2013/09/06 - 2013/09/13
733位(同エリア1800件中)
パンダ番長さん
- パンダ番長さんTOP
- 旅行記55冊
- クチコミ0件
- Q&A回答0件
- 12,486アクセス
- フォロワー2人
トルコ旅行の5日目。カッパドキア観光の一日。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
<カッパドキア観光の朝>
朝、今日もイスラム教の朝の礼拝を促す呼びかけのアザーンの放送で起こされる。
時計を見ると、時刻は5時10分である。部屋内も少し寒い。
暫らく、ベッドを出なかったが、5時30分前にベッドを出て、顔を洗うが再度ベッドに潜り込む。
今日の朝食時間は7時半からであるので、まだまだ時間はある。昨晩寝る前に読んでいたガイドブックを再度読み始める。
6時を過ぎたところで、ベッドから出る。
部屋の外のテラスに出て見るが、まだ空が白み始めたところである。 -
もう直ぐ、日の出である。朝は昨晩よりも更に寒く、慌てて部屋に戻る。
今日必要な荷物などは昨晩準備したので、何もする事もなく、再びガイドブックを読み始める。
今日はカッパドキアの代表的な名所を巡る。
特にカイマクルの地下都市とギョレメ屋外博物館が楽しみである。その他にも見所満載で、順番は良く判らないが、かなり観光地を巡る事になるのだろう。
時刻が7時前になり、再びテラスに出る。すると空には多くの熱気球が見える。本当に多く、熱気球同士が接触しないか心配になる程である。
見えているだけでも30近い熱気球が上がっている。
昨晩、熱気球の案内を行っていた際に朝食頃には戻って来ると話していたが、こんなに早い時間に飛んでいるのである。
ユルギュップの村はまだ灯りが残るが、昨晩は確認出来なかった村の全容が薄らと見え始まる。 -
丁度、ホテルの右手に大きな岩山があり、その壁面には多くの住居が造られている。
また、テラスの反対側に移り、風景を見ると、こちらは丁度、日が昇りかけているので東の方角になるが、木々が生い茂る平地になっている。
見えている建物も比較的新しいものが多い。
暫らく、この景色をテラスから堪能していたが、さすがに寒くなり、部屋に戻る。
時刻が7時15分頃になり、部屋着から着替え、今日の身支度を行う。
-
そして、7時30分を過ぎ、部屋を出て、レストランに向かう。途中、別棟とフロントのある棟の間に小さな土産物店があるのを見つけた。昨晩は暗く、気が付かなかった。
食事を終えた後、開いていれば、立寄ってみよう!
玄関を入ると、溝田さんがいたので、朝の挨拶を行い、昨晩のメールに内容について聞く。 -
すると、溝田さんも昨晩知った様で、まだ詳細な内容は入手出来ていない様子である。2階のレストランに行く様に言われ、先にレストランに上がる。
レストランはまだ朝食の準備中で、食器などがまだ置かれていない。
席に着き、暫らく準備が出来るのを待っていたが、店員がもう食事を取って良い様促されたので、料理を取りに行く。朝はバイキング方式である。
朝食の内容は以下の様なものである。
<9月10日 テメンニ・エヴァホテルでの朝食>
①豆のスープ
②ソーセージのピザソース煮
③蒸かしいも(じゃがいも)
④ゆで卵
⑤チーズ
⑥ハム(3種)
⑦パン(2種)
⑧トマト
⑨チェリージュース
朝食はありきたりのメニューである。パンも然程美味しいものでもなく、ハム、チーズも普通である。唯一の料理らしいものはソーセージのピザソース煮だけである。 -
早々に食事を終える。丁度、私が食事を終えた時に尾道の3人組がレストランに来た。朝の挨拶を行い、「食事が遅いですね?」と言うと、「熱気球に乗って来たんよ!」と言う。
「どうでしたか?」と聞くと、「乗って非常に良かった!」と非常に満足げな顔であった。
時刻は8時である。集合時間が8時40分であるので、その前に先程の土産物店も見たいので、早々にレストランを出る。
土産物店に行くと、開いていた。店の表に幾つかの焼き物が飾られている。
すべて、カッパドキアの奇岩や洞窟住居などをモチーフにしたもので、置物が多い。
店の中に入ると、高校生くらいのジャージ姿の女の子が店番をしていた。
店内は然程広くなく、2畳くらいの小さな店である。大きな土産物はなく、キーホルダーやマグネットなどが中心である。マグネットはかなり種類が置いてある。
マグネットはこちらで少し購入する事にした。マグネットを見ていたが、高校生は喋る事なく、品物を紹介する事もしない。私自身で、数個のマグネットを選択し、高校生に提示する。
英語で幾らかを聞くと、高校生は喋る事なく、電卓で数字を示す。
2個で6トルコリラである。
手頃な価格であるので、購入する旨を伝えると、品物を新聞紙で丁寧に包んでくれ、袋に入れてくれた。6トルコリラを支払い、店を出る。
部屋に戻ったのは8時15分頃である。今日持って行く荷物を再度確認し、準備万端である。
暫らく、休憩後、少し早いが8時25分頃に部屋を出る。
玄関ロビーに行くと、溝田さんが既に待っていた。
少し時間が早いので、ソファで待つ。
8時30分を過ぎると、みんなが集まり始める。8時35分には全員が集合し、ホテルを出発する。
ホテルから階段を降り、バスの待つ昨晩の坂まで下りる。
既にバスは坂のところに停車していた。全員でバスに乗り込むとバスが出発する。 -
<カッパドキア観光①~3姉妹の岩からカイマクル地下都市~>
バスが動き出すと、ナムックさんが朝の挨拶を始める。
「はい!皆さん。ギュナイドゥン!おはようございます。今日はカッパドキアを一日観光します。途中、サプライズも用意していますので、楽しみにして下さい。まずはこれから3姉妹の岩を見学した後、カイマクルに移動し、地下都市を見学します。」と話す。
バスはユルギュップの村を抜け、ギョレメの村の方面に向かう。
10分程で最初の観光ポイントである3姉妹の岩に到着した。
昨晩も同じところを通っているが、夜であった為に判らなかった様だ。
道路脇に車やバスなどが止められるスペースがあり、その場所にバスが停車し、全員が降りる。
3姉妹の岩は、3本のキノコ岩が並ぶ“ユチ・ギュゼルレル”と呼ばれるところである。
ここで、この3姉妹の岩をバックにみんなが記念撮影を行う。 -
私も溝田さんにお願いし、何枚か写真を撮って貰う。カメラが故障しているが、もう溝田さんはその癖を把握してくれた様で、上手く撮れている。
