2019/03/05 - 2019/03/05
34位(同エリア134件中)
万歩計さん
この旅行記スケジュールを元に
万歩計お気に入りの奈良の街の一つが平群町です。
奈良県の北西部で西は信貴生駒山地を挟んで大阪府東大阪市と八尾市に、東は矢田丘陵を挟んで大和郡山市にそれぞれ接しています。この平群谷の中央を南北に竜田川が流れ、これの沿って近鉄生駒線のローカル電車がゴトゴト走る、といった緑豊かでのんびりした田舎町で、町は「山のポッケ」と称しています。
町内には多くの古墳があり、古代は悲劇の皇子長屋王や修験道の祖役行者が、戦国時代には石田三成の重臣島左近、梟雄松永久秀がこの地に城を構えました。
春の一日、この平群の里と信貴山一帯を歩きました。歴史に触れ、花の風景に癒されました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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スタートは近鉄生駒線の東山駅。ここで平群町のコミュニティバスに乗車しました。
東山駅 駅
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信貴生駒山系の麓の集落沿いに走り、約20分で信貴畑集落センターバス停に到着。100円で誰でも利用できます。
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気持ちのいい展望。左は生駒山系、正面は矢田丘陵で、下に平群の住宅地が見えます。
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信貴山に向けてハイキング道を歩きます。
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道端に小さな祠。
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「松永屋敷跡」の案内表示。ちょっと寄り道。
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杉林の中に木で作った兜の武将。
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松永弾正久秀は戦国時代の武将。主君暗殺、将軍暗殺、東大寺大仏焼討と悪逆の限りを尽くし、最後は織田信長に攻められ信貴山城で自爆死しています。稀代の悪人である一方で、連歌や茶道に長けた教養人でもあったそうです。
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松永久秀は信貴山上に南北700m、東西550mに及ぶ城郭を築いて大和経略の拠点とした。しかし織田信長に攻められて落城して以後、信貴山城が使われた形跡はなくそのまま廃城になったそうです。
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現在は影も形もありませんが、この杉林一帯に屋敷の郭が並んでいたそうです。
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山頂にある信貴山城へあと一登り。
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標高433mの信貴山山頂。城跡の碑だけが立っていました。
信貴山城跡 名所・史跡
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イチオシ
信貴山城跡の横に赤い鳥居が並び、山頂の空鉢護法堂(空鉢堂)に続きます。
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空鉢堂入口。
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命蓮上人が空鉢を飛ばして倉を飛び返らせ、驚き嘆く長者に慈悲の心を諭して福徳を授けた、という出来事が信貴山縁起絵巻(飛倉の巻)に書かれています。この絵巻は後で見ます。
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山頂に竜王の祠があり、多くの参詣者が「一願成就」を願い、中腹の信貴山朝護孫子寺からここまで運んできた水の容器が置かれています。
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山頂は割と広い。
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南方向に二上山、葛城山が一望できます。
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山頂から鳥居をくぐって信貴山朝護孫子寺に下りて行きます。
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空鉢堂に参詣する人たち。手に水の入った容器を下げています。
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空鉢堂に祀られている竜神に捧げる水です。
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信貴山朝護孫子寺に下りてきました。
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水屋。ここで容器に水を入れて空鉢堂まで運びます。
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本堂へ。読経が聞こえます。
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1400余年前、この地で聖徳太子が物部守屋討伐の戦勝の祈願をすると、毘沙門天王が出現し必勝の秘法を授けました。太子はその御加護で勝利し、自ら天王の御尊像を刻み伽藍を創建、信ずべし貴ぶべき山『信貴山』と名付けました。これが信貴山朝護孫子寺の始まりです。
~朝護孫子寺HPより信貴山朝護孫子寺 寺・神社・教会
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本堂。
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毘沙門大王の扁額
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本堂は再建修復を経て1746年に現在の姿になっています。
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本堂の下で戒壇めぐりが出来ます。暗闇の中からかすかに聞こえる読経の声を頼りに進みます。以前は入ったことがあるので今回はパス。
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舞台造りから大和盆地が一望。
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山の向こうにかすかに大和川と王寺の街並み。
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足元の朝護孫子寺の伽藍が並んでいますが、木の陰でよく見えない。
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霊宝館
ここに国宝「信貴山縁起絵巻」の写本が展示されています。霊宝館 美術館・博物館
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信貴山縁起絵巻物は朝護孫子寺の中興開山命蓮上人に関する物語を描いたもので、「飛倉の巻」「延喜加持の巻」「尼公の巻」の三巻からなっています。平安後期の作で、日本三大絵巻の一つに数えられている有名な絵巻です。
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これは「飛倉の巻」。鉢が空を飛び米俵が舞い上がる場面。
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鉢に乗って空を飛んでいく倉、驚いて後を追う人々。
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慌てふためく人たちがコミカルに描かれています。
