2018/09/12 - 2018/09/12
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mas98765さん
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ツアーでエルミタージュ美術館を見学しました。たくさん写真を撮ったので旅行記を3つに分けて書きます。1つ目は本館の宮殿部屋部分の話です。
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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前の旅行記から続きます。
https://4travel.jp/travelogue/11404200
13時25分、バスを降りました。目の前には広場があります。宮殿広場といいます。中央に「アレクサンドルの円柱」が立っています。ナポレオンとの戦争に勝利したことを記念に建てられました。アレクサンドル1世をイメージしています。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/66bZBDSguBz -
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先端には天使の像があります。 -
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円柱の左手にはエルミタージュ美術館があります。かつて宮殿でした。もともとはピョートル大帝(サンクトペテルブルクを造った人)が冬の宮殿をこのあたりに建て、その後、女帝エリザヴェータ(ピョートル大帝の娘)が壮麗なバロック様式で現在の宮殿の建設を開始しました。その後女帝エカテリーナ2世(エリザヴェータの甥の嫁)が建築家を変えたため、内装はそれ以後地味になりました。エカテリーナ2世はドイツの画商ゴツコフスキーから317点の美術品を買い取り、親しい人々に見せる場所を作って、そこを「エルミタージュ(フランス語で隠れ家という意味)」と呼びました。これがエルミタージュ美術館の元となりました。その後も美術品は増え続け、建物は増築されました。後の1837年に一度火災で焼けてしまいましたが、スターソフという建築家により帝国の威信をかけてたった1年で元通りの姿に修復されました。 -
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屋根の上にロシア国旗がはためいています。 -
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上空にヘリコプターも飛んでいました。 -
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円柱の右手には旧参謀本部の建物があります。 -
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中央に凱旋門のような門がある構造です。なお、門の左側はエルミタージュ美術館の新館になっています。 -
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エルミタージュ美術館に近づきます。なお、この日は午後も雨が降りませんでした。空は時間と方向によって青空だったり曇っていたりしました。サンクトペテルブルクの天気はもともと変わりやすいそうです。 -
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おとぎ話に出てくるような馬車がありました。 -
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ここにも昔のコスチュームに身を包んだ人たちがいます。餌食になって(たぶん)ぼったくられる人たちもいます。 -
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ツアーの場合はここから入場します。 -
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ガイドさんからチケットを配られました。本館と新館で共通なのでなくさないようにとのことでした。 -
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ここで振り返って宮殿広場を眺めるとこんな感じです。 -
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旧参謀本部の凱旋門の上の像も眺めます。 -
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13時33分、美術館の建物の中に入りました。入口の1段目のところに赤いテープが貼ってあります。ツアーではここが出入口なのですが、出てくるときにここでつまづく人が多いようです。そうした説明をガイドさんがしているそばから、人が出てきてつまづきました。なお、エルミタージュ美術館はA4サイズ以下の荷物しか持ちこみできないこと、液体の持ち込みは禁止されていることについて、事前にバスの中でガイドさんから案内がありました。今回は必要ありませんでしたが、傘をもっている場合はかばんに入れてくださいとのことでした。今回の旅行でわたしが持ってきた傘はA4サイズのかばんにも入る大きさなのですが、大きな傘を持ってきた人はどうするのか、経験しなかったので不明です。 -
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ドアの左手に案内板が2つ立っています。個人の訪問者は左矢印に従い、冬宮の中庭を通って入ります。インターネットバウチャーを持っている人は右からと書かれていますが、インターネットバウチャーという文字の下には「gift cards and for members of ICOM CIti Tour Pass holders」と注意書きが書かれています。 -
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一人一人、チケットのバーコードをかざして入ります。1枚のチケットで本館、新館ともに一回限り入場できるそうで、その後バーをうまく回さないとチケットが無効になってしまうので、体を使ってバーを回すようにしてください、とガイドさんから注意がありました。わたしの場合、その前のバーコードを読ませるところが難しく、ICカードをかざすような感覚でタッチしたら反応しませんでした。 -