20分弱この場所で景観を楽しみ、バスに乗り込む。時刻は9時10分頃である。
ここから次のカイマクルの地下都市に向かう。カイマクルまではここから20分程掛かると言う。
バスはカッパドキアの奇岩が並ぶ、大地の中を進む。途中、ウチヒサルやオルタヒサルなどの有名な岩山が見え、それが見えなくなると、荒涼とした大地の中をバスが進む。
何回か、道を曲がり、バスが小さな村に到着した。そして、露店が並ぶ駐車場に到着した。
ここがカイマクルの地下都市の駐車場である。この駐車場でバスを降りる。 -
バスを降りると、ナムックさんを先頭に露店が並ぶ方向に進む。
駐車場の周りには多くの露店が出ている。土産物や食べ物などを売る店である。
また、帽子なども売っていた。この露店の並ぶ前を過ぎると、舗装された階段に出た。
その階段の両脇には多くの店(露店ではなく、ちゃんとした店)が並ぶ。階段を上り、途中道が右に折れる。ナムックさんについて進むと、柵で仕切られた入口に到着した。
この柵の前で暫らくナムックさんの入場手続きを待ち、ナムックさんの誘導で1人ずつ中に入る。
入口から少し入ると扉があり、その先に階段が続いている。その奥に地下都市への入口が見える。 -
そこから地下都市に入る。入口付近は、少しひんやりした感じである。
天井はこの入口付近でも然程高くなく、大きな人だと屈まなければ、進めない程の高さであるが、平均的な日本人身長なら問題ない。
人力で掘られた内部は通路の壁も凸凹で、歩く下部分のみが平らである。所々に灯りを置いたと思われる穴が壁に開いている。ある程度進むと、少し広い場所に出る。
ここでナムックさんが、このカイマクルの地下都市について説明を始める。
大体以下の様な内容である。
この地下都市は、地下8層に及んでいる。内部には教会、学校、ワイナリー、食料貯蔵庫などが作られており、約2万人が暮らしたと考えられている。
各階層は階段や傾斜した通路で繋がっている。 -
ローマ帝国の迫害を逃れて、この地に辿り着いた初期キリスト教徒たちが隠れ住み、何世紀もかかって掘り進められ、拡張されてきたが、作られた年代は謎に包まれている。
紀元前から存在し、ヒッタイトによって作られたと考えられている。その一つが紀元後6~10世紀頃築造されたのが、このカイマクルの地下都市である。
イスラム諸国の攻撃に耐える為に、完璧な防御システムが施されている。
敵が去るまで貯蔵食料で飢えを凌ぎながら半年から一年もこの暗闇の中に篭り、ひたすら敵が諦めて過ぎ去るのを待ったと言う。
この様な地下都市は、このカイマクルだけではなく、この地方には数十箇所も設けられており、その収容人口10万人とも言われているが全貌が明らかになっていない部分も多い。
外敵進入防止策として企画された迷路のような通路は狭いうえ急傾斜、更に天井が低く万が一進入されても奥深くまでは侵攻出来ないような構造に設計されていると言う。
本当に中は迷路に様になっている為に、最初に入った入口からどの方向にどれくらい進んだのかも見当が付かない。途中で、大きな扉などもあり、外敵への防御が多い。
中にはいきなり、足元に穴が開いている場所もある。
今は電灯が付けられているので、それがあるのが判るが、暗い中ではそれも判らない。 -
地下に下りるに連れ、生活の匂いのする設備が現れる。調理場やワイン製造所、貯蔵所などである。
実際に言われないとどの様に使用していたのかは判り辛いが、言われればその様に使用していたのが判る気がする。
なかには体を半分に折るくらいに屈まなければ進めない通路もある。
我々は地下3階まで下がり、そこから地上を目指し、戻る事になる。
通路の壁には多くの小窓がある。この様な小窓は、外敵に進入された時の対策として矢を射たり、煮えたぎった油を上からぶちまける穴として使用されたものも多いそうだ。
しかし、地下に進むに連れて、狭くなるので閉所恐怖症の方にはお勧めできないが、外敵から身を守る為の設備だと思えばこそ、しかたがない。 -
しかし、地下都市を進むに連れて以下の疑問が沸く。
1.換気は全ての部屋に満遍なく行き渡り、かつ排気も可能だったのか?酸欠にならなかったのか?
2.掘り出した土砂はどうして処理をしたのか?
3.掘り出すのにどれくらいかかったのか?
4.食料備蓄量と配分方法はどうしたのか?
5.地震や大雨などの災害はなかったのか?
6.トイレや排水はそうしたのか?また、生活水と混じることはなかったのか?
7.出産、病人、墓場などはどのように対策したのか?
など疑問がつきない。
この地方は冬が厳しいので、地下空間の方が年中快適だという事を知っていたのだろうが、それにしても半年もこんな暗い所で暮らすのは精神的に辛い。楽しみはどこへ求めたのであろうか?
ナムックさんによると、カッパドキアでは現在内部に入れるもの入れないものすべて含めて36箇所の地下都市があると言われているそうだ。 -
徐々に順路通りに進むと上方に上っている。やっとの事、地上に出た。時刻は10時過ぎである。
先程の土産物の通りを再び、駐車場方面に戻る様だ。ここで少し土産物店に立寄る事を許される。
バスでの集合時間は10時20分となった。
店先で土産物などを見ながら、駐車場方面に移動し、途中、何軒か店内にも入る。
一つの店で店員に捕まり、色々と土産物を勧められる。この辺りも陶器製品の土産物が有名なのか、陶器製品が多い。また、織物類も多い。
その中で、陶器製品の鍋置きが目に付いた。イスラム風の幾何学模様が綺麗である。
店員も日本人観光客が多いのか思いの外、流暢に日本語を話す。
店員に聞くと、チューリップの柄がこのトルコでは有名な柄で、お勧めだと言う。
そこで、そのチューリップ柄を中心に5枚程購入するので、ディスカウントして貰う交渉に入る。
最初は、一枚6トルコリラとの事であったが、時間もなく、店を出ようとすると20トルコリラでOKが出たので、それで購入する事にした。割れない様に新聞紙に包んで貰う。
もう、集合時間も近いので急いで駐車場に向かう。
まだ、同じツアー客の人達も思い思いに土産物店を見ている。
バスの前には溝田さんとナムックさんがいたので、直ぐにバスを見つける事が出来た。
まだ、数人しかバスに戻っていないが、早々にバスに乗り込み、みんなを待つ。
各々、土産物を持ち、バスに乗り込んで来る。中には何か露店で買った串に刺さった食べ物を買って持ち込む人もいたが、食べ物はバス内に持ち込み禁止ではないのか?
