1990/10/26 - 1990/11/04
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itaruさん
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2018年7月、久々にマレーシアのボルネオ島を訪れました。前回旅したのは大学生だった1990年とはるか昔で、初の東南アジア訪問でした。それまで大学の長期の休みを利用して欧州や中東を旅していたもののアジアは韓国に行っただけ。それで就職も決まり、時間もできたのでどこかに旅しよう思った時、東南アジアが旅先の候補に浮かんだのを思い出す。
バンコクを起点にタイを巡るのもいいけれど、ちょっと変わったところに行ってみたい。といってソ連崩壊前のインドシナ3国のベトナム、カンボジア、ラオスはハードルが高い。ホテルをはじめ、すべてを手配しないとビザの取得さえ難しい。カンボジアなんて内戦が終わってないし。
じゃあ、マレーシアはどうだろう。直行便も飛んでいるし、タイやシンガポールと鉄道でもつながっている。当時、未開の島というイメージを持っていたボルネオ島もマレーシア領。何があるか、あまり良く知らないけど面白そう。旅程は2週間ほど。マレー半島とボルネオ島に行ってみよう。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 船 ヒッチハイク 徒歩 飛行機
- 航空会社
- マレーシア航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
朝5時10分起床で神奈川の実家から成田空港へ。搭乗するのは雨模様の成田空港から台北経由のクアラルンプール行き。台北では全員一度降機するパターンだったものの台湾の年配の方は日本語を話せる人も多い。おばちゃんと話をしたりしながら時間つぶし。で、KL到着までは良かったのだけれど、KK行きのゲートの情報が頻繁に変わるので混乱。しかも、機材トラブルにも遭遇。KLを飛び立った便が低空飛行のまま、上昇できずに旋回して再びKLに戻ってくるという。その時は深く考えなかったけれど、これって重大事故の可能性もあったのでは……。
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そんなこんなでKKに到着したのは日付も変わった午前2時過ぎ。ホテル探しも面倒なことになりそう、と思ったけれど仕事で来ていた日本人のビジネスマンのタクシーに便乗、ホテルも紹介してもらう。128RMは当時のレートで6500円くらい。学生のBPとしては痛い出費だったけれど、深夜に宿探しの苦労をしないで済んだことを考えれば。ビールもおごってもらったし。ただ、9時にチェックアウトしたのはもったいなかったなあ。
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まだまだボルネオを訪ねる観光客が多くなかった頃。街を歩けば頻繁に声をかけられた。観光案内所を目指しつつ宿探し。体力の消耗を抑えるためにもエアコン付は必須かなと思い、47RMのHotel New Sabahに決定。当時はホステルの情報とか、ほとんど歩き方に載っていなかったんだよなあ。何はともあれ、宿も決め観光案内所で情報を仕入れ、市内観光とばかり博物館に向かう
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当時はまだ開館してから6年ほどしか建っていないサバ州立博物館。そういえば、こことサバ州立モスク、あと中央市場くらいしか歩き方にはKKの観光情報は載ってなかった
サバ州立博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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博物館の展示やサバ州の伝統建築を再現した高床式の家屋などを見たり
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伝統的な船と記念写真を撮ったりしているうちににわかに雲行が怪しくなり
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しばしスコールで足止めされることに。雷鳴とともに近くに雷が……
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最近は東京でもゲリラ豪雨に伴う雷鳴を頻繁に聞くけれど、当時はそれほど頻繁に出会うことなかったのでびっくり
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雨で足止めを食らったこともあって、サバ州立モスクにたどり着いたときは陽も落ちて暗くなり夜景モードの設定のなかったカメラでの撮影はできず。当時のKKは街中にも水上集落も残っていたし、博物館やモスクの周辺にも熱帯の田舎みたいな景色が残っていた。夜の港町を歩きながら初日を終了
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で、28日には朝6時30分に起きて市場で有名なコタブルへ
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雲の間に見えるのはキナバル山?