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改札機の後は荷物検査です。空港と同様にかばんをX線検査に通し、金属探知機のゲートをくぐります。 -
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厚手の上着がある人はここに預けます(イラスト風にしたのはピンボケになってしまったためです)。 -
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トイレに行きたい人はトイレに行きます。これは、ツアーの皆さんを待っていたときに撮影した通路の様子です。 -
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13時47分、皆さんが集まったところで1階のカフェの前で説明がありました。ツアーでは最初にガイドさんの説明を聞いて回り、その後30分だけ自由時間があります。そのときの集合場所はこのカフェのあたりになるそうです。エルミタージュ美術館にカフェはここだけなので、迷ったらあちこちの部屋にいる係員に「カフェ」と尋ねれば教えてくれるとのことでした。 -
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13時50分、いよいよ出発です。ガイドさんが、かつて迷子になった日本人夫婦の話をしました。「今もまだ見つかっていません。」(さすがガイドさん、冗談もうまい) -
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やがて前方に華やかそうな階段が見えてきて、左から回って見ると -
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このような階段の入口がありました。赤いじゅうたんが敷かれ、階段は正面の左右にらせん状に延びていて豪華です。この階段を「大使の階段」といいます。かつて各国の大使がこの階段を通って皇帝の謁見にやってきたことからそのように呼ばれます。別名「ヨルダン階段」ともいいます。この階段はネヴァ川に近い側にあり、ネヴァ川をヨルダン川(キリストがヨハネから洗礼を受けた川)に見立て、皇帝の一族がこの階段を通って洗礼の儀式(旧暦1月6日に行われていたそうです)に向かったことからそう名づけられました。 -
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正面には「正義」を表す女性像があります。他にもいくつか像があります。ここで階段は左右に分かれてらせん状に曲がり、同じ2階のフロアにたどり着きます。ここは、派手好きのエリザヴェータがラストレッリ(父親がフィレンツェ出身)に命令して造らせた部分です。大火後もスターソフにより元通りに復元されました。 -
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とりあえず左に曲がります(というよりガイドさんが左に曲がったため)。こちら側の窓はまぶしいので、普通に写真を撮ると、ものすごく暗く写ってしまいます。窓が明るくなりすぎますが、全体的に明るくなるよう画像補正しました。なお、これだけ明るいので窓です(当たり前ですが)。 -
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またここで左に曲がると -
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上のフロアが見えます。 -
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この場所で見上げると、ここにも像があります。 -
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見上げると、天井に絵が描かれています。ティツィアーノの「オリンポス山」という絵です。なお、天井画の周りには複雑な彫刻があるように見えますが、これは「だまし絵」で、実際は描いたものです。ちなみにこの写真は後で自由行動したときに撮ったものです。個人的にはこのアングルが一番の好みです。カメラをかなり床に近づけたつもりなのですが、もっと下の部分を写したかったなと思います。 -
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オリンポス山はギリシャにある山ですが、ギリシャ神話でオリンポス12神が住む山とされているようです。(なお、写真はコントラストをいじりました) -
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ガイドさんが質問しました。「ギリシャの神様で一番偉いのはだれですか。」皆さん遠慮しているようで間があったので「ゼウス」とわたしが答えました。「そうですね。女性好きのゼウスが物色しているところです。」わたしは基本的に聞いた説明は右耳から左耳に抜けてしまい、この旅行記の説明も大部分は後で自分で調べて書いていますが、ガイドさんが時々質問してくださったため、そういったところだけは記憶に残りました。 -
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ここにも像があります。 -
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ここで振り返ると分かるように、吹き抜けの空間が広がっていて、向こう側からも右回りにぐるっと回って2階に行けるようになっています。ちなみに、先ほどは右手に見えるアーチのところからやってきました。 -
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天井画の周りのだまし絵と並んでもう一つの特徴は、例えば正面に見える窓です。向こう側には部屋がありますから光は入ってこないはずなのですが、光っています。それは窓ガラスの代わりに鏡が使われているからです。 -
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階段を上って2階に行きます。ここには濃いグレーの花崗岩の円柱が並んでいます。円柱の裏側(右側)に行きます。最初、この位置から見て下の階の右から左に向けてやってきましたから、その後は右側の部屋に入りたくなりますが、 -