10時25分頃には全員が乗り込み、バスが出発し、次の観光地に向かう。 -
<カッパドキア観光②~鳩の谷、ウチヒサル、洞窟住居、エセン・テベ~>
カイマクルの町を抜けると、右手にエルジェス山が遠くに見えて来る。
このエルジェス山は、標高3,916mで、中央アナトリア地方の最高峰である。
ここで、ナムックさんが、「皆さん、トルコを訪れる観光客が最も多い国はどこか、判りますか?」とまた質問が出る。日本人にもトルコは人気の国であるので、日本人が多いのではないかと考えていると、「訪れるのは欧州の人が多いです。」と付け加える。なるほど、バカンスなどでトルコを訪れる人が多いのである。誰も判らない風なので、ナムックさんが、「1位はドイツです。年間約440万人が訪れます。2位はロシアで約260万人です。日本は残念ながらかなり下位です。」と教えてくれる。
聞くと、観光客の2人に1人が欧州の人だと言う。
その様な話を聞いていると次の観光地に到着した様である。バスが道路脇の駐車場に到着する。
ここは“鳩の谷”と呼ばれる場所である。バスを降りて、見学を行う。 -
この鳩の谷は、岩山に鳩の巣になる様な小さな穴をたくさん開けて鳩に住んで貰い、その鳩の糞を肥料にして葡萄の木を育て、この地方の現在の特産品にもなっているワインを製造したそうだ。
その為にここが鳩の谷と呼ばれている。
この鳩の谷のビューポイントからはウチヒサルの城塞が左手に見えている。
ここで各人、記念撮影を行う。鳩の谷を覗き込むと、谷の斜面に無数の穴が開いている。また、修道院らしき建物の様なものも岩山の一画に見える。 -
ここで15分程観光した後、再びバスに乗り込み、次の観光地に向かう。
次の観光地は見えている“ウチヒサル”である。
バスは5分程で、鳩の谷から見えていたウチヒサルの表側に到着した。
道路脇の駐車場にバスが停車する。
ここにはトイレなどもある様で、トイレに行きたい人はトイレに行く様に言われる。
ウチヒサルの城塞内に入るのではなく、ここから全景を眺めるだけの様だ。 -
ここで記念撮影を行う。ここには露店が何軒かある。また、ウチヒサルの城塞に上る際に、乗せて貰えるのか、ラクダが一頭いる。
10分程でこのウチヒサルの城塞の見学を終了し、バスに乗り込む。
そして、バスはウチヒサルの山から少し下ったところで再度、停車する。
ここでナムックさんが、「ここでサプライズです。これからツアーの予定には無かったのですが、このカッパドキアの洞窟住居の見学に向かいます。観光場所ではなく、個人のお宅ですので、その点は考慮下さい。それでは私に付いて来て下さい。」と言い、バスを先に下りる。時刻は11時25分頃である。
我々もバスを降り、ナムックさんについて歩く。
丁度、バスを降りた直ぐ上に、とんがり岩がある。ここが個人の住居になっている。 -
洞窟住居で有名なのは、イタリアのマテーラの洞窟住居である。サッシ(岩壁を意味するサッソの複数形)と言う洞窟住居である。マテーラのあるグラヴィナ渓谷は石灰岩の侵食により造成され、渓谷にはこのサッシが何層にも重なって存在している。
そのマテーラとこのカッパドキアの洞窟住居が最も有名で共に世界遺産に登録されている。
その住居にお邪魔するのである。玄関は少し階段を上がったところにある。
その玄関先で靴を脱ぎ、中に入る。入口ではここのおかみさんが出迎えてくれる。
玄関から入ると、まず台所がある。冷蔵庫などもある。コンロなども置かれているので、ガスの供給はある様だ。その台所を抜け、更に奥に進むと、突き当りに大きな居間がある。
居間に入り、各人思い思いに座る。ソファなどに座る。ソファは4つも置かれており、その上には絨毯が敷かれている。
部屋の真ん中部分にも大きな綺麗な模様の絨毯が敷かれている。部屋の隅には織り掛けの絨毯が置かれていた。
我々が全員、居間に入り、座るとこの住居の家族が現れ、居間入口のソファに座る。
家族はお父さんとお母さんと中学生か高校生くらいの娘と幼稚園くらいの男の子である。
ここでナムックさんがこの家族について紹介を行う。「この家族は私の知り合いで今回、お願いし、お宅を拝見する事が出来ました。この洞窟住居に関して質問がありましたら、遠慮なく質問して下さい。」と言う。
誰かが、「この家は何階建てですか?」と質問すると、ナムックさんが通訳をしてくれ、お父さんが答え、ナムックさんが日本語で答える。「この住居は地上5階、地下3階です。」と答える。
続けて、「どれくらい掛かって今のこの住居が完成したのですか?」と質問が出る。 -
また、先程と同様にナムックさんが通訳する。「おとうさんのおじいさんの時代から造り始めたそうですので、50年くらい掛かっているそうです。」と答える。
「電化製品が多く見られますが、電気はどうしているのですか?」と質問が出る。
また通訳して、「電気は10年くらい前に通電が開始されたそうです。しかし、自家発電機も備え付けてあるそうです。」と答える。
ここで、おかあさんと娘さんがチャイを振舞ってくれると言い、各自チャイの注文が聞かれる。
チャイは普通のチャイとアップルティーとがあるとの事で、各自欲しいものの時に手を挙げ、人数を確認していた。私はアップルティーをお願いした。
また質問が続く、「娘さんや息子さんの学校はどうしているのですか?」と聞くと、「娘さんはここから数kmのところに学校があるので、徒歩で通っているそうです。息子さんは学校が近くにないので、スクールバスが迎えに来るそうです。」との回答である。トルコにもスクールバスがあるのだ。