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コタブルはタムー(市場)で有名な村。当時の歩き方には情報がなかったけれど、観光案内所でKK近郊でお奨めの場所とのことだったので訪れることに
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のどかな田舎の村をぶらつきながら
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タムーの規模は期待していたほどのものではなかったのだけれども
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思いがけず日本語で話しかけられた。ナイフなど刃物類を販売している年配の夫婦。こんなところに日本人? ちょっと驚いたのだけれど、台湾出身だという。話をしてみると、おじいさんは戦前(戦中?)に東京に出てきて、確か高円寺の辺りに住んでいたのだという。その後第二次世界大戦中に徴兵された経験もあり、戦後にボルネオ島に移り住んだのだそうだ。
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おじいさんの日本語は流暢なもの。戦前は日本人として扱われ徴兵され、戦後の混乱期には日本人ではないとされいろいろ苦労があったのではないだろうか。いろいろ考えさせられた。当時70歳ぐらいに見えた2人。今なら90歳を超えているはず、健在だろうか
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老夫婦とお別れてしばらく村を散策
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のんびりとした南国の田舎の風景が広がっている
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そうそうコタブルへの旅のバスで乗り合わせたマレー人のザイナルさんには助けられた。1978年に来日した経験もあるというザイナルさんは日本語ぺらぺら。往復の車中でマレーシアのことを教えてもらったし、タムーについても説明してくれてありがたかった
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ザイナルさんと別れたら中央市場へ。当時と2018年では、その姿が大きく変わったKKだけど市場の雰囲気は変わっていない
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まだ日が暮れるまで時間があるのでシグナルヒルへ行こうと、丘を登ったのだけれども、どこで間違えたのか展望台にたどり着けない。気がつけばサバ州のイスタナ(王宮)の前。中に入るわけにもいかないので衛兵と記念写真。でも、サバ州ってスルタンはいないはず。イスタナってどういうこと?、って思っていたけれど、どうやら州元首公邸ってことらしい。でも、当時はノンビリしてて緊張感なかったけどね
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シグナルヒルには辿り着けなかったけれど、景色もそこそこいいので“なんちゃってパノラマ”の「写ルンです」で
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当時のKK市街に高いビルはまだ少ない
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内陸部に目を移せば緑の世界が広がっている
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29日、この日に向かったのはサピ島。最初はタンジュンアルビーチに行こうか、と考えていたのだけれど観光案内所で相談したら「あまり海がきれいじゃない。海に行くなら島に行った方がいい。おすすめはサピ島」といわれたので方針転換
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サピ島までのボートは往復で12RM。確かに水は澄んでいて気持ちがいい
サピ島 自然・景勝地
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今では観光客で賑わうサピ島も、穴場スポットといった感じ。同じ船に乗っていたのはカナダ人の女の子2人だけ。そのほかツアーなどで日本人の親子連れや韓国人2人組み、米国やドイツのグループがきてけれど混みあうという感じはなし
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設備が整っているとは言い難いけれど、素朴なビーチでゆったり
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ただシュノーケルのセットを借りなかったのは失敗だったかな
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せっかくだから泳いでいる写真撮ろう。ここで終わりにしておけば良かったのだけれども……。調子に乗って濡れた手でカメラ持ったり、海から浜辺を撮ろうとしたりしていると急にカメラに不具合が生じてしまい、ついには撮影不能になって……。防水ないのに無茶し過ぎた
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残っているのは「写ルンです」だけ。ひとまずこれでしのぐしか……。時間が経って直ってくれればいいのだけれど
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しかも無防備でビーチにいたせいでKKに戻るころには日焼けが痛くて……
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せっかくボルネオ島に来たのだから山には登らないにしてもキナバル国立公園には行きたいところ。ただ国立公園内の宿は予約しなきゃいけない。今みたいにネット使って予約なんてできないし、日本の代理店を通じて予約したら高額になって学生としては許容範囲を超えてしまう。まあオフシーズンだから何とかなるだろうと思い、KKの管理事務所で問い合わせたものの経済的なユースホステルが空いているの11月2日から。仕方ないので30日からサンダカンに行くことにする。前日にバスターミナル(ただの広場って感じ)でサンダカン行きのチケット購入。といってもオフィスがあるわけではなく関係者とおぼしきおっちゃんにデポジットで20RM払って、翌日15RMっていうのも。その時もらったチケットがこれ
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で、サンダカンまでのバスの道はタフだった。朝5時20分に起きて6時にターミナルへ。出発は6時45分で到着は17時と10時間超えの道のり。それもエアコンなし、荷物は通路にあふれ、足の置場もない定員オーバーのバス。道路そのものも途中まではキナバル山までの道と同じで舗装されているのだけれど、途中からは未訪だからガタガタでしんどい。ほんま疲れたあ。でも、途中たくさんの木材を切り出しているところにも遭遇、これって日本に輸出している?なんて思いながらのバス旅でした。で、翌31日はせっかくだからオランウータンを見ようと9時のバスでセピロック・オランウータン保護区へ。子供のオランウータンや珍しい子供を抱えたオランウータンに遭遇したのだけれど、カメラは完全にいっちゃっててダメ。結局、保護区で撮ったオランウータンの写真はこの1枚だけ。といっても不鮮明で良く分からないのだけれども
