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諏訪大社は出雲の大国主神(オオクニヌシ)の子とされる建御名方神(タケミナカタ)を祀る神社。<br />「古事記」によると、大国主神の天照大神に「国譲り」の際、納得いかなかった建御名方神は逃亡、この諏訪の地で降伏したとされています。<br />また6年に1度行われるダイナミックなお祭り、「御柱祭」でも有名です。<br /><br />諏訪大社は全部で二社四宮あり、そのうち、下社の春宮と秋宮が下諏訪町にあります。<br />今回途中下車して下諏訪の町を歩いてきました。<br /><br />松本で一泊したあと、長野県の南部・天竜峡へ向かいました。

諏訪大社のまち 下諏訪から長野県の南部 天竜峡へ

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2025/11/01 - 2025/11/01

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あおし

あおしさん

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諏訪大社は出雲の大国主神(オオクニヌシ)の子とされる建御名方神(タケミナカタ)を祀る神社。
「古事記」によると、大国主神の天照大神に「国譲り」の際、納得いかなかった建御名方神は逃亡、この諏訪の地で降伏したとされています。
また6年に1度行われるダイナミックなお祭り、「御柱祭」でも有名です。

諏訪大社は全部で二社四宮あり、そのうち、下社の春宮と秋宮が下諏訪町にあります。
今回途中下車して下諏訪の町を歩いてきました。

松本で一泊したあと、長野県の南部・天竜峡へ向かいました。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
交通
3.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
JR特急
旅行の手配内容
個別手配
  • 新宿駅から特急「あずさ」で出発。<br />ただ、連休でもあり、特急「あずさ」は軒並み満席でした。<br />空席があったのは、引退した車両を使った臨時の特急「あずさ」<br />しかし、wifiも電源コンセントもなく、少々退屈してしまいました。<br />下諏訪駅で途中下車しました。<br />

    新宿駅から特急「あずさ」で出発。
    ただ、連休でもあり、特急「あずさ」は軒並み満席でした。
    空席があったのは、引退した車両を使った臨時の特急「あずさ」
    しかし、wifiも電源コンセントもなく、少々退屈してしまいました。
    下諏訪駅で途中下車しました。

    特急 あずさ(スーパーあずさ) 乗り物

  • 下諏訪駅は下諏訪町の代表駅。<br />茅野市、諏訪市、岡谷市と違って「下諏訪町」とやや小さい町ですが、駅舎は立派なものでした。<br />待合室には特急「あずさ」や中央本線の歴史についての展示がありました。<br />

    下諏訪駅は下諏訪町の代表駅。
    茅野市、諏訪市、岡谷市と違って「下諏訪町」とやや小さい町ですが、駅舎は立派なものでした。
    待合室には特急「あずさ」や中央本線の歴史についての展示がありました。

    下諏訪駅

  • 下諏訪町は諏訪大社の町です。<br />まずは下諏訪駅から歩いて5分ほどの諏訪大社下社・秋宮へ。<br />諏訪大社は上社の前宮、本宮、下社の春宮、秋宮全部で4つの宮がありますが、もっとも駅から近い宮です。<br />紅葉が始まっていました。

    下諏訪町は諏訪大社の町です。
    まずは下諏訪駅から歩いて5分ほどの諏訪大社下社・秋宮へ。
    諏訪大社は上社の前宮、本宮、下社の春宮、秋宮全部で4つの宮がありますが、もっとも駅から近い宮です。
    紅葉が始まっていました。

    諏訪大社下社秋宮 寺・神社・教会

    諏訪大社四宮のうち、電車の駅からもっとも近い宮 by あおしさん
  • 秋宮の本殿・神楽殿。<br />重要文化財です。<br />さすがに連休初日、しかもいい天気だったのでたくさんの観光客が参拝に来ていました。<br /><br />

    秋宮の本殿・神楽殿。
    重要文化財です。
    さすがに連休初日、しかもいい天気だったのでたくさんの観光客が参拝に来ていました。

  • 秋宮のすぐ前にある下諏訪宿宿場街道資料館。<br />無料だったので、立ち寄ります。<br /><br />下諏訪宿は中山道と甲州街道の合流する宿場町として栄えました。<br />建物は旧商家で、下諏訪宿についての説明や展示があります。<br /><br />

