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旅の最後に、マハートマー・ガーンディーの紹介です。<br /><br />インドの政治家で建国の父、マハートマー(大いなる魂)と呼ばれました。1869年インドのグジヤラート州に生まれています。両親は敬虔なヒンドゥー教徒で、幼い時から宗教に親しんでいました。13歳で同年のカストゥルパと結婚、1888年に英国に留学、弁護士の資格を取得して帰国しています。1893年に商社の顧問弁護士として南アフリカに渡ります。そこでインド人の差別虐待に抗議し、非暴力主義に立つ不殺生(アヒンサー)を基調とするガンディ主義に到達しました。<br /><br />1913年敢行した、南アフリカでの「サティヤーグラハ行進」は、全世界の共感を呼びました。1915年までの22年間をほとんど南アフリカで過ごしています。インド帰国後は、労働運動やインド独立運動に身を投じ、国民会議派を強化していきます。1919年にはローラット法に反対して、最初のサティヤーグラハ闘争を指導しました。以降1930年の塩専売法反対のための「塩の行進」などを指導し、しばしば投獄されています。<br /><br />独立後も、イスラム教徒とヒンドゥー教徒の融和に挺身しましたが、1948年デリーで狂信的ヒンドゥー教徒に暗殺されました。暗殺された場所は、独立運動の支援者である民族資本家ビルラー財閥のデリー邸でした。「非暴力(アヒンサー)、不服従」を提唱し実践した、78年の生涯でした。旧ビルラー邸は現在ガンーディー記念博物館になっており、凶弾に倒れた中庭には、寝室から足跡が刻まれ、倒れたその場所には石碑(東屋)が立っています。<br />

南インド癒しの旅(7)・・日本へのフライトまでデリー観光です。

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2018/12/09 - 2018/12/09

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旅行記グループ 南インドの旅

2

16

YAMAJI

YAMAJIさん

旅の最後に、マハートマー・ガーンディーの紹介です。

インドの政治家で建国の父、マハートマー(大いなる魂)と呼ばれました。1869年インドのグジヤラート州に生まれています。両親は敬虔なヒンドゥー教徒で、幼い時から宗教に親しんでいました。13歳で同年のカストゥルパと結婚、1888年に英国に留学、弁護士の資格を取得して帰国しています。1893年に商社の顧問弁護士として南アフリカに渡ります。そこでインド人の差別虐待に抗議し、非暴力主義に立つ不殺生(アヒンサー)を基調とするガンディ主義に到達しました。

1913年敢行した、南アフリカでの「サティヤーグラハ行進」は、全世界の共感を呼びました。1915年までの22年間をほとんど南アフリカで過ごしています。インド帰国後は、労働運動やインド独立運動に身を投じ、国民会議派を強化していきます。1919年にはローラット法に反対して、最初のサティヤーグラハ闘争を指導しました。以降1930年の塩専売法反対のための「塩の行進」などを指導し、しばしば投獄されています。

独立後も、イスラム教徒とヒンドゥー教徒の融和に挺身しましたが、1948年デリーで狂信的ヒンドゥー教徒に暗殺されました。暗殺された場所は、独立運動の支援者である民族資本家ビルラー財閥のデリー邸でした。「非暴力(アヒンサー)、不服従」を提唱し実践した、78年の生涯でした。旧ビルラー邸は現在ガンーディー記念博物館になっており、凶弾に倒れた中庭には、寝室から足跡が刻まれ、倒れたその場所には石碑(東屋)が立っています。

旅行の満足度
4.0
観光
3.5
グルメ
4.5
ショッピング
4.0
交通
4.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行なし)

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  • 注文に合わせパン(ローティー)を焼く屋台のおじさんです。

