2018/10/20 - 2018/10/20
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旅人のくまさんさん
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奥三河の続日本百名城巡りです。古宮城は、三河国北東部の作手盆地の中央部に立地します。城のすぐ西に、作手盆地を南北に縦貫する作手街道が走り、城の南側には作手街道から分岐した街道が東に伸び、伊那街道に通じる交通の要衝の地です。(ウィキペディア、続日本百名城公式ガイドブック)
- 交通手段
- 自家用車
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『二ノ曲輪』から眺めた、東側に位置する主郭方面の光景です。その間に、古宮城址を東西に分割する大堀切が設けられています。現地で入手した『古宮城縄張図』には、『城を東西に区切る大堀切は、大竪堀となって落ち、折れも入る。途中から大竪堀に沿って登り土塁もある』と紹介されていました。(同上)
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同じ場所から眺めた、『二ノ曲輪』の内部の光景です。西側に唯一の大手虎口(西虎口)があったと推測されている古宮城では、主郭の西に位置するこの曲輪が、防衛上の最大拠点だったようです。(同上)
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『二ノ曲輪』の見学を終えて、主郭の入口になる『両袖型枡形虎口』に向かう途中の光景です。この辺りは、『二ノ曲輪』の東側の虎口当たりになるようでした。古宮城全体が、石垣を使用しない土塁と堀切の戦国時代の中世城郭です。(同上)
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古宮城址を東西に分割する『大堀切』と、その東側に位置する主郭の土塁の光景です。ヒノキが植栽され、大きく育っていますが、大堀切や土塁が壊されずに残っていたのは幸いでした。(同上)
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同じく、『大堀切』の光景です。右側が主郭の土塁、左側が二ノ曲輪の土塁です。その間を折れ曲がりながら北に伸びる大堀切の光景です。土塁の高さは、主郭側が相当に高くなっていました。(同上)
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主郭側の土塁の光景です。主郭の東南端に位置する櫓台跡付近だったようです。西南側から眺めた光景になります。ここにも間伐材か、景観改善のために根元伐採されたらしい、長いヒノキが横たわっていました。(同上)
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『二ノ曲輪』の見学の前に一度紹介した、主郭の西南端に位置する櫓台の光景です。この櫓台の東側に位置する『両袖型枡形虎口』に向かいました。ご神木とされるヒノキの古樹が目印になる場所です。(同上)
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櫓台の前を通り過ぎて、さらに東方向に進みます。幅の狭い踏み分け道が続いていました。下草が刈られて整備されたのでしょうか、道の脇は背丈の低い笹だけでした。櫓台の側面には、シダ類が多いようでした。(同上)
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同じ場所から振り返って眺めた、西方向の『二ノ曲輪』方面の光景です。左手になる南側が、急峻な谷側になります。欝蒼としたヒノキ林が、前方の視界を遮っていました。(同上)
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往きにも紹介した、主郭と二ノ曲輪を繋ぐ土橋の上から眺めた、大堀切の北側方向の光景です。右側が櫓台がある主郭、左側が二ノ曲輪の土塁になります。大堀切が古宮城址のみどころの一つです。(同上)
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同じ場所から眺めた、大堀切の南側の光景です。南側の堀切の規模と構造は、自然の地形である谷間を利用したようにも見えました。土橋付近は、防衛上きわめて重要な場所ですから、発掘調査がされれば、新しい遺構や遺物などが見つかるかもしれません。(同上)
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イチオシ
目的の場所の『両袖型枡形虎口』付近が見えて来ました。最上部付近に見える、左右から伸びた土塁が、土塁の『両袖』に当たる部分です。右側の土塁の端に『大ヒノキ』の姿が見えました。二度目のご対面です。(同上)
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少し位置を変え、カメラでズームアップした、『両袖型枡形虎口』付近の光景です。古宮城の見どころの一つになる場所です。その手前に、撮影場所の背後のヒノキの大木の陰が2本落ちていました。(同上)
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『両袖型枡形虎口』に向かう前に紹介する、その周りの光景です。左側が櫓台の裾の部分、右が急傾斜の谷側の光景です。築城当時には、ヒノキ林はなかったとされます。(同上)
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同じ場所付近から眺めた、南側方面の光景です。急斜面の土手の下に、白鳥神社の甍が見えていました。ここから見る限り、それほど大きな高低差はありませんでした。(同上)
