2018/01/02 - 2018/01/02
76位(同エリア3978件中)
こあひるさん
年末年始の京都旅行もあっという間に最終日。
空港に向かう14時ころまで、美仏さまにお会いしに歩き周ります!
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- ANAグループ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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朝食後・・・先ず、大きな荷物を京都駅のコインロッカーに入れます。
伊丹空港までのリムジンバス乗り場(八条口)は、ストリートビューで確認してありましたが、一応、現地でも確認しておきました。 -
飛行機の出発時間は16:55ですが、万が一渋滞があるといけないので、余裕を持って、14:10発のリムジンに乗ろうかな・・・その前に、京都駅でお土産を買う時間も取りたいので、今日もサクサクとこなさないと・・・。
8時頃・・・京都駅から一駅乗って、東寺に向かいます。ホテルから徒歩でも良かったのだけれど、荷物を預けにいったん京都駅に寄らなければならなかったので。
奈良あたりでも見かけたことがあるのだけれど、ホームのイスの並べ方・・・東京や東北では見たことがないと思う向き・・・面白いです。 -
東寺駅からてくてく・・・京都らしいシンボルのひとつ・・・東寺の五重塔が見えてきました。わたしの中で京都風景というと、法観寺の五重塔あたりの方がイメージが強いですけれど・・・。今回は見れませんでした。
東寺の南側の道路に面した南大門を通り過ぎ、西端にある歩道橋からは、五重塔がいい角度で撮れるとのことですが、寄り道の余裕はないかな。東寺(教王護国寺) 寺・神社・教会
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平安京遷都の2年後に造営が始まった東寺。
都の正門である羅城門から、北へまっすぐ朱雀大路が伸び、その先に壮麗な大内裏がありました。羅城門を挟んで、両翼を広げたように建立されたのが、東寺と西寺です。東寺は国の東の王城鎮護、西寺は国の西の王城鎮護を担う官寺でした。
それ以来、東寺の位置は変わっていません。とはいえ、空海が、嵯峨天皇の時代に東寺を賜った時、わずかに金堂と小さな僧房があるだけだったそうです。
平安時代の終わり頃には、羅城門は崩壊したままになり、東寺も西寺も衰退し、このあたりは荒廃しきっていました。都の中心位置も区割りも、時代と共にどんどん変化していった中で、東寺は、平安京唯一の遺構なのです(もちろん、伽藍は当時のものではありませんが)。 -
南大門は、慶長6年(1601)建造の三十三間堂の西門を、明治28年(1895)に移築したものだそうです。
南大門の脇にお濠があります。お濠はいつの時代からあるんでしょうね~。 -
南大門を入ると、目の前に見えてくるのが金堂。ただし、こちら側からは拝観できません。
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南大門を入って左手に、八幡宮があります。796年、平安京と東寺を守護するために祀られました。
明治元年(1868)に焼失した後、平成3年、123年ぶりに再建されました。1本のヒノキ材から造られた、ご本尊と僧形八幡神と女神2躯の3躯が安置され、弘法大師作だと伝わっているそうです。
足利尊氏が東寺を本陣としていた時、鎮守八幡宮の神殿から、流鏑が新田勢に向かって飛び、勝利をおさめたというエピソードがあります。 -
塀と門(東門)に囲まれているのは灌頂院。
空海の悲願であった灌頂院と五重塔は、空海入定後に完成しました。真言密教の重要な儀式を行うところです。
現在の建物は1634年の再建です。 -
金堂。
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金堂の脇を通って奥へ進みます。金堂の北隣に講堂が並んでいます。
金堂と講堂の拝観は有料なので、こちら側からは入れないようになっています。 -
こちらが講堂。
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こちらも門と塀に囲まれている小子房。
鎌倉時代に、後宇多天皇が真言密教の道場として建てた庵。南北朝時代には、北朝の光厳上皇がここで政務を執り行いました。
現在の建物は昭和8年の再建。 -
本坊。
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本坊は拝観できませんが、門から眺める前庭・・・白砂が雪のようで美しいです。
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南大門から北に向かって一直線に、金堂、講堂、食堂が並んでいます。
こちらが食堂。足利尊氏が東寺に本陣を置き、食堂に居住していたことがあります。
現在の建物は、昭和8年に建てられたもの。 -