セピロック オランウータン リハビリテーション センター テーマパーク・動物園・水族館・植物園
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午後サンダカンに戻り、日本円を両替しようと思い銀行へいったものの、取り扱っている場所がなくてたらいまわし。何とか両替はしたものの手数料もそこそこ取られた。東南アジアってことで、珍しく日本円チェックと作ったりしたのだけれどもメジャーでないところでは米ドルが一番使い勝手がいい、ってことを勉強したものです(まあ、今ではキャッシングがメーンですけど)
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サンダカンは山崎朋子の「サンダカン八番娼館」の舞台となった街。からゆきさんの墓があるというのでお参りしようかと思ったのだけれども、どうにも場所が見つからない。すれ違ったおじさんに尋ねると「そこにあったよ」と言ってくれたのだけど……。残念だけどタイムオーバー。最後はサティーとビールでほろ酔い加減で宿へ
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11月1日、さすがに10時間かけて再びバスでKKに戻るのはきつかったので復路は飛行機で。前日に街中で購入72RM(約3600円)。飛行機だと10時間の道のりがわずか40分しかかからない
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KKについたら真っ先に探したのが安いカメラ。クレジットカードを使えるところを探し、最後はヤオハンで76.6RMで購入。キナバル行きのバスはサンダカン行きということで再び明日は早起き。ただしバス代は10RMだけど。ってことで、港で魚料理を食べて翌日に備えることに
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東南アジア最高峰のキナバル山の登山基地であるキナバル国立公園。到着後、公園専属のナチュラリストによるGuided Walk(1時間程度)に参加したり、スライドやフィルムで説明するEvening Programmeに参加。ちょっと物足りない気もしたけれど、いろいろ自然を知るプログラムを提供してくれるのはありがたい
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公園にはOLDとNEWの二つの二つのホステルがあったのだけれど、OLDには外国人が集まり、NEWにはマレーシアの子供たちが集まっていた。似たような世代の人間が集まっていたこともあって、夜はワイワイガヤガヤ楽しかった。シリアに長いこと滞在した経験のある英国人のサイモンとはシリアの話で盛り上がったし
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とはいえ、私を除く人たちはキナバル山に登る人たち。同室だったスウェーデン人のあんちゃんは朝6時には出て行ったし、7時にベッドから出た時にはほとんどもぬけの殻状態。でも、公園から見るキナバル山は何ともいえない美しさ。朝の澄んだ空気(少し肌寒いくらい)もあって、登ることにすればよかったと思ったりして
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さて朝食を食べてホステルに戻ったら、カナダ人の姉妹が2人残っていてこれからKKに戻るという。KK行きのバスは時間が定かでないし、1人で待つより何人かいたほうがイライラしなくて済む。ということで、一緒にKKに向かうことに。で、彼女たちがKK方面に向かうマイクロバスをヒッチハイク。おかげで思ったより早くKKの戻ることができた。ついでにKKの快適なホステル情報ももらうことができたので、早速15RMのホステルにチェックイン。ただ、ここで大失敗をすることに。翌4日、朝食を撮る際にカメラなどを入れたままのウエストバッグをベッドの上に置きっぱなしにしてしまったら。戻ってみるとなくなっていた。せっかくのキナバル山の写真が……。
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この旅行記へのコメント (2)
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- yamayuri2001さん 2018/09/09 16:25:19
- itaruさん、こんにちは。
- 現代の旅行記も楽しいのですが、
itaruさんの 90年の旅行記は貴重ですね!
この頃の日本は、今と比較すると
まだまだ国としての力があり、
世界における競争力の
常にトップクラスだった気がします。
私は、92年に始めて
マレーシアのペナン島に行きましたが、
まだまだのんびりした島でした。
ボルネオは、大自然が豊かな旅情を
育んでくれますね。
それにしても、当時のボーディングパスや
レシートもきちんと保存されていらっしゃるのですね。
これって、今となってはアンティークな
お宝ですね!
また、おじゃまします。
yamayuri2001
- itaruさん からの返信 2018/09/09 23:09:27
- Re: itaruさん、こんにちは。
- yamayuri2001さん、コメントありがとうございます。
>itaruさん、こんにちは。
現代の旅行記も楽しいのですが、
itaruさんの 90年の旅行記は貴重ですね!
この頃の日本は、今と比較すると
まだまだ国としての力があり、
世界における競争力の
常にトップクラスだった気がします。
まさにバブルの時代ですよね。
この頃は「日本で働きたい。どこか紹介してくれないか」みたいな話をされたことが何度もあります。
]>私は、92年に始めて
マレーシアのペナン島に行きましたが、
まだまだのんびりした島でした。
ボルネオは、大自然が豊かな旅情を
育んでくれますね。
ボルネオはKLから離れていることもあって、あくせくしていなくて、観光客で儲けようという人も少なかったように思います。自然が豊かな未舗装路のバス旅はかなり疲れましたけど(苦笑)
>それにしても、当時のボーディングパスや
レシートもきちんと保存されていらっしゃるのですね。
これって、今となってはアンティークな
お宝ですね!
学生の頃の旅はフリー台紙のアルバムに写真を張っていたので、チケット類も貼ったりしました。特にサンダカンやキナバル国立公園はカメラの故障や盗難で写真があまり残っていないので、大目にチケット類を貼っていました。
>また、おじゃまします。
yamayuri2001
またよろしくお願いします。
itaru
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