2018/05/04 - 2018/05/05
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su3さん
五稜郭に行ってきました。
再建された箱館奉行所は広くて、資料が面白かったです。これでも3分の1しか再建されていないというのが驚き。桜のシーズンの函館はちょっと寒かったけれど素敵空間でした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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箱館奉行所の中に入りましょう。箱館奉行所の古写真にあわせて植樹された紅梅が見事な花をつけていました。
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式台を通って玄関に入ると畳敷きになっており、アナウンスが流れていました。正面の床の間は槍床といい、槍が掛けられていたそうです。座らないでのマークがあるので槍床に座ってしまう人が結構いたんだろうな。丁度良い高さだし。
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案内板の横にこんなものが。北海道赤レンガ建築賞なんてものがあるんですね。
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玄関を右に曲がって少し進んでいるときに右手側に見えた景色。四間続きは流石に広い。
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まずは使者ノ間を通ります。
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使者ノ間には、榎本武明が土方歳三の甥にあった時に土方歳三を偲び書いた書の模写と箱館戦争に敗れて護送されている途中で書いた詩書の複製が飾られていました。
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トイレ。
用を足さないで寝の看板付き。 -
こちらで手を洗います。
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トイレを出ると見える景色。長い縁側。一部の雨戸が空き外が見えるようになっていました。
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縁側の横は畳敷きの廊下。廊下奥の壱之間の手前が襖と檜の格子と竹の節の欄間で仕切られていました。これにより壹之間が貴賓など重要な人物のみが入ることができるという印になっていたようです。
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大広間に行ってみましょう。
壹之間、弐之間、参之間、四之間からなる72畳の広間で、こちらの建物の中でも最も格式のある部屋なんだそうです。年中行事などに使われていました。 -
こちらが四之間。何か天井にありますね。
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見上げてみると天井には穴。当時の建物の明かりは蝋燭によるものだったため、煙を抜くための換気設備なんだそうです、子の部屋だけに復元されているとのこと。
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参之間。一番広い21畳の間で、こちらの部屋の雨戸の空いている所から外が覗けるようになっていました。
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ちょっと外を覗いてみましょう。
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広々とした庭に松がたくさん植わっていました。全部の雨戸が開いていたら、この縁側でお茶をすすってのんびり日向ぼっこをしていたいと思う眺め。
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縁側を通って移動して
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廊下に戻り、弐之間に向かいます。
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手前が弐之間で一番奥が壹之間。壹之間は箱館奉行が接見に使用した部屋で、四面とも節のない木柱で造作されているという何とも贅沢な造り。
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壹之間には欅の一枚板に漆塗りの違い棚。シンプルながら美しい。
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床の間には複製ですが、2人目の箱館奉行堀織部正利煕の書が掛けられていました。
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長として過ごす人の言葉がひしひしと伝わってきます。現代にも通ずる内容ですね。
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廊下奥の襖と檜の格子と竹の節の欄間はこんな感じです。黒漆がアクセントになってますね。
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表座敷の方に行ってみましょう。
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表座敷手前にある武器置所。刀、槍、弓矢、鉄砲だけでなく、洋式銃も置いていたようです。
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箱館奉行が執務を行っていた表座敷の床の間には、最後の箱館奉行である杉浦誠が書いた詩書の複製が掛けられていました。右手奥には近習詰所があります。裁きの申し渡しも行っていたそうで、部屋前の襖と雨戸を開け広げて裁きを下していた…のかしら、なんて思ってみたり。
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ニシン漁の詩だそうです。北海道らしい内容ですね。
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表座敷の方も雨戸が閉まっていました。
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歴史発見ゾーンに向かいましょうか。大広間と武器置所の間の廊下を進みます。
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奥の襖を抜けると、更に襖。こちらの廊下も畳敷きです。
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廊下からは中庭が見えます。採光や雨水処理のため、作られた中庭は、四方の屋根から流れ落ちる雨を大広間の下を通して南庭に流す構造になっていました。正面の上に出っ張っている所は太鼓櫓。
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歴史発見ゾーンにいくと、中庭に面した廊下から
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雨水が南庭に流れる構造がよく見えますね。
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45畳の広さがある御役所調役。調役などの方々が使用した執務室だったそうで、現在、こちらの部屋では箱館奉行所と五稜郭と箱館戦争の歴史が紹介されています。
