2019/04/13 - 2019/04/13
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naoさん
滋賀県犬上郡豊郷町はかつての中山道が通る町で、北側の高宮宿と南側の愛知川宿の中間地点に位置することから、江戸日本橋から数えて121番目の一里塚が設けられ、「間の宿」として機能していました。
中世から商業活動が活発に行われていた豊郷は、江戸時代には多くの近江商人が生まれますが、特に、函館に進出した高田屋嘉兵衛とほぼ同時期に松前で活躍した藤野喜兵衛、伊藤忠商事や丸紅の創業者である伊藤忠兵衛などの豪商達は豊郷の発展に大きく貢献しました。
中山道の街道筋に沿って伝統的な様式で建てられた町家が点在し、「間の宿」として賑わっていた頃の面影をしのばせる町並みの中に、広大な敷地に、噴水を備えた壮麗な佇まいの白亜の西洋建築が忽然と姿を現します。
これは、商社「丸紅」の専務だった古川鉄治郎氏より昭和12年(1937年)に寄贈された豊郷小学校旧校舎で、建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計で建てられた建物は、当時「白亜の教育殿堂」、「東洋一の小学校」などと評判を呼びました。
しかし、平成7年(1995年)の阪神・淡路大震災を契機として、「校舎解体か、耐震補強か・・・」をめぐって豊郷町と地元住民の間で裁判沙汰にまで発展する大騒動が持ち上がり、大津地裁の解体差し止めの仮処分決定を無視するかたちで校舎の解体工事を強行した町側に対し、町民側も『力には力で対抗する』という姿勢で学校敷地内に座り込むなどの抗議活動を展開、事態は泥沼化の様相を呈しました。
解体を免れた豊郷小学校旧校舎は、現在、町立図書館や子育て支援センターなど、地域活性化のための複合施設として利用されています。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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豊郷町の中山道の町並みにやって来ました。
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ここから中山道を南に向かって歩きます。
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この町並みには、かつての茅葺屋根を鉄板で覆った町家がたくさん見受けられます。
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煙出しの越屋根のある、妻入りの町家です。
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こちらもかつての茅葺屋根を鉄板で覆った町家です。
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腰壁に舟板塀を張った土蔵のある大きなお屋敷です。
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見越しの松も見事に仕立てられています。
この樹形を保つには、手入れが大変でしょうね。 -
春を告げるスイセンと・・・
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シャガの花がひっそりと咲いています。
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門の足元を引き締める犬矢来。
竹の節が描く模様は、緻密に計算されているようです。 -
中山道の町並みを見返したところです。
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かつての茅葺屋根の破風。
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ソメイヨシノは満開の花を咲かせています。
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唯念寺の鐘楼に寄り添うソメイヨシノ。
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春日神社ののぼりとソメイヨシノ。
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この町並みでよく見かける物の一つに・・・
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ベンガラ塗の柱や梁と、焼き杉板を組み合わせた板塀があります。
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この町家の板塀は、その特徴的な姿を見せています。
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ちなみに、例年4月16日に春日神社の例祭が執り行われるようで、町家には献燈が用意されています。
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春日神社への参道入口です。
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参道入口の石灯籠はそんなに古くなのに、笠石には苔が生しています。
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2階に格子の出窓をしつらえた町家です。
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こちらのかつての茅葺屋根の町家は妻入りです。
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玄関先に庭へのくぐり門を設けた町家です。
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幾重にも屋根が重なる町家です。
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破風に「水」の文字が大書されています。
これは、少しでも「水」に関係するものを屋根に置いて、火災に弱かった茅葺屋根の建物を守ろうとしたおまじないです。 -
古い町並みにばかり気を取られて歩いていたので、「いきなり」といった感じで豊郷小学校が現れました。
さすがに人気があるようで、豊郷町が運行する「すまいるたうんばす」の停留所が校門の前に設けられています。 -
では、建てられた当時「白亜の教育殿堂」や「東洋一の小学校」などと評判を呼んだ、ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計になる建物をじっくり鑑賞させていただきます。
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こちらが正門になります。
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門柱に取り付けられた豊郷小学校の銘板。
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校庭のソメイヨシノも満開の花を咲かせています。
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この時計は、かつて「校舎解体か、耐震補強か」をめぐって豊郷町と地元住民の間で泥沼の大騒動を、固唾をのんで見守っていたんでしょうね。
