2018/06/19 - 2018/07/04
135位(同エリア262件中)
おかまのこがねさん
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ドイツのフランクフルトからどんな珍道中となるやら・・・2回目。何千㌔のオヤジと妻の旅。
おやじは主に絵の買い付け? 妻は猫を尋ねて
旅程:あくまで予定(昨年はヴァインハイムの友達の家を起点に・・・)
①成田→フランクフルト → ストラスブール(泊)
②ストラスブール →ベルクハイム →リボヴィレ →ユナヴィール →リクヴィール →カイゼルベルク →カッツェンタール →テュルクハイム →ヴェlットルハイム →エーグィスハイム(泊)
③エーグィスハイム→バーゼル→ベルン→フリブール(泊)
④フリブール→ヴィルダースヴィル→Schynige Platte→カヴァニヤゴ(泊)
⑤カヴァニョゴ→ベリンツォーナ→ペーロ(泊)
⑥ペーロ→サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会→マーケット→Open Air Theatr→ペーロ(泊)
⑦ペーロ →ベローナ →システィアーナ(泊)
⑧システィアーナ →ポストイナ →サモボル →ザグレブ(泊)
⑨ザグレブ →プトゥイ →マリボル →ケーセグ(泊)
⑩ケーセグ → ウイーン(泊)
⑪ウイーン →ベネディクト修道院 →クレムス・アンデア・ドナウ →メルク修道院 →ザルツブルク(泊)
⑫ザルツブルク →(泊)
⑬ザルツブルク →未定(泊)
⑭未定 →未定(泊)
⑮未定 →機中(泊)
⑯機中 →成田
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- レンタカー
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
表紙は
ザルツブルクのホテルの玄関
これおまじない
いや、妻の知り合いから預かってきました。 -
今朝は中庭のテラス席で朝食です
-
黒猫ちゃん
さようなら
ハムをレストランのお姉さんからもらってご機嫌です -
ザルツブルクなのに最後の晩餐
-
出てきたところ
元修道院はさすがですな -
駐車場に車を取りに伺います。
ここでまた問題が
係員が昨日からいたのですが。
カードが使えないことに
自動精算機はあるのですが、土日は使えないとのこと
しょうがない銀行でキャッシングすることに
何せ初めてなので焦りました
いろいろ画面タッチして
暗証番号入力まできました。
○○○○
そうしたら画面に10とか50とか100が並んでいました。
そして100をタッチ 無事現金100ユーロが出てきました。
やはり、ぎりぎりの現金では とほほ
100ユーロぐらいは余裕を
夜だったらと思うと ゾッと -
それでは出発
あっという間にドイツへ
橋が -
近づきます
-
近づいた
Achental Radweg Autobahnbrücke
橋 -
ベルゲンで 給油
39.33L 63.68ユーロ -
同じ
実は
環境対策の進んだ国として、ドイツを思い浮かべる人も多いと思います。ドイツでは、環境汚染が問題になりはじめた時期にいち早く対策に取り組んだ国です。風力発電の普及や容器包装のリサイクル法の充実などに加え、ペットボトルのデポジットシステムと言うものも有名です。ペットボトルのジュースなどを買うときに、リサイクル費用を余分に払い、空の容器を返却するとそのお金が戻ってくるという仕組みです。日本では馴染みの薄いこのデポジットですが、欧米の先進国では導入されていることも多く、ドイツをはじめ、海外へ行くときに知っておいて損のない知識でしょう。
ちなみに Evian 0.75Lで0.25ユーロかかります。 -
どこでもサイクリングはブームですね
