2018/09/12 - 2018/09/12
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mas98765さん
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ツアーでサンクトペテルブルクの市内観光をしました。まず、サンクトペテルブルクの中心から見て北西の郊外にあるホテルからバスで中心に向かいました。ネヴァ川沿いに歩き、青銅の騎士とイサク大聖堂を訪れて外から眺めました。再びバスに乗ってエルミタージュ美術館の北側の道を走り、ペトロパヴロフスク要塞を遠く眺めた後、血の上の救世主教会を訪れて外観を眺めました。その後オネーギンという土産物屋さんに行きました。わたしはちょっと抜け出し、ネフスキー通りのパレードを見て、カザン大聖堂に行き、本屋さんで本を買って戻りました。その後チャイコフスキーというレストランで昼食を食べました。この旅行記では、こうした話を書いていきます。他のツアーの人や個人の人にも参考になるところがあると思うので、よかったら参考にどうぞ。特に、血の上の救世主教会については、本屋さんで買った本をもとに外回りの絵の説明を詳しく書きます。
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
[1]
前の旅行記から続きます。
https://4travel.jp/travelogue/11403031
いよいよ今日からロシアの観光がスタートします。サンクトペテルブルクの中心から見て北西の郊外にあるプリバルチスカヤというホテルに昨夜到着し、3連泊します。予定通り9時10分にロビーに集合し、9時15分頃バスに乗り込みました。 -
[2]
添乗員さんの「Доброе утро」(おはようございます)の挨拶とともに出発。昨日と同じロシア人女性のガイドさんが案内を始めました。このガイドさんは日本語がペラペラで、お世辞でなく口下手なわたしより日本語が流暢でした。事前の天気予報に反して雨が上がっていますが、サンクトペテルブルクの天気は変わりやすく、どうなるかわからないので天気を見ながら回る順番を調整していきますとのことでした。 -
[3]
成田空港で配られたイヤホンガイドを用意しておいてくださいと言われ、用意しました。イヤホンガイドのテストもしました。 -
[4]
サンクトペテルブルクはネヴァ川がフィンランド湾に注ぐところの河口に建設された都市で、運河がはりめぐらされ、ヴェネツィアに例えられます。いくつも島があり、滞在しているホテルがあるのはヴァシリエフスキー島といって、最大の島です。そうした説明を聞きながら、9時30分にネヴァ川が見えるところに出てきました。ここから先、ネヴァ川を右手に見て走ります。車窓からなのでガラスの反射が写っていますが、ここで左手に見えるのはサンクトペテルブルク国立鉱山大学(Санкт-Петербургский горный университет)です。1773年に女帝のエカテリーナ2世によって設立されました。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/X7rdRgHExqL2 -
[5]
これは「церковь успения пресвятой богородицы」という教会です。この名前をGoogleで検索すると「神戸ハリストス正教会・神戸聖母就寝聖堂」の名前も出てきます。聖母就寝とはマリアの永眠のことです。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/ecT1PY6fXYR2 -
[6]
これは「Морской корпус Петра Великого 」という教育機関のようです。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/H7nAxEChhNH2 -
[7]
この建物はGooglemapでは「現代美術館」と書かれています。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/EB7YBevunrv -
[8]
これはサンクトペテルブルク美術大学です。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/gWwbCnQHbM22 -
[9]
バスの左側の座席に座っていたため、右手を見ていませんでしたが、右手にはネヴァ川が見え、その向こうにイサク聖堂が見えています。この時間は逆光です。 -
[10]