ちなみに、奉行、組頭、御役所調役、定役、与力、同心、足軽の順に役職が決まっていたそうです。 -
御役所調役では天井を見上げると小屋組が見えるようになっていました。室内の支柱なしで屋根を支えるために巨大な梁が2本使用されています。
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五稜郭と箱館の歴史について。そういえば、黒船来航は下田と箱館でした。港に5隻の大きな黒い艦船がくれば、大騒ぎにもなりますよね。
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元は箱館とよばれていた土地だったそうなんですが、開拓使がきてから函館も使われてはじめ、明治9年に開拓使が函館が正しいと文書に残しているんだとか。
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1854年に函館の開港が決定されたので、それに伴い、この地に蝦夷地の統轄のために奉行所が造られたました。初めは函館山の麓にある、現在、元町公園あたりに奉行所がつくられたそうで、箱館は国際都市として栄えたため、そのあたりは現在もお洒落な洋館などがたくさん残っているんですね。
ちなみにこの土地は、それより以前にロシアの南下政策対応のために蝦夷奉行・松前奉行が置かれた場所でもあります。 -
諸外国からの防衛策として奉行所を移転することになったのですが、その条件が港湾から離れていること、市街地の近くにあること、近くに川が流れていること、だったそうです。なるほど、条件にぴったりだ。
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五稜郭の設計は、警備のため築かれた西洋式の砲台である弁天岬台場なども設計した蘭学者の方がされたので、西洋式の土塁が考えられたみたいです。折しも、他国の文明が一気に流入してきた時代ですし、西洋戦術の伝搬で当時の戦い方の考え方が少しずつ変わってきて、こういう城塞都市形式の形も受け入れられるようになったんでしょうかね。
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品川台場の石垣を積んだ方がこちらの石垣も造っているんですね。
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五稜郭の北側は役人の方々の役宅があったんですか。
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箱館とその周りの古地図。湯の川辺りは割とたくさん家がありそうです。さすが温泉地。
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五稜郭の特徴が一目瞭然です。これは分かりやすい。
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世界中には星形の城郭がかなりたくさんあるんですね。日本のものは植民地支配によるものではなく、西洋技術を取り込んでできているっていうのが歴史のあれこれを考えさせてくれますね。
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稜堡式築城法の起源がルネサンス期のイタリアだけあって、やっぱりヨーロッパに残っているものが多い。
世界星形城塞サミットなんて初めて聞きました。しかも第一回目を函館でおこなってたんですね。 -
龍岡城と五稜郭って形が似ているんですね。似たような時期にできているし、同じような感覚で作られたんでしょうか。
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函館市に四稜郭があるそうです。上から見た写真のパッとみたところは杵みたいと思ってしまった。
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世界の五稜郭【アジア編】
四稜郭・五稜郭・稜堡スタイルが勢揃い。 -
世界の五稜郭【五稜郭編】
大きさは違えども、見事な星型。 -
世界の五稜郭【五稜郭編】
ブールダンケの城塞は完璧な形過ぎてほれぼれしますね。現在は美術館となっているんだそうです。 -
世界の五稜郭【六稜郭編】
亀さん形ですね。 -
世界の五稜郭【たくさん出っ張りある編】
七稜郭~十一稜郭まで。
チェコ・フランス・イタリア・ルーマニアあたりは結構きれいな形。 -
奉行所について学んでいきましょう。
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現在の建物は元々建っていたものの一部なんですね。大きなお役所だったということがよくわかります。間取りを見ると、住居部分が広い。しかも囲炉裏があるのがおもしろいですね。
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奉行は初め二人体制だったのが、開発や開拓が進み、仕事が増えて三人体制になったんですね。
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流石か開港地。諸外国との交渉地になっていたんですね。開国してから間もない頃は経済的にも政治的にもかなり重要な場だったのでしょうから、仕事も年を追うごとに増えていったことでしょうね。先ほど見た資料の体制増強の意味がよくわかります。
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日本を一周した箱館丸とロシアまで行った亀田丸はどんな船だったのでしょうか。
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こう見ると、海に囲まれているので海岸警備地域が広いですよね、北海道って。
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近くの山で鉄が取れたことや欧米の文化を積極的に取り入れる土地柄的なこともあって、造船などの産業が大きく発展したそうです。だから箱館丸や亀田丸などの船が続々と作られたんですね。
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農地開拓のおかげで、豊かな農業地である現在の北海道があるんだよな。美味しい生活をありがとう、屯田兵の方々。
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箱館焼なんてあるんですね。こんなところに美濃とのつながりが。
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日本人はとてもよく資料を残している人たちだという話がありますが、こうした日記などは割と地位が低い人のものもかなり残っているらしく、それらも貴重な資料なんだそうです。寺子屋のおかげですね。
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日記に記されていた市中などの見回りと領事館の挨拶回りの様子が覗くと見えるようになっていました。領事館はポルトガル・アメリカ・プロイセン・ロシア・イギリスと廻ったそうで、国情を考えるとさぞや緊張したことでしょうね。
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ポルトガル国王誕生日祝い参加の様子が覗けました。
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写真を撮ったり、医者にけがを見てもらったり、わりと定期的に交流してますね。
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旧幕府から新政府への奉行所引き渡しの日記。