-
キーム湖です。
-
しばし続く
キーム湖(独: Chiemsee、キームゼー)は、ドイツ・バイエルン州のローゼンハイムとザルツブルクの間にある淡水湖である。しばしば「バイエルンの海」(Bayerisches Meer)といわれている。「キームゼー」は現地のバイエルン語およびアレマン語の表記で、標準ドイツ語では「ヒーム湖」(ヒームゼー)と表記される。 -
この湖の島
女島に
フラウエンヴェルト女子修道院があるそうだ -
海岸から離れて 8号線をヴァイルハイムへ
-
遠くに山並み
-
が見えます
-
何かいます
-
教会 ウムラートシュハウゼンのHeilig Blug
教会ハイリッヒ・ブルト、ウムラトスハウゼンは後期ゴシック様式で建てられました。天井画は、当時知られていた4つの大陸に対するキリストの血の祝福を描いています。
教会は後期ゴシック様式の建物で、おそらく1470年頃に建てられました。当初の後援はオルティセイでしたが、16世紀半ばから教会は聖血に捧げられてきました。これは、聖血への巡礼の繁栄に関連しています。1625年、大きな村の火事が猛威を振るい、教会と塔がひどく損傷した。しかし、復興はすぐに始まりました。当時、教会は広く有名で、多くの訪問を受けた巡礼教会でした。
教会には、キームガウの最も広いゴシック様式の金庫があります。1899年に塔がリニューアルされ、塔のフードはランタン付きのネオバロック様式のタマネギドームを受け取りました。支部教会は1999年に最後に修復されました。
インテリアは見事に比例しており、その珍しい幅と後期ゴシック様式の田舎の教会のためのスペースの豊富さのために印象的に見えます。 -
牧場ですかね
-
こういうところ
いいですね -
8号 フラスドルフ近郊
-
続く
-
キャンピングカーがキャンピングカーをけん引 フム
-
これはいままで行ったところを貼ってんですかね
すごいね大陸 -
べこです。
妻は動物大好きなので
はしゃいでいます -
動物が会えるのが幸せと
いつも言っていまーす -
水飲み場?
-
いつの間にか472号線です
農場 いいですねとかいうしかない
教会はどこにでも -
続きます
-
遠くにも教会
-
ヴァイルハイムに着きました
-
歩きます
どうぞ
ヴァイルハイムは、北のミュンヘン、南のガルミッシュ=パルテンキルヒェンの間にあたるアルプス前山地方に位置している。市内をイーザル川の支流であるアンマー川が流れている。 -
スーパーの駐車場に
45分でおねがいね と
しかし日曜日
はスーパーは休み
そして
どこでも どこのパーキングでも無料です
Norma Lebensmittelfilialbetrieb Stiftung & Co. KGは、ドイツ、フランス、オーストリア、チェコ共和国にNorma(独自のスペル:NORMA)という名前で1450以上の店舗のネットワークを持つ食品ディスカウント業者です。これらは16のブランチによって供給されています。店舗はノーマ(「ノリクム・マルクト」から)という名前で運営されており、ロディの買収以来、ノーマ・ロディの下でも運営されている。 -
しばし散策します。
-
小さな街
ob.Stadt
シュタット通り -
ようこそ
-
-
カラフルな
-
オーベル・シュタット通りを
-
進みます
-
-
-
-
-
-
たばこの自動販売機
落書きも -
いろいろあります。
-
ヨリマス
-
日本円で 800円ですわな
-
カードはここに
-
またしばらく散策
-
だれもいませんね
外国人?が
静かで
しかしこの色
なんとも
そして低い窓 -
窓が
ブルー
やはり白を基調に
ドイツに二週間ぶりに戻りました -
アイスクリーム店
Gelat Ok! -
stop
止まってね
オヤジさん ドイツに帰って来て老けたんで!!!