右を見ているうちに有名なメンシコフ宮殿は通りすぎてしまいました。このあたりにGooglemapでは「филологический факультет спбгу」と書かれています。「СПбГУ」とはサンクトペテルブルク国立総合大学のことで、つまりサンクトペテルブルク国立総合大学の言語学部です。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/xfXp2kNgFSF2 -
[11]
このあたり一帯が「СПбГУ」つまりサンクトペテルブルク国立総合大学です。この大学は名だたる人たち、特に政治家の出身大学です。プーチン大統領もここの法学部を卒業しました。ガイドさんによると、今ではたぶんモスクワ大学よりこの大学の方が格が上だとのことでした。でも「モスクワのガイドさんに言ってはだめですよ」。 -
[12]
ここの手前にクンストカメラという観光スポットがありましたが、やはり通りすぎてしまいました。正面に見える赤い塔はロストラの灯台柱といいます。その向こう側はストリェールカという半円形の場所があって、景色を眺めることができます。さて、ここまでの建物はすべて、滞在していたホテルがあったのと同じヴァシリエフスキー島にあります。そこでこの島は学問の中心とされているそうです。 -
[13]
9時37分、ここで右折して宮殿橋という橋を渡り、中心地に向かいます。なぜ宮殿橋というかといえば、エルミタージュ美術館、つまり以前の宮殿が向こう側に見えているからです。エルミタージュ美術館は遠くの方まで続いています。「今日はかなり歩きますから覚悟してください」とガイドさんが言われました。 -
[14]
宮殿橋を渡り、手前に少し戻ったところでバスを降りました。この後はイヤホンガイドをつけてガイドさんの説明を聞きながら歩きます。わたしは当初、音声ケーブルを間に挟み録音を試みました。最初のうちよかったのですが接触不良か何かで聞こえなくなり、調べようとケーブルをつなぎ変えた時に様々な線が絡まってわけがわからなくなってしまい、以後ツアーが終わるまであきらめました。そもそもカメラを2台首からぶら下げている上にイヤホンガイドも首からさげ、イヤホンの線もあって、更に余分なケーブルがあるといつの間にかもつれてしまいます。イヤホンガイドも上着のポケットにしまい、首から下げるためのストラップも外してしまいました。イヤホンガイドは便利なのですが、録音できないので聞いた説明が左の耳から右の耳に抜けてしまいます。どう記録(あるいは記憶)すればよいのか、今後の課題です。そういったわけで、この旅行記の説明の大部分はガイドさんではなく、インターネットその他で調べた内容をもとにしています。 -
[15]
川の向こうに建物が見えます。左手は、グラド・ペトロヴィというレストラン(かな)が入る建物です。大学の一部でしょうか。
※建物周辺の地図
https://goo.gl/maps/d3SbZMTJBem -
[16]
塔のある建物はクンストカメラです。胎児の標本など、変わったコレクションで有名な博物館で、個人旅行だったら行きたい場所だったのですが、今回の旅行では縁がありませんでした。
※建物周辺の地図
https://goo.gl/maps/7RjNUgXMgm62 -
[17]
先ほどのロストラの灯台柱が左側に見えていて、右には金色の塔が見えます。これはペトロパヴロフスク聖堂の塔です。
※建物周辺の地図
https://goo.gl/maps/ADQQ1a5kxdA2 -
[18]
これは先ほども見たサンクトペテルブルク美術大学です。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/gWwbCnQHbM22 -
[19]
これはメンシコフ宮殿です。ピョートル大帝の側近メンシコフの宮殿で、サンクトペテルブルクで最も古い建物の1つです。観光地スポットとして、内部が公開されています。
※建物周辺の地図
https://goo.gl/maps/nuHnRUup6ix -
[20]
これはメンシコフ宮殿とサンクトペテルブルク国立総合大学に挟まれた建物で、Googlemapには宴会場という表示がでています。
※建物周辺の地図
https://goo.gl/maps/CPMfNCw1eoN2 -
[21]
サンクトペテルブルク国立総合大学の建物です。 -
[22]
サンクトペテルブルク国立総合大学の右側の部分です。 -
[23]
ペトロパヴロフスク聖堂の右に目をやると -
[24]
