2019/09/15 - 2019/09/15
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まつじゅんさん
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昭和51年3月、私が奈良の山奥の高校を卒業して40数年が経過しました。
昨年大阪に戻ってきて、毎月梅田に集まって有志でプチ同窓会を開催していましたが、私がまだ鳥取在住の5年位前から、同窓会を開こうか、という話があったようです。
還暦を期に・・・という安直な発想で声が上がっていたようですが、その時の幹事が多忙で、延び延びとなっていましたが、紅一点の女帝様が野郎共には任せられない、と仕切ってくれたようで、めでたく開催の運びとなりました。
場所は、想い出深い橿原神宮近くのホテル。
ということで、同窓会前に卒業以来40数年振りの橿原神宮を参拝してきました。
記憶の中にある緑の中のお社は、何十年経っても凄い存在感でした。
同窓会は、会うのは卒業以来という人達もいましたが、一瞬でタイムスリップ。
昨日の記憶も怪しい輩たちが、40数年前の高校時代3年間の他愛のない話で大盛り上がり。
担任の先生もお元気で、楽しい時間を過ごしました。
二次会の誘いを断腸の思いで辞退し、久しぶりの近鉄電車に揺られ、駅名を思い出しながら、夕方に所用で梅田に来ていた奥様と合流し、イタリアンを食べながら、同窓会の話題で盛り上がりました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
-
川西からは結構遠かったです。
近鉄阿部野橋から急行で橿原神宮、という発想しかなかったですが、時代の進歩かスマホの経路検索で表示されたルートは、平野~川西能勢口~梅田~鶴橋~八木~橿原神宮というルートでした。
あまり馴染みのないJR環状線や、近鉄大阪線も良いかなと指示通りのルートで向かいます。
日本の鉄道やIT技術は凄い、予定通り11時前に橿原神宮駅到着です。 -
私の高校時代の通学は近鉄で、橿原神宮駅は途中の駅でした。
当時から駅周辺に遊ぶような場所もないので、寄り道は八木か高田市駅で、クラブ活動も忙しかったので、そんなに遊んだ記憶は無いのですが、改札を出たのはひょっとしたら初めてかもしれません。 -
駅前から畝傍山に真っすぐに伸びる道。
畝傍山の麓に橿原神宮があります。
畝傍山は標高199.2m、大和三山で最も高い山で、死火山です。
麓は神武天皇が宮をおいたところとされており、橿原神宮や神武天皇陵の森が、深閑とした雰囲気を湛えています。
私にとって、畝傍山、耳成山、天の香具山という大和三山は、心の故郷です。 -
昭和56年3月に大学卒業と同時に豊中に転居しましたが、それまで20数年間暮らした奈良県南部、橿原から吉野には沢山の想い出があります。
転居してからも、平成6年倉吉に移るまでは、奈良県には何度か訪れていますが、橿原神宮は高校卒業以来です。 -
橿原神宮は、記紀において初代天皇とされている神武天皇と、皇后の媛蹈鞴五十鈴媛命を祀るため、神武天皇の宮(畝傍橿原宮)があったとされるこの地に、橿原神宮創建の民間有志の請願に感銘を受けた明治天皇により、1890年4月2日に官幣大社として創建されたとの事で、皇室にゆかりのある神社です。
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日本最古の正史ともされる『日本書紀』において、日本建国の地と記された橿原。
天照大神の血を引く神倭伊波禮毘古命(後の神武天皇)が、豊かで平和な国づくりをめざして、九州高千穂の宮から東に向かい、苦難を乗り越え、畝傍山東南の麓に橿原宮を創建され、第一代天皇として即位されたのが、2,600余年前の紀元元年。
創建は近代ですが奈良県内では春日大社に次いで、110万人もの初詣の参拝者数のある、奈良県民に愛されている神社なのでしょうね。 -
一の鳥居です。
一の鳥居が建つ中央の主道の両側に橿の並木が続き、さらにその両外側に副道が設けられています。進むこと100mで神橋広場に到着。
私の学校は、工業高校で当時は建築2クラス、土木や他4クラスの合計1学年6クラスの学校でした。
