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諏訪大社上社本宮へやって来ました。東参道前の店の2階の窓を通して、写真のように、向こうの八ヶ岳連峰がくっきりと見えました。<br />今年も良い旅ができますように。<br />諏訪大社は神明造で、出雲大社の大社造、住吉大社の住吉造と共に、最古の神社建築とされています。神明造は、他の様式とは異なり、奥行より幅が大きくなっており、高床式倉庫を元にして、穀物の代わりに神宝を納めるようになったと考えられているそうです。<br />神明造は掘立柱、切妻造、平入の構造で、基本的に左右対称であり、ほぼ平面的、直線的な外観であり、この点がなだらかな曲線の大社造と大きく異なることだという。<br />屋根は勾配をきつく取って、雨、雪による萱の傷みの軽減を図っています。屋根の上部は板で覆い、鰹木で補強し、側面の破風、先端に出た千木が特徴となっています。<br />両国国技館には、神明造の吊り屋根がありますね。

諏訪大社上社本宮へ初詣

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2019/01/11 - 2019/01/11

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belledune

belleduneさん

諏訪大社上社本宮へやって来ました。東参道前の店の2階の窓を通して、写真のように、向こうの八ヶ岳連峰がくっきりと見えました。
今年も良い旅ができますように。
諏訪大社は神明造で、出雲大社の大社造、住吉大社の住吉造と共に、最古の神社建築とされています。神明造は、他の様式とは異なり、奥行より幅が大きくなっており、高床式倉庫を元にして、穀物の代わりに神宝を納めるようになったと考えられているそうです。
神明造は掘立柱、切妻造、平入の構造で、基本的に左右対称であり、ほぼ平面的、直線的な外観であり、この点がなだらかな曲線の大社造と大きく異なることだという。
屋根は勾配をきつく取って、雨、雪による萱の傷みの軽減を図っています。屋根の上部は板で覆い、鰹木で補強し、側面の破風、先端に出た千木が特徴となっています。
両国国技館には、神明造の吊り屋根がありますね。

旅行の満足度
4.5
  • 諏訪大社上社本宮の鳥居を潜ります。上社は諏訪湖南岸にあり、下社の上流にあります。本宮、前宮からなっており、下社と異なり、古くは本社、摂社の関係だったそうです。御頭祭、蛙狩神事で分かるように、狩猟民族の性格があることが、下社が農耕民族的な性格と対照的です。

    諏訪大社上社本宮の鳥居を潜ります。上社は諏訪湖南岸にあり、下社の上流にあります。本宮、前宮からなっており、下社と異なり、古くは本社、摂社の関係だったそうです。御頭祭、蛙狩神事で分かるように、狩猟民族の性格があることが、下社が農耕民族的な性格と対照的です。

