2019/05/02 - 2019/05/05
91位(同エリア41件中)
すぴーどばーどさん
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2日目(晴れ)
日本時間より2時間早い時差で朝起きるのが辛いサハリンの朝、7時に朝ごはんを食べて行動開始。
2日目は、朝から鉄道に乗ってその後銀行で両替、博物館見学と予定していましたが、当日は謎の休日だった為最初から予定が狂ってしまいました。
風が強かったですが、お天気に恵まれ現地の人に親切してもらいながら、ユジノサハリンスク市内を徒歩と市内バスで観光しました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
朝7時に朝食を頂いてホテルをチェックアウト、旧豊真線ノヴォデレヴェンスカヤまで往復乗車する為、レーニン像を見ながら駅へ向かいます。
途中、交差点の横断歩道で、男の子のグループの一人が小型バスにはねられていました。曲がるため低速だったので大きなケガはないようでしたが、バスから乗客がみんな降りてきて泣いている男の子を救護していました。
※日本に比べて信号の無い横断歩道でも車は止まってくれますが十分注意しましょう。 -
朝のユジノサハリンスク駅、荷物をX線に通して保安検査を受けて中に入ります。
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窓口で切符を購入しようとしましたが、ダイヤが変わったらしく新しい時刻の紙をくれました。
朝の列車に乗れなかったので、予定を変更して夕方の列車に乗る事にしますが朝の8時では博物館も銀行も開いていないので、駅のベンチで時間をつぶします。 -
駅の横に、戦後輸出されたD51蒸気機関車が保存されています。サハリンの鉄道は日本とレールの幅が一緒なので寒冷地仕様にした以外は日本のD51と一緒です。
この機関車の他に、動態保存された1両がユジノサハリンスク駅構内で見えました。 -
駅の横に鉄道博物館がありますが、門が開いていなかったので外から見学しました。
戦前、札幌の鉄道省苗穂工場で作られ、樺太庁→ソ連→ロシアと使われたラッセル車 -
樺太庁時代から使われたロータリー除雪車、小樽の博物館にも似たロータリー除雪車が保存されています。
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ソ連時代に輸出されサハリンを走っていた富士重工製の気動車が故障して走らせる列車がなくなった為、JR東日本からロシアへ譲渡されてサハリンを走っていたキハ58、古いけど扇風機がついていたのが好評だったそうで。
新潟鉄工所昭和39年製造
国鉄→JR東日本→ロシア -
時間をつぶして、ホテル前の青い銀行にUSドルをルーブルに両替しに行ってみましたがドアが開いていません、今日は金曜日なのに。
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市庁舎近くの青い銀行と緑色の銀行にも行ってみましたが、窓口の電気が点いていません、銀行にやってきたロシア人も怪訝な顔をしています。
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英語のできるロシア人がこの紙を見て、「良く分からないけど今日は休みだよ、ATMは使えるよ。」と教えてくれました。
仕方ないので、ATMで5,000ルーブルキャシングして失敗、5,000ルーブル札では何カ所かでお釣りが無いと言われました。
両替で結構時間を取られてしまいました。 -
天気が良いので歩いて旧北海道拓殖銀行の建物を使用した美術館へ行ってきました。
地元の子供たちの絵を展示していました。 -
美術館内、年配のアジア系の女性職員の方が受付から出てきて、簡単な日本語で説明してくれました。
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美術館の階段
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歩いて郷土博物館に行きました。
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階段
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旧国境、小樽の旧日本郵船の博物館にもレプリカが展示してありました。
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外には占守島から持って来た、旧帝国陸軍九五式軽戦車が展示してありました。部隊マークまで再現されています。
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郷土博物館の次は歩いてガガーリン記念文化公園、旧豊原公園へ行ってきました。現地の人が日本人とわかると、日本時代の石碑の場所を教えてくれました。
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子供鉄道に乗ってみようと駅に行ってみましたが中では少年少女がダンスをしていて、扉にはカギが掛かっていて入れません。困っていると中でダンスをしていた少女が出てきてすまなそうな顔で「今年は5月8日から運行」とロシア語の掲示を見ながら英語で教えてくれました。
残念。 -
天気が良く休日なので公園内の遊園地も賑わっていました。
この日はとても風が強く、公園は砂埃がすごくてカメラの中に埃が入ってしまいました。 -
また歩いてチェーホフ記念文学館に行きました。写真撮り忘れて残念。
