2019/11/25 - 2019/11/26
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旅人のくまさんさん
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恵那で開催の定例懇親会の紹介の締め括りです。岩村の城下町は、『この人物が居なかったら、日本の夜明けは無かった』とも言われる江戸時代後期の儒学者、佐藤一斎の所縁の地です。門下生には、佐久間象山、山田方谷、渡辺崋山などがいて、一斉の箴言集の『言志四録』は、幕末の西郷隆盛、勝海舟、坂本竜馬などに大きな影響を与えました。城下町には一斎が残した名言が200枚もの木板で家々に掲げられてます。
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歴史的・文化的な佇まいを今に残す岩村城下町は、平成10年(1998年)4月、全国で48番目、岐阜では高山市三町・白川村荻町に続いて3番目に「重要伝統的建造物群保存地区』に選定されました。その町並光景です。
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現在でも、その町並は枡形や町の中を流れる疎水など、他では見られない城下町です。全長約1.3キロ古い町並み周辺には、かつての面影を残す商家や旧家、なまこ壁などを今も目にすることができます。城下町の先には、大和の高取城(奈良県)、備中の松山城(岡山県)と並ぶ日本三大山城の一つの岩村城址があります。
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この通りは、歴史的町並みと交差する、現代の街道になるようです。この通りは程平ですが、歴史的町並みと並行する、前方に見える通りは、岩村城がある左手に向かって登り道になっていることが見て取れます。岩村城は、江戸諸藩の府城の中でも最も高い、標高717mに築かれた、高低差180mの天嶮の地形を巧みに利用した要害堅固な山城です。
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イチオシ
二階の軒先に吊るされた、干し柿の光景です。個人宅の正月準備にしては少し量が多いようですから、商売用の干し柿かも知れません。干し柿はドライフルーツの1種で、ころ柿(枯露柿、転柿、ころがき)や、白柿(しろがき)とも呼ばれます。日本だけでなく朝鮮半島、中国大陸、台湾、ベトナムなどでも作られています。
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『女城主の里』の文字も記されていたマンホール蓋の紹介です。平成2年(1990年)に山麓の藩主邸跡に『太鼓櫓』と『表御門』が再建されましたので、それがモデルになっているようでした。周りに松や桜の花も配されていました。
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ここからは、『女城主』の蔵元に入場しての見学です。岩村醸造㈱の公式HPからの紹介です。『岐阜県恵那市岩村町にある岩村醸造は、1787年(江戸時代の天明7年)創業。当時、現在の蔵元である渡會(わたらい)家が年貢として岩村城に納めていたお米を生かし、造り酒屋を始めたのが起源です』、と紹介されていました。
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岩村醸造㈱のHPの会社自己紹介の続きです。『大正10年、岩村町で2番目となる株式法人設立と同時にお酒の他に味噌、醤油も造りはじめました。社名が「酒造」ではなく「醸造」となっているのは、そのためです。その後、味噌・醤油の製造は止め酒造業のみに専念し、現在に至ります』、と自己紹介されていました。
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大きな瓶と立札風の説明パネルの光景です。説明パネルには、大きな瓶とは直接関係しない『天正疎水』のタイトルがありました。『木村家住宅』でも紹介しましたが、造り酒屋の『岩村醸造㈱』の敷地にも引き込まれていました。先程の写真です。むしろ、こちらがより重要な必要性があったかも知れません。
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私は見ていませんが、テレビで『女城主』の岩村城の名が高まり、清酒の『女城主』の売れ行きもアップしたようでした。メーカーの宣伝文句を要約しますと、『町のシンボルである岩村城は鎌倉時代(1185)に築城、城築城800年を記念して誕生した銘柄が「女城主」です』と紹介されていました。ラベルには、『おつやの方』の肖像があしらわれています。
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これで、造り酒屋の『岩村醸造㈱』の紹介はお終いです。前回にも購入しましたが、今回もプレゼント用にコンパクトサイズの『女城主』を買い求めました。もちろん、自分で消費する分も勘定に入っています。大切な場所らしい、注連縄が張ってあった室内の一角の光景です。
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今回、じっくりと見学させて戴いた『木村家住宅』の前に、またやって来ました。今度は入場せずに前を素通りです。紹介するのは、自然の素材を使った玄関飾りと、『開館中』の表示の光景だけです。
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レイアウトは異なっていたようですが、一度紹介した記憶がある観光案内地図の光景です。タイトル名も異なり、『西郷さんの言志四録』になっていました。西郷隆盛は佐藤一斎の影響を受けた一人とされ、『言志四録』の全1133条を熟読し、特に心に残った101条を書きとめ、常に傍に置いて繰り返し読み返したと伝わります。西南戦争で明治政府と戦ったときも携行していたようです。
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『岩村城下町案内図』のタイトルがあった観光案内の光景です。図面の最上部の緑の山に岩村城が記されていました。岩村城は、現在は石垣だけが残りますが、標高717メートルの高さに築かれた、日本一高い城郭です。『日本三大山城』の一つとしても有名です。個人で岩村城を見学した時には、城下町を上り詰め、更に山を登って本丸まで向かいましたが、『三大山城』の険しさを実感させられました。
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竹を使った人形飾りの光景です。最上部と、二つの切り口に、それぞれ個性的な人形が飾られていました。殊に、最上部の人形は、藁製の長い髪かマフラーに、サングラス姿でした。自治会長の表示があった家の前でした。
