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令和最初のGW、ことしもまたまた富山です!<br />GWには5連連続、通算10回目になります。<br />航空券+宿泊「ANA旅作」、富山駅前の富山地鉄ホテルで朝食付き3泊プラン@50,400円です。GWにしては格安プランです。<br />どっぷり嵌まっている富山ですが、「何があるの?」なんてよく聞かれますが、結構観るところありますよ(笑)。<br /><br />越中八尾の曳山祭りを観た後、午後は魚津に回ります。<br /><br /> (1)越中八尾の曳山祭りもいい。情緒たっぷり!<br />★(2)魚津市を観光。埋没林凄い!蜃気楼は見えず・・・。<br /> (3)富山湾の美味しい寿司をいつもの「銀八鮨」で!<br /> (4)高岡市を観光。大伴家持の万葉歴史館と伏木気象資料館 !<br /> (5)高岡市の勝興寺、射水神社、関野神社を参拝!<br /> (6)南砺市城端の「曳山祭り」の宵祭り!<br /> (7)レンタサイクルで富山市内をプチ観光!<br /> (8)やっぱり外せないのが高岡の「瑞龍寺」!<br /> (9)やっぱりいいなぁ、越中・城端の曳山祭り!<br /> (10)福井県勝山市には幽玄の神社と神秘の恐竜が!

令和最初のGWは富山へ。通算10回目!~(2)魚津市を観光。埋没林凄い!

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2019/05/03 - 2019/05/06

60位(同エリア235件中)

entetsu

entetsuさん

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令和最初のGW、ことしもまたまた富山です!
GWには5連連続、通算10回目になります。
航空券+宿泊「ANA旅作」、富山駅前の富山地鉄ホテルで朝食付き3泊プラン@50,400円です。GWにしては格安プランです。
どっぷり嵌まっている富山ですが、「何があるの?」なんてよく聞かれますが、結構観るところありますよ(笑)。

越中八尾の曳山祭りを観た後、午後は魚津に回ります。

 (1)越中八尾の曳山祭りもいい。情緒たっぷり!
★(2)魚津市を観光。埋没林凄い!蜃気楼は見えず・・・。
 (3)富山湾の美味しい寿司をいつもの「銀八鮨」で!
 (4)高岡市を観光。大伴家持の万葉歴史館と伏木気象資料館 !
 (5)高岡市の勝興寺、射水神社、関野神社を参拝!
 (6)南砺市城端の「曳山祭り」の宵祭り!
 (7)レンタサイクルで富山市内をプチ観光!
 (8)やっぱり外せないのが高岡の「瑞龍寺」!
 (9)やっぱりいいなぁ、越中・城端の曳山祭り!
 (10)福井県勝山市には幽玄の神社と神秘の恐竜が!

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
ホテル
4.5
グルメ
4.5
交通
4.5
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
レンタカー ANAグループ 私鉄 徒歩
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行なし)
利用旅行会社
ANAセールス
  • 富山には毎年来ているのですが、魚津に来たのはほぼ初めて。<br />ツアーで立山黒部アルペンルートを縦断した際に、駅前のビジネスホテル(確かマンテンホテル)に泊まっただけ。翌日には観光バスで立山の方に行ったので、魚津観光はゼロ。<br />ところが、以前勤めていた会社に魚津出身の同期が居て、「埋没林凄いよ~」。<br />埋没林とは何だろう?ということで、ほぼ初の魚津です。

    富山には毎年来ているのですが、魚津に来たのはほぼ初めて。
    ツアーで立山黒部アルペンルートを縦断した際に、駅前のビジネスホテル(確かマンテンホテル)に泊まっただけ。翌日には観光バスで立山の方に行ったので、魚津観光はゼロ。
    ところが、以前勤めていた会社に魚津出身の同期が居て、「埋没林凄いよ~」。
    埋没林とは何だろう?ということで、ほぼ初の魚津です。