ここでナムックさんが、「皆さん、部屋の中央に敷かれている絨毯を見て下さい。この絨毯はおかあさんが嫁入りの際に持って来た絨毯です。それに部屋の隅を見て下さい。絨毯の織り機がありますね。今も新しい絨毯を織っていますが、これは娘さんの嫁入り道具として織られているものです。この家にある絨毯は全て、この家の家族の方々が織ったものです。」と教えてくれる。
その様な話を聞いていると、おかあさんと娘さんがチャイを運んで来てくれ、みんなに振舞う。
みんなにチャイを振舞うと、おかあさんと娘さんも加わり、質問を受ける。
先程からおとうさんが、ツアーの男の子を誘い、自分の息子と遊ばせたい様で、盛んに手でこちらに来る様に男の子を誘う。ナムックさんも男の子に一緒に遊ぶ様に促す。最初は恥ずかしがっていたが、ミニカーなどのおもちゃが出て来たら、一緒に遊び始めた。
更に、おかあさんにも質問が及ぶ。「入口に台所がありましたが食材などの調達はどうされているのですか?」と質問が出る。「食材は村で調達が出来ます。日本のスーパーの様なものではありませんが、多くの食材が揃う場所があります。」と答えてくれる。
また、ここで面白い話が聞けた。日本のテレビ番組で“モコズキッチン”と言う番組をやっているが、その番組がここで収録されたそうだ。おかあさんは、速水もこみちと一緒に料理を作ったと言う。
私は良く知らないが、番組を良く知っている人はトルコのカッパドキア編の番組があった事を思い出した様子である。
質問などは出なかったが、ここの家庭は比較的裕福な家庭なのだと思う。
電化製品も豊富にあるし、部屋なども広い(他を見ていないので、間隔的なものであるが)と思う。
チャイも飲み終わり、質問も出なくなったところで、お宅訪問は終了である。
居間の出る際にお礼のおじきを一人一人しながら、居間から台所を抜け、玄関を出る。時刻は11時50分過ぎである。 -
この家の玄関先からはエルジェス山が綺麗に見えている。ここからは本当に眺めが良い!
この洞窟住居から道路に出て、停車しているバスに再び乗り込み、数分程坂を下ったところで、バスが駐車場に入る。ここがまた観光スポットの様だ。
ここは“エセン・テベ”というところで、ギョレメパノラマの見学スポットである。
ここからは谷合に向かい、キノコ状の岩山群が、遠くまで綺麗に見える。 -
ここで、見学と記念撮影を行う。観光客の多い為か、近くに売店などもある。
売店の一つがアイスクリーム屋である。日本でも有名なトルコアイスのドンドルマである。
旅のネタに購入する事にした。その前に写真を撮りたいので、店主にアイスを伸ばして貰う様にお願いし、一杯に伸びたところで写真を撮る。
しかし、ドンドルマは正式には日本のアイスクリームとは違う。
トルコでは氷菓の事で、その中でアイスクリームに似たものが代表的な氷菓である為に一般にはそれを指す言葉になっている。
材料もサーレップと言う植物の塊根を乾燥し、粉にしたものを原料のひとつとしている点も日本のアイスクリームとは違う。このサーレップにより粘りが出、伸びる要因になっている。
アイスはバニラ味を選択した。食事前でお腹が空いている為か、非常に美味しい。
それを食べながら、バスに戻る。時刻は12時10分過ぎである。 -
<洞窟レストラン“HANODASI RESTAURANT”での昼食>
再び、バスに乗り込み、今日の昼食場所に向かう。
バスはまた数分で坂の途中にある大きな岩山の前で停車する。この岩山がレストランとして使用されている洞窟レストランである。
敷地内の入口門には、“HANODASI RESTAURANT”と看板が掛かっている。
ここも先程の洞窟住居と同様に階段があり、少し高いところに入口が設けられている。 -
階段を上り、中に入ると、入口付近は少し狭く、少し入り、左手に曲がると、中が拡がり、多くのテーブルが並んでいる。
先程訪れた洞窟住居よりも天井も高く、造られている。その最も奥のテーブル4つに分かれて座る。
私はいつもの様に尾道からの3人組と一緒に一番奥の4人掛けのテーブルに座る。その席の後方右上部には使われていない部屋がある。岩山の内部は非常に複雑な構造になっている様だ。
まずは飲物を聞いて廻っているが、このレストランのウェイターは非常に若いハンサムな男の子であるが、どう見ても高校生くらいである。私は葡萄ジュースを注文する。 -
注文した飲物と同時に最初の料理が運ばれて来る。最初の料理はスープである。
その後、以下の料理が出て来た。
<洞窟レストラン“HANODASI RESTAURANT”での昼食>
①ミント風味の米と豆のスープ(ヤイラ・チョルパス)
②生野菜サラダ(サニーレタス/トマトなど)
③トルコ風揚げ春巻(スィガラ・ボレイ)*ミートソース風味
④羊肉と野菜のスープ風ケバブ(テスティ・ケバブ)*茄子、人参、トマト、パプリカなど。
⑤ライス
⑥フルーツ(西瓜)
⑦飲物(葡萄ジュース)
今日のメイン料理は壷焼き料理である。
若いウェイターが壺を持って来て、テーブルで紙の様なもので蓋をしたものを破り、その中からお玉でスープ状のケバブを取り出して、一人一人の皿に入れてくれる。
その際にウェイターが少し意地悪をしている。何人かに、少量しか皿に入れない仕草をする。
そのまま次に行こうとしたり、入れる素振りをして入れなかったりと中々、ユーモアがある事を行う。
特に女性を揶揄している様である。
しかし、その為に時間が掛かってしょうがない。
見れば、2人のウェイターは非常に顔が似ている、兄弟であろうか?
