2018/09/13 - 2018/09/13
4031位(同エリア6434件中)
かつどんさん
日頃、「好きな作曲家は?」と尋ねられたら、生年順にバッハ、ハイドン、モーツァルト、ブルックナー、ブラームスと答えています。
今回の旅は 家人と共にウィーンに6連泊し、その中でも2人の作曲家、フランツ・ヨーゼフ・ハイドンとアントン・ブルック―ゆかりの地を日帰りで訪れることが主な目的。加えてウィーンの音楽家ゆかりの場所、加えてウィーンの音楽家ゆかりの場所にも多数訪れました。
【旅程】
9/08(土) 浜松~成田~ウィーン
9/09(日) ウィーン滞在
9/10(月) アンゼンシュタット
9/11(火) ショプロン、フェルトゥード
9/12(水) アンスフェルデン、ザンクト・フローリアン、リンツ
9/13(木) ウィーン滞在
9/14(金) ウィーン~
9/15(土) ~成田~浜松
この旅行記は、5日目 https://4travel.jp/travelogue/11410293 に続いて6日目。2日目以来、再びウィーン市内を巡る。ベルヴェデーレ宮殿、モーツァルト、ブルックナー、シューベルト、ハイドンなどなどのゆかりの場所、特に作曲家の最期にまつわる場所に多数訪れたのに加え、“音楽の都”ウィーンの中古レコード屋事情を探る。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
9月13日(木)晴れ
8:00頃、ショッテントーア停留場から71番のトラムに乗る。 -
ザンクト・マルクス停留所下車、10分弱歩きザンクト・マルクス墓地へ。
モーツァルトが埋葬された墓地 by かつどんさんザンクト マルクス墓地 史跡・遺跡
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門に掲げられた史跡表示板。
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静寂に包まれた墓地内の道。
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「モーツァルトの墓は左へ」の案内板。
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左に曲がると見えてくるのは・・・。
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モーツァルトが埋葬された場所を示す天使の像。
我々以外、人影はない。 -
これは案内板に書かれたような「墓」ではない。
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1791年12月5日に35歳で亡くなり、翌6日にシュテファン大聖堂外部のクルツィクス礼拝堂で三等という低い格式の葬儀が行われたことは2日目の旅行記に記したが、葬儀の後、モーツァルトの亡骸は誰の付き添いもなくこの墓地に運ばれ、大きな墓穴に他の亡骸とともに埋められた。映画「アマデウス」の中で最もショッキングなあの場面である。
なので、モーツァルトの亡骸や墓石というものは存在しないばかりか、埋められた正確な場所さえわからない。ここはあくまでも推定された場所である。
今でこそこの天使像や、多くの作曲家が埋葬されているウィーン中央墓地の名誉地区に行けば、左右にベートーヴェンとシューベルトの本当の墓(両方とも元々あった墓地から移送されたものではあるが)を左右に従え、モーツァルトの墓、ではなくこちらも記念碑が中央に堂々と立っているが、モーツァルトは亡くなった当時は偉大な作曲家としての尊厳ある対応を受けていない。
ザンクト・マルクス墓地は市壁の外から遠く離れていて、今でも寂しく感じるところなので、当時はなおさら如何ほどであったことだろう。さらに葬儀当日のウィーンの天気は雨と風が強い荒天だったと記録に残っている。
白い石が敷き詰められ、この墓地の中で特別な場所として整えられれば整えられるほど虚しさを覚えるが、ここがモーツァルト受容史の1ページを飾る象徴的な場所なのだ。 -
ザンクト・マルクス墓地を後にし、トラムで北西へ戻る。
ベルヴェデーレ宮殿下宮前で下車。
下宮全景。 -
上宮を目指して広大な敷地を歩く。
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ベルヴェデーレ宮殿上宮全景。
ベルヴェデーレ宮殿は、トルコ軍のウィーン侵攻に立ち向かい、それを阻止したプリンツ・オイゲン公の夏の離宮として造営された。
現在、上宮内部は19世紀~20世紀のオーストリア絵画、特にグスタフ・クリムト世界最大のコレクションを誇るギャラリーとして公開されている。美術史博物館と並び、ウィーン美術鑑賞のマスト・ポイント。
だが、ブルックナー・ファンにとってはそれ以上に大切な場所である・・・。ブルックナーの終の棲家はここにある by かつどんさんベルヴェデーレ宮殿 城・宮殿