この人 違いますから
右の 何色 えっと サーモンピンク
これも
靴やが入っています -
歩きます。
続く -
とうとう
-
これ市庁舎
屋根に注目
コウノトリではありません -
まぁ たくさん くっついて
krankenhaus
は病院
右は旧市街 Altstadt
静かな親切ですね -
右Sparkasse Oberland - Zentrale
預金銀行 -
緑の建物
ROSSMANN Drogeriemarkt
メイクアップカウンターには
アルテラナチュラルコスメティックス
キャトリス(小品揃え)
エッセンス(小物揃え)
エシー
ロレアル パリ
M.アサム
メイクアップレボリューション(小品揃え)
マンハッタン
メイベリン(小品揃え)
ライバル・ド・ループ
次の建物
PETER'S WEINTREPPE
ワイン専門店
右の黄色い建物
Lesbar die buchhandlung
本屋 -
寺院 礼拝所 マリエ・ヒンメルハフルト
Mariä Himmelfahrt
ロマネスク様式の前身教会のうち、教会の塔の下部に残っているのは教会塔の下部のみです。1624年から1631年まで、現在の教会の建物は彫刻家バルトロメウス・シュタインレの指導の下で行われました。建築とスタッコの作品の実行は、近くのヴェッソブルン学校のゲオルク・プラウンによるものとされています[4]長さ約45メートル、幅25メートルの建物は壁の柱教会であり、右側は塔によって強く、左側は聖具によって強くくびれており、4つの身廊のくびきがあり、その後ろ端はオルガンギャラリーで覆われています。合唱団は、聖歌隊のくびきとドーム付きの5~8分の5の閉鎖で構成されています。これは、おそらくザルツブルク大聖堂に触発された、アルプスの北のドイツ人によって建てられたランタンを備えた最初の8面の修道院の金庫です。壁の柱を通して、内部の特定の構造が作られるので、身廊の両側に3つの側面礼拝堂が作られ、それぞれに祭壇があります。建築史の面で興味深いのは、同じ時期に建てられたミュンヘンの聖ミカエル教会との類似点です。早くも1573年に、ハンス・グッゲモスは、5つの鐘を持つ鐘を収容するために、ウェールズのフードを備えた8面のランタン構造を備えたロマネスク様式の塔の下部構造を上げました。鐘楼の上には塔の番人のパーラーがあり、手すりで保護されたツアーを通して街の遮るもののない景色を眺めることができます。
中は美しいみたいです。
妻は飽きてきたみたいなので入らず -
これもそうです
素敵な小さな町の美しい古い教会って感じ。
教会の家具は非常に広範で、美術史の面で興味深いものです。したがって、教会内のスタッコは「ヴェッソブルン学校」の最初の検証可能な作品であり、おそらくイェルク・シュムザーによって作成されました。大部分がまっすぐで均一な形は、起源の初期を示しています。天井フレスコ画は、1627年にヴァイルハイムの画家エリアス・グロイターと彼の息子ヨハン・グロイターによって作成され、ドイツで記念碑的な天井画の最も初期の試みの1つです。[4] 描かれているのは、マリヤの目の下でルシフェルを地獄に押し込む栄光の大天使ミカエルです。マリアと大天使の賛美により、反宗教改革の典型的なモチーフが選ばれました。隠された特徴は、チャンセルの上のドームのフレスコ画です。通常、カトリックの儀式は、ミカエル、ガブリエル、ラファエロの3人の大天使の崇拝しか知りません。ここでは、正教会の姉妹教会の7人の大天使が、神の母マリア、すなわちウリエル、バラキエル、サラティエル、イェフディエルと円を描いています。これは、同時にピウス4世によって委託されたローマのサンタ・マリア・デッリ・アンジェリ教会に関連して見ることができると考えられています。 -
祭壇は異なる文体時代から来ています。高い祭壇画は、1642年にミュンヘンのバロック様式の画家ヨハン・ウルリッヒ・ロートによって作成されました。アントワープ大聖堂のためのピーター・パウル・ルーベンスの有名な絵画は、天国へのマリアの被昇天の描写のモデルとして役立ちました。左側の2つの側面祭壇の最初のものは、1760年頃にヴァイルハイムの彫刻家フランツ・クサーヴァー・シュメードルによってロココ様式で設計されました。最初の身廊のくびきの前祭壇には、その中央のニッチに1510年頃の木製の人形キリストが含まれています。