  • 一の柱です。左手から廻ります。

    一の柱です。左手から廻ります。

  • その向かいには、「天流水社」があります。

    その向かいには、「天流水社」があります。

  • 上には布橋から四脚門となります。

    上には布橋から四脚門となります。

  • 神楽殿は文政10年(1827)に造られました。内部に大太鼓があります。

    神楽殿は文政10年(1827)に造られました。内部に大太鼓があります。

  • 信州の伝承文化となっている「十五夜祭奉納相撲」に使われる土俵があります。毎年9月15日に「相撲踊り」が大社の神に奉納されます。

    信州の伝承文化となっている「十五夜祭奉納相撲」に使われる土俵があります。毎年9月15日に「相撲踊り」が大社の神に奉納されます。

  • 「五間廊」は安永2年(1773)の造営です。

    「五間廊」は安永2年(1773)の造営です。

  • 五間廊の左手にあるのが、「勅使殿」です。元禄3年(1690)に造られ、色んな神事がここで行われたそうです。

    五間廊の左手にあるのが、「勅使殿」です。元禄3年(1690)に造られ、色んな神事がここで行われたそうです。

  • 勅使殿の2階部分

    勅使殿の2階部分

  • 勅使殿全景

    勅使殿全景

  • 樹齢千年という大欅があります。昔、贄(たえ)、御狩のお供えをかけて祈願したことから「贄掛けの欅」と呼ばれた本宮最古の樹木。

    樹齢千年という大欅があります。昔、贄(たえ)、御狩のお供えをかけて祈願したことから「贄掛けの欅」と呼ばれた本宮最古の樹木。

  • 神馬舎

    神馬舎

  • 屋根部分

    屋根部分

  • 二の柱は、布橋前にあります。

    二の柱は、布橋前にあります。

  • 「出早社」(いづはやしゃ)は出早雄命(いづはやおのみこと)をお祀りしています。右奥に三の柱があります。

    「出早社」(いづはやしゃ)は出早雄命(いづはやおのみこと)をお祀りしています。右奥に三の柱があります。

  • 一度、東参道へ出ました。

    一度、東参道へ出ました。

  • 東参道の鳥居

    東参道の鳥居

  • 布橋入り口屋根部分

    布橋入り口屋根部分

  • 布橋入り口の彫刻部分<br />昔は、大祝のみが渡り、布が敷かれたそうです。そのことから布橋と呼ばれたという。

    布橋入り口の彫刻部分
    昔は、大祝のみが渡り、布が敷かれたそうです。そのことから布橋と呼ばれたという。

  • 布橋内部

    布橋内部

  • 布橋入り口天井

    布橋入り口天井

  • 上社には上・中・下十三ずつの合計三十九所の摂末社が設けられていました。現在、摂末社は上社で42社、下社で27社あり、明治以降独立した関係社を含めると合計95社となります。本宮にはこれらの神々を遥拝する遥拝所が設けられています。<br />この摂末社遥拝所は、文政11年(1828)の造営。

    上社には上・中・下十三ずつの合計三十九所の摂末社が設けられていました。現在、摂末社は上社で42社、下社で27社あり、明治以降独立した関係社を含めると合計95社となります。本宮にはこれらの神々を遥拝する遥拝所が設けられています。
    この摂末社遥拝所は、文政11年(1828)の造営。

  • 左手に絵馬堂(額堂)が見えています。

    左手に絵馬堂(額堂)が見えています。

  • 本宮摂社「大国主社」諏訪大神の御父様である大国主命を祀ってあり、古事記によると、諏訪大神「建御名方神」は大国主命の第2子と記されているそうです。

    本宮摂社「大国主社」諏訪大神の御父様である大国主命を祀ってあり、古事記によると、諏訪大神「建御名方神」は大国主命の第2子と記されているそうです。

  • 奥に弊拝殿の屋根が見えています。

    奥に弊拝殿の屋根が見えています。

  • 布橋から見た神楽殿

    布橋から見た神楽殿

  • 神楽殿の屋根部分

    神楽殿の屋根部分

  • 四脚門は天正10年(1582)の兵変で焼失したものを、慶長13年(1608)、徳川家康が当時の勘定奉行・大久保長安に命じて建立したもの。四脚門の横奥に見えるのは、硯石で、嘗ては大祝のみが最上段の硯石へと登るために使用されましたが、現在は重要な祭事にのみ開かれるそうです。<br />硯石は、黄色の矢印の境内最上段にあり、上部の凹みに水が張ってあることに由来します。神が降臨した盤座として信仰されたという。<br />鎌倉時代の大社の神楽歌に「明神は 石の御座所が おりたまふ みすふきあげの<br />風のすすみに」とあるように、明神の天降り給う場所にあり、神降する古代宗教の最高至極の位置であったと言われているそうです。

    四脚門は天正10年(1582)の兵変で焼失したものを、慶長13年(1608)、徳川家康が当時の勘定奉行・大久保長安に命じて建立したもの。四脚門の横奥に見えるのは、硯石で、嘗ては大祝のみが最上段の硯石へと登るために使用されましたが、現在は重要な祭事にのみ開かれるそうです。
    硯石は、黄色の矢印の境内最上段にあり、上部の凹みに水が張ってあることに由来します。神が降臨した盤座として信仰されたという。
    鎌倉時代の大社の神楽歌に「明神は 石の御座所が おりたまふ みすふきあげの
    風のすすみに」とあるように、明神の天降り給う場所にあり、神降する古代宗教の最高至極の位置であったと言われているそうです。