    秋宮のすぐ前にある下諏訪宿宿場街道資料館。
    無料だったので、立ち寄ります。

    下諏訪宿は中山道と甲州街道の合流する宿場町として栄えました。
    建物は旧商家で、下諏訪宿についての説明や展示があります。

    宿場街道資料館 美術館・博物館

    無料の下諏訪宿についての資料館 by あおしさん
  • 幕末、14代将軍徳川家茂に皇女和宮が嫁ぎました。<br />和宮の一行は京から江戸まで1か月かけて中山道を通っていきましたが、ここ下諏訪宿でも1泊しています。<br />和宮の行列の絵が展示されていました。

    幕末、14代将軍徳川家茂に皇女和宮が嫁ぎました。
    和宮の一行は京から江戸まで1か月かけて中山道を通っていきましたが、ここ下諏訪宿でも1泊しています。
    和宮の行列の絵が展示されていました。

  • 下諏訪宿の旅籠の様子、食事なども説明、展示されていました。

    下諏訪宿の旅籠の様子、食事なども説明、展示されていました。

  • 秋宮、資料館から旧中山道を歩きます。<br />下諏訪宿本陣が残っていたので、ここにも入ります。

    秋宮、資料館から旧中山道を歩きます。
    下諏訪宿本陣が残っていたので、ここにも入ります。

    下諏訪宿本陣 岩波家 名所・史跡

    皇女和宮や明治天皇も泊まった名家 by あおしさん
  • この本陣は江戸時代からの岩波家の屋敷が使われ、現在も岩波家の所有です。<br />岩波家は鎌倉時代の守護だった甲斐源氏の一族である小笠原氏の分家、家臣に始まる家でした。<br />戦国時代、武田信玄に松本城を本拠とした小笠原長時は戦に敗れて信濃から追放、徳川家康が将軍になると小笠原氏は一度旧領に復活したものの、再度播磨明石に転封された際には、岩波家はこの地に残りました。<br />以降、下諏訪宿の名主として続きました。<br />現当主の方は28代目だそうです。<br />

    この本陣は江戸時代からの岩波家の屋敷が使われ、現在も岩波家の所有です。
    岩波家は鎌倉時代の守護だった甲斐源氏の一族である小笠原氏の分家、家臣に始まる家でした。
    戦国時代、武田信玄に松本城を本拠とした小笠原長時は戦に敗れて信濃から追放、徳川家康が将軍になると小笠原氏は一度旧領に復活したものの、再度播磨明石に転封された際には、岩波家はこの地に残りました。
    以降、下諏訪宿の名主として続きました。
    現当主の方は28代目だそうです。

  • 現在の建物は1801年、江戸時代後期に建てられたものです。<br />多くの大名などが宿泊した、主屋の座敷は庭園と組み合わせた素晴らしい部屋です。<br />

    現在の建物は1801年、江戸時代後期に建てられたものです。
    多くの大名などが宿泊した、主屋の座敷は庭園と組み合わせた素晴らしい部屋です。

  • 皇女和宮も下諏訪宿では、この本陣岩波家に宿泊しました。<br />和宮の使った器が保存、展示されています。

    皇女和宮も下諏訪宿では、この本陣岩波家に宿泊しました。
    和宮の使った器が保存、展示されています。

  • 明治天皇も行幸の際、この岩波家に宿泊しています。<br />明治天皇の茶器が展示されていました。

    明治天皇も行幸の際、この岩波家に宿泊しています。
    明治天皇の茶器が展示されていました。

  • 相楽総三の短剣もありました。<br />鳥羽伏見の戦いのあと、薩摩の西郷隆盛は江戸に進軍する際に、沿道の庶民や農民を味方にするために、相楽総三隊長以下の赤報隊を先に出発させて「薩長の官軍が勝てば年貢を半減する」と宣伝させました。<br />沿道の庶民や農民は赤報隊を大歓迎します。<br />しかし、やがて西郷たちは、「年貢半減」を取り消し、その罪を赤報隊がデマを流したとして責任を押し付けて、「偽官軍」として処刑しました。<br />隊長の相楽総三がここ下諏訪で処刑される寸前に岩波家に短刀を託したとされ、それが保存展示されていました。<br /><br />「るろうに剣心」のメインキャラの1人、相楽左之助は赤報隊出身で、赤報隊を切り捨てた維新志士の作った明治政府を憎んでいるという設定です。<br />