向こうの方にトルコのモスクのような外観の建物が見えますが、モスクではありません。この時のガイドさんの説明を全く覚えておらず、Googlemapで調べると建物の名前がないのですが、「アカデミヤ・ヴィナ」という店が1階に入っている建物のようです。
※建物周辺の地図
https://goo.gl/maps/rR1SeGtospv -
[25]
9時44分、交差点まで歩いて道路を渡りました。 -
[26]
向かい側には芝生で覆われた広場があります。この広場を「元老院広場」といいます。 -
[27]
歩いて行くと -
[28]
このような騎馬像があります。これは「青銅の騎士」像と呼ばれています。ピョートル大帝の騎馬像です。現在9時51分。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/v3CB26kPnLD2 -
[29]
台座には「ピョートル1世へ エカテリーナ2世 1782年」と書かれています。エカテリーナ2世がピョートル1世(ピョートル大帝)のために建てたものです。ツアーのため回ってみませんでしたが、反対側にはラテン語で同じように書かれているらしいです。台座は波を表しているそうです。巨大な花崗岩で、遠くからはるばる運んできたらしいです。 -
[30]
ピョートル大帝(1672-1725)は、ロシアで最も偉大な皇帝です。サンクトペテルブルクを建設してモスクワから首都を移しました。ヨーロッパの文化を吸収し近代化しました。当時強かったスウェーデンを破って領土を広げ、バルト海を勢力下におさめました。身長が2m13cmもあり、何でもできる器用な人だったようです。 -
[31]
蛇を踏んづけています。蛇はスウェーデンを表しています。 -
[32]
ガイドさんの説明を聞いた後は記念撮影タイムです。(この旅行記の説明の大部分は後から自分で調べてつけたものです) -
[33]
「こういう人たちと記念撮影をすると有料です」とガイドさんが言われていました。 -
[34]
その後、9時57分に後ろの建物に向かって歩き出しました。デザインが個人的に好きだとガイドさんが言われていました。 -
[35]
花壇に花が咲いていました。 -
[36]
後ろの建物は旧元老院の建物で、現在はロシア連邦憲法裁判所(Конституционный суд Российской Федерации )となっています。 -
[37]
中央上部と -
[38]
左側 -
[39]
歩道にどんぐりが落ちていました。 -
[40]
ここはマネジュ(манеж)というエキシビションホールになっているようです。マネジュ辞書で調べると、室内馬術練習所とか室内競技場とかいう意味のようです。 -
[41]
しばらく歩いて行くと、イサク大聖堂が目の前に現れました。現在10時02分。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/TBVWtaVLqsS2 -
[42]
大きなドームが特徴的です。バチカンのサンピエトロ大聖堂、ロンドンのセントポール大聖堂、フィレンツェのサンタマリアデルフィオーレに続き、世界で4番目に大きな大聖堂です。しかも、ここは沼地なのでおびただしい数の杭を打ち込み、花崗岩や石灰岩を敷き詰めて建てられました。この大聖堂は4代目です。初代はピョートル大帝が自分の守護聖人イサクのために別の場所に建てた木造の教会で、その後元老院広場に石造りの2代目が建てられましたが火事で焼けてしまいました。3代目は離れた場所にエカテリーナ2世が建て始めましたが途中で亡くなり、母親を嫌っていた後任のパーヴェル1世が適当に完成してしまい、あまりに貧弱なのでその後、アレクサンドル1世の時代にコンクールが行われ4代目の建設が始まり、後の皇帝の時代に完成したそうです。 -
[43]
ドームの下の周囲には天使の像が並んでいます。その下には円柱が立ち並び、そこが展望台になっています。 -
[44]
正面ファサードです。現在見ているのは北側の面です。 -
[45]
ここにはブロンズ像が並び、全体として「キリスト復活」を表しています。(近づいた時に撮った上の写真がピンボケで拡大できず、遠くから撮った写真を拡大したため、手前にワイヤーが写っています) -
[46]
ファサードの屋根の上に像が立っています。こんな像や -
[47]
こんな像です。 -
[48]
ファサード正面の下に円柱が並んでいます。 -
[49]
ここに出入口(たしか出口)があります。本日は水曜日で休みです。翌日の夜、一人で大聖堂内部を見学し、ドーム下の展望台にも上りました。その時の旅行記は後ほど。 -
[50]
