2018/08/21 - 2018/08/30
281位(同エリア589件中)
タブラオさん
予定外の長期休暇が取れたため、以前から興味のあった、トルクメニスタン・ウズベキスタンに一人で行ってきました。元々興味があったのは「地獄の門」でしたが、これにヤンギカラとサマルカンド他の入った個人向けのツアーで行きました。ガイドさん、運転手さん以外は私しかいませんから自由度は高いですが、行き先は元から決まっていて、興味の薄いところに連れて行かれることもしばしば。ストレスを感じることも多く、どんな形であるにせよ、ツアーはやはり苦手です。
で、どうだったかと言うと、まあ色々ありましたが、トータルでは大満足の旅となりました。
トルクメニスタンは、とても不思議&不自然な国でした。「地獄の門」といい、ヤンギカラといい、ワールドクラスの素晴らしい観光地であるにも関わらず、観光客はまばら。首都のアシハバードは大理石で出来た豪華なビルばかりで、夜はラスベガスと見間違うばかり。にもかかわらず、ゴーストタウンのように歩いている人はほとんどいない。とても不思議かつ不自然な国ですが、それがゆえに逆に不思議な魅力を感じる国でした。
一方、ウズベキスタンは、これまで訪問した国の中でも最も対日感情の良い国だと感じました。ここまで心から歓迎されていると感じた国はありません。ビザも不要となり入国審査も簡単です。この数ヶ月で劇的に変化し、旅行しやすい国になりました。サマルカンドはとても綺麗な町です。是非沢山の日本人に訪れてもらいたいと思いました。
1日目:仁川経由アシアナ航空でタシケントへ。タシケント泊。
2日目:早朝便で国境の町ヌクスへ。ヌクスより国境を越えトルクメニスタンへ。陸路で「地獄の門」へ移動。テント泊。
3日目:陸路アシハバードへ移動。アシハバード市内観光。アシハバード泊。
4日目:早朝便でカスピ海に面した町トルクメンバシへ。トルクメンバシより陸路ヤンギカラへ。トルクメンバシ泊。
5日目:早朝便でアシハバードへ。ニサ遺跡観光、アシハバード観光。アシハバード泊。
6日目:早朝便でマーリへ。メルブ遺跡観光。マーリ泊。
7日目:マーリから陸路、国境の町トルクメンアバードへ。国境を越えウズベキスタンへ。夕刻ブハラ観光。ブハラ泊。
8日目:早朝、鉄道にてサマルカンドへ。終日市内観光。サマルカンド泊。
9日目:早朝、鉄道にてタシケントへ。終日市内観光。夜の便で仁川経由成田へ。
⑧は9日目(最終日)の旅行記です。この日も早朝発のアフラシャブ号に乗り、サマルカンドよりタシケントに移動の後、終日タシケント観光でした。これといった観光名所はありませんでしたが、その代わりゆっくりと過ごすことができました。その後、22時20分発の夜行便で仁川経由、帰国の途につきました。
この日の主なイベントは次の通りです:
●高速鉄道アフラシャブ号乗車
●日本人墓地見学
●ナヴォイ劇場見学
●タシケントの地下鉄乗車
●チョルスー・バザール見学
旅行記を書いている間に次から次へとまた別の旅行が入ってしまい、気が付いたら書き上げるのに半年近く掛かってしまいました(^_^;) やっぱり行き過ぎ!?
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6時30分発のアフラシャブ号でサマルカンドよりタシケントに移動しました。ウズベキスタンの高速鉄道にはアフラシャブ号とシャルク号がありますが、先にアフラシャブ号に乗りますので、次はシャルク号に乗りたいと事前に旅行会社に要望を出しましたが、理由を付けて断られてしまいました。
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サマルカンドで電車に乗るところです。写真は電車から降りてきた人たちを撮ったものです。
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全ての入り口で、乗り込むときに一人ひとり、切符のチェックをしていました。
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タシケントの駅舎です。普通な感じでした。
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タシケントの町中ですが、同じような集合住宅がずっと続いていました。このロシアっぽい無骨な建物も、決して美しいとは思いませんが、味があって好きかも。
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最初に向かったのが、日本人墓地です。戦後シベリアで捕虜となった日本人がウズベキスタンに多数拘留され、現地で強制労働をさせられていたそうです。日ソ国交が回復した後に多くは帰国しましたが、それまでに亡くなった方々のお墓がありました。
写真は、日本人墓地に隣接するウズベキスタンの方々のお墓ですが、墓石に顔が彫られていて、見映えのいいお墓でした。 -
こちらが日本人墓地です。ウズベキスタンの方々のお墓と比べるととても質素でした。どんな思いでここで死んでいったのだろう?