    相楽総三の短剣もありました。
    鳥羽伏見の戦いのあと、薩摩の西郷隆盛は江戸に進軍する際に、沿道の庶民や農民を味方にするために、相楽総三隊長以下の赤報隊を先に出発させて「薩長の官軍が勝てば年貢を半減する」と宣伝させました。
    沿道の庶民や農民は赤報隊を大歓迎します。
    しかし、やがて西郷たちは、「年貢半減」を取り消し、その罪を赤報隊がデマを流したとして責任を押し付けて、「偽官軍」として処刑しました。
    隊長の相楽総三がここ下諏訪で処刑される寸前に岩波家に短刀を託したとされ、それが保存展示されていました。

    「るろうに剣心」のメインキャラの1人、相楽左之助は赤報隊出身で、赤報隊を切り捨てた維新志士の作った明治政府を憎んでいるという設定です。

  • 本陣からさらに旧中山道を歩いていきます。<br />昔の家などは残っているわけではないですが、街道の面影は感じられる町並みです。

    本陣からさらに旧中山道を歩いていきます。
    昔の家などは残っているわけではないですが、街道の面影は感じられる町並みです。

    中山道下諏訪宿 高札場跡 名所・史跡

  • もとは商家だった伏見屋邸。<br />現在は無料休憩所になっています。<br />ちょっと一息

    もとは商家だった伏見屋邸。
    現在は無料休憩所になっています。
    ちょっと一息

    伏見屋邸 名所・史跡

    旧中山道沿いにある無料の休憩所 by あおしさん
  • この伏見屋は明治時代になると呉服店を営業していたようです。<br />「伏見屋」というのは屋号です。

    この伏見屋は明治時代になると呉服店を営業していたようです。
    「伏見屋」というのは屋号です。

  • さらに旧中仙道を歩いていくと見晴らしのいい場所に出ました。<br />下諏訪の街並みや諏訪湖が見えました。

    さらに旧中仙道を歩いていくと見晴らしのいい場所に出ました。
    下諏訪の街並みや諏訪湖が見えました。

  • 今度は諏訪大社下社・春宮に到着しました。<br />秋宮から旧中山道を歩いて約1キロでした。

    今度は諏訪大社下社・春宮に到着しました。
    秋宮から旧中山道を歩いて約1キロでした。

    諏訪大社下社春宮 寺・神社・教会

  • こちらの社殿も重要文化財。

    こちらの社殿も重要文化財。

  • この春宮のすぐ後ろにあるのが「万治の石仏」<br />作られたのが万治3年。<br />徳川あ4代将軍・徳川家綱の時代で、真田幸村の兄で、戦国時代からの生き残りだった真田信之が93歳で天寿を全うする一方、のちに元禄時代権力をふるった柳沢吉保が生まれた年です。<br /><br />1970年代、芸術家の岡本太郎がこの石仏を見て絶賛し、また「八甲田山」「武田信玄」などが代表作の長野県の作家・新田次郎が、イースター島から持ち込まれたという小説を発表して、有名になりました。<br />下諏訪駅の改札口にも同じ大きさのオブジェがあります。

    この春宮のすぐ後ろにあるのが「万治の石仏」
    作られたのが万治3年。
    徳川あ4代将軍・徳川家綱の時代で、真田幸村の兄で、戦国時代からの生き残りだった真田信之が93歳で天寿を全うする一方、のちに元禄時代権力をふるった柳沢吉保が生まれた年です。

    1970年代、芸術家の岡本太郎がこの石仏を見て絶賛し、また「八甲田山」「武田信玄」などが代表作の長野県の作家・新田次郎が、イースター島から持ち込まれたという小説を発表して、有名になりました。
    下諏訪駅の改札口にも同じ大きさのオブジェがあります。

    万治の石仏 名所・史跡

    岡本太郎も絶賛 by あおしさん
  • 諏訪大社春宮から下諏訪駅に歩いていきます。<br />約1キロ。<br />途中、相楽総三など赤報隊が斬首された場所に作られた墓所、魁塚がありました。

    諏訪大社春宮から下諏訪駅に歩いていきます。
    約1キロ。
    途中、相楽総三など赤報隊が斬首された場所に作られた墓所、魁塚がありました。

    相楽塚(魁塚) 名所・史跡

    相楽総三 非業の最後の地 by あおしさん
  • 下諏訪駅から今日の泊りは松本です。<br />もっとも旅館ホテルは連休でもありすべて満室。<br />漫画喫茶で一晩過ごすことになりました。<br /><br />ライトアップされた松本城天守です。

