苦難に直面し,絶望し,呆然自失の状態から諦念に達し,更に自分を奮い立たせる言葉を結句とするものが多い。
この詩も,かなりやけっぱちな生活と,曲江の水面を諦観然と見ている杜甫の姿が目に浮かぶようだ。
碁盤目状の西安市街地のはずれであり,曲江(文字通り曲がった入江)沿いのバス路線は少しわかり辛い。
ここだと思うバス停で降りると,そのは「歩き方」にも掲載されていた「大唐芙蓉園」というテーマパークの入場口の近くであった。
この種のテーマパークは中国各所にあるが,入場料はかなり高いのが普通で,その割には作り物めく再現建築物に興ざめすることが多く,あまり食指がわくものではない。
しかし園内では曲江が確実に望まれるはずで,入ってみることにした。
雨も降っていて,蝶々もトンボも飛んでいない曲江であったが,観光客も少なく趣がある。 -
紫雲楼という建物がメインの建物みたいだ。
中は小規模の博物館となっていた。 -
唐の長安城の模型は,既に「長安博物館」で見たが,こちらの方がかなり精巧にできている。
当時長安城内は「坊条制」の区割りがなされ,街区は「○○坊」と呼ばれていた。
日が沈むと,各坊の門は閉じられたため,夜に大通りを歩くことはできなかったようだ。
宮城からまっすぐに南に伸びる朱雀大路を境に,東側は万年県,西側を長安県と言った。
身分の高い人は東側に住んだ。
城内には諸説あるが百万人が住んでいたという。
曲江は城壁の南等の角に位置している。
模型でも再現されているが,城内の南側は家もまばらでさびしいところであったらしい。 -
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大きな油絵がかけてあった。
唐朝初期の大事件「玄武門の変」である。
唐王朝は,煬帝の隋末期の混乱に乗じ,李淵・李世民親子が反旗を翻し打ち立てたものである。
しかし実質的にこの天下取りをリードし,多くの戦闘に置いて最も活躍したのは,子の李世民である。
それは衆目の一致するところであり,本人も大いなる自負があったはずだ。
しかし既に中国では長子相続制が根付いており,その長兄である李建成も決して人後に劣る人物ではなく,皇太子に指名される。
そうなれば兄弟とはいえ,命の保証はどこにもない。
長安城の北門である玄武門において,兄建成を殺害した世民は第2代皇帝につくことになる。
李世民は,その後第2代皇帝太宗として帝位につき,「貞観の治」と呼ばれる中国史上まれにみる善政を施く。 -
「紫雲楼」の上層階では,唐時代を再現した舞踊と音楽が演じられていた。
こうしたものが,どれほどの根拠を基にしてどれほど忠実に当時のものを再現しているかに疑問を感じないわけではない。
しかし踊りはともかく,楽士たちの髪形や服装は残された図画などから比較的忠実に再現されたものであろうし,説得力がある。
なにより艶めかしさがある。
ややぽっちゃりした笙を吹く女性は唐美人の忠実な再現か(笑)。
後半は器楽だけの合奏だったが,その音楽は意外にもテンポが早く,かなり陽性の音楽であった。
我々が古楽というものをイメージする場合,たとえば雅楽みたいなゆったりとした音楽を想像するのだが。
笙が主体の編成ということも意外なことであった。 -
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曲江の渕を歩いて反対側にある塔に行ってみる。
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曲江の渕を歩いて反対側にある塔に行ってみる。
途中いくつか出し物があっていたが,現代風なものにはあまり興味がわかない。 -
塔の中に展示してあった「則天武后(武則天)」の姿を再現したもの。
中国の歴代王朝史上,唯一無二の女帝である。
高宗の皇后でもあり,幼き頃より美貌であったことが伝えられている。
また端正な顔立ちで知られる龍門石窟の毘盧遮那仏が女帝をモデルにしたとの言い伝えもあり,かなりの美貌に恵まれていたことであろう。
中国での歴史的評価は否定的なものが多いが,文革時の江青は最終的には最高権力に上り詰めるための下地造りとしてか,これを称賛する運動を興した。
両者とも中国3大悪女の候補者である。 -
「紫雲楼」を望む。
これで西安でも観光は終わった。
雨に始まり雨に終わった観光であった。 -
ホテルに戻って,タブレットでニュールンベルクのマイスタジンガー前奏曲を聴く。
エスニック音楽を聴いた後では,たとえそれが素晴らしいものであったとしても,どうしても我が心の古里であるドイツ音楽を聴きたくなるのだ。
自分のアイデンティティを確認したくなるのであろう。 -
西安は明日早朝にホテルを発つのだが,白酒が少し足りないので超市で小瓶を買ってきた。
「太白」という銘柄は「李太白」にちなむものだろう。
これも陝西省宝鶏産。
味は名前にちょっと負けている。
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