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誰が折ったのでしょうか? 新しい千羽鶴が飾られていました。
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次に向かったのはナヴォイ劇場という立派な劇場です。ウズベキスタンで日本人の名を高めた重要な劇場でもあります。
この劇場は、満州で捕虜となりこの地に連れてこられた日本人の活躍もあり完成しました。その後、1966年にタシケント市は直下型の大地震に襲われ、街はほぼ壊滅しましたが、その中でナヴォイ劇場だけは壊れることなく、避難所として大きな役割を果たしたそうです。大地震に耐えたナヴォイ劇場の話は、日本人の技術の高さや勤勉さ象徴する話として、ウズベキスタンから中央アジアの国々に瞬く間に伝わったそうです。この地域に親日家が多いのはそのためだとも言われています。 -
建設時、懸命に作業する日本人に対して地元子どもから食べ物の差し入れが行われたが、彼らに対して木のおもちゃをお返しするなど劣悪な環境でも礼儀を忘れなかった。1996年、ウズベキスタン大統領イスラム・カリモフが、建設に関わった日本人を称えるプレートを劇場に設置した。その際の指示は「彼らは恩人だ、間違っても捕虜と書くな」というものであった。プレートは、ロシア語、日本語、英語、ウズベク語で書かれ、日本語は「1945年から1946年にかけて極東から強制移送された数百名の日本国民が、このアリシェル・ナヴォイ―名称劇場の建設に参加し、その完成に貢献した。」と書かれている。
上は、Wikipediaからの引用ですが、ウズベキスタンで日本人が大モテなのも、私たちの大先輩の努力の積み重ねがあってこそと思うと、心から感謝、感謝です。 -
ナヴォイ劇場の後は暫くタシケントの町をぶらぶらしました。途中見かけた車ですが、LADAなんでしょうか? ウズベキスタンはシボレーの工場があることから、走っているのはシボレー車ばかりでしたが、古いソ連時代の車もよく見掛けました。
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こういった無骨で今っぽくないデザインのクルマに惹かれるようです。こんなデザインの車が売りに出されたら欲しくなるかも。
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雨がほとんど降らないため、水を与えないと木は枯れてしまうそうです。街路樹の近くにはこんな感じでスプリンクラーが設置されていて、自動で水がまかれていました。
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その後、公園を散歩していた時にちょっとした小川を飛び越えた際にバランスを崩してしまい、片足を川の中へ落としてしまいました。これがその後の不幸の始まりだったのか!? 結局、足がびちょびちょになってしまい、気持ち悪かったため、安い靴とソックスを買ってそれを履いて残りの時間を過ごしました。
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この日のランチもほとんど食べられずに残してしまいました。もちろん朝も何も食べずでした。
結局、お腹の調子は帰国するまで戻りませんでした。5日間ろくに食べませんでしたが、不思議と体力的にキツイこともありませんでしたし、なぜか体重もそれほど変わらずでした。ホントに不思議。 -
この日は22時20分のフライトで帰国予定でしたが、初日に泊まったウズベキスタンホテルのロビーでガイドさんと待ち合わせにして、午後は自由行動にしてもらいました。
写真はウズベキスタンホテルからすぐの、地下鉄アムール・ティムール・ヒヤバヌ駅の入口です。 -
地下鉄に乗るには、専用のコインを窓口で買う必要があります。
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地下鉄のホームですが、イスラムっぽいデコレーションで中央アジアっぽい雰囲気が出ていました。どこの駅もかなり暗めでしたが、特に治安が悪いと感じる程ではありませんでした。
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地下鉄の電車内ですが、普通な感じでした。
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向かったのはチョルスー・バザールというタシケントで一番大きなバザールです。チョルスー駅から歩いてすぐのところにありました。チョルスー・バザールというとこの特徴的な屋根の建物が有名ですが、この建物内だけでなく、辺り一帯がバザールです。とても広くて迷ってしまいました。
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チョルスー・バザールの建物の天井部分ですが、外観だけでなく天井部分も凝ったデザインでした。
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バザールの建物の中ですが、おやつの時間帯であったせいか、マッタリと穏やかな空気が流れていました。皆さん、お疲れのようで。
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タシケントはサマルカンドと比べると大都会であるため、人もドライだとガイドブックに書いてありましたが、全くそんなことはありませんでした。サマルカンドに引き続きここでも「日本人か?」と声を掛けられ、決まって次は「一緒に写真を」と依頼されました。ついでに私のスマホでも撮ってもらいました。
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この日はなぜか若いお兄さんに人気がありました。
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チョルスー・バザールの建物内のお店ですが、曜日のせいなのか、時間帯のせいなのか、購入客でごった返しているというわけでもなく、終始穏やかでのんびりとした雰囲気でした。
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辺り一帯がバザールとなっていて、露店がならんでいました。一度端まで行ってバザールの外に出てしまい、別の入口から入ったら中で迷子になってしまい、焦りました。
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目の前、右のおばちゃん、タバコを1本単位で売り歩いてましたが、そんなんじゃ儲かるはずないし、どうやって生活してるんだろ?
そんなことを考えつつも、日も暮れてきたし、ずっと続いた旅行もいよいよこれで終わりかと思い、寂しさMaxでした。 -
その後、待ち合わせ場所のホテルに戻り、ガイドさんと落ち合った後、暫くして空港へ行きました。空港でガイドさんとお別れし、22時20分発のアシアナ航空で一旦仁川に行き、仁川で7時間待った後、翌日の18時15分に成田に到着しました。
無事に帰宅したと書きたいところですが、タシケントーソウル便で少し多めに食べたら、結局仁川でお腹の調子が悪くなり散々でした。それどころか、成田では人様のスーツケースを持ち帰ってしまうという大馬鹿をやらかしてしまいました。朴さんという韓国の方でしたが、幸い日本在住でたまたま運良く近くに住んでいらっしゃる方でしたので、すぐに車で届けましたが…。余り見かけないデザインのスーツケースで青いベルトを巻いていましたが、朴さんもこんな似たスーツケースでベルトまで一緒だなんてあるんだと驚いてました。さらにこれだけでは済まず、届けた帰りに、注意をしていたにも関わらず、新車のホイールを傷付けてしまいました。おまけに翌日は成田に自分のスーツケースを取りに行って半日潰れてしまうし、成田では税関でスーツケースを開けろと言われて、スーツケースの鍵を持ってきてなかったりとホントに散々でした(結局、ないと言い張って切り抜けましたが(^_^;))。
取り敢えず、旅行記が最後まで書き上げられて良かった! 最後まで見てくれた方、ホントにほんとに、どうも有り難うございました。来週は、渋温泉の金具屋&スノーモンキー、行ってきます(^-^)/ 超楽しみ(*^.^*)
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