2018/08/18 - 2018/08/18
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三河の名城巡りの岡崎城です。日本百名城の45番に指定されている名城です。三河地区では、もう一箇所、長篠城が46番に選定されています。続百名城でも古宮城と吉田城が選定されました。(ウィキペディア、日本百名城公式ガイド)
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吉田城の見学を終えて、次にやって来たのは岡崎城です。江戸幕府を拓いた、徳川家康公が生まれた城として有名です。『龍城』の別名を持ちます。右手前に見えるのは、家康公の遺訓を刻んだ石碑です。以前に紹介しましたが、『人の一生は重荷を負いて遠き道を行くが如し急ぐべからず』で始まり、『おのれをせめてひとを責むるな及ばざるは過ぎたるよりまされり』で締めくくられています。(同上)
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『龍城(たつき) 神社』の扁額が懸かった拝殿正面光景です。ウィキペディアからの紹介です。『1452年(宝徳4年)または1455年(康正元年): 社伝によると、三河国守護代・西郷稠頼が岡崎城を築城した際に龍神が現れ、城の井戸から水を噴出させて天に去っていたという。以降、天守に龍神を祀り、城の名を龍ヶ城、井戸の名を龍の井と称したという。』(同上)
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イチオシ
かつての『を龍ヶ城』、のちの『岡崎城』の天守光景です。1617年に創建された当時の天守構造は、『複合連結式望楼型3重3階』でしたが、1959年(昭和34年)に建設された復興天守は、層塔型3層五階のRC構造(鉄筋コンクリート)です。欄干は、復興時に付け加えられたものです。(同上)
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庭木の松の木の間から眺めた、岡崎城の天守光景です。菅生川と矢作川の合流地点にある龍頭山という丘陵を利用して造られています。元は、龍頭山の砦として三河国仁木氏の守護代であった西郷稠頼(つぎよりなどの読み)、そして、その子頼嗣(よりつぐ)が北方に対する防御として築城したものです。当時は、『龍燈山城(りゅうとうざんじょう)』と呼ばれました。それを、家康公の祖父の松平清康が、西郷信貞(松平昌安)から奪い取り、改修拡張整備したものが岡崎城です。(同上)
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岡崎城本丸跡から眺めた、木々が鬱蒼と茂る周りの光景です。今回は、この石段を登って本丸までやってきました。実は、名鉄電車の積りで、JRに乗ってしまい、JR岡崎駅からタクシーを使って岡崎城にやってきたためです。なぜか、名鉄切符で豊橋駅からJR電車に乗ることができてしまいました。JR料金を払いましたが、帰りに名鉄切符は払い戻しができました。(同上)
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龍城堀に架かる、赤い欄干の『神橋(しんきょう)』の光景です。 桜の時期などには、撮影スポットになる一つです。橋を渡る時、天守も眺めることができます。(同上)
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今回は通りませんでしたが、赤い欄干の『神橋(しんきょう)』を渡った先にある石段光景です。登り切った場所が、本丸と同じ高さになっているようでした。『風呂谷門下』の石段と石垣になるようです。(同上)
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岡崎城の見どころの一つが、空堀です。曲線を描く『青海堀(せいかいぼり)』が、本丸の北側を守っています。(同上)
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本丸への入口となる本丸御門跡付近から眺めた、左手方面の光景です。かつての岡崎城の辰巳櫓があった場所ですが、現在は巽閣が建っています。(同上)
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同じく、本丸への入口となる本丸御門跡付近から眺めた、左手方面の光景です。苔生した本丸石垣の奥に見えるのは、水掘の『龍城堀(たつきぼり』です。(同上)
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場所は代わって、本丸北側を守る『青海堀(せいかいぼり)』の光景です。本丸側に高石垣が積まれているようでした。(同上)
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イチオシ
同じく、本丸北側を守る『青海堀(せいかいぼり)』の光景です。石橋が架かっていますが、通行禁止になっているようでした。今回は、その位置までは立寄りませんでした。(同上)
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一段高くなった場所にあった、見晴台の光景です。石垣の上は、登ることが禁止されている場所が多いですが、この場所は石段と柵が設けられた見晴台になっていました。高石垣ではなく、こちら側からは、あまり高くない土塁になっているようでした。(同上)
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見晴台の上から眺めた、岡崎城の城跡光景になるようです。樹々に隠れていますが、正面方向が二の丸の家康館、左手に見えているのが、同じく二の丸にある能楽堂になるようです。(同上)