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関西や瀬戸・美濃の器も使っていたんですね。
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あら、肥前のものもある。流通においてはさすがと行ったことろでしょうか。
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灯明皿に、まだ電気がなかったころなんだと気が付きました。冬はさぞや暗かったでしょうね。
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コンプラ瓶に文字が書いてあるのが可愛い。
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資料がある部屋からは、外が見えます。
本来だったらここからは、中庭を通して別の仕事場が見えていたんですよね。 -
御役所調役のお隣の部屋は、調役より下の役職である定役元締、定役、手附といった役職の方たちの仕事部屋でした。こちらは庶務・経理課といったろこでしょうか。
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現在この部屋では箱館戦争と五稜郭についての展示とちょっと面白い展示装置がありました。
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旧幕府軍が箱館に上陸し進攻しているという知らせを受けた箱館奉行所の方々は、早々に青森に撤退し、旧幕府軍は無人の五稜郭に入ったそうです。戦力差を考えたらこの判断が妥当かもね。後に、松前藩も青森に逃げてますし。
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五稜郭での旧幕府軍の組織図。思いのほか役職が細かく分かれていたんですね。榎本武明の口ひげがとてもダンディ。
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エンフィールド銃弾と砲弾。
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新政府軍のターン。
3方向から旧幕府軍を攻めていき、箱館市街地を制圧しました。 -
箱館市街戦は1週間で片が付いたんですね。
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五稜郭と東照宮を守るために急造された四稜郭は、箱根総攻撃の折には数時間で陥落したそうです。
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箱館戦争といえばこの人。新選組副長の最後についての説明が書かれていました。
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旧幕府軍にいた医師・高松凌雲。もともと奥医師だったんですね。
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箱館戦争の終結に伴い、五稜郭も奉行所庁舎として使用されなくなりました。明治4年には解体され、敷地は公園として開放されたんだそうです。
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なかなかに面白かったのがコレ。丸い印の部分に両脇にある人の絵が付いた置物を一つ置くと、その人物についての解説がパネルに現れるようになっていました。
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定役元締、定役手附部屋の隣は、同心組頭 同心使役詰所でした。同心格の役職の筆頭となる同心組頭とその部下の執務室であるこの部屋には、現在は映像シアターが置いてあり、映像で箱館奉行所復元工事の様子を見ることができました。
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太鼓櫓の階段下にも行ってみましょう。
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当時は太鼓櫓の上から港湾が見渡せたそうで、時を知らせる太鼓が置かれて、定刻にはこの太鼓を叩いて時が告げられていたそうです。五層立ての高い建物なので、函館湾から土塁を超えて太鼓櫓の銅板葺きの屋根が見えており、箱館戦争時には、艦砲射撃の標的になってしまっていたとか。稜堡式要塞には死角がないといわれていても、これでは守りに徹することは難しいですね。
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太鼓がありますね。急な奥には階段がありますが、登れません。
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階段の上はこんな感じだそうです。
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庶務や治安業務を行っていた同心の執務室である同心詰所は、再建された五稜郭の資料が展示されていました。
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左にある3種類の釘隠し。奉行所庁舎の復元工事では部屋の格に応じて3種類の釘隠しが使用されていて、一番上のものが大広間など部屋の内部に使用されているもの、下のものが廊下側に使用されているのものになっています。五稜郭内部を歩いているとところどころで見かけるので、探してみるのも楽しいかも。
こけら葺きの杉板と竹釘。本物を間近でみると思いのほか薄かったです。これを手で割って作っているのか。すごい。 -
軒丸瓦(巴瓦)の模様がやっぱり葵の紋。そりゃそうか。
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再建プロジェクトに伴い、当時の技術や様子が分かったりするものなのですが、その期間20年という月日は短いのか、長いのか。いや、やっぱり長いな。
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時代が時代名だけに写真資料も結構良いものが残っているんですね。
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明治の資料だからか図面が結構きれい。
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地道な発掘調査と残っている資料のおかげで再建できたというのは、研究者の方々の日々の努力が垣間見えます。
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復元工事の工程についてと鬼瓦の作り方。
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復元工事の工程についてその2と大津壁の作り方。
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こういう模型、結構好きなんですよね。
骨組みがよく見える。 -
同心詰所のお隣の足軽詰所にも建設についての資料が展示されていました。
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継手と仕口の資料展示がありました。追懸大栓継ぎ、蟻継ぎ、金輪継ぎ、台持ち継ぎ、鎌継ぎといった継ぎ手が使われているんですね。
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次がそのまま展示されていました。今は機械で作ってってしまうことが多いけれど、これはどちらでしょうね。
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使っている材。こうして比べてみると全然違いますね。