インターネットを調べたら、この部分を説明する英語のPDFを見つけました(ちなみに英語版のイサク大聖堂のWikipeiaからこの扉の写真を見つけ、そこにかかれていた「St. Isaac's Gate, bronze doors」をコピーしてGoogle検索で貼り付けたときにでてくるPDFです)。それによると、こちら側の扉には、キリストが死を乗り越え、復活する様子を描いています。一番上のレリーフは、キリストがエルサレムに凱旋入城している様子を表しています。ロバに乗ったキリストに人々がおじぎしたりひざまずいたりしています。ロバに草を食べさせている人もいます。この下の部分には古代スラブ文字でマタイ福音書の「主の名において来る者は幸いだ(blessed is the one who comes in the name of the Lord)」という言葉が書かれているらしいです。 -
[51]
ドアのメインの部分はこのようになっています。左扉の上には、ピラトの法廷の様子が描かれています。キリストはいばらの冠をかぶり、手を体の前で縛られています。キリストを挟んでいる2人は、救世主を信じないユダヤ人とローマ帝国の権力者を表しています。右の扉の上は、キリストがむち打ちを受ける場面です。真ん中の部分には聖ニコライと聖イサクが描かれています。一番下には天使たちが十字架を持ち、十字架には古代スラブ文字で言葉が書かれています。 -
[52]
再びバスに乗り込みました。10時17分、旧海軍省のビルを通過。 -
[53]
横断歩道はこのようになっています。目立つように、横断歩道の標識がいくつもあります。 -
[54]
10時21分、エルミタージュ美術館を右手に見ながら宮殿橋にさしかかり、 -
[55]
手前を右折しました。 -
[56]
エルミタージュ美術館の北側に向かって走ります。反対側(北側つまり左側)を見ると、先ほども見たペトロパヴロフスク聖堂の尖塔が見えます。このあたりはペトロパヴロフスク要塞といいます。1703年にピョートル大帝がスウェーデンに対抗するため、うさぎ島という島に要塞を建設したのがサンクトペテルブルクの始まりです。でも、要塞は牢獄として使われたそうです。ペトロパヴロフスク聖堂にはピョートル大帝以降の歴代の皇帝が埋葬されています。 -
[57]
向こう側に見える橋はトロイツキー橋といいます。わたしたちのバスはこのような風景を眺めながら、右折して南下しました。 -
[58]
10時29分、このような広場にさしかかりました。「Конюшенная площадь(馬小屋のエリア)」といいます。このエリアの裏手にピョートル大帝が建設した「лавные императорские конюшни」という宮廷の馬小屋だった建物があるようです。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/377SscPFyJ32 -
[59]
ワールドカップで使われたようで、今もその跡が残っています。 -
[60]
ガイドさんが「その先に素晴らしい建物が見えます」と言ったので何だろうと思いながらこのあたりの写真を撮ったところ、こちら側ではなく反対側の建物でした。サンクトペテルブルクのシンボルの1つである「血の上の救世主教会」です。なお、バスは写真の駐車場に入るのではなく、先に進んでUターンし、10時32分に教会の前で停車しました。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/rZpAQemHwzF2 -
[61]
そのため、わたしの座っていた左側から教会がよく見えました。ロシアは右側通行ですから、こちら側に止まらないと景観の妨げになってしまうのですね。いずれにせよ、この後バスを降りましたから左側にあえて座る意味はありません。 -
[62]
教会の左手に有料トイレらしきものが見えます。 -
[63]
玉ねぎの形をした尖塔がいくつも見えます。これがロシアの教会の典型的な特徴です。ガイドさんがこの教会について一通り説明した後、10時43分から10時55分までの約10分間バスを降りて記念撮影できることになりました。「でも、気をつけてください。あの人たちはすりです。」と窓の外の3人組の人たちを指さして言いました。 -
[64]
肝心なガイドさんの説明は記憶に残っていないので、自分で調べた説明をつけます。1881年に皇帝アレクサンドル2世が襲われて致命傷を負った場所に建てられた教会です(ガイドブックなどにはわかりやすく暗殺された場所とありますが、実際は現在のエルミタージュ美術館の建物に運ばれてからなくなりました)。そのため、血の上の救世主教会という名前がついています。沼地なのに土台に杭を使わず、当時最先端だったコンクリートを使って作られています。ソ連の共産党時代は宗教禁止でじゃがいも倉庫として使われていましたが、1970年代から修復され、よみがえりました。内部はモザイク画で埋め尽くされています。でも、今日は水曜日で休みだし時間もありません。翌日の夜、単独で訪れて内部を見学しました。その時の様子は後ほど別の旅行記に書きます。 -