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本丸の北側を守る空堀の『青海堀』の一部になるようです。樹木の成長が影響したらしく、大きく石垣が崩れていました。その付近に建物などがないためでしょうか、石垣は補修されないままでした。(同上)
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木々の間から見える建物は、本丸跡にある龍城神社か、巽閣辺りになるようです。銅葺屋根が確認できましたから、裏側から眺めた龍城神社の方でした。(同上)
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岡崎城に現存する石垣の光景です。岡崎は、石材加工に適する優れた花崗石が近くで採取できたことから、岡崎石工品の始まりは室町時代後期に遡ります。安土桃山時代には、当時の岡崎城主が、城下町の整備のため河内、和泉の石工を招き、石垣や堀を造らせました。戦前の最盛期には、石屋の数は、350軒を数える程の規模になりました。(同上)
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『県社・龍城神社』の文字が刻まれた石柱の光景です。岡崎城のかつての虎口跡らしい石垣の横に建っていました。龍城(たつき)神社は、岡崎城址の康生町に鎮座しています。家康公所縁の東照宮の一つとされます。(同上)
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岡崎城の空堀の光景です。本丸の北側を防御した『青海堀』は、中世の遺構の姿を留めた堀とされます。(同上)
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イチオシ
同じく、岡崎城の空堀の光景です。この『青海堀』は、岡崎城築城時の時の堀を拡張したものと言われています。築城者とされる『西郷頼嗣(よりつぎ):生没年不詳』が、青海入道と号しましたので、そこから付いた名前のようです。(同上)
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これまでに目にしたことはありましたが、撮影したのは初めての記憶です。『小瀧喜七郎翁』の表示がありました。『小瀧喜七郎(おだき・きしちろう:1872~1951年)』氏は、本多家の旧藩士小瀧正彭の末裔で、岡崎市助役・市長を務めた人です。岡崎市の歴代市長で検索しましたら、四代目(1933~1935年)でした。(同上)
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若き日の家康、松平元康騎馬像です。この像は、1992年に開催された『家康公生誕450年祭』の一環として、450年祭実行委員会が市内外から寄付を募って設置し、岡崎市へ寄贈したものです。(同上)
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松平元康騎馬像のズームアップ光景です。若き元康(後の徳川家康)の騎馬像は、城を背にし、大権現として再生する日光東照宮の方角を向いているとされます。(同上)
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よく写真等で紹介されている、徳川家康公のこの像は、昭和40年(1965年)、家康公350年祭を記念して建てられたものです。自信に満ちた貫禄の立ち姿です。(同上)
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屋根の数を数えますと、十三重の石塔になるようです。その上に、同じ石造りの相輪が乗っていました。以前見学したことがある宇治の十三重石塔は、国の重要文化財に指定されていました。宇治浮島の『十三重石塔』は、高さ約15m、宇治川での殺生の罪を戒め、『供養塔』として鎌倉時代に建立されました。(同上)
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『徳川家康公銅像」のタイトルがあった、説明パネルの光景です。この銅像は、昭和40年(1965年)、家康公350年祭を記念して建てられたものと紹介されていました。元和2年(1616年)、74歳で亡くなった家康の没後350年行事だったようです。(同上)
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カラフルなイラストで表示された、岡崎公園の案内図です。この看板の位置は、大手門の左横です。イラストがカラフルだったのは、桜満開の時期のためでした。(同上)
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大手門の光景です。平成5年(1993年)に再建された、高さ11メートル、幅16.4メートルの櫓門です。本来の大手門は、この場所より、北東約200メートルの位置にあったとされます。(同上)
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正面付近から眺めた、岡崎城の大手門の光景です。先程とは、反対側からの撮影になります。午後の撮影ですから、こちら側からの撮影が逆光になりました。現在時刻は、17時10分ほど前です。(同上)
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二の丸跡から坂を下って、違った角度からの岡崎城跡の見学です。左手に芝生広場が広がっていました。かつての菅生曲輪です。(同上)
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