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 上野にある東京国立博物館(東博)本館2Fの「日本美術の流れ」の展示では展示替えで「伝源頼朝像」(https://4travel.jp/travelogue/10881307、https://4travel.jp/travelogue/11092313)を久し振りに目にすることができた。なお、「展示室の閉室のお知らせ 2018年12月10日(月)~2019年1月1日(火・祝)まで、本館2階 日本美術の流れは展示環境改善のため閉室いたします。」があり、新年の「博物館に初もうで」では展示されないかも知れない。<br /> 平成26年(2014年)4月当時には、<br />「重要文化財 伝源頼朝坐像<br /><br />        木造、彩色、玉眼<br />      鎌倉時代・13~14世紀<br /><br /> 狩をする時の服装で烏帽子をいただくこの像のような姿は、武士の略式の正装。鎌倉鶴岡八幡宮に伝来したといい、同じ鎌倉にある建長寺の北条時頼像、明月院の上杉重房像とよく似ている。頼朝歿後100年近く経過したころの作で、どれだけ似ているかは不明。」<br />とあった説明文が、平成28年(2016年)1月の「博物館に初もうで」の展示では、<br />「重要文化財 伝源頼朝坐像<br /><br />        木造、彩色、玉眼<br />      鎌倉時代・13~14世紀<br /><br /> 狩をする時の服装で烏帽子をいただくこの像のような姿は、武士の略式の正装。鎌倉鶴岡八幡宮に伝来したといい、同じ鎌倉にある建長寺の北条時頼像、明月院の上杉重房像とよく似ている。頼朝歿後100年近く経過したころの作で、どれだけ似ているかは不明。」<br />に変更され、私が展示担当の研究員のリ-ダ(上司)に直接会って、説明文を常設展示と特集での展示で変えていることを質問したことがある。結果的には、年配の博士がまだまだ若いリーダ格の研究者(修士)を直接指導することになった。あれから3年近くが経ち、この間に是非見てみたいと言っていた横浜・乗蓮寺の北条政子像も目にしただろうし、鎌倉・補陀洛寺に残されている自刻像とされる源頼朝坐像も目にしたかも知れない。また、私が言うように、黒田日出男氏(東大名誉教授)の「源頼朝の真像」(角川学芸出版〈角川選書〉、2011年)が「比較すべき資料が欠落しており、読むに値しない本」(https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R2NCD2QQWRB1V5?ref=pf_ov_at_pdctrvw_srp)であることを自分自身で確認できたことと思う。<br /> 今回の展示の説明文では、<br />「重要文化財 伝源頼朝坐像<br /><br />        木造、彩色、玉眼<br />      鎌倉時代・13~14世紀<br /><br /> 鎌倉幕府を開いた初代将軍・源頼朝像と伝える。武家の略装である狩衣(かりぎぬ)をまとい、指貫(さしぬき)という袴(はかま)をはくが、糊を張りこわばらせた強装束(こわしょうぞく)とする。顎鬚(あごひげ)をあらわし、笏(しゃく)をもち高い烏帽子をいただく威厳のある姿で表現される。鎌倉・鶴岡八幡宮境内の白旗神社に伝来したという。」<br />に変更されている。<br /> 似ている似ていないかには言及せず、源頼朝の真像ではないことを前提として、像に表された装束や東博に所蔵された際の伝承だけに留めている内容である。<br /> 東博・伝源頼朝像の説明文も、鎌倉市のホームページの鎌倉市の歴史と同様に、すっきりしたものになった。<br />(表紙写真は伝源頼朝像)

伝源頼朝像-2018年秋

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2018/10/30 - 2018/10/30

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 上野にある東京国立博物館(東博)本館2Fの「日本美術の流れ」の展示では展示替えで「伝源頼朝像」(https://4travel.jp/travelogue/10881307https://4travel.jp/travelogue/11092313)を久し振りに目にすることができた。なお、「展示室の閉室のお知らせ 2018年12月10日(月)~2019年1月1日(火・祝)まで、本館2階 日本美術の流れは展示環境改善のため閉室いたします。」があり、新年の「博物館に初もうで」では展示されないかも知れない。
 平成26年(2014年)4月当時には、
「重要文化財 伝源頼朝坐像

