2016/12/03 - 2016/12/03
576位(同エリア2204件中)
ガッサンさん
タイトル: 晩秋の京都を行くVol.3 鞍馬~貴船~大原を歩く
<京都 大原 三千院 恋に疲れた女がひとり> ―女ひとり―の歌詞・メロディーに惹かれて・・・年。
京の北の奥座敷と言われる鞍馬・貴船の古道を歩きました。神の宿る山として鞍馬天狗や義経の伝説など歴史ロマンに溢れるコースです。また、貴船にはカップルにお勧めの貴船神社の水占いが知られています。
名曲「女ひとり」に歌われた三千院、この歌に誘われ12月初旬に訪れました。辺りのもみじの木は葉を落とし、太陽光線を遮るものはなく、庭は輝いていました。池の水面には紅葉が浮き、底には紅葉が厚く重なり合う光景がありました。
下記が「晩秋の京都を行くVol.3」のハイキング行程です。
■鞍馬・貴船地域 匠斎庵 ⇒ 仁王門 ⇒ 由岐神社 ⇒ 本殿金堂 ⇒ 背くらべ石 ⇒ 魔王殿 ⇒ 西門 ⇒
貴船神社奥宮 ⇒ 貴船神社
■大原地域 音無の滝 ⇒ 三千院 ⇒ 寂光院 ⇒ 大原
「晩秋の京都を行くVol.3」は鞍馬から歩き始め貴船神社まで、歩いて巡りました。その歩行距離は約4㎞約3時間。貴船から大原まではバスで移動し、大原も歩いて巡りました。どうぞお楽しみ下さい
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 観光バス 新幹線 私鉄 徒歩
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四条烏丸のホテルを7:40に出発し鞍馬に8:40頃、鞍馬に到着しました。この時間、鞍馬の街を歩いている人は見当たりませんでした。
電柱の後ろに建つ(中央)、立て札が立つ住宅は「匠斎庵」です。「鞍馬街道」なる演歌を知りました by ガッサンさん鞍馬街道 名所・史跡
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立て札には下記のように書かれていた。
匠斎庵 重要文化財瀧澤家住宅
京の都の北に在る鞍馬は若桜街道にそい洛中との中継点として
古くから栄えた 鞍馬の旧家にはそれぞれ屋号があって当家は
「匠斎」と呼ばれている 当家の創建は棟木に張り付けられた
祈祷札によって宝暦十年(一七六0年)四月と判明した
当家の特徴は 間口二間を通し土間とし 正面左右の裏には
「?貯」が掲げられているヌオモテとダイドコロの建具を一本溝
で通し 二階からあがる階段上の天井を「辷り戸天井」とし天井
裏は小屋組に梁を架けて人が動きやすいように工夫されている
土間には 石組のだるま式井戸と 土と縄で組み上げ磨き漆喰
でうわぬりした「句土」がある
家屋の背後には堅牢な三段の石垣がほどこされ 庭園の借景
となっている 等々江戸時代中期の町家の形態を正確に整えた
府下唯一の町家遺構として重要文化財に指定されている
建 第一九六0号
昭和五十年六月二十三日指定匠斎庵 グルメ・レストラン
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京都佃煮を販売している店です。木の芽煮や山椒じゃこ、山椒昆布など山椒を使った佃煮を取り扱っています。
くらま辻井 専門店
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鞍馬で「京都SKY観光ガイド協会」のガイドさんと待合せ、鞍馬から貴船へと歩いて巡ります。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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正面の建物は鞍馬寺の仁王門です。山門ともいい、明治44年の再建だそうです。
中に祀られている仁王尊像は、湛慶作と伝えられています。低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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鞍馬寺の仁王門に近づいて来ました。鞍馬寺は牛若丸伝承説話の地、大きな迫力を感じる山門です。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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童形六体地蔵尊(どうぎょうろくたいじぞうそん)です。
天心爛漫な子供の姿のお地蔵さんたちは、こどもが「ほとけの子であり、天からの預かりものであり、親の心をうつす鏡」であることを物語っているそうです。低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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由岐神社が見えて来ました。
由岐神社(ゆきじんじゃ)は、鞍馬寺の鎮守社で、通称は靫明神(ゆきみょうじん)というそうです。
大己貴命と少彦名命を主祭神として「由岐大明神」と総称し、八所大明神を相殿に祀っています。仁王門から由岐神社まで267m by ガッサンさん由岐神社 寺・神社・教会
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京都市の案内板には下記のように書かれていました。
由岐神社(ゆきじんじゃ)
大己貴命と少彦名命を祀る
天変地異が続く都を鎮めるため、天慶三年(九四
0)、御所内に祀られていた祭神をこの地に勧請
したのが当社の始めとされ、天皇の御病気や世情
騒擾のとき、社前に靱(矢を入れる器具)を奉納
して平安を祈ったため靱社の名がつき、後に現在の
社名となったとも伝えられている。
以下省略仁王門から由岐神社まで267m by ガッサンさん由岐神社 寺・神社・教会
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鳥居の奥に見える建物は拝殿です。重要文化財の拝殿は、慶長十二年(一六0七)、豊臣秀頼によって再建されたもので、中央に通路(石階段)をとって二室に分けた割拝殿という珍しい桃山建築で、前方は鞍馬山の斜面に沿って建てられた舞台造(懸造)となっています。と案内板に書かれてありました。
仁王門から由岐神社まで267m by ガッサンさん由岐神社 寺・神社・教会
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由岐神社の手水舎です。柄杓が整然と置かれマナーの良さを感じました。
仁王門から由岐神社まで267m by ガッサンさん由岐神社 寺・神社・教会
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由岐神社の案内版の脇に見えるのが拝殿の土台部分です。
仁王門から由岐神社まで267m by ガッサンさん由岐神社 寺・神社・教会
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イチオシ
拝殿の中央通路(石階段)の奥に見えた大杉は、幹周/6. 42m、樹高/53m、樹齢/約800年だそうです。境内には京都市の天然記念物に指定された杉が3本ありますが、この杉が最も大きく、大杉社という小さな祠が木の下にありました。
仁王門から由岐神社まで267m by ガッサンさん由岐神社 寺・神社・教会
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由岐神社の本殿です。
仁王門から由岐神社まで267m by ガッサンさん由岐神社 寺・神社・教会
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由岐神社の境内にある「三宝荒神社」です。
火の神、竈の神として、古くからこの地に祀られているそうです。仁王門から由岐神社まで267m by ガッサンさん由岐神社 寺・神社・教会
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由岐神社の本殿です。人々が去り、静まり返りました。
仁王門から由岐神社まで267m by ガッサンさん由岐神社 寺・神社・教会
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義経公供養塔(よしつねこうくようとう)です。
義経公供養塔は、牛若丸が7歳から約10年間住んだ東光坊跡に、昭和15年に建立されました。義経公供養塔は、由岐神社を出てすぐにあり、川上地蔵堂と道を挟んで向かい合っています。 -
川上地蔵堂(かわかみじぞうどう)です。
牛若丸の守り本尊が祀られていた川上地蔵堂は、由岐神社を出てすぐにあります。義経公供養塔と道を挟んで向かい合っています。 -
九十九折参道にある朱塗りの橋を双福橋と言います。玉杉大黒天(たますぎだいこくてん)と玉杉恵比寿尊(たますぎえびすそん)を結ぶ橋です。 この付近一帯を双福苑と言います。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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丸山海道・佳子夫妻の句碑です。立札には「筒鳥に神尊ければ磴けはし 海道 / 花杉に息のにごりはゆるされず 佳子」とありました。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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信楽香雲師の歌碑です。立札には「つゝらをりまがれるごとに水をおくやまのきよさを汲みてしるべく 香雲 」と記してありました。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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中門(ちゅうもん)と言います。 中門はもともと山麓の仁王門の横にあって、勅使門(ちょくしもん)または四脚門(しきゃくもん)と呼ばれており、朝廷の勅使の通る門でした。 この中門をくぐると、本殿金堂までは石段と敷石の道になります。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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貞明皇后行啓 御休息蹟です。