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上宮側から下宮側を眺める。
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上宮南側を背にして、左脇にある宮殿の管理人住居だった建物。
この住居こそ、作曲家アントン・ブルックナーの終の棲家となったところである。
1980年夏、高校1年生だった私はここを訪れている。38年ぶりの再訪となった。 -
住居の壁に掲げられたプレート。
70歳を超えたブルックナーにとって、ヘスガッセ7番地の高級アパートの最上階は昇り降りするだけでも大変で、稀に外出する時は籠椅子で運び出されるほどだったという。ブルックナーに近しい人々は、新しい住まい探しに奔走したという。
結果、ブルックナーの請願はいろいろな人の手を介し、最終的にはフランツ・ヨーゼフ帝の下に届き、皇帝はブルックナーの願いを聞き入れ、ベルヴェデーレ宮殿上宮の管理人用住居を1895年の夏の間無償で提供し、のちにこれは無期限となった。
1895年7月4日、ブルックナーはここへ引っ越した。
ブルックナーがここで過ごした日常の様子は写真でも残っている。ブルックナーの下で長らく家政婦を務めたカティや医師、弟イグナツが玄関から出る老ブルックナーを囲むように写っている。
ブルックナーは結果未完となった交響曲第9番の作曲をここで続けたが、引っ越しから約1年3か月後の96年10月11日午後3時半ごろ、お茶を飲もうとしてカップを受け取ろうとしたブルックナーの両手はだらりと下がり、息絶えたという。享年73歳だった。
その後のことについては2日目と5日目前半の旅行記に詳しく書いたので参照されたし。 -
そして、15.00ユーロを支払い上宮に入場。絵画鑑賞のスタートだ。
入館してすぐの階段。 -
まずは2階右サイド、このギャラリーの一番の目玉、ウィーン世紀末絵画のコレクション。館内はフラッシュ不使用で撮影可。
クリムト「1862年のマリー・ケルナーの結婚」(1891~92) -
クリムトやシーレばかりではない。
ゴッホ「オーヴェルの平野」(1890)
死のわずか数週間前に描かれた作品で、ウィーン分離派のメンバーに買い取られ今に至る。 -
クリムト「ユディット」(1901)
人混み率はこの作品の前が2番目かな。 -
クリムト「接吻」(1907~08)
やはりこの作品の前の人だかりが一番。 -
クリムト「アッター湖畔ヴァイセンバッハの田舎家」(1914)
個人的には、ここに展示されていたクリムト作品の中では、これが一番素敵だと思った。 -
クリムト「ファリッツァ・リードラー」(1906)
この作品の前にも結構な人が・・・。 -
クリムト「オーバーエスターライヒの農家」(1911)
この絵もいいなぁ・・・。 -
エゴン・シーレ「家族(うずくまる人群像)」(1918)
クリムトの次にここでは人気の作家。 -
シーレ「「恋人たちⅡ、男と女」(1917)
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クリムト「アダムとエヴァ」(1917~18 未完成)
「世紀末ギャラリー」はとにかく人で溢れかえっていた。
美術史博物館と較べて団体客が多いし、ガイドも結構な音量でしゃべりまくる。
若い人も多い。
フラシュなしで撮影可だから規則に反しているわけではないが、作品と一緒に記念撮影することが最大の目的とばかりに、作品のそばからなかなか離れない人も多い(特に中国から来られた方々)。
「ゆっくり絵画鑑賞」はなかなか難しい環境だ。
という私も写真は撮る(もちろん作品だけ)わけだが・・・。 -
宮殿2階中央の大理石の広間の天井フレスコ画。
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大理石の間から庭園、下宮、そしてウィーン中心部を望む。
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左端に写っているのがシュテファン大聖堂。
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2階左サイドはバロック時代の作品展示。
作者、作品名ともに見落としたが、楽器を演奏する姿が微笑ましかったので撮影。
左サイドは世紀末展示の右サイドの喧騒が嘘のように静かなもの。
「絵画鑑賞」できる空間。 -
3階へ上がり新古典主義のコーナーへ。
ジャック・ルイ・ダヴィット「サン・ベルナール峠のナポレオン」(1801)
これもまた有名な作品。 -
皇帝フランツ・ヨーゼフ1世とエリザベート妃。
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20年ほど前まではウィーンで一番の人気者はモーツァルトで、お土産もモーツァルト・チョコレートが定番だったが、それも昔、今は何と言ってもエリザベート妃(シシィー)だ。今回のウィーン滞在では王宮もシェーンブルン宮殿も、彼女ゆかりの定番スポットには行っていないので、これが数少ないシシィーのお姿。