このスープ風ケバブには、ライスを一緒に入れて食べるのである。これはカッパドキア地方の名物郷土料理だと言う。スープ風ケバブは食べ易いが、味は然程美味しいとは感じ無かった。
最後にデザートとして、西瓜が出て来た。
ウェイターの給仕に時間を要していたので、食事にも時間が掛かっている。 -
時刻は既に13時15分頃になっている。このレストランに到着し、1時間近く経っている。
時間が押しているのか、早々に各人の飲物代を溝田さんが集め始まる。集め終わると、食事を終えた人からトイレを済ませ、レストラン前に集合する様に言われた。
帰り際にツアー客の何人かはウェイターと一緒に記念撮影を行っていた。
私は先にレストランを出て、このレストランの周りにある洞窟住居を見学する事にした。
レストランを出て、駐車場脇の同じ様な岩山のひとつに教会跡がある。
岩に赤い十字架の模様が見える。
その後、バスに乗り込み、そして昼からの観光開始である。時刻は13時30分である。 -
<カッパドキア観光③~ギョレメ屋外博物館~>
昼一の観光地は、本日のメイン観光地であるギョレメ屋外博物館である。
ここから数分のところにあると言う。本当に数分で、谷合の荒涼とした風景の一画に到着する。
ここにある大きな駐車場にバスが入り、その場所でバスを降りる。
バスを降り、ナムックさんについて暫らく歩く事になる。そして、このギョレメ屋外博物館の入口に到着し、まずはこの前で集合する。
ここでの見学予定について説明が始まる。
ナムックさんが、「これからギョレメ屋外博物館に入りますが、中にある幾つかの教会を見学後、自由行動にします。この入口脇にある建物内を集合場所にします。集合時間は14時30分です。それでは私について来て下さい。中に入ります。」と言い、入口ゲートに向かい、歩き始める。そして、ナムックさんの誘導でゲートを抜けて、中に入る。
中に入り、また集合後、ギョレメ屋外博物館敷地内の教会に向かう。
屋外博物館は非常に広く、最初の教会に行くにも坂を登らなければならない。その間も左右の大きな岩山に住居跡が多く見える。 -
ギョレメとは、トルコ語で“見てはならないもの”と言う意味である。
最初の訪れた教会は、エルマル・キリセ、“りんごの聖堂”と呼ばれる教会である。
残念な事に中は写真撮影禁止である。この聖堂の名前は、この入口辺りにりんごの木があった事からこう呼ばれているそうだ。
教会内は多くのフレスコ画が描かれている。
中には最後の晩餐のフレスコ画もあるが、一部が欠け落ちているので、絵の全容は判らない。
保存状態が良いものと悪いものの差が激しい。それでも暗い洞窟教会内でも色鮮やかなフレスコ画は楽しめる。写真に撮れないのが本当に残念である。
次に見学したのが、バルバラ・キリセ、“バルバラの聖堂”である。
これは聖堂内に聖女バルバラの壁画がある事からこう呼ばれているそうだ。
教会内は非常に狭く、その天井付近に色褪せた絵が見える。その絵の中に背中に十字架を背負う姿で描かれている女性がある。これが聖女バルバラである。
そして、次に訪れたのは少し離れた場所にあるユランル・キリセ、“蛇の聖堂”と呼ばれる教会である。
これも名前の通り、蛇退治の壁画がある事からこう呼ばれているそうだ。
この教会内の壁画は全体的に物語を描いたものが多く、今迄見て来た教会と壁画が違う。
壁画と書いたが、元はフレスコ画であったのが、年月が経ち、表面が擦り切れた感じで絵が薄れている。
色も他の教会同様に元の色ではなく、顔料が変色し、黒色とオレンジ色でしか、残っていない。 -
この教会で集合見学は終了で、ここを出るとナムックさんが、「はい、それではここからは自由時間です。集合時間と場所は判っていますね!厳守して下さい。また、この屋外博物館で最も有名な教会のカランルク・キリセは有料ですので、気を付けて下さい。それでは解散します。」と言い、各人が思い思いに移動を始める。
先程ナムックさんが言っていた有料のカランルク・キリセをガイドブックで確認すると、保存状態が非常に良く、綺麗なフレスコ画が見られると書かれている。
最後に入ったユランル・キリセの周辺にも幾つかの教会がある。
実際にこのギョレメ屋外博物館内には約30の教会があると言う。
その一つ一つを見て廻る事は出来ない。時間も限られているので、あまり遠くにも行けないので、この辺りの教会を見て廻る事にした。 -
このユランル・キリセ横の洞窟には、共同生活の跡が窺える大きな石のテーブルのある食堂やワイン貯蔵庫がある。
石のテーブルは40~50人が座れる大きさである。
このギョレメを中心に4世紀頃から多くのキリスト教徒達が共同生活を営み始めたと言う。
その後、イスラム教徒の迫害を逃れたキリスト教徒達が9世紀頃から次々と岩窟教会や修道院などを造り始めたそうだ。
但し、ナムックさんがいないので、説明などがないので、どの教会かは判らないのが残念である。 -
その後、名前等が判らないが、幾つかの岩窟教会跡や修道院跡、それに付随した施設などを見学する。あまりにも広大な範囲に点在しているので、この辺りしか見て廻る事が出来ない。
近くの岩窟教会を見て後、入口方面に向かいながら、周りの景色などを写真に収める。
谷を挟んだ反対側の岩肌にも多くの岩窟跡が見える。
-
少し早いが入口前の建物に戻る。ここは売店や土産物店などが入っている。
ここで、土産物を少し物色する。土産物としては、このギョレメなどの景色が陶器の置物になったものなどが大小展示されている。その他にもカップやTシャツ、コースターなどがある。
何を買おうかと迷っていると時間が経ち、もうここからみんなが出ようとしている。
そこで慌てて、コースターを購入する事にしたが、レジに行くとレジの女性がもたもたしている。
溝田さんが近づいて来て、「時間はまだありますから、ゆっくり購入しても良いですよ!」と言ってくれる。やっとの事、購入が出来、溝田さんと共にナムックさんについて出て行ったツアーの人達を追いかける。入って来た入口から出て、駐車場を目指す。
先程バスを降りたところではなく、別に駐車場があるのか、降りた駐車場を過ぎ、更に歩いている。
途中、土産物店が並ぶ通りを抜ける。
ここで尾道の藤本おじさんがザクロジュースを飲もうと私を誘う。
みんながバスに向かっているので、時間が無いが、どうしても飲みたい様である。尾道のおばさんも含め、全員に奢ってくれると言う。
しかし、ザクロジュースは搾り機で一つ一つ搾るので時間が掛かる。
溝田さんが来て、「急いで下さい!」と言われる。やっとの事、4人分が渡され、急いでバスに向かう。溝田さんが、「特別にバス内で飲食する事を許可しますが、イエローカードです。」と叱られる。