    下諏訪駅から今日の泊りは松本です。
    もっとも旅館ホテルは連休でもありすべて満室。
    漫画喫茶で一晩過ごすことになりました。

    ライトアップされた松本城天守です。

    国宝松本城 名所・史跡

  • 翌朝、漫画喫茶の近くの松本インターから高速バスで長野県を南下します。<br />この高速バスは長野県の県庁所在地・長野市と伊那地方の中心・飯田市を結ぶ路線です。<br />伊那地域は鉄道が不便なので、高速バスがメインで使われています。

    翌朝、漫画喫茶の近くの松本インターから高速バスで長野県を南下します。
    この高速バスは長野県の県庁所在地・長野市と伊那地方の中心・飯田市を結ぶ路線です。
    伊那地域は鉄道が不便なので、高速バスがメインで使われています。

  • 高速バスの飯島町の飯島バス停で降りました。<br />ここから飯島町中心部までは歩いて15分ほど。<br /><br />飯島町は江戸時代は徳川将軍の領地(天領)で代官所が置かれて行政の中心地でした。<br />代官所が復元されていたので、立ち寄ります。

    高速バスの飯島町の飯島バス停で降りました。
    ここから飯島町中心部までは歩いて15分ほど。

    飯島町は江戸時代は徳川将軍の領地(天領)で代官所が置かれて行政の中心地でした。
    代官所が復元されていたので、立ち寄ります。

    飯島町歴史民俗資料館 飯島陣屋 美術館・博物館

    江戸時代の陣屋が復元されています。 by あおしさん
  • 江戸時代は代官の屋敷や役人の長屋など20以上の建物があったそうですが、現在は役所の建物だけが復元されています。<br />建物内の「お白洲」、つまり裁判所。<br />

    江戸時代は代官の屋敷や役人の長屋など20以上の建物があったそうですが、現在は役所の建物だけが復元されています。
    建物内の「お白洲」、つまり裁判所。

  • 飯島陣屋から歩いて5分、JR飯島駅からJRローカル線、飯田線に乗ります。<br />JR飯田線は、JR東海のローカル線ですが、JR東日本の電車がやってきました。

    飯島陣屋から歩いて5分、JR飯島駅からJRローカル線、飯田線に乗ります。
    JR飯田線は、JR東海のローカル線ですが、JR東日本の電車がやってきました。

    飯島駅

    国鉄時代からの駅舎が取り壊されるとのことです by あおしさん
  • 2駅目の七久保駅で途中下車。<br />この駅は南アルプスが美しく見える駅です。<br />ただ、ちょっと今日は雲が多いかな。

    2駅目の七久保駅で途中下車。
    この駅は南アルプスが美しく見える駅です。
    ただ、ちょっと今日は雲が多いかな。

    七久保駅

    景色のいい駅です by あおしさん
  • レトロな国鉄時代からの駅舎と南アルプスの山々の組み合わせも美しい駅です。<br />ただ、残念なことにまもなくこの駅舎は取り壊されてしまうとか。

    レトロな国鉄時代からの駅舎と南アルプスの山々の組み合わせも美しい駅です。
    ただ、残念なことにまもなくこの駅舎は取り壊されてしまうとか。

  • 七久保駅から歩いて10分ほどのところにある「道の駅 花の里 いいじま」へ。<br />この道の駅からも南アルプスが美しく見えます。

    七久保駅から歩いて10分ほどのところにある「道の駅 花の里 いいじま」へ。
    この道の駅からも南アルプスが美しく見えます。

    道の駅 花の里いいじま 道の駅

    景色がとてもいい道の駅です by あおしさん
  • ここで五平餅を食べました。<br />五平餅は長野県の各地で作られている郷土料理ですが、ここの五平餅はお団子みたいで、味にはくるみの隠し味。

    ここで五平餅を食べました。
    五平餅は長野県の各地で作られている郷土料理ですが、ここの五平餅はお団子みたいで、味にはくるみの隠し味。

  • 七久保駅から再度IR飯田線に乗って南下、温田駅へ。<br />このあたりに来ると山間部の田舎って感じになります。<br /><br />温田駅は人口約1400人の泰阜村の駅です。<br />かつて作家の田中康夫氏が長野県知事になったとき、住民票をこの村に移したことで有名になった山村です。<br /><br />この駅も戦前からのレトロな駅舎が健在。<br />ただ、JR東海はこの駅舎も取り壊す予定だとか。

