2019/05/30 - 2019/05/30
1551位(同エリア3581件中)
belleduneさん
- belleduneさんTOP
- 旅行記839冊
- クチコミ134件
- Q&A回答177件
- 1,502,846アクセス
- フォロワー63人
友人と石山から京都へ戻り、烏丸通りの叶長寿庵カフェに行きましたが、5時を過ぎていたので、入れませんでした。友人に場所を教えて、帰る途中、この猪神社の前に出ました。友人は以前来たことがあり、足腰の祈願をしたいということで、お参りして来ました。
ここは、和気清麻呂が宇佐へ島流しになる折に、法王となって権勢を振るっていた弓削道鏡が送り込んだ刺客に襲われましたが、突然300頭の猪に救われたという伝説があり、明治23年(1890)以来、狛犬の代わりに「狛猪」が置かれています。
称徳天皇が崩御されると、道鏡は失脚し、清麻呂は都へ呼び戻されて、晩年まで世のため、人のために尽くしました。その立派な人柄と共に、猪の話は後世まで語り継がれています。
- 旅行の満足度
- 4.0
-
手水社にも猪です。
-
本殿
和気氏の創建による高尾神護寺境内に創られた和気清麻呂を祀った護王善神社に始まるそうです。正確な創建年代は不詳です。
和気清麻呂と姉の和気広虫を主祭神とし、藤原百川と路豊永を配祀しています。 -
御神木
-
-
ご神木周りにも2頭の猪がちゃんと守っています。
-
こちらの手水社にも霊猪が。
-
神楽殿
-
-
-
四神を表した額。東に青龍、南に朱雀、西に白虎、北に玄武が配してあります。これを旗にしたものを四神旗と言って、神社ではご神前の儀飾として使用するそうです。
-
こちらが狛猪です。
-
-
-
神社の周囲の塀にこの護王神社の謂れ書いてありました。
-
日本銀行券として、発行された拾円紙幣は、1890年から1945年まで一貫して、和気清麻呂と護王神社が描かれていました。
「甲10円券」明治32年(1899)発行。金兌換制度に移行した後に発行されたこの券は、従来の改造兌換銀券ち同様に、和気清麻呂公の肖像画が描かれた他に新たに公を祀った護王神社の拝殿が描かれました。 -
裏面にも猪が描かれ、裏猪と呼ばれていたそうです。
-
「乙10円券」大正4年(1915)発行
日本で発行されたもので、唯一左肖像の「乙10円券」となっています。右に護王神社の本殿が正面から描かれ、白い装束の神官が一人立っています。 -
「丙10円券」昭和5年(1930)発行
戦前で最も色数の多い本格的なお札です。 -
裏中央に凸版印刷で、護王神社の本殿が描かれています。
1915年発行のものから、猪が描かれることはなくなりました。その後も和気清麻呂の肖像画が描かれた10円紙幣は長く「イノシシ」と俗称されていたそうです。 -
帰りに地ビールを飲んだブリュワリーです。去年でいたばかりで、京都の北にあるブリュワリーからフルーツの香りのするものから黒ビールまでいろいろありまいした。オープンキッチンになっていて、骨つきブーフなどもあり、フループで豪快に食べられそう。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
belleduneさんの関連旅行記
今出川・北大路・北野(京都) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
20