時刻は14時40分頃である。このギョレメ屋外博物館には1時間程いたが、もう少しここはゆっくりと見学したかった。 -
<カッパドキア観光④~ゼルヴェ渓谷とラクダ岩~>
バスはギョレメ屋外博物館から次の観光地に向かう。
谷合の道を再び進み、奇岩が並ぶ丘陵を迂回する様に進む。ギョレメ屋外博物館から丘陵を迂回した先に次ぎの観光スポットがある。
この辺りはゼルヴェ渓谷の一部である。ここでバスが停車する。ここで再びバスを降り、観光を行う。
ここはパシャバー地区と言われる場所である。
このカッパドキ最大の特徴であるキノコ状の奇岩がニョキニョキと地表から生えた様な光景が見られる場所である。特にバスからも見えていた3本の大きなキノコ状の岩が目印である。
バスを降りたところで、ナムックさんが、「ここで15分程自由時間にしますので、この辺りの奇岩を見学下さい。集合場所はこの場所にします。」と言い、みんなが解散する。
時刻は14時45分頃で、集合時間は15時である。
まずは溝田さんにお願いし、このキノコの奇岩をバックに記念写真を撮って貰う。
このパシャバー地区には昔、修道士達が住んでいたそうだ。 -
その後、この奇岩が並ぶ中を散策しながら、写真を撮る。本当にキノコ(しめじ)にそっくりの岩である。上部のキノコの傘に当たる部分が黒く、茎の部分が白い岩で構成されている。
この奇岩に並ぶ中にも数軒の露店が出ている。主にドンドルマを販売している。
15分間はあっと言う間で、直ぐに集合時間となる。
先程、解散した場所に戻る。既に何人かは戻っていた。尾道の藤本おじさんがまだ居ない。
これで遅れる様なら再び、溝田さんにイエローカードを貰う事になる。心配になり、尾道のおばさん達に、「藤本おじさんはどこに行かれたのですか?」と尋ねると、「どこかに写真を撮りに行ったんですが、どこに行ったから判らん。」と言う。
心配していると集合時間ギリギリになり、奇岩の間からこちらに向かう姿を確認出来た。全員が揃ったところでバスに戻る。時刻は15時過ぎである。
バスは再び、谷合の道を進む。 -
右手にはパシャバー地区から丘陵の岩壁が続く、バスの進行方向奥に、もう一つの屋外博物館であるゼルヴァ屋外博物館があるそうだが、我々はそこに向かわず、途中から岩壁から離れる。
ほんの数分で再び、多くの車が道路脇に停まっている場所に到着し、その場所でバスは停車し、ここで降りる様に言われる。ここにはラクダ岩と言われる特徴的な岩があると言う。
バスを降り、通って来た道を車に気を付けながら渡る。その先の奇岩が並ぶ中に、ラクダ岩と呼ばれる岩が見える。道路沿いにラクダ岩に最も近い場所まで移動し、記念撮影を行う。
私も溝田さんにお願いし、ラクダ岩をバックに写真を撮って貰う。
特にナムックさんからの説明はない。砂地の斜面にポツンとラクダに似た赤茶色の岩が残っている。本当にこちらから見るとラクダに似ている。 -
見ていると、道から下りて、ラクダ岩の近くまで歩ける様で、観光客の何人かはその近くまで行っている。我々は時間もないので、ここからの見学で終了である。
バスを降りて、10分も経たない内に再び、バスに戻る。ここでは記念撮影のみであった。 -
<トルコ絨毯店>
バスに戻り、動き出すと、ナムックさんが、「今日の観光はこれで終了です。ここからは土産物店に行きます。今日はトルコ絨毯の店に立寄ります。」と告げる。時刻は15時10分過ぎである。
今日の観光終了は非常に早い。
こんなに早く終了するのであれば、もう少しギョレメ屋外博物館で時間が欲しかった。
バスは谷合の道を再び進み、暫らく走ると町に出る。そして、トルコ絨毯の店には直ぐに到着した。
バスを降り、店の中に入り、入口ロビーに集合する。
ナムックさんが、「ここは国営のトルコ絨毯の店ですので、安心して絨毯を購入出来ますので、購入したい人はここで購入する事をお勧めします。それではここの店員に引き継ぎます。」と言い、店員に話す様に促す。
すると、「みなさん、ようこそ!私はこの店の支配人をしておりますアリと申します。これからトルコ絨毯について説明させて頂きます。それでは私に付いて来て下さい。」と言い、ある扉から部屋に入る。 -
そこには多くの織り機が並び、女性が絨毯を織っている。
作業中の一つの絨毯の前に行き、説明を始まる。
「皆さん、絨毯と聞いて思い起こすのは、どこの絨毯ですか?」と聞いて来る。誰かが、「ペルシャ絨毯!」と答えると、「そうですね!有名なものとしてはペルシャ絨毯がありますが、トルコ絨毯もそれに負けておりません。皆さん、トルコ絨毯の特徴をご存じですか?」と再び聞いて来る。
誰も答えないので、アリさんが、「トルコ絨毯の特徴はその織り方にあります。その織り方はダブルノットと言う二重織りです。縦糸を二重に結ぶ織り方で非常に丈夫な絨毯が出来るのです。その織り方を見て下さい。今からゆっくりと織り子に織って貰います。」と言い、織り子の女性に一言言い、その実演を見せてくれる。ゆっくりと織ってくれるが、素人には良く判らないが二重に糸を掛けているのは判る。
また、「これはシルクですが、他にはウールがあり、最も細かな織りのものは“ヘレケ”と言われています。聞いた事はありませんか?」と続ける。
「それでは次の部屋に移動します。」と言い、扉を開けると、そこは廊下で、様々な観賞用の絨毯が壁に飾られている。模様は幾何学模様や風景画などをモチーフにしたものである。
その廊下を抜け、奥の扉の部屋に移動する。その部屋は壁際に多くの絨毯が並べられた部屋で、部屋の壁沿いに椅子が置かれている。その椅子に腰かける様に促される。
そして、全員が椅子の座った事を確認すると、アリさんがその中央付近で、「これから幾つかの絨毯をお見せします。それぞれ柄なども異なりますが、良く見て下さい。ますはウールの絨毯からです。」と言い、その部屋に居た店員に絨毯を出す様に指示をする。
すると、アリさんの前に2畳程の大きさの絨毯が広げられる。
「この絨毯はウール100%で非常に丈夫な絨毯です。これは長持ちする絨毯としてお勧めです。」と言い、次の絨毯を広げる様に店員に指示する。そして、今広げた絨毯の上に別の絨毯を広げる。
「この絨毯は先程と同じく、ウール100%品ですが、羊毛を染めず、そのままの色で織ったものです。判りにくいかも知れませんが、黒に近い羊毛から茶色、薄茶、クリーム色、白色などの自然の羊毛を集め、織ったものです。」と説明を加える。これは面白い絨毯である。
また、違う絨毯を店員が広げる。今度は、一般的な絨毯柄ではなく、絵の様な図柄のものである。
「これは絨毯ですが、飾り様のものです。壁などに飾るものです。」と説明される。