食堂には納経所があり、ご朱印はここで頂きます。
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食堂の前にある夜叉神堂の中には、雄夜叉と雌夜叉が安置されています。
もともとは南大門の左右に安置されていましたが、旅人が拝まないで通ると、たちまち罰があたったと言われ、中門(現在の金堂前燈籠あたり)の左右に移されました。慶長元年(1596)に中門が倒壊した後は、現在の場所に小堂を建て、そこに安置されました。
夜叉神像は、弘法大師の作とされています(そんなのばっか・・・)。 -
有料ゾーンに入りました。
先ずは、池越しに金堂と講堂を眺めながらちょっと歩いてみます。 -
空海が、嵯峨天皇から東寺を勅賜された時、塔はまだありませんでした。唐から持ち帰った仏舎利を納めるための五重塔が完成したのは、空海入定後50年ほど経った頃です。
現在の五重塔は、寛永21年(1644)の再建で、五代目の塔になります。国宝です。
1月1日~5日まで、五重塔の初層を公開していましたので拝観することにしました。 -
(「週間 古寺を巡る3 東寺」より写しました)
五重塔の初層内部には極彩色が施され、中央心柱を大日如来に見立て、その周りを、須弥壇に乗った金剛界四如来と八大菩薩が囲んでいます。
さらに四方の柱に金剛界曼荼羅が描かれ、四面の側柱に八大竜王、四方の壁には真言八祖像が描かれています。
剥落している部分もありますが、一般公開していないだけあって、思った以上に、極彩色の文様や仏像の保存状態は良く、美しかったです。 -
まもなく9時・・・だいぶ日が高くなってきました。
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東寺の本堂である金堂へ入ります。空海が東寺を賜った時、唯一完成していた伽藍が金堂です。
創建時のお堂は、600年以上もその姿を残していましたが、文明18年(1486)に焼失してしまいます。現在の建物は、豊臣秀頼の発願により、1603年に竣工したもので、国宝になっています。 -
(東寺のパンフレットを写しました)
ご本尊は薬師如来。薬壺を持たない古い様式の仏像で、光背には七体の化仏が配されています。脇侍は日光菩薩と月光菩薩さま。薬師如来の台座の下には、小さな十二神将がおられます。
1486年、金堂と共に焼失した後、桃山時代を代表する仏師・康正により復興されたものです。 -
(「週間 古寺を巡る3 東寺」より写しました)
中央の如来さまより・・・脇侍の観音さまが美しい~~(こら!)! -
どの角度から見ても美しい金堂です。
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そしてこちらが講堂。
東寺寺域内のほぼ中心に建つ講堂。空海が密教を伝えるための中心的な建物として位置づけられました。
建築は、空海が東寺を賜った823年に始まり、16年後の839年に完成します(空海入定は835年)。当時は、講堂と金堂の周囲を回廊がめぐり、ふたつの大伽藍を繋いでいました。
しかし、1486年に金堂、南大門などとともに焼失してしまいます。
金堂が桃山時代、南大門が江戸時代に入ってからようやく再建できたのに対し、講堂は焼失から5年後に、最優先で再建されました。現在の講堂は、その時に再建されたものです。 -
(「週間 古寺を巡る3 東寺」より写しました)
高野山の根本大塔に似た感じなんだろうなぁ・・・と思っていました。
ところが、高野山の仏像がとっても金ぴかでビックリしたのに対し(建物も昭和築なので新しい)、こちらは仏像も建物も渋くていい感じ。大きな柱もなく、わりと見やすい配置でした。 -
(「週間 古寺を巡る3 東寺」より写しました)
国宝の帝釈天さまは、日本一ハンサムな仏像しても有名です(笑)。評判通りカッコよかった~。 -
池越しの五重塔もフォトジェニック。季節が違えばもっと華やかだったろうな・・・。
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東大門は不開門(あかずのもん)とも呼ばれています。
創建年代は不詳だそうですが、現存の建物は、建久9年(1198)に再建されたもの。
建武3年(1336)6月30日、新田義貞が決死の覚悟で、東寺の足利尊氏を攻め、危機に陥った尊氏は、門を閉めて危うく難を逃れることができた・・・というエピソードから、不開門と呼ばれるようになりました。のち慶長10年に、豊臣秀頼が大修理を加えたものと伝えられています。 -
有料ゾーンから出ました。宝蔵があります。創建当時は、南北2棟存在していました。
空海が唐の恵果国師から授かった密教法具や両界曼荼羅など、多くの寺宝を納めていました。火事による延焼を防ぐため、周囲は堀で囲まれています。
長保2年(1000)と大治元年(1126)に焼失し、建久9年(1198)に再建されたものが残ったとされていましたが、解体修理の結果、東寺創建に近い頃の建立と考えられるようになりました。
扉の取付け方法は平等院鳳凰堂と同じで、現在使われている瓦の多くも、平安時代のものです。また、床板は極めて大きな建物の扉を転用したもので、金堂の扉とも羅城門の扉ともいわれています。 -