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玄関式台下に埋まっていた甕。能舞台でもないのに何で甕を生めていたんでしょうかね。
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外に出ると浴衣衣装着た方々が写真を撮っていました。番傘良いね。
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ちょっと休憩して、ブランチをした六花亭で買ったまんじゅうをパクリ。桜の下でお花見気分。
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足元の影が落ちたアスファルトにも桜がいっぱいで良い模様になっていました。
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おまんじゅうを食べ終えた後は、友人と合流する前にもう少し散歩しましょうか。
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見隠土塁の横を通りすぎ、
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稜堡の上にまた登ってみましょう。
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まるでお化けのように枝を広げる桜。
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見事に晴れました。朝の曇り空がウソのよう。
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桜の園。
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これはなんの溝でしょうかね?橋が架かっている(いた)ところにあるので防衛のための堀でしょうか。
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タンポポと桜と新緑が景色にあざやかさを添えています。
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五稜郭タワーと二の橋。
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桜並木が続いて絶好のお散歩コース。
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少しだけ葉桜。
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ここから見える桜と五稜郭タワーの景色最高。
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どこまで行っても桜、桜、桜。
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たまに松。
地面が桜色になっている場所もある。すごい。 -
ほんのり桜色の道ができてました。
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暖かな景色の中、下の芝生ではたくさんの親子連れが遊んでいました。走り回りたくなるよね。
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あー、いい天気。
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稜堡から芝生の辺りまで降りてきたあたりで友人から電話がありました。散歩はここで終わりにしましょうか。
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二の橋に繋がる出入り口のあたりまで歩きます。この角度から石垣を見ると、上部の刎ね出しがぴんとしていて、ちょっとカワ(・∀・)イイ!!。
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ボート乗り場は大繁盛。
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二の橋、一の橋を通って、
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お堀の外へ。
来たときとは打って変わった景色。 -
ポカポカ陽気の中、友人と合流して、一路、宿へ。
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宿で一休みして、さて夕食を食べに行きますかと外に出ると小雨。車を駐車場に止めて、
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着いた先は五島軒。
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こちらは本店。
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ステンドグラスで彩られて外も中も装飾が立派。待合室に通された後、会場まで案内されました。
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食事場所から見えた外は小雨がやみ、夕方の日の光が薄ら射していました。
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五島軒といえばカレー。ということで、期間限定のカレーバイキングに参加。
店員さんが「かなり熱いので気を付けて。私共も火傷を負って跡が残っちゃってるんですよ」といっていて跡を見せてくれたので、慎重にカレーを皿に盛りました。 -
ビーフ中辛のイギリス風カレー、ビーフ甘口のフランス風カレー、チキン辛口のインド風カレー、ハヤシライスといった色んな味を楽しみたかったので、こんな盛り付けになってます。
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箸休め的にサラダがあるからいっぱい食べてしまう。カレーは飲み物とはよく言ったものです。
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デザートにアイスとケーキ。アイスの器が”アイスクリン”といった雰囲気を出していてちょっとテンション上がる。
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外に出たら暗くなっていました。お腹いっぱい。幸せ。
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車を飛ばして温泉まで行こうとしていたらまた雨が降ってきた。天気予報を見る限りだとほんとは天気が悪い日なんだよね、今日って。これがの天気なんだろうな。
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移動途中、結構急な坂道がたくさんありまして、箱館の観光名所の一つに「坂」があげられているのでこれも観光スポットなんだろうなと思いながら写真をパチリ。
その後に着いた温泉は、お湯がとても熱くてなかなか中に入れず、他のお客さんと一生懸命水を入れて一部分だけ入れるようにしたっていう。一緒に入っていた子供たちをできるだけ熱くない場所に誘導するという大人の動きが一致団結していて面白かったです。 -
帰りに寄ったはせがわできになったちくわぱん購入。明日の朝ご飯にしようとワクワクしながら就寝。
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