2019/04/13 - 2019/04/13
588位(同エリア1308件中)
naoさん
滋賀県愛知郡愛荘町愛知川は、江戸日本橋から数えて65番目の中山道愛知川宿があった町で、本陣、脇本陣、問屋、旅籠屋などが軒を連ねていました。
残念ながら、現在の愛知川には本陣や脇本陣の遺構は残っておらず、高札場の石標の立つ辺りに点在する切妻屋根平入りの厨子2階建に格子をしつらえた伝統的な町家が往時の町並みの面影を伝えるのみとなっています。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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愛荘町愛知川にやって来ました。
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旧愛知川町の汚水桝の蓋。
旧愛知川町を流れる愛知川など5本の川と、夏の風物詩「花火」が描かれています。 -
端正な佇まいのお屋敷です。
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中山道には、「中山道愛知川宿」と書かれた観光客用の冠木門が設けられています。
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冠木門を潜ってしばらく歩くと、土蔵のある大きなお屋敷が現れました。
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こちらは、かつて麻織物商を営んでいた豪商のひとつ、旧田中家住宅になります。
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現在は、料亭「近江商人亭」として使われています。
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愛知川の商人は明治時代以降にピークを迎えますが、旧田中家住宅も明治25年(1892年)に建てられた南土蔵に始まって、大正8年(1919年)に主屋を新築したのに引き続いて・・・
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茶室、北蔵、大広間の建設や庭園の整備によって現在の規模の屋敷が完成しました。
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白漆喰塗籠めの虫籠窓のある町家です。
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かつての愛知川村と中宿村の境界に、郡分(こおりわけ)延命地蔵尊を安置する地蔵堂が建っています。
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ここが愛知川宿の北入口にあたることから、地蔵堂の脇に石標が立てられています。
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猫ちゃんが寝そべっていたので、写真を撮ろうと近寄ると鋭い視線で睨まれました。
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防火のための袖壁がある町家です。
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犬矢来をしつらえた町家には・・・
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昔ながらのガス灯が健在です。
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こちらのお屋敷は、ウバメガシの生垣の内側に名栗加工の木を組んだ塀がめぐらされています。
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浅黄色の土塀をめぐらせた町家は、街道筋に面する間口の狭い、典型的な鰻の寝床の敷地形状となっています。
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この洋風建物は、愛知川宿の本陣跡地に大正15年(1926年)に建てられた近江銀行愛知川支店です。
現在は往時の賑わいを呼び戻す観光・文化交流拠点、「愛知川ふれあい本陣」として生まれ変わりました。 -
江戸時代末期に近江商人の家から嫁いだ女性が嫁入り道具として持参したと伝えられている「びんてまり」。
「びんてまり」作りは根気のいる細かな作業が求められることから、中々後継者が育たなかったようですが、現在、「びんてまり」文化継承のため「びん細工手まり保存会」が結成され、町をあげて復活・保存に努めておられます。 -
お土産物のクッキーが、「びんてまり」を模した器に入れて販売されています。
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重厚な大理石で縁取られた、上下2層分の金庫室。
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銀行だった空間を使って、展示会やコンサートなども開かれているそうです。
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「愛知川ふれあい本陣」で見つけた旧愛知川町の汚水桝の蓋。
伝統文化の「びんてまり」が描かれています。 -
特徴的に格子をしつらえた町家の角には・・・
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愛知川宿の高札場跡を示す石標が立てられています。
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こちらは、高札場跡の少し南側にある問屋跡の石標です。
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中山道の町並みです。
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格子に袖壁をしつらえた町家が・・・
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点在しています。
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妻入りの町家です。
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不整形な角地に建つ町家は・・・
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宝暦八年(1758年)創業の老舗の料理旅館さんです。
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かつては、明治の新時代を築き上げた重鎮の方々も訪れられたそうです。
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伝統様式で新しく建てられた町家です。
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玄関わきにさり気なく植えられたモミジが春の訪れを告げています。
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こちらは中山道の南側に設けられた「中山道愛知川宿」の冠木門です。
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不飲川橋の欄干を飾るのは・・・
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石彫の「びんてまり」です。
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不飲川の水面に枝を広げるソメイヨシノ。
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「中山道愛知川宿」の冠木門を少し南に下がった国道8号線沿いには、愛知川宿の一里塚跡の石標が立てられています。
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