場所柄か、木材を用いた建築、工芸で名を馳せていましたが、少子化や進路選択等の影響か、再編論争が出ており、母校もその波に巻き込まれているようです。
同窓会でも結構その話題となり、3人ほどの議員さんに、皆がプレッシャーを掛けていました。
母校の建築科は、相当な歴史があり、私の卒業時で100年ほど。
今も1クラスとなり細々とですが続いているようです。 -
境内には、フリマ3店舗が出ていました。
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南神門前の広場の南手水舎です。
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明治23年創建から数えて、令和2年4月2日に御鎮座130年を迎え、数々の記念行事が予定されています。
また、御奉賛のお願いがHPに出ていました。
http://kashiharajingu.or.jp/130/support.html -
表参道を西に進み、右手は南手水舎、左手に南神門が見えます。
南神門は、素木建の八脚門で屋根は切妻造の銅板葺で、手水を済ませ、南神門の石段を上がり神域に入ると、背後に畝傍山を控えた雄大な社殿が眼前に開けます。 -
外拝殿は、畝傍山を背景にした両脇に長い廻廊を連ねた、壮大な入母屋造りです。
昭和14年完成の建物で、昭和の神社建築の粋ともいうべき豪壮さがうかがわれます。
石階段を上ると、正面に内拝殿があり、その屋根越しに幣殿の千木・鰹木が金色に輝いてそびえています。(神域なので写真はありません。) -
この垂木や屋根の大きさは、神社建築の見どころですね。
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内拝殿と外拝殿との間の廻廊です。
廻廊に囲まれて外院斎庭があり、広さは3,200m?(約970坪)の大きさで、紀元祭には全国から数千人の参列者で埋めつくされるとの事です。 -
平成28年の神武天皇二千六百年式年祭にあたり、平成天皇、皇后両陛下が橿原神宮を参拝された際に、皇后さまが「ふと遠い歴史のかなたから吹いてくるひそやかな風の音を聞くような気持ち」で、樫の葉がそよぐ参道を進まれたお気持ちを詠まれた御歌の歌碑です。
遠つ世の 風ひそかにも 聴くごとく 樫の葉そよぐ 参道を行く -
毎年恒例となっている(らしい)橿原神宮の巨大絵馬。
高さ4.5m、幅5.4mで、通常の絵馬の1,600倍のサイズらしいです。
2019年の干支「いのしし」バージョンですが、あまり知られていないようですが、橿原神宮の絵馬は昭和35年に、現在の皇太子殿下の生誕を祝って始められたものらしいです。
絵馬は、もともと雨を降らし止めるのを祈願するものが起源といわれ、現在では、いろんな願い事を書いて奉納するものとなっています。
ここ近年は、橿原市在住の日本画家の藤本静宏さんが手掛けておられるようで、「災害が多かったので、『猪突猛進』する勢いでそうしたことを吹き飛ばし、おめでたい年になればという思いを込めた。」という事らしいです。 -
橿原神宮を参拝し、試合帰りのちょっぴり甘い、青春時代を懐かしみ、橿原神宮の一の鳥居前にある本日の会場「橿原観光ホテル」に到着です。
開始まで40分以上時間があるのに、私が最後だったらしいです。
座席の抽選も、残りはこれと手渡され、幹事から遅いと怒られ、先生を待たすとはけしからんと、周りから口々に言われながら、順々に再会を喜んで挨拶を交わしていきます。
内容は濃すぎて、近況や仕事のこと、家族のこと等々、話は尽きませんし、当時を回想していくと、記憶が蘇っていきます。
当時、ツッパリのZ君や、Y君、H君も立派になって、議員さんになっていました。
やはり、建築業界の人が殆どで、熱く建築愛を語っていました。
80人中、所在不明者10人の情報提供を呼びかけ、出席者50人が校歌をうろ覚えながらも歌い、80歳超えの先生方もお元気でと、またの開催を幹事が宣言し、盛会のうちお開きとなりました。 -
二次会をパスして、毎月のプチ同窓会のメンバーから来月の開催日を聞いて、奥様の待つ梅田に向かいます。
帰りは乗り慣れた近鉄南大阪線にします。
吉野線、橿原線の交差駅である橿原神宮駅、明らかに変わっています。