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死の床に就くフランツ・ヨーゼフ1世。
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ベルヴェデーレ宮殿を後にして、トラムで市立公園へ。
ここにはウィーンゆかりの作曲家の像が3つある。
まず、一番有名でウィーンをイメージさせる画像としてもお馴染み、ヴァイオリンを弾くヨハン・シュトラウス2世の金色の立像。市立公園 広場・公園
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中国から来た方々が、大勢で我先にとツーショット写真に収まっていく。
金色!! by かつどんさんヨハン シュトラウス像 モニュメント・記念碑
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続いて我らがブルックナー。当然(!)この像を取り囲む酔狂な人はいない。
シュトラウス、シューベルトの後塵を拝す by かつどんさんブルックナー像 モニュメント・記念碑
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そして最後にフランツ・シューベルト。今回の旅では初登場。
この後、彼の終の棲家へと向かう予定。可憐で清楚、シューベルトのイメージをよく伝えている by かつどんさんシューベルト像 モニュメント・記念碑
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シュタットパーク駅から地下鉄U4に乗ってケッテンブリュッケンガッセ駅下車、南東へ3区画ほど歩いた所にそのアパートはあった。
少し淋しい気持ちになる by かつどんさんシューベルト最期の家 史跡・遺跡
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史跡案内板が掲げられている。
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1828年11月19日、フランツ・シューベルトは、兄フェルディナンドの住まいであるこのアパートの3階で31歳という短い生涯を閉じた。
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「シューベルト最期の住居」と書かれたアパート1階のプレート。
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決して広くない螺旋状の階段を上って3階に。
部屋の入口。入場料は大人一人
5.00ユーロ。
ここまできて思ったのだが、他のウィーンゆかりの作曲家の住まいと比較するとここは明らかに質素である。ブルックナーやマーラーもアパート住まいだったが、アパートはアパートでも「高級」アパートである。ここは「下宿」のような趣きさえある。 -
交響曲第8番の自筆譜。
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メインルームと思われる部屋。
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兄フェルディナンドが大切にしていたピアノ。
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シューベルトの胸像。
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部屋の窓から外を見る。
死の直前のシューベルトも見た景色だろうか? -
アパートの中庭。
シューベルトは貧しかったし、生前彼の作品は公の場で演奏される機会は少なく、家族や友達という仲間とのこじんまりとしたサークルや、学生オーケストラで演奏されることがほとんどだった。よって、彼はウィーンの音楽界で知られておらず、作品も評価されていなかったのでは?という識者もいる。
事の真偽は定かではないが、このアパートにいると、なんだか少しだけ淋しい気持ちになった。 -
シューベルト最期の家を出て南西へ少し歩き、ツィーゲロフェンガッセのバス停から13Aの市バスに乗る。
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着いたバス停は「エスターハージーガッセ」。
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何やら気になる通りの名前。
推測するに、今回の旅で度々登場するハイドンのパトロン、ハンガリーの大貴族エスターハージー家が所有していた館がこの辺りにある(あった)のではないか?