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そうではなく、向かって正面の部屋に行きます。つまり、大使の階段の空間は横を向いていて、この位置の後ろ側、つまり先ほど明るい窓があったところがネヴァ川の方向なのですね。
さて、ここでエルミタージュ美術館のフロアマップが欲しくなりますね。そんな時は、エルミタージュ美術館の公式サイトが便利です。しかも、各部屋の360度イメージも見れるので、これで事前に予習ができました。なお、大使の階段は2番です。これを見ても階段の空間は横を向いていそうですね。
※エルミタージュ美術館公式サイトのフロアマップ(2階)
http://www.hermitagemuseum.org/wps/portal/hermitage/panorama/virtual_visit/panoramas-m-2/?lng=en
(サイトが重たくてタイミングによって表示されない場合もあります。エルミタージュ美術館の公式サイトから「Virtual Visit」を選ぶと表示されます。地球の歩き方のマップと逆で、上がネヴァ川、下が宮殿広場の方向です。番号をクリックしてもその部屋の360度イメージが表示されないことがよくありました。その場合はフロアマップのページを2つ開くと表示されるようになりました。) -
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13時56分、193番の部屋に入りました。ここは「将軍の間」といいます。ここから先の内装はエカテリーナ2世の好みに従い、大使の階段に比べて地味になります。設計者はイサク大聖堂を手掛けたモンフェラン(フランス人)です。 -
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振り返ると、扉の上になるほど「193」と書かれています。エルミタージュ美術館ではどの部屋も扉の上に部屋番号が書かれているので便利です。 -
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イオニア式の柱が2本ずつ、間隔を置いて並んでいます。以前は柱の間に陸軍元帥の肖像画が並んでいたそうで、それが名前の由来のようです。もっとも今でもいくつかの肖像画があります。この部屋には巨大なシャンデリアが3つ並んでいます。左手からこの部屋にやってきました(2つ前の写真は右奥の部分です)。なぜこの角度で写真を写しているかといえば、右側でガイドさんがエルミタージュ美術館の建物の構成や歴史などについて説明していたからです。はみだし者のわたしはガイドさんの説明を聞かず、そのすきに部屋の様子を撮影していました。エルミタージュ美術館は、冬宮、小エルミタージュ、旧エルミタージュ、新エルミタージュから成っています。最初は冬宮だけだったのですが手狭になって増築していきました。 -
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この部屋にはポチョムキンという人の肖像があります。エカテリーナ2世の愛人で、事実上の結婚相手と言われています。政治家・軍人としても優秀で、エカテリーナ2世の生涯を通じてかけがえのないパートナーでした。反乱を鎮圧し、クリミアを併合し,黒海艦隊を創設し、トルコとの戦争の総司令官を務めました。
エカテリーナ2世はピョートル大帝と並び称される有名な女帝です。もともとはドイツ出身で、ピョートル3世の嫁でしたが、クーデターを起こして夫を追い払い女帝となりました。ロシア帝国の領土をポーランドやウクライナに拡大しました。ピョートル3世と実際の夫婦関係はなかったらしく、たくさんの男性と関係を持って、父親不明の子供をたくさん産みました。 -
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他にもいくつか肖像があります。 -
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シャンデリアはとても大きくて重そうです。この部屋のシャンデリアはエルミタージュ美術館で最大です。真下から写真を撮るのは命がけです。 -
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14時03分、194番の部屋に進みました。この部屋は狭いので、どうやらツアーでは素通りしなければいけないようです。 -
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「行儀の悪い中国の人たちがいますが、わたしたちは行儀よく進みましょう」とガイドさんは言って、どんどん次の部屋に歩いてしまいました。でも、もう機会がないかもしれないし、ガイドさんが次の部屋で説明を始めているのに行儀の悪いことをしてしまいました。結局いい写真は撮れず、自由時間に再び訪れたときの写真を少しのせます。 -
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この部屋は「ピョートル大帝の間(小玉座の間)」といいます。ピョートル大帝の栄誉を称えるために造られたもので、ピョートル大帝が使っていた部屋というわけではありません。この部屋の設計もモンフェランです。大火後はスターソフが元通りに復元しました。 -
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玉座にはこのような絵があります。ヤコポ・アミゴーニの「ピョートルとミネルヴァ」という絵です。ミネルヴァは、詩・医学・知恵・商業・製織・工芸・魔術を司るローマ神話の女神です。女神とともに肖像となることで、ピョートル大帝の栄光を表しているようです。 -
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手前の椅子はアンナ女帝(ピョートル大帝の姪)の玉座です。1731年にロンドンで工芸家クラウゼンが作ったものです。真紅のビロードが張られ、双頭の鷲が金の糸で刺繍されています。肘掛けの部分はこのように鷲の頭の形になっています。写真に撮っていませんでしたが、前脚の部分も鷲の脚の形になっています。 -
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部屋の右側面の上の方には、このような絵があります(絵の写真を編集ソフトで歪み補正しコントラストを強めにしたもので、縦横比が実際と異なっている可能性があります)。 -