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同じ場所付近から眺めた、西側方面の光景です。ヒノキが林立した先に、先ほど見学した二ノ曲輪があり、二ノ曲輪の中にもヒノキが林立していました。(同上)
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北側方面に進んで眺めた、『両袖型枡形虎口』の光景です。右側の土塁の端に『大ヒノキ』の姿が見えました。撮影している場所は、『両袖型枡形虎口』の中になるようです。(同上)
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ヒノキの高木のが立ち並んだ光景です。ヒノキ科の樹種としては、日本ではヒノキの他にサワラ、ヒバ(アスナロ)、クロベ・イブキ(ビャクシン)などが知られています。また、中国原産のコノテガシワ、地中海沿岸のイトスギ、北米のアラスカヒノキなどもヒノキ科の樹木です。(同上)
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江戸時代に尾張藩により伐採が禁止された木曽谷の名木は、木曽五木(きそごぼく)と呼ばれました。ヒノキ、アスナロ(アスヒ)、コウヤマキ、ネズコ(クロベ)とサワラの五種類の常緑針葉樹です。コウヤマキ以外はすべてヒノキ科の樹木です。コウヤマキは、1属1種のコウヤマキ科の樹木です。(同上)
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ヒノキの大木はあちらこちらで目にしましたが、この後紹介する御神木とされる『大ひのき』を超える巨木は、当然ながらありませんでした。ヒノキ科の樹木は、中生代に登場した起源の古い植物群とされ、現在は日本のスギの他、アメリカ大陸のセコイア、中国のメタセコイア、コウヨウザンなどが遺存的に分布しているだけのようです。 (同上)
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イチオシ
古宮白鳥神社の御神木と記されていた『大ひのき』の再度の紹介です。御神木ですから、下部の方に注連縄も張られていました。ネット情報によれば、もし、南側の幹が折れていなければ、日本で十指に入る欅の古木との書き込みもありました。現在は、新城市の天然記念物です。(同上)
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イチオシ
古宮白鳥神社の御神木とされる『大ひのき』の株のズームアップ光景です。折れてしまった南側の幹の上部には、雨水侵入による腐朽をを防ぐためでしょうか、金属板が被せてありました。(同上)
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御神木とされる『大ひのき』の根元付近の光景です。日本では木曽に樹齢450年のものが生息しているのが最高齢樹ですが、台湾では樹齢2000年の古木があるようです。(ウィキペディア)この後神木も400年以上は経っているようでした。(同上)
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壁のように立ち塞がるのは、『両袖型枡形虎口』の西側の袖に当たる土塁になるようです。見所の一つですから、斜面の部分のケヤキは、かなり切り払われているようでした。その後に残ったのは羊歯でした。(同上)
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前方奥に見えるのは、『両袖型枡形虎口』とされる、西側の袖の部分の土塁のようです。縄張り図を参照しますと、その先は櫓台に繋がっていました。自然の地形も利用しているようでしたが、広さと高さを持った主郭の虎口でした。(同上)
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ヒノキの大木が影を落とした通り道の光景です。後神木の『大ひのき』の他にも、目を見張るような大樹、高木を目にしました。ヒノキ科ヒノキ属の針葉樹で、高級材のため人工林として多く植栽されています。 ヒノキの語源は、古代に火を起こすのに用いられ、『火の木』という意味とする説と、尊く最高のものを表す『日』を用いる『日の木』が由来とする説があります。(同上)
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ここからは、『両袖型枡形虎口』の見学を終えて、白鳥神社方面に戻る途中の光景です。『両袖型枡形虎口』の近くから眺めた、南側方面の光景です。白鳥神社方面は、少し先を左に曲がった場所から山を下ることになります。(同上)
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古宮城址の見学を終え、白鳥神社付近まで下りて来ました。往きにも目にした、拝殿の背後の一段高い場所にあった二棟の建物光景です。その手前側の建物のズームアップ光景です。注連縄が張られた扉は閉じてありました。(同上)
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こちらは、通路を挟んで反対側に祀られていた、小さな石の社の光景です。白鳥神社が直接関している社らしく、その社の上には、真新しい注連縄が渡してありました。表札などは見当たりませんでした。(同上)
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近くからの確認はしませんでしたが、奥に見える建物が、古宮白鳥神社の奥之院か本殿かも知れません。社務所や拝殿が無人でしたから、こちらも当然ながら無人の建物でした。(同上)
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