[65]
ここから先は、建物の外側に描かれているモザイク画を中心に観察し、現地で購入した本をもとに、何の絵なのか説明をつけていきます。曇っていたので絵はコントラストを調整して色を強調しました。まず、現在見ているのは北側(ガイドブックやGooglemapでは上側)の面です。その真ん中の上の方にこのようなモザイク画があります。これは「主の復活」です。 -
[66]
右下(北西)には現在の観光用の入口となっている部分があります(ちなみにこの左側にチケット売り場があり、その左手に自動券売機があります)。 -
[67]
ここにもフレスコ画が描かれていて -
[68]
これは見てわかるとおり「十字架を担ぐキリスト」です。 -
[69]
入口の部分の塔の先端です。 -
左の方に歩いて行き、東側に回ります。
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[71]
現在、教会の最先端部は修復工事中です。ロシアの教会では東側にイコノスタス(イコンという聖なる人物の絵が並んでいる壁)があって、その裏側には入れず、最も神聖な部分です。その神聖な部分を包む出っ張りがこの部分です。この大事な部分の上の方を見ると -
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小さいですがこのようなモザイク画があります。「祝福を与える救世主」です。 -
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今度は南側(ガイドブックやGooglemapの下側)にやってきました。 -
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真ん中の上のところにはこのようなモザイク画があります。「栄光の中のキリスト」です。 -
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左下(南西)の出入口です。ただし、翌日訪れたときは閉鎖されていて、先ほどの入口が出口でもありました。 -
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この部分にはこのようなモザイク画があります。「冥府への降下」です。 -
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屋根の上の部分にもモザイク画が並んでいます。 -
[78]
出入口の立体感がわかるよう、少し斜めからも見てみました。残る西側を見たいのですが、運河があって左から回ることができないので、 -
[79]
再び東側を回って -
[80]
正面に行き、 -
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右の方に歩いて西側を見てみます。集合時間まで余裕がありません。急ぎます。 -
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西側中央部分にやってきました。この裏側が皇帝の襲われた現場のようで、内部には主祭壇があります。 -
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ここには「聖母とヨハネの前に現れた、天使に運ばれる人の手によらない救世主」というタイトルのモザイク画があり、下には磔刑のキリストが描かれています。 -
[84]
西側の面の左下(北西部つまり出入口のあたり)にもモザイク画がが描かれています。 -
[85]
上の写真を無理やり拡大してコントラストを強調しました。これは「主の磔刑」です。 -
[86]
走ってバスに戻りました。最後にバスの右横から北側のファサードを撮影しました。なお、道路を渡るためには教会の左手にある横断歩道を渡ります。皆さんおおむね時間厳守で、10時57分頃バスは出発。 -
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再びバスに乗って出発しました。次は土産物屋さんに行くようです。 -
[88]