帰国後、気になったのでエスターハージー財団のよしみさんと、オーストリア大使館に事の次第を聞いてみた。するとすぐに両方から丁寧な返信をいただき、やはりこの辺りにエスターハージー家の館があったのだという。しかし、エスターハージー家はそれを手放し、館自体も残っていないということらしい。
ただし、よしみさんからの情報でウィーンの中心部、デメルや聖ペーター教会の近くヴァルナーシュトラーセ4番地に、かつてエスターハージー家が所有していた宮殿が残っているという。グーグルマップで確認したら翌日すぐそのそばまで行っていたが、ウィーン滞在中には知らなかった事実。まだまだウィーンは奥が深いのである。 -
この後はハイドン終の住処で、現在は博物館になっているハイドンハウスへ訪れるつもりなのだが、午後の開館が14時からということでランチをすることに。初めは近くのウィーン西駅の中でファストフードでもと思っていたが、ハイドンハウスのすぐ近くヴェーフガッセを歩いているとインド料理店があって、外で食事している人たちのランチプレートのようなものがとても美味しそうに見えた。インド料理は今回の旅2日目に食べているので、家人が嫌がるかとも思ったが、試しにここでのランチを提案すると、家人も全く同じことを考えていたのだという。22年連れ添ういうことはこういうことだ。
「RANI」という名のインド料理店。
7、8種類ほどあるランチプレート(スープ付き)から私が選んだのは、ラム・コルマ(9.00ユーロ)。 -
家人はチリ・チキン(8.50ユーロ)。
両方ともとても美味しかった。 -
14:00を過ぎたのでハイドンハウスへ向かう。
当然のように建物がある通りの名前は「ハイドンガッセ」。 -
ハイドンハウス正面。
悠々自適、ハイドン終の棲家 by かつどんさんハイドンの家 博物館・美術館・ギャラリー
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1790年、エスターハ―ジー家のアントン候が宮廷楽団を解散させ、名ばかりの楽長で年金暮らしとなったハイドンは、逆に自由のみとなりロンドン、ウィーンで活躍する機会を得た。
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1793年、ハイドンはこのお屋敷(と言うにふさわしい立派な建物)を購入し、当初平屋だったものを2階建てに改築し、1809年5月31日に亡くなるまでの12年間ここに住み、晩年の二大傑作オラトリオ「天地創造」「四季」、弦楽四重奏曲集 作品76「エルデーディ四重奏曲」の6曲などを作曲した。
「悠々自適」とは正にこのことだろう。
入場料5.00ユーロを支払って、博物館になっているこの家に入ってみる。 -
ハイドンのデスマスク。
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ブラームスの肖像。
ブラームスはハイドンをとても尊敬していた。
2日目の旅行記にも書いたように、ブラームスの住んでいたアパートは取り壊されてしまったので、ブラームスゆかりの品々が、このハイドンハウスに間借りをして展示されている。
ウィーンの終の棲家にせよ、ハンブルクの生家にせよ、ブラームスの家はことごとく取り壊されて、他の作曲家のように博物館ができにくい環境にある。
そう言えば、今回の旅では時間がなく訪れることができなかったが、ブラームスが書斎代わりに使っていたとも言われるほど頻繁に出入りしていたレストランで、不仲であったブルックナーとの仲を取り持とうと関係者が2人の会食をセッティングした「赤い針鼠亭」も跡形はなく、跡地には「アマデウス」という名のホテルが営業している、というのはジョークのようにも思える。 -
ブラームス作曲「ハイドンの主題による変奏曲」(2台のピアノによる)の自筆譜。
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オラトリオ「天地創造」の印刷譜表紙。
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ハイドン肖像画。
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第1番から第24番までの交響曲のメロディのさわりが書かれた楽譜。ハイドン自身は交響曲に番号を付けていないから、これはホーボーケン番号が付けられた後に作られた作品目録のようなものであろう。
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フォルテピアノ。
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ハイドン肖像画。