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一方、左側面の上の方には、このような絵があります。これらの絵は北方戦争(クライマックスのポルタヴァの戦いとレスナヤの戦い:どちらがどちらかわかりません)の様子を表しています。ピョートル大帝は大北方戦争で当時の強い国スウェーデンに勝ち、領土を広げました。ポルタヴァやレスナヤはウクライナ東部にある場所です。 -
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195番の部屋に入ります。「紋章の間」といいます。華やかな部屋です。現在でもイベントや式典などに使用されているようです。この部屋は、ラストレッリが造ったギャラリーを後に助手のフェリテンが改造したものです。大火後はスターソフが復元しました。 -
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シャンデリアは7つあります。この部屋にいた時、パンフレットおじさんがやってきました。日本語版の無料のフロアマップをもらいました。同時にエルミタージュ美術館の日本語版ガイドブックも持っていて、何人かの方が買われていました。 -
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部屋の周囲には、縦方向に溝がある金箔張りのコリント式の円柱が並んでいます。溝のあるデザインは大火後スターソフが導入したものです。 -
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シャンデリアはこんな感じです。 -
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試しに拡大してみました。帝政時代の50余りの各県の紋章があって、それがこの部屋の名前の由来だそうです。 -
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14時10分、左側面中央の出口から次の部屋に進みました。 -
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197番の「1812年祖国戦争の画廊」です。この画廊は、ロッシが設計し、大火後はスターソフが復元しました。部屋に入って左を向くとこんな感じで細長く延びていて、 -
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右を向くとこんな感じで細長く延びています。ですから全体としてとても細長い部屋です(画廊ですから)。わたしは最初に見た反対側の方が重要だと思うのですが、ガイドさんはこちらの方だけ説明しました(反対側を撮影したい個人の人たちに配慮したのかもしれません)。 -
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壁には一面に、ナポレオンとの戦争に参加した332人の将軍たちの肖像画が並んでいます。ナポレオンの率いるフランス軍が攻めてきた時の戦争です。ロシアは焦土作戦によりフランス軍を撤退させました(これによりナポレオン軍は大打撃を受け、やがて勢力が衰えました)。戦争後、ジョージ・ドウというイギリス人の画家が本人の姿をもとに肖像画を描いたそうです。その前に亡くなった人のところは緑の枠になっています。大火の時は宮廷警備の兵士がすべての肖像画を持ちだし無事だったそうです。 -
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こちら側の一番下の列、奥から4、5番目のところの写真を -
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ガイドさんが説明しました。ガイドさんの説明はよく聞いていませんでしたが、パーヴェル・アレクサンドロヴィチ・ストロガノフ伯爵です。当時30歳くらいで歩兵師団長だったらしく、最終的には陸軍中将まで昇進したそうです。ストロガノフ家というとビーフストロガノフが連想されます。ストロガノフ家の人が年をとって歯が抜け落ちたとき、それでも大好きなビーフを食べられるように工夫した料理がビーフストロガノフだという話があります(Wikipediaでビーフストロガノフを調べると、名前がこの人ではないようです)。先ほど、この美術館を訪ねる直前の昼食で食べました。 -
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もう一度、反対側(この部屋に入って左手)の先端に目をやります。白馬にまたがるアレクサンドル1世が描かれています。ナポレオン戦争当時の皇帝です。この肖像は1837年にフランツ・クリューガーが描きました。 -
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アレクサンドル1世に近い左側の壁には、フランスに対抗するために同盟を結んでいたオーストリアの皇帝フランツ1世の肖像画があり、 -
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右側の壁には同じく同盟を結んでいたプロイセン(いわゆるドイツ)の王のフリードリヒ・ヴィルヘルム3世が描かれています。 -
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天井にはお得意のなんちゃって彫刻と天窓があります。 -
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この画廊の中央部付近の、次の部屋に向かう出入口の左横には、この戦争の時の軍司令官としてナポレオンを退却させたミハイル・クトゥーゾフの肖像があります。大きさの比較のため他の肖像画や見ず知らずの人たちを入れてあります。 -
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上下につぶれたように見えるので、写真を歪み補正した際に縦横比がおかしくなったかな、と思ったのですが、この人は実際にとても太っていて、女癖も悪かったらしいです。一方で兵士や一般国民からの人気は高かったようです。エカテリーナ2世、パーヴェル1世、アレクサンドル1世の3代に仕えましたが、アレクサンドル1世とは馬が合わなかったようです。 -