でも、今日は祭りがあるそうで、バスがうろうろし、土産物屋さんになかなか近づけません。「歩いていくことになります」とガイドさんの案内がありましたが、長い時間をかけて -
[89]
11時11分、土産物屋さんのところにたどり着きました。「オネーギン」という店です。11時50分までここで買い物三昧です。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/ay5potQ2TSD2 -
[90]
地球の歩き方にものっている店です。日本語や英語を話せるスタッフがいて、トイレも無料で使えます。日本円も使えるという説明だったような気もします。マトリョーシカをはじめ、品数が豊富です。他の店に比べ値段が張りますが安心の店のようです。最近は偽物がはびこっているので、他の店で安く買うとメードインチャイナだったりすることも多いそうです。
このような説明をつけたものの、わたしは土産物には一切興味がありません。かばんも手荷物1つですし、特に初日ですから、今ここで高級品を買ってホテルのかばんに入れておいても盗まれてわんわん泣く可能性があります。そこでわたしは隙を見てこっそり店を抜け出しました。何かに巻き込まれて戻れなくなったらその後が台無しになってしまいますから、真似をしてはいけません。 -
[91]
まず、近くの観光案内所にバス路線図をもらいに行きました。でも、人の気配がありません。もしかしたら中に入れたのかもしれませんが、時間もありませんからあきらめました。現在11時19分。 -
[92]
11時20分、続いてネフスキー通りに出ました。サンクトペテルブルクの目抜き通りです。ところがどうしたことでしょう。人々が通りを埋め尽くしてこちらに向かって歩いています。 -
[93]
何かのパレードのようです。先ほどガイドさんが祭りのためバスが近づけないという話をしていたのを思い出しました。 -
[94]
何かの宗教的な祭りのように見えます。 -
[95]
11時23分、地球の歩き方の建築ウォッチングのページにのっていたポールチクという建物がありました。細長い商店街の入口の部分が残ったもののようです。 -
[96]
パレードの最後尾には、このような大型車両が並んでゆっくり走っていました。 -
[97]
11時24分、これも重要な建築物で「聖キャサリン・カトリック教会」というようです。建築スタイルがバロックからクラシックに移り変わっているときに建てられたため、両方の特徴をもっているようです。 -
[98]
パレードが終わってもしばらくは余韻が続き、歩行者天国状態です。ネフスキー通りのど真ん中に立つという、現地のロシア人でも滅多にないだろうという経験をさせていただきました(前方に黒髪の人たちが立っていますが仲間ではありません、今回のツアーで悪いことをしているのはきっとわたしだけです)。 -
[99]
これは見るからに重要な建築物です。1904年に建てられた「シンガー社」で、モダン建築の代表です。
この建物は現在でも、地元の人および観光客にとって重要です。「ドム・クニーギ」という本屋さんになっているからです。後ほどここで本を買います。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/CqrKrQMLBxv -
[100]
ネフスキー通りの正面つきあたりには、旧海軍省の塔がそびえています。 -
[101]
ドム・クニーギの向かいには、バチカンのサンピエトロ大聖堂によく似たデザインの建物があります。カザン大聖堂といって、今もサンクトペテルブルクでのロシア正教会の中心となってます。先ほどのパレードもこの大聖堂に関係していたのかもしれません。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/CrJQk4CRTKC2 -
[102]
ガイドさんがバスの中で話された日程によると、午後はエルミタージュ美術館に行き、その後クルーズがあって夕食場所に向かうとのことでした(クルーズは事前にもらった旅程表にはなくサプライズでした)。ガイドブックによると、ここは20時には閉まってしまうということで、今のうちかもしれないと思い11時30分頃、中に入って見学しました。入場料もなく手荷物検査もありませんでした。大聖堂に入る際、皆さん十字架を切っていて、とても厳かな雰囲気でした。内部は撮影禁止ですから写真はありません。カザン大聖堂から出ると、歩行者天国はすっかり解消されており、信号を渡りました。 -
[103]