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ハイドンが作曲に使ったという鉛筆。
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ハイドン胸像。
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「天地創造」のプログラム・ノート。
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オラトリオ「四季」のスコア初版。1802年にライプツィヒで出版された。
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ハイドン肖像画。
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館内はこんな感じ。
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面白いパネルがあった。
「ハイドン・デイリー・ルーティン(ハイドンの日課)」と題されている。
これによるとハイドンは
●午前6時半に起床し、身なりをしっかり整える。
●午前8時に朝食を取り、その後ピアノの前に座り、楽想を得るまで長い間を費やし、楽想を得たら紙に書き留める。
●午前11時半に来客と会い、散歩に出掛ける。
●午後2時~3時 昼食。
●午後4時から再び作曲作業。3時間~4時間続くこともある。
●午後8時~9時 外出。その後スコアを書いたり、読書をする。
●午後10時 夕食。しかし、パンとワイン以上のものは飲み食いすることのないよう自らを律していた。
●午後11時半 就寝。歳を追うごとに睡眠時間は短くなっていった。
ということ。
規則正しいこの生活、実にハイドンらしいではないか!! -
ウィーンのハイドンハウス、実に充実した、そして見やすい展示内容であった。
今回の旅ではここに加え、3日目に訪ねたアイゼンシュタットのエスターハージー宮殿とハイドンハウス、とハイドンゆかりの品々が展示されている場所に訪れたわけだが、強く思ったことは、「オーストリアの方々にとってハイドンを代表する一番の作品はオラトリオ「天地創造」ではないか?」ということ。どこの展示でも「天地創造」関連の品々が大変目を引くし、エスターハ―ジー宮殿の「ハイドン展」では、「天地創造」をイメージして作られたプロジェクト・マッピングのようなものまであった。
このあたりの感覚は、交響曲や弦楽四重奏曲をまずもって愛好する傾向にある日本人とは異なるもののようだ。
そんなことを感じただけでも、今回、ハイドンにこだわった旅程を組んだ甲斐があったというものだ。 -
ハイドンハウスの裏庭。
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ハイドンハウスを後にして、これからの時間は中古レコード屋巡り。
事前に日本でリサーチして、いくつかの中古レコード店をピックアップしておいたのだが、それらをグーグルマップのマイプレイスに落とし込んでいくと、多くのレコード屋がリンク外側の南西から西駅に至る範囲に点在していることが分かった。
それらを歩いて潰していくのだが、中にはクラシックを置いていない店もあり、逆にクラシック専門店のような店もない。
まず訪れたのは「Moses-Records」。
店は割と大きな面積。クラシック・コーナーは店の奥にあった。
この店で特徴的なのは、1ユーロ均一コーナーがあること。結構な量だ。
そうでないレコードもたくさんあるが、問題なのは日本のレコード屋のようにジャンル分けや作曲家分けがされていないこと。言うならば、ディクユニオンの御茶ノ水や新宿の新入荷コーナーを、ひたすら根気よくバタバタするような状態を強いられるわけだ。
品揃えは、ヤフオクやDiscogsで見かけるようなものがほとんどで、「別にここで買わなくても・・・」と思ったりもするのだが、値段が安いのと送料がかからないことを考えると「買っておこうかな・・・」ということになる。
そんな中から購入したのは5枚。 -
その中で見かけたことがないレコードは、リンツ大学管弦楽団が演奏したモーツァルトの「リンツ」とシューベルトの「未完成」がカップリングされた1枚。「昨日、リンツにも言ったことだし・・・」と自分に言い聞かせ購入。現時点では未聴(早く聴け!)。
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次に訪れたのは近代美術館の西側にある「Seven Star Recods」。ここはそれほど大きくない。クラシックは少なくエサ箱2つ分。
その中から1枚だけ選んだのは、C.エッシェンバッハの弾き振りによるモーツァルトのピアノ・コンチェルト19番&12番のカップリング。前から欲しかったレコードではあったが、プライオリティは決して高くない。「今買わなければ、いつ買うの?」というわけで4.00ユーロで購入。 -