    石坂とんかつ店 グルメ・レストラン

  • 腹が減った・・・。<br />トンカツ屋さんを見つけて入りました。<br />私は、とんかつ定食(1000円)。

    腹が減った・・・。
    トンカツ屋さんを見つけて入りました。
    私は、とんかつ定食(1000円)。

  • 家内はカツ丼(780円)。<br /><br />それぞれ味は、コメントを控えたい・・・。

    家内はカツ丼(780円)。

    それぞれ味は、コメントを控えたい・・・。

  • 続いてやって来たのは魚津神社。

    続いてやって来たのは魚津神社。

  • 幟に描かれた文字が可愛らしい。

    幟に描かれた文字が可愛らしい。

  • なかなか立派な神社です。

    イチオシ

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    なかなか立派な神社です。

  • こちらは、元々は神明社という名前の神社でした。<br />1956年(昭和31年)に魚津大火が発生し、その復興事業として火災地域にあった5つの神社を統合し、魚津神社となりました。

    こちらは、元々は神明社という名前の神社でした。
    1956年(昭和31年)に魚津大火が発生し、その復興事業として火災地域にあった5つの神社を統合し、魚津神社となりました。

  • 調べますとこの神紋は、魚津神社が再建により五社を合併した神社であることを示しており、魚津神社独自の五つ巴の神紋なんだそうです。<br />

    調べますとこの神紋は、魚津神社が再建により五社を合併した神社であることを示しており、魚津神社独自の五つ巴の神紋なんだそうです。

  • 主祭神は、天照皇太神(あまてらすおおみかみ)。<br /><br />統合された神社は、神明社、火の宮神社、稲荷神社、市姫神社、杵築社です。<br />

    イチオシ

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    主祭神は、天照皇太神(あまてらすおおみかみ)。

    統合された神社は、神明社、火の宮神社、稲荷神社、市姫神社、杵築社です。

  • 境内社の愛宕神社。<br />愛宕神社は、昔は魚津城の守護神として有名だったそうですが、こちらに移しています。

    境内社の愛宕神社。
    愛宕神社は、昔は魚津城の守護神として有名だったそうですが、こちらに移しています。

  • 本殿を横から撮りました。<br /><br />魚津神社。<br />すっきりして綺麗な神社でした。

    本殿を横から撮りました。

    魚津神社。
    すっきりして綺麗な神社でした。

  • 続いてやって来たのが「魚津埋没林博物館」。<br />同期の友人が「絶対行ってみて!」と熱弁を振るっていた博物館です。<br /><br />1930年(昭和5年)魚津港浚渫工事中に大量の樹根が出土し、「魚津の埋没林」として国の特別天然記念物の指定を受けます。<br />1952年(昭和27年)には埋没林の発掘を行い、1954年(昭和29年)に富山産業博覧会の一環として埋没林の発掘が行われた場所を利用し「埋没林自然保存館」が建設されました。

    続いてやって来たのが「魚津埋没林博物館」。
    同期の友人が「絶対行ってみて!」と熱弁を振るっていた博物館です。

    1930年(昭和5年)魚津港浚渫工事中に大量の樹根が出土し、「魚津の埋没林」として国の特別天然記念物の指定を受けます。
    1952年(昭和27年)には埋没林の発掘を行い、1954年(昭和29年)に富山産業博覧会の一環として埋没林の発掘が行われた場所を利用し「埋没林自然保存館」が建設されました。

  • 駐車場で見つけたご当地ナンバープレート。<br />立山連峰とライチョウのデザイン。

    駐車場で見つけたご当地ナンバープレート。
    立山連峰とライチョウのデザイン。

  • こちらが博物館のエントランス。<br />入館は大人520円。<br /><br />エントランス横には、昨年4月のリニューアルオープンと同時に「KININAL」が開店。<br />スイーツやドリンクのテイクアウト専門店ですが、博物館内では特別に食べることができるということで大人気でした。

    こちらが博物館のエントランス。
    入館は大人520円。

    エントランス横には、昨年4月のリニューアルオープンと同時に「KININAL」が開店。
    スイーツやドリンクのテイクアウト専門店ですが、博物館内では特別に食べることができるということで大人気でした。

    魚津埋没林博物館 美術館・博物館

    「埋没林」と「蜃気楼」富山湾の二つのふしぎに出会える博物館です。 by entetsuさん
  • これが埋没林。

    これが埋没林。

  • これは、ゆるキャラのミラタン。<br /><br />実は、魚津は埋没林の他に「蜃気楼」も楽しめるということで、こちらの博物館では両方楽しめます。<br />ミラタンは、蜃気楼(ミラージュ)のゆるキャラ。<br />