立札には
【 貞明皇后行啓 御休息蹟
大正十三年(一九二四)鞍馬
寺に行啓された 貞明
皇后さまが九十九参道を
徒歩でお登りになる途中
しばらくお休みになった
ところである。】
場所は木陰にあり、休息するには絶好の場所です。石碑の前にはベンチが置かれ休息する場所として使用されています。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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[巽の弁財天社(たつみのべんざいてんしゃ)]です。九十九折参道を登り切り、[転法輪堂・洗心亭]の手前にあります。巽の弁財天社は福徳と智慧と財宝の神・弁財天を祀っています。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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[寝殿]です。[本殿金堂・金剛床]手前にあります。
「皇后陛下行啓御休息跡」とあるのが寝殿です。
大正13年12月に貞明皇后さまが、鞍馬山行啓の際に休憩された所で、非公開の建物です。
寝殿の向かいに[転法輪堂・洗心亭]があります。 -
寝殿の前に立札が立っていました。
[寝殿
この寝殿は、大正十三年に木
曽の御料木の檜材の御下賜を得
て、平安時代の寝殿造を忠実に
型どって建立され、同年貞明皇
后さまが行啓された折、ご休息
された建物である。
略…]とありました。 -
[本殿金堂・金剛床]です。
本殿金堂は、尊天の働きを象徴する、千手観音菩薩・毘沙門天王・護法魔王尊
を奉安する鞍馬山信仰の中心です。
本殿の地下は宝殿と呼ばれ、松久朋琳大佛師により彫成された三尊尊天像を中心に、鞍馬山の尊天信仰に生きることを誓った、信徒の清浄髪(しょうじょうはつ)がお祀りされているそうです。低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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イチオシ
[翔雲臺]です。平安京の擁護授福のため本尊が降臨した場所とされています。板石は本殿金堂の後方より出土した経塚の蓋石だそうです。
「荘重に荘厳された本殿で至心に祈りを捧げる時、心がすっと落ち着きます。また本殿前庭よりはるか比叡の峯々を望めば、心は広く高い世界へと開かれることでしょう。」 と書かれています。低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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[本殿金堂・金剛床]
本殿金堂前の広々とした前庭の石畳は”金剛床(こんごうしょう)”といい、鞍馬山の教えの理想、内奥に宇宙の力を蔵する人間が宇宙そのものと一体化する、ということを表現しているパワースポットだそうです。低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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本殿金堂前の像は[阿吽の虎(あうんのとら)]です。
狛犬ではなく、虎です。 虎は御本尊の一尊でもある毘沙門天のお使いであるといわれる神獣で、毘沙門天ご出現が、虎の月・虎の日・虎の刻であったことから、鞍馬山では特に大切にされているそうです。低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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[光明心殿(こうみょうしんでん)]です。
光明心殿は、護法魔王尊が祀られており、護摩供を修する道場です。
光明心殿(こうみょうしんでん)です。本殿金堂の左隣にあります。 光明心殿の中に、護法魔王尊が祀られています。低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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[本坊金剛寿命院(ほんぼうこんごうじゅみょういん)]です。
本坊金剛寿命院は、鞍馬寺寺事務所や鞍馬弘教宗務本庁が置かれています。写真は、本坊金剛寿命院の入口です。玄関前の「瑞風庭(ずいふうてい)」は、奥の院に護法魔王尊が降臨する様子を表現しているそうです。低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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奥の院参道入り口をすぎると石段があり、石碑が立っています。登ってすぐ右に鐘楼(しょうろう)の登り口があります。
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上に見える朱色の建物は鐘楼(しょうろう)です。
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與謝野晶子・寛の歌碑は鐘楼の近くにあります。
立札には下記のように記されていました。
「何となく君にまたるるここちして いでし花野の夕月夜かな」晶子
「遮那王が背くらべ石を山に見て わが心なほ明日を待つかな」寛低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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與謝野寛の歌碑です。アップで写真を撮ってみました。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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與謝野晶子の書斎「冬柏亭」です。
かつて、歌人與謝野晶子は、鞍馬の地を愛し、幾度も鞍馬を訪れていた、という。
昭和51年4月に、霊宝殿前に晶子の書斎「冬柏亭」と遺品が東京から移されたそうです。低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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書斎「冬柏亭」の縁側には案内板があります。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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水場に立札が立っていました。
[義経公息次ぎの水]
牛若丸が、毎夜奥の院僧正が谷
へ剣術の修行に通ったとき、
この清水を汲んで喉をうるおし
たいわれる。八百余年後の今も
湧きつづけている。低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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牛若丸が夜ごと剣術の修行のために奥の院・僧正ガ谷へ通う途中、ここで喉の乾きを潤したと伝えられる。稽古の凄まじさの一端が伝わって来るような気がする。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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背比べ石は、参道のピークです。登りはここで終わり、後は下り坂です。従って、ここは休憩ポイントです。背比べ石の左が、木の根道・大杉権現社です。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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[木の根道(きのねみち)]です。