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米俵を鉢に乗せるように指示する命蓮上人。
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延喜加持の巻。
命蓮の加持祈祷の力で、病の床にあった醍醐天皇の病いが平癒する。剣の護法童子が空を飛び、転輪聖王の金輪を転がし、後ろに飛行機雲のような細長い雲を残して、天皇のいる清涼殿に現れる。
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聖徳太子像
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毘沙門天
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南朝の忠臣、楠木正成
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「菊水の旌旗」。楠木正成が後醍醐天皇に味方するという意を決して奉納したものです。
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南朝ゆかりの品々
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楠木正成の兜
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護永親王の従者だった村上義光の太刀。
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霊宝館を出てすぐ近くに虚空蔵堂
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階段を下りて行きます。
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イチオシ
多くの伽藍があります。
信貴山 大本山 成福院 宿・ホテル
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池
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馬上の聖徳太子像
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かやの木稲荷
樹齢1500年の榧の木で御神木です。 -
金運招福の神を祀る銭亀堂
信貴山大本山 千手院 宿・ホテル
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千手院貫主が大峯山で修行の折、夢の中に黄金の甲羅の亀の背に乗った貴神が現れました。この銭亀善神を勧請したのが銭亀堂です。
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石灯籠が並ぶ参道。この場所から舞台造りの本堂がよく見えます。
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イチオシ
ズームアップ
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イチオシ
大寅
聖徳太子が毘沙門天王から必勝の秘法を授かった日が寅年、寅日、寅の刻であったことから、寅は信貴山のシンボルです。 -
大鳥居
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信貴山の山門である仁王門。宝暦10年(1760)に大阪宝栄講が再建、明治14年(1881)に大修理、大正11年(1922)にこの場所に移転されました。
~朝護孫子寺HPより -
山門の阿形像
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吽形像
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山門を出ると大門池にかかる赤い開運橋が見えます。
開運橋 名所・史跡
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開運橋は全長106mの剛性橋です。「上路カンチレバー橋」という形式で、開運橋がその形式としては現存する日本最古の橋になります。また鉄骨を組み合わせた「トレッスル橋脚」であることも珍しく、平成19年7月に国の登録有形文化財に選定されました。
~朝護孫子寺HPより -
開運橋から見た小高い山が空鉢堂のある信貴山頂。
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信貴山から平群へ下りて行きます。
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正面になだらかな生駒山と頂上に建つ電波塔群。
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さらに下るとビニールハウス群。平群は昔から花の栽培が盛んで、特にバラと小菊は全国に知られています。
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道路わきにバラのお店
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覗いてみました。
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美しいバラの切り花
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色々なアレンジメント
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お店の裏にはバラ栽培のハウス群。
平群温室バラ組合 名所・史跡
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ここらは小菊の畑。今は黒いビニールに小さな芽が出た状態ですが、夏秋期 の小菊の生産出荷量は日本一です。
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近鉄生駒線の平群駅。今日の終着点です。
平群駅 駅
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イチオシ
日を改めて3月29日。車で平群町の生駒西山麓の福貴畑集落にある「桃源郷」と呼ばれる場所にやってきました。
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谷間を花木が埋め尽くしています。「里山と矢田丘陵が眺望できる福貴畑の里」として奈良県景観資産のひとつに指定されているそうです。
この時期の休日になるとアマチュアカメラマンが多く訪れます。 -
サンシュウ、椿、モクレン
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イチオシ
そして桜
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黄色い花はサンシュウ?レンギョウ?、区別がつかず。
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数え切れないくらい花をつけたモクレン
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純白のモクレンは品がある
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イチオシ
向こう岸には赤いモクレン
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鍬を手にした地元の農家の方に話を聞いたら、昔はもっと花が豊かで美しかったそうです。確かに大きな花木が人によって手入れされている形跡はなく、枯れたカズラが絡まり付いてます。
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谷間の畦道を上ったり下りたり。1時間ほど散策して帰りました。
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信貴山 大本山 成福院
3.0
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