    注文に合わせパン(ローティー)を焼く屋台のおじさんです。

  • 昼食は「モティ マハル デラックス」です。<br />タンドリーチキン発祥の店だそうです。

    昼食は「モティ マハル デラックス」です。
    タンドリーチキン発祥の店だそうです。

  • シーク・カバーブです。<br />ミンチした羊肉の串焼きです。

    シーク・カバーブです。
    ミンチした羊肉の串焼きです。

  • タンドリーチキンです。<br />骨付きチキンをヨーグルトと各種スパイスに漬けてタンドリー(土窯)で焼いた料理です。これは美味しかったです。お勧めです。

    タンドリーチキンです。
    骨付きチキンをヨーグルトと各種スパイスに漬けてタンドリー(土窯)で焼いた料理です。これは美味しかったです。お勧めです。

  • ナンは食べ放題です。

    ナンは食べ放題です。

  • カレー関係は一皿に盛り付けて。<br />手前の紫の小玉葱は、酢漬けで、ソースを添えれいただきます。

    カレー関係は一皿に盛り付けて。
    手前の紫の小玉葱は、酢漬けで、ソースを添えれいただきます。

  • レストランの前が公園でした。

    レストランの前が公園でした。

  • 公園の樹木に「シマリス」が。<br />南インドでも寺院の樹木で良く見かけました。

    公園の樹木に「シマリス」が。
    南インドでも寺院の樹木で良く見かけました。

  • ラクシュミー・ナラヤン寺院の見学です。<br />寺院入口でカメラ・靴などを預けます。

    ラクシュミー・ナラヤン寺院の見学です。
    寺院入口でカメラ・靴などを預けます。

  • 1932年にインドの大財閥ビルラー家が建てたヒンドゥー寺院です

    1932年にインドの大財閥ビルラー家が建てたヒンドゥー寺院です

  • ガンディーは、独立運動の支援者であるインドの民族資本家ビルラー財閥のデリー邸にしばしば逗留しています。旧ビルラー邸がガンディー記念博物館になっています。

    ガンディーは、独立運動の支援者であるインドの民族資本家ビルラー財閥のデリー邸にしばしば逗留しています。旧ビルラー邸がガンディー記念博物館になっています。

  • 特に晩年はこのビルラー邸で過ごすことが多かったといいます。

    特に晩年はこのビルラー邸で過ごすことが多かったといいます。

  • 中庭に造られた寺院へ夕方のお祈りに向かう途中凶弾に倒れています。<br />1948年1月30日17時17分のことでした。

    中庭に造られた寺院へ夕方のお祈りに向かう途中凶弾に倒れています。
    1948年1月30日17時17分のことでした。

  • 凶弾に倒れた場所に建つ石碑(東屋)、ここでガンディーの足跡も途絶えています。石碑の右奥に寺院が見えます。

    凶弾に倒れた場所に建つ石碑(東屋)、ここでガンディーの足跡も途絶えています。石碑の右奥に寺院が見えます。

  • 寺院前のベンチには、いつもガンディーが座って、集まった民衆に話しかけていたと云います。

    寺院前のベンチには、いつもガンディーが座って、集まった民衆に話しかけていたと云います。

  • 寺院の内部はフレスコ画で覆われています。

    寺院の内部はフレスコ画で覆われています。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • タビガラスさん 2019/01/16 09:24:14
    南インドの旅行記見させてい頂きました
    YAMZJIさん、こんにちは。
    南インドの旅行記を見させて頂きました、来週からほぼ同じコースを旅仲間と旅行しますのでとても参考になりました。
    チェンナイからスタート、途中同じ国内線を利用してマドゥライへ、ボートにも乗船して最後はコーチンでほぼ同じコースです。
    行く前に遺跡や寺院、風景を見ることが出来有難かったです、気になっていたバックウォーターでのボート、設備が整っていたので安心しました。
    南インドが楽しめそうでありがとうございました。
                                    タビガラス

    YAMAJI

    YAMAJIさん からの返信 2019/01/16 10:43:46
    Re: 南インドの旅行記見させてい頂きました
    お役に立てれば嬉しいです。
    期待通りの旅ができますように。

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