2番目の身廊のくびきにあるシュメードルの裏側の祭壇には、アウグスブルクの司教である聖ウルリッヒ(890-973)と彼のプレデッラには、ルーカス・クラナッハ・ザ・エルダーによるマリア・ヒルフの奇跡的なイメージのコピーが示されています。左側のリアサイド祭壇は古典主義のスタイルで実行されます。ヨハン・グロイターのメイン写真は、アンティオキアの殉教者マーガレットの斬首、東からの3人の賢者による幼子イエスの崇拝である彼の父エリアスの抜粋写真を示しています。丸い聖歌隊のアーチの右側には、バーソロミュー・スタインルによる悲しみに満ちた神の母の奇跡的なイメージを持つ説教壇と十字架の祭壇があります。中央に取り付けられた十字架には、殉教者ゲオルクとセバスチャンの姿が並んでいます。隣の祭壇には、もともとエタール修道院のために作られた祭壇画があり、オーストリアの芸術家マーティン・ノラーによって作成されたキリストの嘆きを描いています。右側の一番後ろの祭壇には、バプテスマのヨハネの斬首を描いたエライアス・グロイター・ザ・エルダーの祭壇画があります。プレデラには彫刻グループ、アンナ・セルブドリットが立っています。聖母マリアに加えて、聖アンナはヴァイルハイムの第二の守護聖人と考えられています。
-
教区教会のオルガンの歴史は17世紀にまでさかのぼります。したがって、1685年に教会は新しい楽器を受け取り、1782年にフランツ・トーマス(アイトラン)による新しい建物に道を譲りました。これは2つのマニュアルとペダルで22回の停止があり、1811年にランツベルクのピーター・パウル・ヘルミュラーによって修理されました。これに続いて、1864年にミュンヘンのオルガン製作者マックス・マーツによる別の新しい建物が31の停留所で建てられました。
最後から2番目のオルガンは、1909年にH. Koulen & Sohn社によって2つのマニュアルとペダルで36ストップで製造されました。 -
1947年からのスチール製の鐘の代替品として、2004年にインスブルックの鐘鋳造所グラスマイヤーによって合計6つの新しい鐘が生産されました。これらは、バイエルン州でこのメーカーの最初のリンギングを表しています。
すべての鐘は、いわゆる「ベルネック」に、ヴァイルハイム地方のアルプスのパノラマを捉えたフリーズのような浅浮き彫りによって装飾され、ヴェッソブルン修道院長ベダの修道院長のスタッフを表し、ファッフェンヴィンケル全体を象徴する腕のようなベルトバックルのコート付きのベルトとして様式的にフレーム化されています。この修道院長のスタッフは、1830年にレーゲンスブルク司教によってメッテン修道院に再建のために寄付されました。スタッフの曲線には、ヴェッソブルンの奇跡的なイメージのレプリカがあります。フリーズに捉えられているのは、古代の巡礼地であるホーエンパイセンベルクからの眺めで、ファッフェンヴィンケルの地域を支配する神聖な「山」の1つです。示されている山脈は、イザール川の源流からロイザッハ川、アンメール川からレヒ川まで広がっています。サウンドスペース、ヴァイルハイムの鐘の広い音は、近くの山々の地平線に囲まれています。ベルの肩には、ヴァイルハイムから見えるアルプスのパノラマが描かれています。 -
好きですね
ドイツ -
トイレ ぇええ
-
ありました
-
ここに
相 LOVE ? -
これは女性
-
広場に来ました
-
真ん中の木々
いいすっね
右ホテル ヴォルマン
Fielmann - your opticianというメガネ店
入っています
並びに
Carlesi Cafe
マリア・ヒンメルファールトを見たので、カルレジカフェで休憩する時間です。おいしいコーヒーを味わう時が来ました。壮観なサービスは、ここのようなゲストのものです。Googleユーザーはこの場所に非常に寛大です:それは4つ星を授与されました。 -
さて 真ん中に
荒野の用心棒
はっ
(古ぃ)
右手に拳銃
カメラでした。 -
4本の木に囲まれています
-
史跡 メアリーの像 1698年建立
マルクト広場にはどこにも史跡が
しばしこのマリア広場に
かまぼこ風の屋根 そう黄土色
Guggemos
衣料品店 -
少女が下に
これはマリア像ではないですが
はて
奥左の建物Konditorei-Kaffeehaus Krönner
カフェ・喫茶
茶色のは
Konditorei-Kaffeehaus Krönner
カフェ・喫茶 -
-
こういうの好き
-
朝食ですとか
-
-
-
カフェは開いているのですが
そのほかのお店はやすみです。 -
何か 絵
だまし絵 -