私達の頃は地下道などなかったです。
高校時代は、御所線の忍海から尺土で乗り換え、吉野行の急行(といっても橿原神宮までで、吉野線は各停で、90分位掛かって通学していました。
吉野神宮駅から徒歩で20分位掛かりましたからね。
この駅で八木方面から乗り換えで乗ってくる同級生達や、昔のGFと下市口、吉野神宮までの各停の車内、単線で行き違いで待つ時間も長いですが、結構楽しい時間でしたね。 -
昔と変わったホームで、全ての列車に遭遇しました。
最初に特急が到着。
私達の時代も走っていましたが、近鉄は有料特急ですので、乗車機会は無かったですね。
途中で、各停を待たせて通過していく列車という印象でしたが、尺土に停車するようになっていました。
所要時間が殆ど変わらないので、今は料金は気にしなくても良いのですが、貧乏人の習性か、2両の古いタイプの特急列車を見送りました。 -
次に、古市行の各停到着。
恐らく当駅始発ですね。
尺土で次の準急に接続するのだと思います。
昔、GFと少しでも長い間いたいということで、阿部野橋から大学帰りに普通で帰っていた時代がありましたが、若気の至りという事ですかね。 -
普通を追いかける準急。
これも当駅始発ですね。
私の鉄道の優等列車の知識は、当時の近鉄の区分です。
特急、急行、準急、普通だけです。
梅田からの宝塚線は近鉄に近くまだ理解できますが、今津から甲子園に向かう阪神電車の区分は全く分かりません。
直通特急、阪神特急、区間特急に、急行、区間急行、快速急行ときて、準急、区間準急、普通・・・。
どの列車がどこに停車するんですかね。 -
そんなこと考えていたら、吉野から当駅まで16駅各停の、あべの橋行急行が到着です。
今でも思い出すのですが、学校までの駅には変わった駅名が結構ありました。
浮孔(うきあな)、坊城(ぼうじょう)、市尾(いちお)、葛(くず)、福神(ふくがみ)、大阿太(おおあだ)、六田(むだ)等ですが、その中でも駅名だけでなく、こんなところに駅があるのかと思う、所謂秘境駅のような薬水(くすりみず)という駅もありました。
それら駅から毎朝乗ってきた、友人達の顔が今でも思い出されます。
急行はここから高田市駅、尺土、古市と27駅中3駅のみの停車で走ります。
変わった駅名も多く、上ノ太子(かみのたいし)、土師ノ里(はじのさと)、恵我ノ荘(えがのしょう)、布忍(ぬのせ)、阿堀口(こぼれくち)等々、近鉄生活が長くて普通に思っていましたが、奥様に聞いたら読めない駅が多くて、一寸ショックをうけました。
忍海(おしみ)も読めないかなぁ。 -
東通り商店街にあった一寸お洒落なイタリアンのお店「ROGIC梅田」です。
ドリンクメニューが飛び出す絵本になっていました。 -
奥様はマンゴーオレンジ。
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私はWグレープフルールで乾杯です。
同窓会では話す事で飲食はどれ位できたのか覚えていません。
結構空腹でしたので、あまり食べてなかったんだろうなと思います。 -
お通し代わりというグリッシーニ(細長い棒状の固いパン)。
後から調べて分かったのですが、ポッキーのようにポリポリと長いまま食べてはいけないようです。
あくまでパンの分野の食材なので、適当な長さを手で適切な大きさに折って食べるのが正解のようです。
お洒落ですね。
枝豆等に慣れた私には初めての品、当然の如くポッキー食べをしていました。 -
前菜5種盛。
見栄えも綺麗で、お得な一品でした。 -
スモークサーモンアとアボガドのサラダ。
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スパイシーナチョスという商品です。
ビールに良くい合いそうな、ちょっと辛めの料理です。 -
カマンベールのアヒージョ、バケットを追加しました。
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熟成豚の窯焼き。
結構ボリュムも多く、ソファー席でゆっくり、今日の同窓会の様子を奥様に話し、楽しい時間でした。
本日、これまで。
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