木の根道は、背比べ石の左手の道を少し上がった所にあります。木の根が地表から露出していて、見事な幾何学模様を描いています。足元には十分注意して歩きましょう。この木の根道を通り、さらに奥へと進むと、大杉権現社があります。低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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木の根道を過ぎ、奥へ行くと「 大杉権現社」があります。その途中にあった杉の大木です。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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「大杉権現社」です。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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大杉権現社の拝殿(社殿)にあたる所です。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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大杉権現社の拝殿(社殿)から奥社を覗いています。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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大杉権現社は、樹齢千年に近い杉の巨木で、「護法魔王尊影向(ごほうまおうそんようごう)の杉」として古くから尊崇され、多くの人々の信仰を集めているそうです。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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現在は高さ15メートルほどの根幹を残すのみです。(「大杉権現社」の看板の後部の途中で折れた大木)昭和25年の台風の影響で中ほどから折れたそうです。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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背比べ石は、奥洲へ下る牛若丸が、鞍馬山と名残りを惜しんで、この石と背比べをした、そんな意味が立札に書かれていました。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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「源義経公背比石」と彫り込んだ立派な石碑がありました。この場所が源義経公生涯の出発地である、とさえ言われています。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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木の柵で囲まれた石が背比べ石です。意外に背の低い石です。牛若丸は幼くして奥州平泉に向かったのであろう、と思わせる。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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背比べ石から徒歩約5分くらい下った所に「不動堂」があります。
不動堂はその昔、伝教大師が天台宗開宗の悲願に燃え、一刀三礼の札を尽くして刻んだと伝えられる、不動明王が奉安されています。低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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杉の大樹がそびえ立ち、森厳に気が満ちていて、この辺りは僧正が谷と呼ばれ、謡曲「鞍馬天狗」の舞台として有名で、鞍馬天狗が牛若丸と出合ったところです。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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牛若丸が鞍馬天狗より兵法を学んだ舞台がこのあたりであるという。パワースポットの一つである。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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僧正が谷 不動堂の向かいに、「義経堂」があります。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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立札には下記のように記されていた。
[義経堂]
歴史には文治五年(一一八九)四月、
奥州衣川の合戦にて自害したと伝える
が、義経公の御魂はこの山におわし
遮那王尊として護法魔王尊の破邪
顕正のお働きを助けておられると
いう。
この義経堂には遮那王尊をおまつりする。と書かれていた。
分かり易く説明すると、義経堂は、遮那王尊(源義経)を祀る堂。 奥州平泉の衣川館で最期を遂げた源義経の魂は、幼少時代を過ごした鞍馬山へ戻り、遮那王尊として護法魔王尊の破邪顕正の働きを助けているという。低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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義経公の終焉は、兄源頼朝と対立し、奥州平泉の藤原秀衡を頼った源義経だったが、秀衡の死後、跡を継いだ泰衡に衣川館を攻められ、妻子とともに自刃した(1189年(文治5年)閏4月30日・享年31)という。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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義経堂の近くに小さな手水舎がありました。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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義経堂の近くに小さな池があり、赤い鯉が泳いでいました。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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[鞍馬寺 奥の院 魔王殿]です。鞍馬寺最大の聖地とされています。
柵内は、日本庭園の源流といわれる「磐座(いわくら)」です。低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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奥の院魔王殿は、お経を読まれている方や、瞑想している方など多い場所です。また、堂を巡り、蝋燭を灯しながら歩く青年も見受けられました。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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奥の院魔王殿は、護法魔王尊が奉安されています。
「此所は参拝の道場です。祈りを妨げぬよう、つつしみをもって静かにお過ごしください 鞍馬寺」の木の札が左手に掛かっていました。低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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奥の院魔王殿は神の降臨した場所といわれる。 京都最強クラスのパワースポット場所です。宇宙から来た神の降臨した場所だとか。 降り立った神は護法魔王尊。 天狗の様な姿をしているといいます。 鞍馬に来たら是非神秘的な奥の院まで足を延ばしましょう。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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奥の院 魔王殿から貴船側の「西門」を目指し歩き始めました。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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空を見上げれば青い快晴の空。歩くにはベストコンディションである。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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晩秋の鞍馬路、もうすぐ終点「西門」です。急坂を下って来ました。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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貴船側にある「西門」です。入口に「愛山費300円」とありました。従って、鞍馬寺に入山する際は300円が必要です。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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門には「鞍馬弘教総本山鞍馬寺西門」の看板が掛かっていました。併せて入山する際の注意事項の看板が掛かっていました。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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西門の前には「鞍馬寺西門」の道しるべがあります。
低山ながら修験の山、ハイカースタイルで登りましょう。 by ガッサンさん鞍馬寺 寺・神社・教会
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鞍馬寺西門を出て貴船神社に向かいました。
水との関わりが深い貴船神社 by ガッサンさん貴船神社 寺・神社・教会
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貴船神社本宮の鳥居です。
水との関わりが深い貴船神社 by ガッサンさん貴船神社 寺・神社・教会
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入口に立札が立っていました。下記のように記されていました。
[貴船神社]
水徳神高?轗神を祀る旧官幣中社で、社名は古くは
木船、貴布祢とも書かれたが、明治四年(一八七一)