        木造、彩色、玉眼
      鎌倉時代・13~14世紀

 狩をする時の服装で烏帽子をいただくこの像のような姿は、武士の略式の正装。鎌倉鶴岡八幡宮に伝来したといい、同じ鎌倉にある建長寺の北条時頼像、明月院の上杉重房像とよく似ている。頼朝歿後100年近く経過したころの作で、どれだけ似ているかは不明。」
とあった説明文が、平成28年(2016年)1月の「博物館に初もうで」の展示では、
「重要文化財 伝源頼朝坐像

        木造、彩色、玉眼
      鎌倉時代・13~14世紀

 狩をする時の服装で烏帽子をいただくこの像のような姿は、武士の略式の正装。鎌倉鶴岡八幡宮に伝来したといい、同じ鎌倉にある建長寺の北条時頼像、明月院の上杉重房像とよく似ている。頼朝歿後100年近く経過したころの作で、どれだけ似ているかは不明。」
に変更され、私が展示担当の研究員のリ-ダ(上司)に直接会って、説明文を常設展示と特集での展示で変えていることを質問したことがある。結果的には、年配の博士がまだまだ若いリーダ格の研究者(修士)を直接指導することになった。あれから3年近くが経ち、この間に是非見てみたいと言っていた横浜・乗蓮寺の北条政子像も目にしただろうし、鎌倉・補陀洛寺に残されている自刻像とされる源頼朝坐像も目にしたかも知れない。また、私が言うように、黒田日出男氏(東大名誉教授)の「源頼朝の真像」(角川学芸出版〈角川選書〉、2011年)が「比較すべき資料が欠落しており、読むに値しない本」(https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R2NCD2QQWRB1V5?ref=pf_ov_at_pdctrvw_srp)であることを自分自身で確認できたことと思う。
 今回の展示の説明文では、
「重要文化財 伝源頼朝坐像

        木造、彩色、玉眼
      鎌倉時代・13~14世紀

 鎌倉幕府を開いた初代将軍・源頼朝像と伝える。武家の略装である狩衣(かりぎぬ)をまとい、指貫(さしぬき)という袴(はかま)をはくが、糊を張りこわばらせた強装束(こわしょうぞく)とする。顎鬚(あごひげ)をあらわし、笏(しゃく)をもち高い烏帽子をいただく威厳のある姿で表現される。鎌倉・鶴岡八幡宮境内の白旗神社に伝来したという。」
に変更されている。
 似ている似ていないかには言及せず、源頼朝の真像ではないことを前提として、像に表された装束や東博に所蔵された際の伝承だけに留めている内容である。
 東博・伝源頼朝像の説明文も、鎌倉市のホームページの鎌倉市の歴史と同様に、すっきりしたものになった。
(表紙写真は伝源頼朝像)

  • 伝源頼朝像。

    伝源頼朝像。

  • 伝源頼朝像の説明文。<br /><br />「重要文化財 伝源頼朝坐像<br /><br />        木造、彩色、玉眼<br />      鎌倉時代・13~14世紀<br /> 鎌倉幕府を開いた初代将軍・源頼朝像と伝える。武家の略装である狩衣(かりぎぬ)をまとい、指貫(さしぬき)という袴(はかま)をはくが、糊を張りこわばらせた強装束(こわしょうぞう)とする。顎鬚(あごひげ)をあらわし、笏(しゃく)をもち高い烏帽子をいただく威厳のある姿で表現される。鎌倉・鶴岡八幡宮境内の白旗神社に伝来したという。」

    伝源頼朝像の説明文。

    「重要文化財 伝源頼朝坐像

            木造、彩色、玉眼
          鎌倉時代・13~14世紀
     鎌倉幕府を開いた初代将軍・源頼朝像と伝える。武家の略装である狩衣(かりぎぬ)をまとい、指貫(さしぬき)という袴(はかま)をはくが、糊を張りこわばらせた強装束(こわしょうぞう)とする。顎鬚(あごひげ)をあらわし、笏(しゃく)をもち高い烏帽子をいただく威厳のある姿で表現される。鎌倉・鶴岡八幡宮境内の白旗神社に伝来したという。」

  • 伝源頼朝像。

    伝源頼朝像。

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