左 カフェ
中 家具屋 絵なんぞ
真名k壁の絵
すわっちゃって
Wohnstudio Christa Kriesmair GmbH
家具店
そうか
右MeieR
ベーカリー -
パープルの建物
Gasthof Allgäuer Hof
バイエルン料理店
その左は
Förster Optik - Ein Erlebnis für Ihre Augen
メガネ店 -
右も 洋品店
左に向かって
若草色の建物
freenet Shop
携帯電話ショップ
左のクリーム色
HypoVereinsbank Weilheim
銀行 -
-
SCHMID Weilheim
衣料品店 -
-
右に
-
左
不動産屋を覗いて
どうすんの
先、行きます。
だれ -
白い建物 デパートWeltbild
-
観光名所
奥にCommerzbank 銀行
窓口 昼休みがあります 一斉に1時間 -
4つの物語があるそうですが
4面に描かれているようです。 -
噴水!!
-
史跡
塔ですので防御するためですね -
しばし城塞を
-
-
塀
-
塀の中
それでは戻ります -
パーキング 80台空いてます
親切 -
-
-
では
市長さん
失礼します -
-
自転車修理屋
結構 小さな町に
自転車屋 ありましたよ
買って帰る ことは むむむむむ -
古っ
-
電気店
妻が叫んでいます
いゃ違いました -
水車小屋
-
水車
アンガー川に
観光名所
水力発電所なのです -
周辺
かわいいです
Kneippbecken Obere Stadt
公園 -
ausfahrt 出口ですよね
-
何ですかね
空いているんですかね -
駐車場に来ました
では出発
この車でありません -
オーバー ミュール ハウゼンに入ります
やはりカーナビがないといけません
制限速度が表示されるので
この黄色い看板 つい見過ごすこともありますから -
制限速度 50k
皆、ブレーキを思い切り踏みます -
そうじゃないと
28K 越え
私たちの車の速度がでます
ソーラー発電ですね
ヨーロッパでは制限速度はみなさんまもります。
30kのところは30Kで走ります
日本だとあおられますよね。
こちらはオービスもふんだんにあります。
いろんな形をしたオービスが・・・厳しいです
制限速度内ではしっていると にこちゃんマーク?が現れたり
また、オーヴァーしますと 怒りんぼマーク?が現れます。 -
Filialkirche St. Peter und Paul
カトリック教会が見えますね -
ハーゲンハイム
べこが -
いっぱい
-
いました
-
あらゆるとこで農機具が走っていました
Landsberg a Lech.ost
から高速へ -
ランツベルクのSA 昼食
NORDSEE で
好きなものを選んで
あとで精算
フレンドリーな店員さんばかり -
外で
-
食べます
これ量り売り 6.60ユーロ -
8.99 ユーロ
ソーセージは高いですな -
おいしそうなので
バーガー 2.99ユーロ
そして -
もひとつ
これは0.79ユーロ -
えっ コーラ 2.79ユーロ
頑張って食べました -
よ
この傘の下で しめて22.16ユーロ
余談ですが、こちらの方のSAには ビールを売っていました。
日本では考えられないですが -
周りの雰囲気
-
で中はというと
-
こんな感じ
NORDSEEは
アドルフ・ヴィンネン、パウル・バルカン、ヴィルヘルム・エルツェ、ヨハン・フリードリッヒ・ランペが1896年4月23日の午前中に私たちの設立議定書に署名し、「ドイツ・ダンフィシェライ・ゲゼルシャフト・ノルドゼー」が創設されたとき、先見の明のあるハンザ同盟の人々は冒険に乗り出しました:16匹の魚汽船から始めて、目標は全国のプレートに最高の海をもたらすことでした。
同年、ブレーメンに最初の販売カウンターがオープン。1年後、別のポートが稼働します。1930年、さらなる合併のおかげで、基礎石は独自の効率的な漁業のために置かれました。1955年、支店ネットワークはすでに250の場所に成長し、1965年にNORDSEEクイックレストランが立ち上げられたことで、NORDSEEはパイオニア精神を示し、当時全く新しい美食コンセプトを提供しました。2014年、焦点はブランドの未来に向けられ、NORDSEEは会社の戦略的再編を開始します。焦点は、伝統、自然さ、新鮮さ、革新性の間の明確なブランドポジショニングにあります。 -
外に
-
どうしたんですか !