以降「貴船」と改められた。
以下 省略水との関わりが深い貴船神社 by ガッサンさん貴船神社 寺・神社・教会
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貴船神社本宮へ向かう参道です。
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入口の案内板には下記のように歴史が記してあった。
[平安時代延喜の制には、名神大社という最も高い格式に列し、日照りや長雨が続いたとき、また国家有事の際には必ず勅使が差し向けられ、祈念がこめられた。弘仁九年(八一八)以来の歴朝の奉幣、祈願では、もっぱら祈雨、止雨の神として崇められ、祈雨には黒馬、祈晴には白馬又は赤馬が献ぜられるのが例であった。平安時代末期には賀茂別雷神社(上賀茂神社)の摂社とされたが、明治以後独立した。]水との関わりが深い貴船神社 by ガッサンさん貴船神社 寺・神社・教会
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貴船神社の本宮です。当日快晴の日、結婚式を挙げるカップルがいました。
水との関わりが深い貴船神社 by ガッサンさん貴船神社 寺・神社・教会
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[神 水]の立札があります。ここは水占い場所です。
水との関わりが深い貴船神社 by ガッサンさん貴船神社 寺・神社・教会
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[貴船神社の御神水]
太古から枯れることなくこんこんと湧き出る御神水は、夏は冷たく、冬は不思議なぬくもりを持っているそうです。
弱アルカリ性の良質な天然水で、世界の名水が日本でも手軽に無料で自由に飲むことも、汲むこともできると口コミが広がって休日ともなれば多くの方々が御神水汲みに訪れます。水との関わりが深い貴船神社 by ガッサンさん貴船神社 寺・神社・教会
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貴船神社の由緒が書かれた立札です。
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イチオシ
貴船神社の人気スポット、水占いです。
水に浸した紙に文字が浮かび上がってくる、水占い。水の神様はなんでも知っているそうです。水との関わりが深い貴船神社 by ガッサンさん貴船神社 寺・神社・教会
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貴船神社の人気スポットだけあって多くの若い人々が集まっていました。
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貴船神社本宮の社殿前に白い馬と黒い馬の彫刻があり、その隣に「絵馬発祥の社」と書かれた立札が建っている。貴船神社は古くから「水の神様」、特に「雨乞いの神」として名高く、歴代の天皇は干ばつの時には黒馬を、長雨には白馬(または赤馬)を奉納して祈願していたとされる。後には生きた馬に替えて馬形の板に色をつけた“板立馬”を奉納したと伝えられる。この“板立馬”が今日の絵馬の原形となった。
水との関わりが深い貴船神社 by ガッサンさん貴船神社 寺・神社・教会
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貴船神社本宮を出て、貴船川沿いを約10分くらい歩きました。
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川床料理 右源太の店です。趣のある店構えです。
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貴船川は鞍馬川の支流です。芹生峠を源とし、貴船の山間集落を流れ下り、叡山電鉄貴船駅付近で鞍馬川に合流します。貴船神社付近では、夏の風物詩として知られる「貴船の川床」が有名です。
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晩秋の貴船川沿いを進みました。
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紅葉もすっかり葉が落ち、木の枝だけの寒々とした光景です。
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葦簀の上に落ち葉が積もっていました。晩秋の貴船です。
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御神木の根本に下記の看板がありました。
[相生の杉(御神木)]
同じ根から生えた二本の杉。
樹齢千年
相生は「相老」に通じ、
夫婦共に長生きの意味。水との関わりが深い貴船神社 by ガッサンさん貴船神社 寺・神社・教会
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御神木の相生の杉です。写真を撮る角度が悪いので二本の杉に見えません。
水との関わりが深い貴船神社 by ガッサンさん貴船神社 寺・神社・教会
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左手に見えるのが御神木の「相生の杉」です。根本を見ると僅かに同じ根から生えた二本の杉のように見えます。
水との関わりが深い貴船神社 by ガッサンさん貴船神社 寺・神社・教会
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鳥居の手前の灯篭に右源太/左源太の表札が掛かっていました。鳥居の脇に大きな石があり、「思ひ川」と彫ってありました。そして、 奥宮参道の入口に架かる橋を「思ひ川橋」といい、その下の流れを「思ひ川」と言います。
水との関わりが深い貴船神社 by ガッサンさん貴船神社 寺・神社・教会
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奥宮へ行く参道です。貴船川沿いに道路があり、道路沿いに参道があります。
水との関わりが深い貴船神社 by ガッサンさん貴船神社 寺・神社・教会
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[連理の杉(御神木)]の立札がありました。
水との関わりが深い貴船神社 by ガッサンさん貴船神社 寺・神社・教会
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御神木の「連理の杉」です。
水との関わりが深い貴船神社 by ガッサンさん貴船神社 寺・神社・教会
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御神木の「連理の杉」を違う角度から撮影しました。
水との関わりが深い貴船神社 by ガッサンさん貴船神社 寺・神社・教会
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貴船神社奥宮の拝殿です。まるで能舞台のような拝殿です。
水との関わりが深い貴船神社 by ガッサンさん貴船神社 寺・神社・教会
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貴船神社奥宮の拝殿脇に小さな社がありました。
水との関わりが深い貴船神社 by ガッサンさん貴船神社 寺・神社・教会
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貴船神社奥宮の本殿です。女性の参拝者が多かった。
水との関わりが深い貴船神社 by ガッサンさん貴船神社 寺・神社・教会
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貴船神社奥宮の本殿に御参りする若い女性。
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「御船形石」の立札です。
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御船形石です。
奥宮本殿の西側にある、船の形をした石組みを「御船形石」と言います。 貴船神社創建伝説によると、約1,600年前(第18代反正天皇の御代)初代神武天皇の皇母・玉依姫命が大阪湾に御出現になり、水の源を求めて黄色い船に乗り、淀川・鴨川をさかのぼり、その源流である貴船川の上流・現在の奥宮の地に至り、水神を祀り「黄船の宮」と称された。その黄色い船は人目に触れぬよう石で包まれたという。長さ:約10m、幅:約4m、高さ:約2m、外周:約24mの大きさです。水との関わりが深い貴船神社 by ガッサンさん貴船神社 寺・神社・教会
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[貴船と「鉄輪」伝説]の立札です。
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[貴船と「鉄輪」伝説]の立札はここに立っています。
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貴船神社奥宮の廻りには木々が多い。
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貴船神社 奥宮の立札です。
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奥宮の本殿横に「権地(ごんち)」があります。奥宮・本殿の真下には「龍穴(りゅうけつ)」があります。
貴船の龍穴は、大和(奈良県)の室生龍穴や備前(岡山県)のそれと共に日本三大龍穴の一つに数えられているそうです。