  • 東宝殿の側面<br />屋根は茅葺ですね。御神輿や御神宝を納めてあります。<br />諏訪大社七不思議の一つに「宝殿の天滴」があります。『どんなに晴天が続いていも神社宝殿の屋根から1日3粒の水滴が落ちてくる。日照りの際には、この水滴を青竹に入れて、雨乞いをすると必ず雨が降った』と言われています。

    東宝殿の側面
    屋根は茅葺ですね。御神輿や御神宝を納めてあります。
    諏訪大社七不思議の一つに「宝殿の天滴」があります。『どんなに晴天が続いていも神社宝殿の屋根から1日3粒の水滴が落ちてくる。日照りの際には、この水滴を青竹に入れて、雨乞いをすると必ず雨が降った』と言われています。

  • 西宝殿<br />壁は十分な強度のある板材で、正面中央のみが観音開きの御扉となっています。

    西宝殿
    壁は十分な強度のある板材で、正面中央のみが観音開きの御扉となっています。

  • 布橋を出たところ

    布橋を出たところ

  • これから参拝所へ向かいます。

    これから参拝所へ向かいます。

  • 勅願殿は、元禄3年(1690)に建立されました。神霊の宿る守谷山に向かって祈願するための建物となっています。<br />勅願は天皇の祈祷という意味ですが、当社は個人私事の祈祷を行う場所ということです。

    勅願殿は、元禄3年(1690)に建立されました。神霊の宿る守谷山に向かって祈願するための建物となっています。
    勅願は天皇の祈祷という意味ですが、当社は個人私事の祈祷を行う場所ということです。

  • 左手に曲がって進むと参拝所があります。参道は直線上になく、大きく願いことをしなければ、聞いてくれないと言われています。

    左手に曲がって進むと参拝所があります。参道は直線上になく、大きく願いことをしなければ、聞いてくれないと言われています。

  • 斎庭の左手に神餞所。

    斎庭の左手に神餞所。

  • 斎庭奥が弊拝殿です。弊拝殿は大社の恒例祭典や重要神事を斉行して国家安泰並びに公事の祈願を執行する場所。<br />本宮は建御名方神をお祀りしています。    

    斎庭奥が弊拝殿です。弊拝殿は大社の恒例祭典や重要神事を斉行して国家安泰並びに公事の祈願を執行する場所。
    本宮は建御名方神をお祀りしています。    

  • 弊拝殿の左手が先程布橋から見た四脚門があります。

    弊拝殿の左手が先程布橋から見た四脚門があります。

  • 参拝所

    参拝所

  • 参拝所柱周り

    参拝所柱周り

  • 参拝所の天井部分

    参拝所の天井部分

  • 間近に見たい弊拝殿

    間近に見たい弊拝殿

  • 中央に見えるのが、宝物殿です。

    中央に見えるのが、宝物殿です。

  • 勅願殿

    勅願殿

  • 勅願殿と宝物殿の間奥に見えるのが、四の柱です。

    勅願殿と宝物殿の間奥に見えるのが、四の柱です。

  • 手水舎

    手水舎

  • 宝物殿

    宝物殿

  • 堀重門

    堀重門

  • 堀重門

    堀重門

  • 末社「高島神社」は、高島藩中興の3代、諏訪頼忠公、諏訪頼水公、諏訪忠恒公を祭神としてお祀りしてあります。

    末社「高島神社」は、高島藩中興の3代、諏訪頼忠公、諏訪頼水公、諏訪忠恒公を祭神としてお祀りしてあります。

  • 高島神社側面

    高島神社側面

  • 真横から見たところ

    真横から見たところ

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