-
-
-
-
電気自動車充電スタンド
-
はい
-
メミンゲンに向かいます
高速96号
途中ライスティングに巨大なアンテナがあるんですが
時間が -
少し
見えたんですが -
つきました
50セント 1ユーロ 2ユーロ
これはメミンゲンのパーキング -
おなじ
ヨーロッパでは、日中のみに料金がかかるケースが多いです。
それでレセプションの女性 。車ですか ?(答)あ はい
明日7時までに料金を入れないとといわれました
後で確認したところ8時だったか9時だったか
7時ではなかった。
まぁ こちとら 標識を信用
明日の朝、散歩のときに3ユーロ?入れま~~す -
ドレクセルス パークホテル
実はザルツブルクで予約したんですが
レセプションで確認がとれません?
明日の予約でした。間違えた
これも珍道中 泊まれました
zimmer-Nunner 219
219号室
朝食 二人で17ユーロ
しめて118ユーロドレクセルス パークホテル ホテル
-
着きました
ホテルにダンケドレクセルス パークホテル ホテル
-
いわゆるマルクト広場
左は聖ヨハン・バプテスト教会かな
教会は、メミンゲンのアウグスティヌス隠者修道院の旧修道院教会です。建物は15世紀にさかのぼります。1448年にメミンゲンのアウグスティヌスは教会を刷新しましたが、以前の教会の痕跡はありません(修道院は少なくとも1280年までさかのぼることができます)。修道院とおそらくその教会は、洗礼者聖ヨハネと聖アウグスティヌスに捧げられました。18世紀には、教会はバロック化されました。1803年に小さなアウグスティヌス修道院が世俗化した後、修道院とそれとともに教会はチュートン騎士団に渡され、チュートン騎士団はバイエルン州に譲渡しました。1807年、教会は聖マクシミリアンの後援でカトリック教区教会となった。1843年に聖ヨハンバプテストになりました。
教会のバロック様式の家具はその後、ネオゴシック様式のものに置き換えられ、20世紀の60年代に取り除かれました。今日、教会は冷静で飾り気のない形で現れています。 -
奥の緑の屋根
教会です
Kreuzhernnkirche -
運河沿い
メンミンガーアッハ
をオヤジが -
同じく
このまま落ち。。ば
と
聞こえたような -
以下メミンゲンの街
-
すきま風
-
人を愛して ららら
-
足湯?
-
バイクがかわいいので
-
鳩ですよね
-
川沿い
-
温泉が湧いている?