日本の大きな龍穴とされるほとんどの場所には、伊勢神宮や唐招提寺、日光東照宮といった古社が鎮座していることが多いそうです。水との関わりが深い貴船神社 by ガッサンさん貴船神社 寺・神社・教会
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奥宮の「神門」です。神門から奥宮と言われる領域です。
龍穴そのものには、良質の水(泉、池、川)などがあり、木々が繁り、大樹が存在する場合が多いとも言われています。この景色はそれを物語っています。水との関わりが深い貴船神社 by ガッサンさん貴船神社 寺・神社・教会
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[貴船名石 つつみヶ岩]
石の前に立札があります。大昔、貴船・鞍馬は海底火山であったことがたくさんの化石から証明されているそうです。枕状溶岩もそれを証明するひとつで、海底火山の活動によって流れ出した溶岩が海水で冷やされ固まり、これがいくつも重なって枕状になる。庭石の名石で知られる貴船石も溶岩で、この「つつみが岩」もよく見ると枕状が確認できるそうです。
高さ4.50m 胴廻り九m 重さ四三トン以上(一二,〇〇〇貫)
高さ:4.5メートル と立札に表記されていました。
重さ:43トン水との関わりが深い貴船神社 by ガッサンさん貴船神社 寺・神社・教会
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奥宮の帰りは参道でなく、貴船川沿いを歩いてきました。
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夏の風物詩「貴船の川床料理」時は水面の上に座敷が川幅一面に出来て賑わっていたことでしょう。晩秋のこの季節、水面にあった座敷は取り払われ、貴船の雰囲気を味わうことは出来ません。
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晩秋のこの時期、貴船川の上で川床料理を頂くことは出来ませんが室内で食事をすることができます。
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貴船の街並みです。貴船から大原にバスで移動します。
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「大原女の小道」の立札が立っていました。その左奥に大原を一躍有名にした「女ひとり」の歌碑が静かにありました。
懐かしい里山に出合う、大原女の小径 by ガッサンさん大原女の小径 名所・史跡
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[女ひとり]の歌碑です。永六輔作詞・いずみたく作曲「女ひとり」は大原を世に出した歌です。この歌に誘われて晩秋の京都を訪ねました。
京都 大原 三千院 恋に疲れた女がひとり 結城に塩瀬の素描の帯が
池の水面にゆれていた 京都 大原 三千院 恋に疲れた女がひとり
この歌をレコーディングした歌手は実に多い、広く愛されました。京都の情緒を伝える歌として、長く歌い継がれるでしょう。懐かしい里山に出合う、大原女の小径 by ガッサンさん大原女の小径 名所・史跡
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京都大原三千院に通じる参道です。数多くの土産物店が軒を連ねています。
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京都大原三千院に通じる参道です。食事処もあります。店構えは京都の趣を出すため、工夫を凝らしています。
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京都大原三千院に通じる参道です。大原の名物と言えば「しば漬」、漬物店が多いのも特徴です。
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京都大原三千院に通じる参道です。店先では無農薬と書かれた「ゆず」が販売されていました。
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京都大原三千院に通じる参道です。「元祖手打 京野菜うどん」もありました。
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晩秋の大原、紅葉も終わりを告げているかのように木の枝が目立ってきました。
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京都大原三千院に通じる参道です。現在午後0:30です。日入が一番早い時期で、太陽の傾きが大きいので暗く感じます。
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京都大原三千院に通じる参道です。紅葉の最盛期も終わり、観光シーズンも終わったのでしょうか。人影は疎らだった。
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「大原女の小道」沿いにある漬物店「志ば久」さんです。
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晩秋の三千院前の紅葉です。
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「三千院門跡」の石碑です。
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三千院を後で見ることにし、「音無の滝」を見ることにしました。音無の滝を目指し歩いています。途中に「来迎院」の看板がありました。
来迎院 寺・神社・教会
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来迎院は魚山橋の東、呂川(ろがわ)に沿って参道を300メートル登ると、下界と隔絶した雰囲気に包まれた天台宗の古刹だそうです。
来迎院 寺・神社・教会
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外塀の長さから来迎院の境内の広さを伺い知ることができます。
来迎院 寺・神社・教会
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「来迎院上院本堂」の入口です。
ここも素通りします。
本堂に重要文化財である藤原時代の薬師、阿弥陀、釈迦三如来坐像が安置されています。見学所要時間約15分 見学料金 一般400円です。来迎院 寺・神社・教会
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道路に面し来迎院の看板が出ています。ここから入って下さい。
来迎院 寺・神社・教会
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「音無し滝」の道標です。緩やかに登って行きます。
三千院のT字路から徒歩約20分で「音無の滝」 by ガッサンさん音無の滝 自然・景勝地
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[大原の里十名山②大尾山登山口]の案内があります。
三千院のT字路から徒歩約20分で「音無の滝」 by ガッサンさん音無の滝 自然・景勝地
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「名勝 音無の滝」「大尾山」「比叡山」などを示す道標があります。
三千院のT字路から徒歩約20分で「音無の滝」 by ガッサンさん音無の滝 自然・景勝地
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[名勝 一の滝(音無の滝)]に到着しました。三千院門からゆっくり歩いて約20分くらいで着きます。
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流れる滝は「音無の滝」です。訪れる人もなく、静かに流れていました。
三千院のT字路から徒歩約20分で「音無の滝」 by ガッサンさん音無の滝 自然・景勝地
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「音無の滝」の謂れを調べたら下記のことがわかりました。
良忍上人はじめ、家寛、湛智など代々の声明法師は、この滝に向かって声明の習礼をさされたという。初めは声明の声が滝の音に消されて聞こえず、稽古を重ねるに従って、滝の音と声明の声が和し、ついには滝の音が消えて、声明の声のみが朗々と聞こえるようになったと言う。それで音無の滝と名づけられたと言われています。三千院のT字路から徒歩約20分で「音無の滝」 by ガッサンさん音無の滝 自然・景勝地
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「音無の滝」です。晩秋の太陽光線で影が長くなります。
三千院のT字路から徒歩約20分で「音無の滝」 by ガッサンさん音無の滝 自然・景勝地
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登山道の道標が見えて来ました。[大尾山(45分)を経て比叡山(4時間)]へと書いてありました。
三千院のT字路から徒歩約20分で「音無の滝」 by ガッサンさん音無の滝 自然・景勝地
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「音無の滝」から「三千院」に向かって歩いています。
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三千院前のお土産品店です。