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解体を免れた現在、町立図書館や子育て支援センターなど、地域活性化のための複合施設として利用されています。
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こちらは、校舎棟の右側(南側)にある講堂棟です。
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エントランス前の鯉の噴水。
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こちらは、昭和12年(1937年)に豊郷小学校を寄贈した商社「丸紅」の専務だった古川鉄治郎氏の胸像です。
では、校舎内へ・・・。 -
フローリング張りの廊下は・・・
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今も健在です。
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階段の手摺には、イソップ童話の「兎と亀」をモチーフにしたブロンズ像が設置されています。
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このブロンズ像は、「校舎解体か、耐震補強か」をめぐって豊郷町と地元住民が対立した際・・・
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活発に保存運動を展開した地元住民のシンボルになっていたそうです。
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階段の手すりを、そろりそろりと亀さんが上って行きます。
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ガンバレ亀さん!
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踊場でウサギさんが眠っているので、もう少しで追い越せるよ~!
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階段最上階の様子。
手すりを上り切った亀さんが「ドヤ顔」でウサギさんを見下ろしています。 -
古川鉄治郎氏の後姿。
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1階受付の窓口。
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校舎棟を北側から見た様子です。
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こちらは、校舎棟の左側(北側)にある酬徳記念図書館です。
では、町歩きに戻ります。 -
こちらは、高宮宿と愛知川宿の「間の宿」として機能していたことを示す石標。
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茅葺屋根の建物の一部を無理やり切り取って、瓦葺きの切妻屋根の建物をつけ足した町家です。
むずかしい仕事を難なくこなす大工さんの技量には脱帽です。 -
高宮宿と愛知川宿の「間の宿」だったことを示す石標。
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石畑一里塚跡に立つ石標。
「間の宿」には石畑一里塚が設置されていました。 -
ここ八幡神社でも祭礼が行われていようで、大きな太鼓が引き出されています。
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豊郷町の汚水桝の蓋。
豊郷町は盆踊りの音頭として広く定着している「江州音頭」発祥の地であることから、江州音頭を踊る人々や提灯をモチーフにデザインされています。 -
中山道の町並みです。
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茅葺屋根を鉄板で覆った平入の町家と・・・
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妻入りの町家が隣り合っています。
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見事な見越しの松が植えられた町家です。
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こちらの見越しの松も、見事さでは引けを取りません。
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こちらは、伊藤忠商事や丸紅の創業者である伊藤忠兵衛の旧邸です。
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現在は「伊藤忠兵衛記念館」として運営されています。
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館内には、初代と二代目忠兵衛が愛用した品々をはじめ、多くの資料が展示されており、近江麻布を扱う繊維卸商から、総合商社へと飛躍した足跡をたどることが出来ます。
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門右手の前庭から、飛び石伝いにメインの庭へ回ってみます。
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座敷からは東西の庭が鑑賞できるようになっています。
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手水鉢と石灯籠。
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東側から見た「伊藤忠兵衛記念館」の主屋です。
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主屋から渡り廊下でつながっている土蔵。
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庭のモミジが優しい芽出しを迎えています。
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クマザサ越しに見えるのはお茶室です。
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希望者に貸し出しているようです。
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「伊藤忠兵衛記念館」の主屋の南側の妻壁に、面白い趣向を発見。
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せっかく開けた瓜型の窓を、割り竹でふさいでいます。
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「伊藤忠兵衛記念館」の開口部を額縁に見立てて・・・。
左手の渡り廊下が土蔵とつながっています。 -
「伊藤忠兵衛記念館」の南側外観。
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玄関先に献燈を吊った、天稚彦神社参道脇の町家。
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参道では、天稚彦神社ののぼりがはためいています。
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