    七久保駅から再度IR飯田線に乗って南下、温田駅へ。
    このあたりに来ると山間部の田舎って感じになります。

    温田駅は人口約1400人の泰阜村の駅です。
    かつて作家の田中康夫氏が長野県知事になったとき、住民票をこの村に移したことで有名になった山村です。

    この駅も戦前からのレトロな駅舎が健在。
    ただ、JR東海はこの駅舎も取り壊す予定だとか。

    温田駅

    古い駅舎です。JR東海は立て替えをしたいそうです。 by あおしさん
  • 駅前から見た泰阜村。<br />手前の古い建物はかつては旅館だったのでしょうか。<br />遠くの山の上まで民家が見えます。<br />すごいところに人が住んでいるものです。

    駅前から見た泰阜村。
    手前の古い建物はかつては旅館だったのでしょうか。
    遠くの山の上まで民家が見えます。
    すごいところに人が住んでいるものです。

  • 駅前からは、天竜川を渡る大きな橋が見えます。<br />南宮大橋です。<br />橋を渡ると阿南町。<br />阿南町の病院と高校が見えました。

    駅前からは、天竜川を渡る大きな橋が見えます。
    南宮大橋です。
    橋を渡ると阿南町。
    阿南町の病院と高校が見えました。

    南宮大橋 名所・史跡

  • 温田駅から北へUターンして、天竜峡駅へ。<br />この駅も唱和初めに建てられたレトロな駅舎が健在です。<br /><br />天竜峡は明治時代から風光明媚な観光地でした。<br />

    温田駅から北へUターンして、天竜峡駅へ。
    この駅も唱和初めに建てられたレトロな駅舎が健在です。

    天竜峡は明治時代から風光明媚な観光地でした。

    天竜峡駅

    天竜峡観光の拠点 by あおしさん
  • 駅前のレトロな建物の観光案内所には、明治時代からの観光地天竜峡の資料や写真が展示されていました。

    駅前のレトロな建物の観光案内所には、明治時代からの観光地天竜峡の資料や写真が展示されていました。

    天龍峡百年再生館 美術館・博物館

    観光案内所と一体となった資料館 by あおしさん
  • 紅葉の始まった天竜峡は多くの観光客が来ていました。<br />舟下りも満員。

    紅葉の始まった天竜峡は多くの観光客が来ていました。
    舟下りも満員。

  • 天竜峡には歩いて1時間ほどの遊歩道があるので歩いてみました。<br />高い場所の展望場所あり、吊り橋ありの景色のいい遊歩道です。

    天竜峡には歩いて1時間ほどの遊歩道があるので歩いてみました。
    高い場所の展望場所あり、吊り橋ありの景色のいい遊歩道です。

  • 天竜峡には多くの巨大な奇岩が見られますが、そのうちの1つ、龍角峰。<br /><br />

    天竜峡には多くの巨大な奇岩が見られますが、そのうちの1つ、龍角峰。

    龍角峯 自然・景勝地

    遊歩道を歩くと正面から見ることができます。 by あおしさん
  • 遊歩道の最後は日帰り温泉「若がえりの湯」<br />冷えてしまったので、この温泉で温まることができました。<br />休憩所も広くてゆっくりくつろげました。<br />

    遊歩道の最後は日帰り温泉「若がえりの湯」
    冷えてしまったので、この温泉で温まることができました。
    休憩所も広くてゆっくりくつろげました。

    天龍峡温泉交流館 若がえりの湯 温泉

    天竜峡温泉の日帰り入浴施設 by あおしさん
  • 天竜峡駅からこのあたりの中心飯田駅に戻り、ここから高速バスで東京へ帰ります。<br />しかし連休中で中央道が40キロの渋滞とかで、大幅に到着が遅れて、終電ぎりぎり。<br />あやうく新宿で夜明かしするところでした。

    天竜峡駅からこのあたりの中心飯田駅に戻り、ここから高速バスで東京へ帰ります。
    しかし連休中で中央道が40キロの渋滞とかで、大幅に到着が遅れて、終電ぎりぎり。
    あやうく新宿で夜明かしするところでした。

    飯田駅

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