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大原の名物とも言うべき「しば漬け店」です。
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ここには千枚漬け店です。
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三千院前に到着しました。只今から入ります。ここは御殿門(ごてんもん)と言われる三千院の玄関口です。高い石垣に囲まれ、門跡寺院にふさわしい風格を備えていました。
正面玄関から宸殿に入るのも、違った宸殿の趣きが味わえる by ガッサンさん三千院 寺・神社・教会
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三千院の紅葉です。晩秋の青空に紅葉が映えていました。思わずシャッターを押しました。
正面玄関から宸殿に入るのも、違った宸殿の趣きが味わえる by ガッサンさん三千院 寺・神社・教会
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三千院の客殿です。客殿は安土・桃山時代の天正年間(1573~1592年)の建立で、豊臣秀吉により禁裏修復の際の紫宸殿の余材が提供されたそうです。
美術品を随時展示替えをし、公開しています。正面玄関から宸殿に入るのも、違った宸殿の趣きが味わえる by ガッサンさん三千院 寺・神社・教会
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客殿を入ったところにある坪庭があり、先ず目に飛び込んできます。
正面玄関から宸殿に入るのも、違った宸殿の趣きが味わえる by ガッサンさん三千院 寺・神社・教会
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ここは写経の出来る円融房(えんゆうぼう)かもしれません。
正面玄関から宸殿に入るのも、違った宸殿の趣きが味わえる by ガッサンさん三千院 寺・神社・教会
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客殿の周囲に広がる庭園、聚碧園(しゅうへきえん)です。
正面玄関から宸殿に入るのも、違った宸殿の趣きが味わえる by ガッサンさん三千院 寺・神社・教会
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聚碧園は池泉観賞式庭園で、東部は山畔を利用した上下二段式とし、南部は円形とひょうたん形の池泉をむすんだ池庭を形成しています。
正面玄関から宸殿に入るのも、違った宸殿の趣きが味わえる by ガッサンさん三千院 寺・神社・教会
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聚碧園の池の底には落ち葉が重なりあっていました。水面に浮いている落ち葉もあり、晩秋であることを物語っていました。
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寺伝によれば、江戸時代の茶人・金森宗和(1584~1656年)がその庭を観て感動し、自らの手を加え、今日の清楚にして優美な庭に生まれ変わったという。
正面玄関から宸殿に入るのも、違った宸殿の趣きが味わえる by ガッサンさん三千院 寺・神社・教会
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伝教大師 最澄の掛け軸が客殿の床の間に掛けてありました。
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客殿の床の間です。
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聚碧園の隅に「涙の桜」という老木があります。「涙の桜」は室町時代の歌僧頓阿(とんあ)上人が詠んだ一首に由来し、その桜は西行法師のお手植えとも、頓阿上人の友、陵阿(りょうあ)上人のお手植えとも伝わっています。
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老木「涙の桜」は5月に白い花を咲かせます。
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中庭にある手水鉢です。二本の水の流れがあり、中央に立札が立ち、大きな字で清浄水とあり、脇に小さな字で懺法洗心とあります。
正面玄関から宸殿に入るのも、違った宸殿の趣きが味わえる by ガッサンさん三千院 寺・神社・教会
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客殿から宸殿へ向かっています。
正面玄関から宸殿に入るのも、違った宸殿の趣きが味わえる by ガッサンさん三千院 寺・神社・教会
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宸殿の入口には「三千院」の塗料が剥げがかった額が頭上にありました。
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宸殿から見た庭園です。
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綺麗に赤く染まった庭園の紅葉です。
正面玄関から宸殿に入るのも、違った宸殿の趣きが味わえる by ガッサンさん三千院 寺・神社・教会
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三千院の鮮やかな紅葉です。
正面玄関から宸殿に入るのも、違った宸殿の趣きが味わえる by ガッサンさん三千院 寺・神社・教会
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宸殿は三千院の最も重要な法要である御懴法講(おせんぼうこう)を執り行うため、御所の紫宸殿を模して、大正15年に建てられたそうです。
御懴法講は、後白河法皇の御代から始められた宮中伝統の法要です。本殿向かって左、西の間には歴代住職法親王の尊牌がお祀りされており、向かって右の東の間には天皇陛下をお迎えする玉座を設えております。正面玄関から宸殿に入るのも、違った宸殿の趣きが味わえる by ガッサンさん三千院 寺・神社・教会
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宸殿では毎年5月30日、三千院門主が調聲(ちょうせい)を勤め、山門(延暦寺)と魚山(大原寺)の僧侶が式衆として出仕し、歴代天皇の御回向である御懴法講が厳かに奉修されます。
正面玄関から宸殿に入るのも、違った宸殿の趣きが味わえる by ガッサンさん三千院 寺・神社・教会
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有清園(ゆうせいえん)という庭園です。
有清園は宸殿より往生極楽院を眺める池泉回遊式庭園で、中国の六朝時代を代表する詩人・謝霊運(しゃれいうん 385~433年)の「山水清音有(山水に清音有り」より命名されたそうです。
正面玄関から宸殿に入るのも、違った宸殿の趣きが味わえる by ガッサンさん三千院 寺・神社・教会
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有清園は宸殿の前に広がる庭園です。青苔に杉や檜などの立木が並び、山畔を利用して上部に三段式となった滝を配し、渓谷式に水を流して池泉に注ぐようになっています。
正面玄関から宸殿に入るのも、違った宸殿の趣きが味わえる by ガッサンさん三千院 寺・神社・教会
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有清園の木々も紅く染まり切り、葉は落下寸前でした。
正面玄関から宸殿に入るのも、違った宸殿の趣きが味わえる by ガッサンさん三千院 寺・神社・教会
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青苔に杉や檜などの立木が並び、山畔を利用して上部に三段式となった滝を配し、渓谷式に水を流して池泉に注ぐようになっています。
春には山桜と石楠花(シャクナゲ)が庭園を淡く染め、夏の新緑、秋の紅葉、そして雪景色と季節毎にその色を美しく変えるそうです。正面玄関から宸殿に入るのも、違った宸殿の趣きが味わえる by ガッサンさん三千院 寺・神社・教会
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立札は三千院庭園の有清園・聚碧園の説明です。
正面玄関から宸殿に入るのも、違った宸殿の趣きが味わえる by ガッサンさん三千院 寺・神社・教会
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宸殿から庭園・有清園へ下りる玄関です。
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有清園の庭園です。青苔に杉や檜などの立木が並び、山畔を利用して上部に三段式となった滝を配し、渓谷式に水を流して池泉に注ぐようになっています。
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青苔に立木、京都大原三千院の代表的景色です。
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イチオシ
一面の青苔を見ていると晩秋という季節を感じさせません。木漏れ日が夏を彷彿させます。
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京都大原三千院の青苔です。絵になる景色です。
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池の水面には落ち葉が浮き、青空を映していました。