「ここまでのものはウール製品でしたが、今度はシルク製品をご紹介します。シルクは絨毯でも最も高級なものになります。しかし、手触りなどはウールとは全然違います。」と言い、店員がまた絨毯を広げる。広げられたシルクの絨毯は見た目にも光沢が違う。
「これは3畳程度の大きさのものですが、大きなものでは12畳以上のものもあります。皆さん、近くに来て、触って見て下さい」と言い、みんなに絨毯の感触を確かめる様に促す。
みんながそれに合わせ、椅子から前に出て、広げられた絨毯を触る。確かに触り心地は非常に良い。少ししっとり感のある絨毯である。
その後も更に数枚のシルクの絨毯を見せてくれるが、それは目の詰まりの違う絨毯との事であった。
目が詰まっている絨毯程高価なものになる。 -
ここから、アリさんの商談が始まる。まず、全員に、「気に入った絨毯はありましたか?もしあれば言って下さい。ここは国営の会社ですから出来る限りディスカウントします。また、我々の会社は日本にも支店がありますので、万が一の場合はそこからケアも出来ます。また、必要なら日本に輸送も出来ます。」と説明をする。ここで、更に数人の店員が加わり、何人かの人に目を付け、交渉を始まる。
私にも非常に日本語の堪能な店員がついて、「気に入った絨毯はありませんでしたか?」と尋ねる。
私が首を傾げていると、「この絨毯はどうでしょうか?シルクで日本では手に入らないものですが?」と紹介する。図柄はイスラム風の幾何学模様をベースにしたものである。2畳敷きくらいの大きさのものである。
私が、「これで幾らくらいするものなのですか?」と尋ねると、「これで約30万円のものです。」と答える。これで30万円!少し価格に驚いた。これは買えない!トルコの本物の絨毯は家宝になるくらい高いとは聞いていたが、本当である。
その店員曰く、「これでもシルクの絨毯では手頃な価格です。」との事であった。10畳くらいの大きさのものになると100万円以上するものもあると言う。
これを聞くと、シルクの絨毯は購入したくても無理である。
この価格を聞いて、絨毯の購入意欲は無くなった。しかし、その店員はシルクがだめと判ると、今度はウール品を盛んに勧める。
先程のシルク品に比べ、価格はかなり下がる様で、2畳敷きのもので、15万円程度でほぼ半額である。それでも高い!
その中で先程見せて貰った染めず、自然の羊毛で図柄を描いた絨毯が気になっていた。そこで、その絨毯がどのくらいするのかを聞くと、これが普通のウール品よりも2割程高いと言う。
絨毯は要らないので、玄関敷きくらいの大きさのものを探して貰う。すると丁度手頃な半畳くらいの大きさのものを見せてくれた。図柄もそれ程悪くない。これで幾らくらいするのかと思い、聞くと、「これで8万円です。」と言われた。これでも8万円!これでは買えないので、「やっぱり高いので、諦めます。」とその店員に言うと、「幾らなら購入しますか?」と聞いて来る。これは中国など他の国でも土産物を売る常套手段である。しかし、一応その言に乗り、「半額なら購入を考えない事もない。」と答える。
店員は困った表情を浮かべ、「半額は難しいですが、少し待って下さい。相談して来ます。」と言い、私の前から離れ、アリさんと相談を始めた。
その様子を見ていたのか、ナムックさんが近づいて来て、「どれか気に入ったものが見つかりましたか?」と尋ね、前に置かれた半畳敷きの絨毯を指さし、「これを交渉中です。」と説明をする。すると、「これは非常に少ない絨毯です。染めていないウールでの絨毯は稀少価値があります。」と言う。
私と交渉をしていた店員とアリさんが一緒に私のところに来て、アリさんが、「この絨毯を4万円で欲しいとの事ですが、4万円は難しく、5万5千円でどうですか?これでも特別な価格です。」と言う。
「それなら、もういいです!」と私が諦めた素振りをすると、再び2人でこそこそ話始める。
そして、「判りました。それでは5万円でどうですか?これ以上のディスカウントは出来ません。この絨毯はこの地方の人が織ったもので、その人にもお金を渡さなければならない為にこれが限界の価格です。」と言う。
私としては、購入してもしなくても良かったが、そこまでディスカウントしてくれたのならと思い直し、購入する事にした。その絨毯を購入すると判ると、今度は観賞用の壁掛けタイプの小さな絨毯を勧められる。シルク製品と言う事で、これも5万円以上するが、先程絨毯を購入頂いたので、ディスカウントを行い、4万円でOKと言うが、さすがにそれは購入出来ない旨を伝える。
購入した絨毯は、持って帰れる大きさに折り畳んで包装して貰う。
ここで、みんなにチャイが振舞われる。他での交渉が続いている。
店員は何とか購入して貰おうと必死である。私はカードで支払いを行う旨を伝え、チャイを飲み終えると、その支払いの為に別室に移動する。
年配の夫婦も購入された様で、私と共に別室で支払いを行う。支払いの処理に少し時間を要したが、問題なく終了した。その他にも数人が絨毯を購入した様だ。
その後、小さな絨毯生地の製品などが並ぶ部屋で土産物を見た後、トルコ絨毯の店を出る。
時刻は17時前である。1時間以上、この店に居た。
バスに乗り込み、一旦ホテルへ帰る様である。
予定では今日はホテルでの夕食ではなく、外で食事を取る予定である。
バスは20分程走り、再びユルギュップの町に戻り、今朝バスに乗り込んだ坂の途中でバスが停車し、また階段でホテルに上がる。玄関ロビーで集合し、今後の予定を溝田さんが説明を行う。
「今日は、外で夕食を取ります。出発の集合時間は18時にします。ここに集合して下さい。それではここで一旦解散します。」と言い、各人部屋に戻る。しかし、時刻は17時半過ぎで、あまり時間はない。
部屋に戻り、トルコ絨毯などの土産物を置き、少しベッドに横たわり、休憩する。
今日は歩く事も多かったので、少し足も疲れている。暫らく、ベッドに横たわっていたが、そのまま寝てしまいそうになり、起きて、今日のメモなどを確認する事にした。
そして、少し早いが、17時50分過ぎには部屋を出て、玄関ロビーに向かう。 -
<ギョレメ村のレストラン“LOCAL RESTAURANT”での夕食>
玄関ロビーには既に数人の人がソファで待っていた。18時前には全員が揃い、再びバスのある階段下まで移動する。夕方にはなっているが、まだ空は明るい。
バスに全員が乗り込むと走り始め、坂を下り、ユルギュップの町中を抜け、ギョレメの町方面に向かう。
聞くと、今日の夕食場所はギョレメの町にあるレストランとの事である。
バスは10分程でギョレメの町に入り、ある店の前の道路脇で停車する。時刻は18時15分である。
この横の店が今日の夕食場所である。バスを降り、店の前に移動する。
店の入口上には“LOCAL RESTAURANT”の大きな看板が見えるが、店の名前であろうか?