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他にもいくつか大きな肖像画があります。クトゥーゾフの向かい、つまり紋章の間からこの画廊に入って左手前の壁には、ロシア大公のコンスタンチン・パヴロヴィッチの肖像があります。パーヴェル1世の次男ですが帝位継承権を放棄しました。 -
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一方、次の部屋に向かう出入口の右手にはバルクライ・ド・トーリという軍人の肖像があります。祖国戦争でロシア第1軍を指揮しました。 -
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14時13分、198番の部屋に進みます。この部屋は「聖ゲオルギーの間」といいます。ジャコモ・クァレンギというイタリア人建築家により設計されました(大火後はスターソフたちが復元)。聖ゲオルギーはゲオルギオスというキリスト教の聖人です。古代ローマ時代末期にディオクレティアヌス帝によって迫害され殉教した人です。ロシアでは守護聖人として敬われました。実は、イングランドなど他の国の守護聖人でもあります。ちなみに英語ではジョージといいます。 -
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またの名を「大玉座の間」といって、歴代の皇帝が謁見の間として使いました。大使の階段を通ってやってきた大使は、ここで皇帝に謁見したわけです。コリント式の柱が並び、正面に玉座の赤い部分があります。 -
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玉座の上の白い壁には、このような聖ゲオルギーのレリーフがあります。聖ゲオルギーはドラゴン退治の伝説でも知られています。現在トルコの観光地として有名なカッパドキア付近にあった王国でドラゴンが暴れまわり、王の娘がいけにえになりかけたところ、通りがかった聖ゲオルギーが槍をさして退治したそうです。ドラゴンは東洋では幸運をもたらすシンボルですが、西洋では悪者です。 -
[73]
玉座部分の赤い壁には、ロマノフ王朝の紋章である双頭の鷲がデザインされています。 -
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椅子(玉座)自体の背もたれにも、同じデザインがあります。 -
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拡大するとなんだか汚らしいですが、紋章の中央にはやはりドラゴン退治をする聖ゲオルギーの姿があります。 -
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天井には金箔で模様がデザインされています。 -
[77]
床は寄木細工で造られ、天井と同じ模様になっています(人がたくさんいるところの床を見ると模様があります)。「でも、たった1つ違うのは何でしょう」とガイドさんが質問し、誰かが答えました。「そうですね、床には紋章がないのです。踏むといけないからです。」 -
[78]
14時16分、部屋の正面左手の出口から外に出ます。 -
[79]
259番の通路をネヴァ川方向(エルミタージュ美術館公式サイトのフロアマップの上方向)に向かいます。ここは小エルミタージュという細長い建物です。 -
[80]
細長い小エルミタージュの真ん中には細長い空中庭園があって、右手の窓から見えています。 -
[81]
14時18分、突き当たりまで来て次の部屋に入りました。 -
[82]
ここは204番の「パヴィリオンの間」です。エカテリーナ2世のプライベートルームとして造られた部屋です。エカテリーナ2世はここに愛人を囲っていたと言われています。入ると正面左手に有名な孔雀時計が見えます。 -
[83]
これは内側から振り返って撮影したものです(後で撮ったものです)。右の奥に見える入口から入ってきて、左に見える階段のようなところの前で、ガイドさんが長い間説明を行い、皆さんが集まっていましたが、残念ながら単独行動をしていて話を聞いていませんでした。 -
[84]
やはりここの最大の見どころはこの孔雀時計でしょう。先ほど将軍の間に肖像画があったポチョムキンがエカテリーナ2世に贈るためにイギリスの職人に造ってもらったものです。
※11月に見たNHKの語学番組「ロシアゴスキー」で学芸員の方が説明されていて知ったのですが、本当はエカテリーナ2世自身がイギリスの職人に依頼し、お金も払ったのだそうです。 -
[85]
あいにく訪れたときはどこから撮っても光の反射が写りこんでしまいました。 -
[86]
孔雀の上半身だけでも。 -
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フクロウもいます。 -
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床にはキノコやカタツムリの姿も。 -
[89]
リスでしょうか。 -
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普段は動いていません。そのかわりに傍らにモニターがあって、孔雀時計が動いている様子がよくわかります。クジャクだけでなくフクロウなども動きます。よくできています。 -
[91]
モザイクの描かれたテーブルもあります。 -
[92]
小エルミタージュの中庭を見渡せる窓があって -
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手前の床には大きなモザイクがあります。画像編集ソフトで歪み補正すると -
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上から見た形はこんな感じになります。パヴィリオンの間には他にも見どころがたくさんあるようなのですが、見逃してしまいました。
なお、この旅行記の説明は、地球の歩き方の他、わたしの家の近所の図書館にあった本(まだこの町がレニングラードと書かれている1989年発行のNHK出版「エルミタージュ美術館」4巻シリーズ)とガイドさんの説明、それにフォートラベルをはじめとする様々な方のブログの説明をミックスしたものです。
次は美術館として、いくつかの美術作品を見ていきます。
https://4travel.jp/travelogue/11407310
なお、旅行記の最新の目次はこちらです。
https://www2.hp-ez.com/hp/travelmasa/page23
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