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池の廻りの木々は葉を落とし、初冬の装いでした。
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往生極楽院の脇に流れる「細波の滝」。木立の奥から苔むす山肌を伝い、細く糸を引いたように流れるのが「細波の滝」です。この絶えることのない流れが、有清園のみずみずしい美しさを作りだしているそうです。
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京都大原三千院、晩秋の紅葉です。
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イチオシ
池の脇を通る歩道。
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京都大原三千院の紅葉です。
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太陽の傾きが大きい季節、青苔の上に大きな影を作っていました。
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往生極楽院です。 往生極楽院に祀られている阿弥陀三尊像はお堂に比べて大きく、堂内に納める工夫として、天井を舟底型に折り上げていることが特徴だそうです。
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往生極楽院の前に立札が立っていました。記されていたことは、建物は重要文化財、阿弥陀三尊像は国宝に指定されているとのこと。また、舟底型の天井が特に有名です、とありました。
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簡素な御堂と言われる往生極楽院です。平安時代に『往生要集』の著者で天台浄土教の大成者である恵心僧都源信が父母の菩提のため、姉の安養尼とともに建立したと伝えられているそうです。
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イチオシ
青苔の庭園から苔むした灯篭を入れ、往生極楽院を映してみました。
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弁天池です。池を覗くと楓の落ち葉が重なりあっていました。
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弁天池です。池の廻りには落ち葉が絨毯のように敷き詰めてありました。
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弁天池から往生極楽院の方向を見ています。
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金色不動堂は、護摩祈祷を行う祈願道場として、平成元年4月に建立された新しい堂です。本尊は、智証大師作と伝えられる秘仏金色不動明王で、重要文化財に指定されています。
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観音堂です。観音堂内には身丈3メートルの金色の観音像が祀られており、御堂両側の小観音堂には三千院と縁を結ばれた方々の小観音像が安置されています。
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平成10年に建立された新しい観音堂です。観音堂の横に広がる石庭・二十五菩薩慈眼の庭は、補陀洛浄土を模して二十五菩薩を配した庭園です。
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弁財天を越えて、金色不動堂手前に数千株のあじさいが植えられています。そこが「紫陽花苑」です。6月中旬、苑内は小あじさいに始まり、希少な星あじさい(七段花)が咲き始め、山あじさいに額あじさいと順番に花開き、可憐な紫陽花たちはそびえ立つ杉木立をぬって、美しく咲き誇るそうです。
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金色不動堂の北、律川にかかる橋を渡ったところに、鎌倉時代の大きな阿弥陀石仏が安置されています。この石仏は高さ2.25mの単弁の蓮華座上に結跏跌座(けっかふざ)する、定印阿弥陀如来(じょういんあみだにょらい)で、おそらく「欣求浄土(ごんぐじょうど)」を願ったこの地の念仏行者たちによって作られたもので、往時の浄土信仰を物語る貴重な遺物だそうです。
正面玄関から宸殿に入るのも、違った宸殿の趣きが味わえる by ガッサンさん三千院 寺・神社・教会
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石仏の前に立札があります。
鎌倉時代 石仏 (阿弥陀如来像)と記されていました。正面玄関から宸殿に入るのも、違った宸殿の趣きが味わえる by ガッサンさん三千院 寺・神社・教会
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この場所は、昔、炭を焼き始めた老翁が住んでいた「売炭翁(ばいたんおきな)旧跡」と伝えられることから、この阿弥陀さまをここ大原では親しみをこめて、売炭翁石仏と呼ぶようになったと伝わっているそうです。
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三千院内の紅葉です。
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庭園内を小さな小川が流れていました。
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朱色の門の脇に立札があり、「朱雀門」と記されていました。
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朱雀門は往生極楽院の南側にある朱塗りの小さな門です。その昔、極楽院を本堂としていた頃の正門にあたります。その様式は藤原期の様式とも言われていますが、江戸時代に再建されたものです。
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イチオシ
往生極楽院を見ながら、円融蔵の方へ向かっています。
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門の頭上には「西方門」と書かれた表札がありました。新しい感じの門です。
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京都大原三千院を駆け足で一通り廻りました。三千院の玄関口である御殿門(ごてんもん)の裏まで来ました。
御殿門の表は、高い石垣に囲まれ、門跡寺院にふさわしい風格をそなえた政所としての城廓、城門を思わせる構えですが裏はこの通りとなっています。正面玄関から宸殿に入るのも、違った宸殿の趣きが味わえる by ガッサンさん三千院 寺・神社・教会
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御殿門(ごてんもん)の表です。
石組みは城廓の石積み技術などで名高い近江坂本の穴太衆(あのうしゅう)という石工が積んだもので、自然石を使った石組みは頑強でかつ美しく、時を経ても崩れないといわれています。正面玄関から宸殿に入るのも、違った宸殿の趣きが味わえる by ガッサンさん三千院 寺・神社・教会
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御殿門(ごてんもん)の脇に立札が立っていました。三千院の歴史が書かれていました。京都市が製作し立てたものです。
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所々読めますが、何と彫られているのか定かではありません。
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晩秋の「大原女の小道」を歩いています。
懐かしい里山に出合う、大原女の小径 by ガッサンさん大原女の小径 名所・史跡
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晩秋の「大原の里」に触れたく、歩き始めると小さな地蔵さんに出会いました。
脇に立札が立ち説明文がありました。
[椿地蔵さん
以前は、惟喬親王(これたかしんのう)にお仕えしたと伝わる。大原の
久保家に祀られていました。
大きな椿の下で落椿に埋まりそうなお地蔵さんをいつしか「椿地蔵さん」と
呼ぶようになりました。
里の平安をずうっと見守ってきたお地蔵さんに今日は一つだけお願い事を
してみてください。] なるほど!大原の里⑮
とありました。懐かしい里山に出合う、大原女の小径 by ガッサンさん大原女の小径 名所・史跡
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晩秋の「大原女の小径」を歩いています。懐かしい故郷の光景に出会いました。畑の前に立札が立ち説明文がありました。
[菜の花畑]
昔は菜種油を搾るためのアブラナの花畑が大原里一面に広がっていました。
今は菜の花漬用としてわずかに栽培されているだけです。
また、里人は長い冬の間、春を告げる花として菜の花の咲くの待ちわびて
います。 なるほど!大原の里⑱
と、記されていました。懐かしい里山に出合う、大原女の小径 by ガッサンさん大原女の小径 名所・史跡
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晩秋の「大原女の小径」を歩いています。
ゆず畑の前に立札が立ち説明文がありました。
[大原の東山]