店に入り、窓際のテーブルに着く。まだ、少し時間が早いせいか、他に客がいない。
席に着くと、尾道の藤本おばさんが話し始める。「何か、景色に見覚えがあるなと思うとったら、熱気球の事務所はこの2軒程隣だわ!」と言う。今朝、尾道から来た3人組は熱気球に乗ったのである。
それから暫らく、熱気球の面白さを話し始める。
聞くと、熱気球は私が思っていたよりも遥かに大きなもので、十数人が乗員出来るゴンドラで、乗ると、数百mは上昇するそうだ。
上昇の際には、バーナーを手動で操作し、日本の三三七拍子など、日本人が知っている様な拍子でバーナーを操作してくれると言う。
私も今朝ホテルのテラスから見えていたが、非常に接近して飛んでいた様に見えた事を話すと、上でもかなり近くで飛んでいたと言う。
この様な話をしていると、溝田さんが飲物の確認を始める。私はピーチティーを頼んだ。
それを頼むと、再度、熱気球の話になる。費用は一人2万円と少し高いが、その価値があった旨を3人共に話す。やはり、カッパドキアで人気のアトラクションのひとつである。 -
その様な話をしていると、最初の料理が運ばれて来た。最初に来たのはパンとサラダである。
その後、以下の内容の料理が出て来た。
<ギョレメ町のレストラン“LOCAL RESTAURANT”での夕食>
①生野菜サラダ(人参/レタス/トウモロコシ/きゅうり/紫キャベツなど)
②トルコ風メンチカツ(イテリ・キョフテ)*カレー風味
③イスケンデル・ケバブ(又はエルジェス・ケバスと呼ばれるもの)
④温野菜類(インゲン豆/パプリカなど)とポテトスティック
⑤パン(トマトピューレ/ヨーグルトペースト/レンズ豆ペースト等)
⑥トルコアイス(ドンドルマ)
⑦飲物(ピーチティー)
生野菜サラダは一人分としては非常に多い。これだけでお腹が一杯になりそうだ。 -
トルコ風メンチカツはカレー風味の挽肉とナッツ、米を一緒に入れて揚げたものである。
メイン料理のイスケンデル・ケバブは、ポテトスティックの上に焼いた牛肉を乗せ、ヨーグルトソースが掛けてあるものである。付け合わせに、温野菜などが付いていた。
このヨーグルトソースは少し酸味が強いので好みが分かれる。私は少し苦手であった。このヨーグルトソースを付けずに焼き肉を食べた。
また、パンにも各種のペーストやピューレ状のソースが添えられていた。これも特徴的な味で、あまり好みでは無かった。
そして、デザートにはトルコアイスのドンドルマが出て来た。
かなり量が多かったのと食事時間が早かったせいか、かなり時間を掛けて食べる事になった。
時刻は19時30分前である。もう外はすっかり暗い。
この近くは店も多く、町の灯りが綺麗である。
もう全員食事を終え、歓談している。その様子を見て、溝田さんが飲物代を集め始めた。
私のピーチティーは7トルコリラである。飲物の精算が済むと、思い思いに席を立ち、店を出る。
そして、レストラン前の道路脇に停まるバスに乗り込む。
もうホテルに帰るだけで、今日は終了である。
15分程でホテルの下の坂に到着し、再び階段でホテルに上る。時刻は19時50分である。 -
ホテルの玄関ロビーで集合し、明日の予定などの説明を受ける。
明日の出発時間は、6時30分である。その為に朝食時間は5時30分頃から可能との事である。
カバンを5時45分迄に部屋の前(部屋の玄関外)に出して置く様に言われる。
ホテル出発後、カイセリ空港に向かい、そこからイスタンブールに移動する。
明日の予定説明が終了すると解散となる。
玄関を出て、部屋のある別棟に向かう。途中、今朝立寄った土産物店が開いていれば、寄るつもりであったが既に閉まっていた。残念である。
仕方なく、そのまま部屋に戻る。時刻は20時過ぎである。
部屋着に着替える事なく、そのままシャワーを浴びる事にした。
今日もお湯や水が出る事を確認し、ユニットバスに入る。簡単に髪と体を洗い、早々に出る。髪が渇くまで、少し部屋で寛ぐ。
今晩がこのホテル最後の夜なので、髪が渇くと荷物の整理を行う。
今日購入した土産物は少ないが、トルコ絨毯を購入したので、荷物が増えた。
なるべく、旅行カバンに入るものは、全て旅行カバンに詰め込む。その荷物の整理を行っていると、2階から尾道の藤本おじさんが部屋に来た。
何かと聞くと、「旅行用のコンセントを持っとる?」と尋ねられた。
「これですか?」と私が持っているものを見せる。
すると、「これは部屋のコンセントで使える?」と再び聞かれ、「カメラなどの充電に使っていますよ!」と言うと、「わしの持って来たものがこのホテルのコンセントに合わんのよ!貸して貰えん!」と言う。
私は2つ用意しているので、「1つなら良いですよ!お貸ししますよ!」と言う。
「それなら、明日の朝まで貸して貰えん?」と言うので、OKし、一つを渡す。
それから再び荷物の整理を行う。
時刻は21時半を廻り、少し早いがベッドに潜り込み、昨日と同様にガイドブックを見ながら寝る事にした。
30分も経たない内に眠くなり、22時過ぎには寝てしまった。
今回はここまで! 明日はイスタンブールへ移動し、観光。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
パンダ番長さんの関連旅行記
カッパドキア(トルコ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
43