3軒目は「Seven Star Recods」から南に2区画行ったところにある「Teuchtler Schallplatten」。ここはいかにも中古レコード屋らしく、少々薄暗く雑然とした感じ。面積は大きい。
ここは前の2店舗とは異なり、一応作曲家別に仕切られている。ジャンル分けはされていない。ちょっと期待できそうな予感。 -
購入したのは7枚。丁度、Discogsから仕入れようと思っていたK.トゥーネマンのモーツァルト「ファゴット協奏曲」、E.オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団のハイドン「奇跡」と「時計」のカップリング。普通、このレコードは米盤のことが多いがこれは英盤。
-
そして、一番気になって思わず手を伸ばしたのが、その名を聞いたこともない「コンドル」というドイツ・フランクフルトにあるレーベルのハイドンの交響曲「時計」と「驚愕」の黄金カップリング。何と言っても怪しいのはこれを演奏しているのが、Norbert Rombergh(ノルベルト・ロンベルク?)という名の指揮者とEurosymphonie-Orchester(ユーロ交響楽団)というオーケストラであるということ。
まず、「Norbert Rombergh」だが、検索をかけてもひとつもヒットしない。続いて「Eurosymphonie-Orchester」と入れると、Discogsで6枚レコードがあることがわかった。シューベルト、ベートーヴェン、バッハ、チャイコフスキー・・・。指揮者はみんな違う人のようだが、どれも聞いたことのない怪しい名前ばかりだ。Discogsにはこのオーケストラの情報も、これらのレコードのリリース年も掲載されていない。
ということで、経験上言えることは、Norbert Romberghさんは偽名で、いわゆる覆面指揮者、Eurosymphonie-Orchesterはこのレーベルにレコーディングするため編成された実在しないオーケストラ、ということ。
でも、正体不明でも何でも、「演奏が良ければそれで良し」というわけで日本に帰ってから、早速しっかりクリーニングして針を落としてみたが、何の変哲もない足取りのしっかりしたベーシックな演奏(上手くはないが、下手では決してない)で、逆にやはり匿名性を感じさせる。特に「時計」の方は結構イケる。5.00ユーロなら全く問題ない。 -
最後に訪れたのはこれまでのエリアから離れて、地下鉄U3のシュトゥーベントーア駅出口から徒歩1分にある「Bucher Ernst's Altbuchdiest」。小さい店だが2階もある。クラシックは1階に少しと2階には組物が相当数ある。どれもコンディションは良さそうだが、値段はこれまでの店と較べるとだいぶ高い。ディスクユニオンよりも高い。
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そんな中で見つけたのは、スイスのチェンバロ奏者イエルク・エーヴァルト・デーラーが中心となったバッハの3台、4台のチェンバロのための協奏曲集。実は中学生の頃、このレコードを国内盤で買ったことがあったのだが、おそらくだいぶ経ってから手放してしまった記憶がある。何だか懐かしくなって、そして、手に入れたくても何故かこれまで見かけることがなかったので、買うことにした。11.00ユーロ。
ウィーンの中古レコード屋を巡って思ったことは
●ウィーンだからと言って、クラシックのレコード屋がそこら中にあるわけではない。
●決してヴィンテージ・クラスやオーディオファイルの高価なレコードがあるわけではない。
●「普段使いのレコード」はたくさんあり、値段もそこそこということ。
勉強になった。 -
20:00 ウィーン最後の夕食はピッツァ。ホテルから近くて良さげな店をチェックしておいた。ショッテントーア駅からトラムで2停留所目ランゲガッセを降りて、南へ2分程度にある「ヴィア・トレド・エノピッツェリア」。
店内は大盛況。予約はしていなかったが運よく座れたという感じ。
カルツォーネ・プルシエッラ 11.80ユーロ。 -
シシリアーナ(アンチョビとオリーブのトマトソース)10.80ユーロ。
大きさもだが、生地が結構厚く、ナポリ・ピッツァであるがモチモチ感が相当強く、軽さはない。日本人の感覚からすると少し手強いか・・・。
明日は帰国の途につくわけだが、17時過ぎのフライトまでには十分時間があるので、あともう少しウィーン市街を巡ることにする。
その様子はこちらで。 4travel.jp/travelogue/11411156
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