正面の三千院の杉木立の向こうの山並が滋賀県と接する比叡山系です。
麓から音無の滝や大尾山を経て比叡山まで約5時間で登れます。
尾根道は、琵琶湖や大原盆地を見ながらのお勧めのトレッキングコースです。
なるほど!大原の里⑬
と記されていました。懐かしい里山に出合う、大原女の小径 by ガッサンさん大原女の小径 名所・史跡
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晩秋の「大原女の小径」を歩いています。
「見渡すかぎり大原の里」の前に立札が立ち説明文がありました。
[見渡すかぎり大原の里]
・大原の里は、四方山に囲まれた盆地です。ここからは、棚田や集落、西山の
連なりが一望できます。
・正面の山が、平家物語にも登場する翠黛山(577m)とロッククライミング
で有名な金昆羅山(573m)です。
・さらに、運が良いと西山一帯にかかる小野霞(おのがすみ)が見られます。
と、記されていました。懐かしい里山に出合う、大原女の小径 by ガッサンさん大原女の小径 名所・史跡
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見渡すかぎり大原の里です。藁を燃やす煙が山裾に見えます。大原の里という感じです。
懐かしい里山に出合う、大原女の小径 by ガッサンさん大原女の小径 名所・史跡
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イチオシ
見渡すかぎり大原の里です。ここ大原には日本の原風景が残っています。
懐かしい里山に出合う、大原女の小径 by ガッサンさん大原女の小径 名所・史跡
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見渡すかぎり大原の里です。稲刈りが終わり、静まり返る大原の里。
懐かしい里山に出合う、大原女の小径 by ガッサンさん大原女の小径 名所・史跡
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見渡すかぎり大原の里です。若い女性が農業に精を出していました。話を聞いた所、春野菜を植えている、と言っていました。どんな塩梅の漬物になるのでしょうか。
ここ大原の「しば漬け」は千枚漬、すぐき漬と並んで京都の三大漬物といわれ、大原が発祥です。夏に大原を訪れたときは一面赤紫蘇で埋め尽くされていました。懐かしい里山に出合う、大原女の小径 by ガッサンさん大原女の小径 名所・史跡
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大原の里です。ゆずの木が多くありました。漬物に入れるのでしょう。
懐かしい里山に出合う、大原女の小径 by ガッサンさん大原女の小径 名所・史跡
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大原の里です。ゆずの木です。耕作放棄地はなく、農地は有効活用されています。
懐かしい里山に出合う、大原女の小径 by ガッサンさん大原女の小径 名所・史跡
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晩秋の大原の里です。
懐かしい里山に出合う、大原女の小径 by ガッサンさん大原女の小径 名所・史跡
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大原女の小径を寂光院方面に歩いています。大原の風情を感じる小径です。
懐かしい里山に出合う、大原女の小径 by ガッサンさん大原女の小径 名所・史跡
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自家製志ば漬専門店です。「無添加・無着色 なすびの志ば漬」の看板がありました。
懐かしい里山に出合う、大原女の小径 by ガッサンさん大原女の小径 名所・史跡
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「ぽん酢の製造・直売所」の看板が下がっていました。「京大原 志野」の看板が店先に下がっていました。
懐かしい里山に出合う、大原女の小径 by ガッサンさん大原女の小径 名所・史跡
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趣のある暖簾が掛かる食事処です。
懐かしい里山に出合う、大原女の小径 by ガッサンさん大原女の小径 名所・史跡
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「甚五兵衛茶屋」と看板にありました。
懐かしい里山に出合う、大原女の小径 by ガッサンさん大原女の小径 名所・史跡
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「手すき 和紙工房」の看板がかかる店がありました。暖簾には「手すき和紙 もとしろ」とあります。
懐かしい里山に出合う、大原女の小径 by ガッサンさん大原女の小径 名所・史跡
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大原女の小径の傍らに立札が立っていました。
「朧(おぼろ)の清水 平家物語(建礼門院)縁(ゆかり)の泉」と記されてありました。懐かしい里山に出合う、大原女の小径 by ガッサンさん大原女の小径 名所・史跡
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影になって、わかり難いですが、窪んだ所が「朧(おぼろ)の清水」です
懐かしい里山に出合う、大原女の小径 by ガッサンさん大原女の小径 名所・史跡
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清流に沿って「大原女の小径」があります。
懐かしい里山に出合う、大原女の小径 by ガッサンさん大原女の小径 名所・史跡
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イチオシ
清流沿いの紅葉です。建礼門院大原西陵 寂光院の門前の手前に一直線の石畳の陵墓径があり、沿道の紅葉が色鮮やかで美しい。
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大原女の小径の際に「高倉天皇皇后徳子 大原西陵」の宮内庁の案内がありました。
寂光院の背後の高台に、建礼門院徳子の墓所大原西陵がありました。 by ガッサンさん寂光院 寺・神社・教会
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案内の脇に立札が立っていました。
寂光院受付の下に「建礼門院御陵」の小さな案内が張ってあります。寂光院の背後の高台に、建礼門院徳子の墓所大原西陵がありました。 by ガッサンさん寂光院 寺・神社・教会
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「高倉天皇皇后徳子 大原西陵」へ行く一直線の石畳の陵墓径がある。陵墓径には由緒ある立札が立っていました。一つが[阿波内侍がモデルの大原女発祥の寺]もう一つが[柴葉漬発祥の寺]です。
寂光院の背後の高台に、建礼門院徳子の墓所大原西陵がありました。 by ガッサンさん寂光院 寺・神社・教会
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路地に入ると真新しい立札が立っていました。題名が[謡曲「大原御幸」と寂光院]とあります。内容は後白河法皇が洛北寂光院に隠棲された建礼門院を訪ねられた大原御幸したときのことが記されています。立てたのは、謡曲史跡保存会でした。
寂光院の背後の高台に、建礼門院徳子の墓所大原西陵がありました。 by ガッサンさん寂光院 寺・神社・教会
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「高倉天皇皇后徳子 大原西陵」の近くまで人家がせまっていました。
寂光院の背後の高台に、建礼門院徳子の墓所大原西陵がありました。 by ガッサンさん寂光院 寺・神社・教会
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草生を見渡すことのできる寂光院の東の背後の高台に、建礼門院徳子の墓所と伝えられる大原西陵がありました。
寂光院の背後の高台に、建礼門院徳子の墓所大原西陵がありました。 by ガッサンさん寂光院 寺・神社・教会
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平 徳子は、高倉天皇の中宮で安徳天皇の母です。父は平清盛、母は平時子。院号、「建礼門院」と言った方が分かり易い。
高倉天皇に入内して第一皇子、安徳天皇を産みます。安徳天皇の即位後は国母となる。木曾義仲の攻撃により都を追われ、壇ノ浦の戦いで安徳天皇と時子は入水、平氏一門は滅亡する。徳子は生き残り京へ送還されて出家、大原寂光院で安徳天皇と一門の菩提を弔った。寂光院の背後の高台に、建礼門院徳子の墓所大原西陵がありました。 by ガッサンさん寂光院 寺・神社・教会
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「高倉天皇皇后徳子 大原西陵」から眼下に見えた民家。
寂光院の背後の高台に、建礼門院徳子の墓所大原西陵がありました。 by ガッサンさん寂光院 寺・神社・教会
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イチオシ
晩秋の大原の里です。眼前には野菜畑が広がっていました。どんな美味しい漬物になるのでしょうか。「女ひとり」というより、大原女が畑で働く姿が似合う光景が広がっていました。
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