違います -
左に メキシコ料理店が
Las Carretas -
30歳 以下
私たち
は
通れません -
そんなの
撮ってないで
先の教会に行きますよ -
教会 Frauen Kirche Memmigen
なんか女性の教会だそうです -
べつの角度
-
これも
-
シュタイン・ボーゲン通り
-
シュタイン・ボーゲン通り
-
ハートガッセ ガッセは小道という意味
かるがも -
以下おなじ
-
リンデントール通りですが
6階建て? 中はどんな造りなんでしょうか -
木組みは
ドイツ -
三角屋根
こんな感じも素敵 -
これ
ちょっとモダン
リンデントール通りに -
マキシミリアン通り
Kirchmayer & Schütz Augenoptik OHG
メガネ店
茶色の建物
Amplifon
補聴器専門店 -
同じく
右から二軒目
Moritz
レストラン
メミンゲンの旧市街の中心部にある美しいワインマーケットには、広大なサンテラス付きのレストランがあります。
温かいお食事は午前11時30分から午後9時30分まで提供しています。
毎日変化するランチメニューは、さまざまな料理のセレクションであなたを待っています。午後2時から午後6時まで、私たちは様々な午後の食事を提供しています。私たちの夜のメニューでは、シュヴァーベンの古典からイタリア料理、おいしいサラダ、季節ごとに変わるオファーからおいしいハンバーガーまで、あなたの心が望むものすべてを見つけるでしょう。
素敵なコーヒーとおいしい自家製ワッフル、ティラミス、アップルシュトルーデル、またはチョコレートスフレをお楽しみください。夕方には、バーで素敵なワイン、地元のビール、または長いドリンクを飲みながら夜を締めくくります。 -
変なオヤジが
-
あるいています
-
正面
Stadtmuseum Memmingen
地域歴史博物館 -
行きます
-
聖マーチン 複音教会
中に入りましたが
画像はありません
なぜ 牧師さんが聖書らしき本をお読みでしたので -
同じく 聖マーチン 複音教会
メミンゲンのランドマークの一つです。1325年頃に現在の形で始まり、1500年頃に完成した3つの通路の後期ゴシック様式の町の教会は、メミンゲンの旧市街の原始的な独房に位置しています。500年以上前の後期ゴシック様式の聖歌隊の屋台を含む多くの芸術作品を収蔵しています。 -
同じく
4月から9月 毎週土曜日11:00からパイプオルガンの演奏があります
パイプオルガン すごいですよ。
セントマーティンのゴルオルガン
1998年にルツェルンのオルガン製作会社ゴルによって建てられたこの楽器は、コンサート、CD録音、ラジオ放送を通じて、幅広い超地域的な聴衆に知られるようになりました。温かみのあるフルボディのサウンド、豊かな色彩、ダイナミックなアンビタスが称賛されています。
先ほどの理由で写真ありません -
ここです
プレートあり -
しかしくっついていますね
日本では長屋? -
Ulmer Tor
ほかにもこんな塔があります -
ウルマー通り
馬には間違いないですが
何を
しているかわかりません
(答?)彫刻。 -
ここのカフェ&バーで夕食
-
こうのとり。 フランスアルザスでも見ましたな
前の旅行記参照 -
Hamptons
というバー
これは9.70ユーロ -
6月のビール
注文はピルスナー& ヴァイツェンと言いますと
これが
Kellerpils
「ケラービア」とは、「セラービール」のこと。これは無ろ過、または滅菌処理されておらず発酵時の酵母が少し残っているタイプのドイツビール。ピルスナーは、きりっと爽快で、喉の渇きを癒す世界で最も愛されているラガービールのスタイルである。
Weissbier
ドイツの白ビールはドイツ西部(バーデン=ヴュルテンベルク州)および北部でヴァイツェン(小麦)と呼ばれ、バイエルン州でヴァイスビアまたはヴァイス(白ビールまたは白)と呼ばれる。ヘーフェヴァイツェン(Hefeweizen、ヘーフェはドイツ語で酵母)は、濾過していない白ビールの名前であり、クリスタルヴァイツエン(Kristallweizen)は濾過した小麦ビールである。 -
このバーには外国人?はいませんでしたが
日本人らしいご婦人が現地の人と一緒にいました
ピルスナー 2.9ユーロ
ヴァイツェン 3.9ユーロ
アインガーはミュンヘンから約25 kmのバイエルン州アイイングにある醸造所です。
1876年、アイイング醸造所の創設者ヨハン・リープハルトは、1810年頃から家族が所有していた居酒屋と肉屋のある農林業地「Zum Pfleger」を両親から引き継ぎました。彼の妻マリアは、マルクト・シュヴァーベン出身の郵便配達員の娘で、ブロイ世代のすべての女性と同様に、経営における最も重要な支援者でした。
ドイツがフランスに勝利した後の19世紀の70年代の経済的爽快感の中で、彼と彼の父ピーター・リープハルトは彼ら自身の醸造所を設立することに決めました。これは当時はそれほど珍しいことではなく、1880年頃にはバイエルン州だけで約6,000の醸造所がありました。現在、約650基が稼働中です。 -
市庁舎
タウンホールとして
マルクト広場 以前、ポーランドのザモシチどいう街 世界遺産の街ですが似ています。
16世紀の多階建てのルネッサンス様式の建物です。それは強い都会のアクセントを設定し、北東の市場広場を閉じます。メミンゲンで最も有名な建物の1つです。