    これは、ゆるキャラのミラタン。

    実は、魚津は埋没林の他に「蜃気楼」も楽しめるということで、こちらの博物館では両方楽しめます。
    ミラタンは、蜃気楼(ミラージュ)のゆるキャラ。

  • 水中展示館に入ります。

    水中展示館に入ります。

  • 縦8m、横16m、深さ2.5mのプールの中に埋没林が保存・展示されています。<br />1952年(昭和27年)に発掘された場所をそのまま利用。中の樹根は当時のままの場所にあります。<br />プールの中の水は、地下水(真水)をポンプで汲み上げたもので、殆ど腐敗が進みません。

    イチオシ

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    縦8m、横16m、深さ2.5mのプールの中に埋没林が保存・展示されています。
    1952年(昭和27年)に発掘された場所をそのまま利用。中の樹根は当時のままの場所にあります。
    プールの中の水は、地下水(真水)をポンプで汲み上げたもので、殆ど腐敗が進みません。

  • 埋没林とは、文字どおり「埋もれた林」のことで、日本あるいは世界の各地で発見されています。<br />林が埋もれる原因には、火山の噴火に伴う火山灰や火砕流、河川の氾濫による土砂の堆積、地すべり、海面上昇などさまざまなものがあります。<br />埋没した年代もさまざまで、数百年前から数万年前のものまであります。

    埋没林とは、文字どおり「埋もれた林」のことで、日本あるいは世界の各地で発見されています。
    林が埋もれる原因には、火山の噴火に伴う火山灰や火砕流、河川の氾濫による土砂の堆積、地すべり、海面上昇などさまざまなものがあります。
    埋没した年代もさまざまで、数百年前から数万年前のものまであります。

  • 魚津埋没林は、約2,000年前、片貝川の氾濫によって流れ出た土砂がスギの原生林を埋め、その後海面が上昇して現在の海面より下になったと考えられています。

    魚津埋没林は、約2,000年前、片貝川の氾濫によって流れ出た土砂がスギの原生林を埋め、その後海面が上昇して現在の海面より下になったと考えられています。

  • 乾燥展示館へ。

    乾燥展示館へ。

  • 1930年(昭和5年)、魚津港を建設するため海岸を掘り下げたところ、海面より低い地層から埋没林が大規模に出土し、学会などの注目を集めます。<br />

    1930年(昭和5年)、魚津港を建設するため海岸を掘り下げたところ、海面より低い地層から埋没林が大規模に出土し、学会などの注目を集めます。

  • その際、約230株の樹根が発見されましたが、現在では博物館に展示されている物の他にわずかしか残されておらず、乾燥展示館にあるものはその貴重な資料です。<br />

    その際、約230株の樹根が発見されましたが、現在では博物館に展示されている物の他にわずかしか残されておらず、乾燥展示館にあるものはその貴重な資料です。

  • この乾燥展示館では、資料に手を触れて、2000年前の木の感触を確かめることができます。

    イチオシ

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    この乾燥展示館では、資料に手を触れて、2000年前の木の感触を確かめることができます。

  • 表に出て来ました。

    表に出て来ました。

  • 半地下式のドーム館にやって来ました。<br />ここは、埋没林の発掘現場にそのままフタをかぶせたような形になっています。<br />特別天然記念物指定地内で、平成元年に発掘調査が行なわれた場所です。<br />

    半地下式のドーム館にやって来ました。
    ここは、埋没林の発掘現場にそのままフタをかぶせたような形になっています。
    特別天然記念物指定地内で、平成元年に発掘調査が行なわれた場所です。

  • 地層の様子もそのまま保存されています。

    地層の様子もそのまま保存されています。

  • 蜃気楼の見学。<br />結論から言うと、この日は蜃気楼見えず。<br /><br />そもそも蜃気楼は、空気中で光が屈折するために5~20km離れた景色が実際とは違う形に見える現象で、上位蜃気楼(=春の蜃気楼)と下位蜃気楼(=冬の蜃気楼)の2種類があります。<br /><br />この日は、かすかに陽炎が見える程度でしたが、蜃気楼は年間でも数日しか見えないと言うことらしいので仕方ないか・・・。<br /><br />魚津の埋没林と蜃気楼。同期の友人が力説するだけのものがありました。<br />