先ほどのドム・クニーギ立ち寄りました。血の上の救世主教会に向かう道に面したの角のところに入口があって、入って右手に先の部屋が延びていました。次の部屋に入ってすぐ右手のあたりに、日本語のガイドブックを見つけました。これは、血の上の救世主教会のガイドブックです。薄っぺらで内容も詳しいものではありませんが、先ほどの写真に説明を加えることができたのは、この本のおかげです。裏にバーコード付シールが貼られていて、中途半端ですが233ルーブルのようです。ちなみにISBNは5-93893-197-5です。 -
[104]
もう一冊、こちらの本も見つけました。イサク大聖堂の日本語ガイドブックです。こちらも薄っぺらで内容も詳しくありませんが、この旅行記では大聖堂の歴史などについて説明を加えるのに参考になりました。翌日の夜に自分で中を見学しましたから、その時にも参考にさせていただきたいと思います。こちらも233ルーブルでISBNは5-93893-199-1です。 -
[105]
後に写真を撮ったため、上が破れている上よれよれになったレシートです。2冊を買って481ルーブル、1000ルーブル冊を出してお釣りが519ルーブルでした。ロシアの税金の仕組みはよくわかりません。一見したところ、このレシートの解読も難しいです。
さて、残り4分です。ドム・クニーギからオネーギンまでかなり距離があります。走りました。汗をかきながら、なんとか集合時間までに到着しました。 -
[106]
バスに乗ってしばらく走り、11時10分に昼食のレストランに到着。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/vsdAnExmQYQ2 -
[107]
このようなところから入ります。 -
[108]
特にチャイコフスキーとは書かれていないようです。 -
[109]
内部はこのようになっています。チャイコフスキーという名前の店だけあって、くるみ割り人形の曲が流れていました。 -
[110]
最初になぜかギリシャサラダが出ました。昨年の12月にギリシャで食べたばかりです。でも、オリーブオイルがありませんでした。それでも塩と胡椒があったので、わたしは普通に食べることができました。 -
[111]
続いてスープが出ました。味は悪くありませんでした。 -
[112]
パンは自由です。 -
[113]
ミネラルウオーターも無料でついています。 -
[114]
日の丸の旗があります。 -
[115]
こちらが本日のメイン「ビーフストロガノフ」です。ストロガノフ家という貴族の家で生まれ代々伝わったとされるロシア料理です。ルーツには諸説あるようですが、一番有名なのは、ストロガノフ家の貴族が年老いて歯が抜け落ち、好物のビーフステーキを食べられなくなったため、食べやすい大きさに切った牛肉を柔らかく煮込んだのが始まりというものです。あくまでわたしの個人的な感想ですが、牛肉が固くて、ものすごくおいしい訳ではありませんでしたが許容範囲でした(うめえといって食べていた方もいらっしゃいました)。ライスはあまりおいしくありませんでした。 -
[116]
最後にコーヒーまたは紅茶を選ぶことができました。これも無料です。わたしは紅茶派なので紅茶を選びました。今回の旅行で訪れたロシアのレストランの紅茶は大体どこも、ティーパックに湯を注いでつくりました。この写真ではカップの裏側に隠れています。 -
[117]
12時05分、そろってレストランを出ました。レストランの外側のウインドーには、カエルがたくさんいました。 -
[118]
こんな感じや -
[119]
こんな感じで。他にもいましたが、くどくなるので割愛させていただきます。 -
[120]
バスに戻ります。 -
[121]
ロシアの町中でバスに乗っているとSPARをよく見かけました。ちなみにSPARというと北海道のコンビニと勘違いされている方も多いかもしれませんが、ヨーロッパを中心に30カ国以上の地域で展開する世界最大の食品小売りチェーンで、本部はオランダのアムステルダムにあります。日本でも全国展開しましたが次第に縮小し、最後に残ったセイコーマート系の北海道SPARも最近なくなって日本からは完全撤退しました。 -
[122]
今日はここまで傘を使わずに済みました。イサク大聖堂を眺め、 -
[123]
旧海軍省の建物を通りながら、エルミタージュ美術館に向かいます。次はエルミタージュ美術館の話です。次の旅行記に続きます。
https://4travel.jp/travelogue/11405511
なお、最新の旅行記目次はこちらです。
https://www2.hp-ez.com/hp/travelmasa/page23
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