市庁舎は、ヨハン・ゲオルク・ノールとヤコブ・ミッテレッガーのデザインに従ってロココ様式で再設計されました。1764年から1765年にかけて、切妻はその湾曲した輪郭を受け取り、窓はスタッコ装飾で囲まれていました。ポルタトリアスはドアの葉を彫った。それ以来、側面の入り口の天窓は、市と枢密院の紋章で飾られています。大きな中央ゲートは、貨物カートが2つの通路のアーチ型のホールに入ることさえできました。市庁舎の地下には古い議会の部屋がありました。それは常に涼しい4°Cがあるほど深いです。1918年5月12日、いわゆる戦争のランドマークが市庁舎のガラスの絵として一般に引き渡されました。それは勝利した軍事ユニットが街に移動することを示しています。守備隊は1914年にノイウルムからメミンゲンに移された。第一次世界大戦からの兵士の勝利の帰還を期待して、メミンゲン市民は戦争の未亡人や孤児のためにお金を寄付しました。兵士のモチーフが付いたガラス窓が市庁舎の階段の吹き抜けに設置され、その周りで街の紋章を寄付のために「釘付け」にすることができた。市庁舎のファサードは1908年に改装され、最近では2007年に約10万ユーロで改装された。
すっごい
以下続く -
なんとも
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うすっぺらい
再現したんでしょう -
ウルマー通り
意味はイマイチ -
同じく
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暑い。(!!)公園でやすみます
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小川
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アジア料理店
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同じく
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これからホテルの近くの公園に向かいます。
では
城壁越え 天城~~
いや
ベッテルトゥルム -
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標識
こういうの好きなんです
freiは自由にどうぞ -
1445-1805
ナンでしょうか -
史跡でもあるんですね
メミンゲンの歴史をしらべなくちゃ -
木造建築の粋を
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はぁ
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ここは通交止めでしたが
優先の案内が -
観光案内図
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散策コース
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・・・・・ために
とあるんですが
僕ではないですよね -
犬用のトイレ
ヨーロッパでは当たり前のようにあります。
日本は(><) -
進みます。
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電話?
助けて -
どこにも
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メニュー
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右 Hotel Weisses Ross
正面 Bistro Diva -
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ユニコーン像
一角獣(いっかくじゅう)とも呼ばれ、額の中央に一本の角が生えた馬に似た伝説の生き物である
旧約聖書にもかつてはユニコーンが存在していたんだそうだ -
ええっ
驚き ただただ -
これホテル RIKU
最初ここにしようかと -
入ってはダメ
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NORMA
大手スーパー -
はて
こんなとこで
何してるの -
閉まって
営業時間です
中に誰か ぇっ
なんで(’!’)
防犯カメラに 妻が -
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アイス屋さん
Ottos' Eiscafe -
並んでいました
ほかにもアイス屋 おおかったですね
さてホテルへ -
ホテルの階段の絵
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同じく
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ホテルの廊下から
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6月のビール
Wieselburger Bier
since 1770
ブラウレイ・ヴィーゼルブルクは、ヴィーゼルブルク・アン・デア・エアラウフに拠点を置くオーストリアの大規模な醸造所です。
旅も
残り少なく
日本に帰りたくない
ザルツブルク→ヴァイルハイム190K
→メミンゲン100K
締めて290K
通算K2,473K
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