    蜃気楼の見学。
    結論から言うと、この日は蜃気楼見えず。

    そもそも蜃気楼は、空気中で光が屈折するために5~20km離れた景色が実際とは違う形に見える現象で、上位蜃気楼(=春の蜃気楼)と下位蜃気楼(=冬の蜃気楼)の2種類があります。

    この日は、かすかに陽炎が見える程度でしたが、蜃気楼は年間でも数日しか見えないと言うことらしいので仕方ないか・・・。

    魚津の埋没林と蜃気楼。同期の友人が力説するだけのものがありました。

  • 米騒動発祥の地。

    米騒動発祥の地。

  • 埋没林博物館からほど近いところに米騒動発祥の地碑がありました。<br />米騒動・・・。<br />そう言えば、日本史で習ったことはある・・・。

    埋没林博物館からほど近いところに米騒動発祥の地碑がありました。
    米騒動・・・。
    そう言えば、日本史で習ったことはある・・・。

  • 魚津町は、江戸時代から越中東部の政治・経済の中心地でした。大正年間には、15,000人の人口を擁し、北海道や樺太への米の積み出しで栄えた大町海岸には米倉庫が並んでいました。<br />

    魚津町は、江戸時代から越中東部の政治・経済の中心地でした。大正年間には、15,000人の人口を擁し、北海道や樺太への米の積み出しで栄えた大町海岸には米倉庫が並んでいました。

    米騒動発祥の地 名所・史跡

    日本史で勉強した米騒動はここから! by entetsuさん
  • 1918年(大正7年)7月23日、北海道への米の輸送船・伊吹丸が魚津町に寄港した時、おりからの米価高騰に苦しんでいた漁師の主婦ら数十人が、米の積み出しを行っていた大町海岸の十二銀行の米倉庫前に集まり、「米の値段が高くなるのは、県外に米を持っていくから魚津に米が無くなるのだ!」と、米の積み出しを止めるように要求し、このため米の搬出が中止されます。<br />この事件が新聞に報じられ、米騒動は近隣の村や町、1道3府32県に及ぶ全国的な米騒動に発展し、その後、内閣を総辞職に追い込む事態に発展しました。

    1918年(大正7年)7月23日、北海道への米の輸送船・伊吹丸が魚津町に寄港した時、おりからの米価高騰に苦しんでいた漁師の主婦ら数十人が、米の積み出しを行っていた大町海岸の十二銀行の米倉庫前に集まり、「米の値段が高くなるのは、県外に米を持っていくから魚津に米が無くなるのだ!」と、米の積み出しを止めるように要求し、このため米の搬出が中止されます。
    この事件が新聞に報じられ、米騒動は近隣の村や町、1道3府32県に及ぶ全国的な米騒動に発展し、その後、内閣を総辞職に追い込む事態に発展しました。

  • 米騒動が起こった現場に、当時の建物が現存するケースは、旧十二銀行米倉の他にはなく、貴重な遺跡物です。

    米騒動が起こった現場に、当時の建物が現存するケースは、旧十二銀行米倉の他にはなく、貴重な遺跡物です。

  • 漫画チックに記された米騒動の様子。

    漫画チックに記された米騒動の様子。

  • 続いてやって来たのは「海の駅蜃気楼」。<br /><br />お土産品や海産物など充実していました。<br />品物は少し、お高いかな。

    続いてやって来たのは「海の駅蜃気楼」。

    お土産品や海産物など充実していました。
    品物は少し、お高いかな。

    海の駅蜃気楼 道の駅

    年に数回蜃気楼が見えるという蜃気楼海岸にあります by entetsuさん
  • すぐ前の海岸にあるのが「蜃気楼展望地」。

    すぐ前の海岸にあるのが「蜃気楼展望地」。

    蜃気楼展望地 自然・景勝地

    運が良ければ年に数回ここから蜃気楼が見えるという海岸 by entetsuさん
  • 蜃気楼が出るときは多くの見物客が並ぶそうですが、残念ながらこの日は出ていません。<br /><br />魚津を後にして、富山市内のホテルに向かいます。<br /><br />(3)に続く。<br />https://4travel.jp/travelogue/11490328

    蜃気楼が出るときは多くの見物客が並ぶそうですが、残念ながらこの日は出ていません。

    魚津を後にして、富山市内のホテルに向かいます。

    (3)に続く。
    https://4travel.jp/travelogue/11490328

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