写真は途中の道路の穴と自動車学校の教習車。 -
チェーホフ記念文学館から歩いて日本食レストラン「にほんみたい」に行ってきました。
15時頃に行ったのですがロシア人で混雑していました、ここで陽気なロシア人に日本語で声をかけてきました。 -
日本食レストラン「にほんみたい」からすこし市内を散策してユジノサハリンスク駅へ市内バスで向かいます。
写真はテレビ塔。 -
ユジノサハリンスク駅に到着、旧豊真線ユジノサハリンスク⇔ノヴォデレヴェンスカヤ往復乗車する為窓口で往復券を購入。レシート券ではなく立派な券が出てきました。変な日本人と思われたみたい。
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乗車ホームへは、駅舎をいったん出て駅横の地下歩道からホームへ上がり、ホームでは駅員と警察官が居てカメラを構えていると「ミスターノーフォト」やんわり注意されました。
ユジノサハリンスク駅は撮影するのは厳しいようです。
列車を待っていると、ロシア人の男性が「この列車で良いのか?」と声をかけてきました、隣のホームにはトマリ行の列車が止まっていてそれと間違えていないか心配したようです。切符を見せると納得していました。
ロシア男性2名と私の乗客3人で発車しました。 -
35分程でノヴォデレヴェンスカヤ駅に到着、何もない駅ですが折り返し列車はお年寄りで満席です。
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昨年までは富士重工製のステンレス気動車が運行していた様ですが、広軌化に伴い一足先に廃車になり客車列車に、ソ連製の機関車が前後についています。この機関車も広軌化されたら廃車になります。
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客車は2両連結していましたが、1両は閉鎖したままでした。
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旧豊真線、豊原(ユジノサハリンスク)から真岡(ホルムスク)まで結んでいましたが今はここで線路が途切れています。
この路線は広軌化されずに廃止予定だそうです。 -
ユジノサハリンスク駅に戻ってきてから、市内バスで勝利広場にある博物館に行きました。
しかしバスの選択を間違えて勝利広場まで遠回りのバスに乗ってしまった為閉館まで30分程しか無く、全部見る事が出来ませんでした。 -
国境付近のジオラマ
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日本兵とソ連兵
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日本兵アップ、結構凝って作られています。
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日立製作所製の電話機、他にも一式陸攻の部品や蓄電池、旧日本軍の備品の展示、日露戦争、独ソ戦の展示もありました。
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ソ連のトラック、地下から円形の階段を登り展示室を見ていきますが、時間切れで全部見れませんでした。
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閉館後の勝利広場
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寝台列車サハリン号に乗る前に晩御飯をいただきました。
Маруся マルシャ
サハリンサッポロの近く 旧名ベランダ -
ビーフストロガノフ
美味しくいただきました。
日本人のお客さんもいました。
カード可 -
アイスクリーム
美味しくいただきました。 -
食後、スーパーでミネラルウォーターを買って駅へ向かいます。
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夜のユジノサハリンスク駅、駅の中の売店はほぼ閉店していました。
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ユジノサハリンスク駅の中にあるトイレ、切符売り場を挟んで左が男子、右が女子になります。
有料で入口におばちゃんがいます。乗車券を持っておばちゃんに見せると無料になります。
個室には棚やハンガーは無いので、入口のおばちゃんに預けるのが良いでしょう。
使用したトイレットペーパーは流さずゴミ箱へ、お尻を壁に向けて使用して下さい、写真の方向にしゃがんで使用すると流れません。 -
小便器、微妙に高い位置にあります。
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駅の時刻表、下の画面に翌日の寝台列車の残席が表示されているようです。
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第3列車サハリン号は優等列車なので駅から直接ホームに行けます、真っ暗なのと警察官がいるので外で写真は撮れませんでした。
入口の車掌は懐中電灯で切符の確認をしていました。
昨年乗ったオケアン号よりは古い車両で、上段にロシア人のおっちゃん2名と下段に若い女性と私の4人部屋で、女性が私のベットのシーツ使い方を教えてくれました。
22時39分定刻で発車、夜も遅いのでみんなすぐ寝ました。
明日はノグリキです、おやすみなさい。
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