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名前:『フォックス・フェイス(キツネナス:狐茄子)』
分類:ナス科ナス属
原産:ブラジル
その他:南アメリカ原産ですが、大アンティル諸島、中央アメリカ、及びカリブ海で帰化しました。以前は珍しかったものの、最近はよく見かけます。 -
『勝川家』のタイトルがあった説明看板の光景です。屋号は『松屋』、年貢米や材木を扱う、岩村藩有数の商家だったことが紹介されていました。『江戸城下町の館・勝川家』は、平成15年(2003年)8月に施設オープンしました。江戸後期の建物で、木造2階建の2軒の建物からなっている歴史ある建物です。
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『本日休業中』だったお店のショーウィンドウ光景です。180度曲がった竹や、手造りらしい置物などが飾られていました。流木らしいものも飾られていましたから、自然素材を生かした製作がコンセプトのお店かも知れませんが、あくまでも推測です。中央には、小さな蓋付の焼物も置かれていました。
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『下町升形』のタイトルがあった説明パネルの光景です。岩村城下町では、下町、新市場と新屋敷の3箇所に枡形が設けられていました。下町の枡形がある場所は、城下町の西の入口に当たる場所です。三箇所のうちでは最も規模が大きく、元々は土塁で囲まれていたようです。
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左手に見える、石垣一段だけの花壇の中に『ふくろう商店会』の赤い文字が記されていました。この後紹介する、2018年に放映された、NHKドラマの『半分、青い。』のロケ地と関係がありそうでした。左端付近に見える写真は、主役を演じた永野芽郁(めい)さんのようでした。
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懐かしのプロマイドがずらりと並んだ店先光景かと思いましたが、中央にある青い写真は、NHKドラマの『半分、青い。』の場面でした。実は、テレビは見ない主義ですから、『半分、青い。』のことも、この岩村が、ロケ地の一つだったことも今回初めて知りました。2018年度上半期放送のNHK『連続テレビ小説』第98作目の作品だったようです。
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この辺りは、『フクロウ商店会』のエリアになるようです。先ほど紹介した、NHKドラマの『『半分、青い。』の情報に目を通していましたら、記事の中にその名前がありました。主役の楡野鈴愛(にれの・すずめ)役を演ずるのは永野芽郁(めい:1999~)、2017年(平成29年)10月に、恵那市岩村町でクランクインしました。明知鉄道は、永野芽郁の写真が描かれたラッピング列車が運行されました。
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イチオシ
フクロウを主題にしたお店の光景です。羽を広げた白い顔の美人のふくろうさんは、お腹に『しあわせこいこいやってこい』の文字が記されていました。その周りには、頭にも肩にも、小さなフクロウさんが一杯でした。下の段にも、若鳥のフクロウさんがいました。
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二つ並んだ、フクロウの置物です。眼鏡をかけたような姿は、つい、縄文土器を連想してしまいました。『土偶』といえば、この型のものが連想されるほど有名な、遮光器土偶のことです。遮光器土偶は主に東北地方から出土し、縄文時代晩期のものが多いとされます。一時期は宇宙人説などもありましたが、最近は『目の誇張表現』と解釈されているようです。(ウィキペディア)
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イチオシ
軒先にも吊るされていた『ふくろう』さんです。目が下向きになっているのは、高い場所に吊るされるのを前提としてのデザインのようでした。足の下の名札には、『岩村町下町・ふくろう商店会』の文字がありました。売り物ではなく、商店会代表のふくろうさんでした。
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入口横に『神谷書道塾』の表札があった建物光景です。正面から撮影しようと思いましたら、学習中の塾生の方達が写ってしまいそうでしたから、少し下がって、斜めからの撮影です。この塾にも、一斎の格言を記した年代物の大きな木板が懸かっていました。一番手前の部分です。
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名前:『ノボタン(野牡丹)』
分類:ノボタン科ティボウキナ属(和名シコンノボタン属)
分布:沖縄、中国南部などに分布。
特徴:丈夫で育てやすい、常緑低木です。
その他:流通上はノボタンとシコンノボタンが混同されているようです。 -
名前:『ノボタン(野牡丹)』
分類:ノボタン科ティボウキナ属(和名シコンノボタン属)
分布:沖縄、中国南部などに分布。
特徴:丈夫で育てやすい、常緑低木です。
その他:ノボタンの花のズームアップ光景です。 -
岩村城の見学は、車で登ることが出来る『出丸』だけにしました。その『出丸』から眺めた、本丸方面の石垣光景です。岩村城は、江戸時代には岩村藩の藩庁でした。付近は霧が多く発生するため、別名『霧ヶ城』とも呼ばれます。現在は岐阜県指定史跡で、日本百名城(38番)にも選ばれています。殊に、本丸の北東面の『六段壁』と呼ばれる石垣は一見の価値があります。
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岩村城の『出丸』の説明看板の光景です。岩村城は、本丸の外側に二の丸、西外側には出丸、二の丸の外側に三の丸が配されていました。また、本丸には二重櫓が2基ありましたが、天守はなく、三の丸大手口にあった三重の到着櫓が天守代わりでした。廃城令により、1873年(明治6年)に城は解体されましたが、見事な石垣は現在も見ることができます。
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昼食のそばを食べたお店の光景です。帰りはJRですから、運転手役の友達には我慢してもらって、JR組は地酒を少し戴きました。食事の後、JR瑞浪駅まで車で送ってもらい解散しました。今回も楽しい懇親会となりました。
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