寺宝が納められている宝物館は公開時期でないため、残念ながら見ることはできません。
北大門を出ます。 -
北側にもお濠・・・?と思ったけれど・・・蓮池となっているので、池なのかな。
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北大門を出て、北総門までの200mほどの参道は、櫛笥小路(くしげこうじ)と呼ばれ、平安時代以来そのままの幅で残っている、京都市内ただひとつの小路です。
櫛笥小路を少し進むと、観智院があります。 -
観智院は、東寺に3年間参籠した後宇多法皇の発願により、延文4年(1359)に、僧の杲宝(ごうほう)により創建された、東寺の勧学院です。
杲宝や弟子の賢宝らが編纂・収集した密教にまつわる文書や聖教は、質・量ともに極めて価値が高く、多くの学僧がここで学びました。徳川家康も、観智院を真言一宗の勧学院と認めました。 -
現在の建物は、慶長10年(1605)に完成した客殿(国宝)を始め、本堂、書院、土蔵、門など、いずれも江戸時代の建築です。
庫裏から入ります。 -
お庭だけ撮影OKということで・・・
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庫裏、客殿、本殿は廊下で繋がっています。客殿には、いくつかのお部屋があり、お庭が臨めるようになっています。
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客殿から眺めるお庭は、「涅槃禄(長者の庭)」と呼ばれ、真言密教の無限の宇宙観と涅槃寂静の境地を表しているそうです。
平成29年の真言宗立教開宗1200年を記念して、新たに作庭されたお庭なんだそう。 -
客殿には、宮本武蔵の筆と伝わる襖絵「竹林の図」もありました。
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茶室あたりからは、枯山水でなく、四季折々で様々な顔を見せてくれそうなお庭が見えます。
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10時になれば、書院で抹茶を頂けるようです。
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(パンフレットを写しました)
客殿に繋がった本殿(見学中はどこだか意識していませんでしたが)には、五大虚空蔵菩薩像が安置されています。
唐の都・長安の青龍寺金堂の本尊だった像で、847年に唐に渡った僧・恵運が持ち帰ったものだそうです。お顔立ちやほっそりした身体のラインなどの特徴は、宋代彫刻に見られる傾向で、どこかエキゾチックな感じがします。 -
観智院を出ました。時刻は10時になるところ・・・。東寺へ戻ります。
この道が、平安時代そのままの幅・・・だなんて、なんだか感慨深いなぁ~。 -
北大門から東寺に戻りました。
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境内の北西にある、塀と門で囲まれた一画は、空海が住んでいた住房があったところ・・・御影堂(大師堂)です。西院とも呼ばれます。
空海の念持仏だと言われる不動明王像(秘仏)が安置され、不動堂とも呼ばれていました。
御影堂は、後堂、前堂、中門の3つの建物で構成されており、室町時代に再建されたもので国宝となっています。ただし残念なことに、現在は修復中で、建物を見ることはできませんでした(平成31年までの予定)。
毎朝6時に、生身供が行われています。 -
1月1日~3日には、国宝・弘法大師像がご開帳されていたようですが、仏さま以外の像にあまり興味がないので・・・パス。
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そのほかにも、毘沙門堂など色々ありました。
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10時をまわったところで東寺を出ました。
次の目的地である永観堂禅林寺へは、九条駅まで歩き、地下鉄で蹴上駅まで・・・と考えていましたが、限られた時間を節約するため、タクシーで移動することにしました。
10時半過ぎに、永観堂禅林寺に着きました。タクシーなので、総門を通り過ぎ、中門の手前で降りました。永観堂 (禅林寺) 寺・神社・教会
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中門を入ると・・・鶴寿台(庫裏)が正面に見えます。並ぶ火灯窓がなかなか美しい建物です。
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諸堂の西側には、一段低いところに大きな池が見えます。後で行ってみよ~。
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諸堂入口である大玄関から入ります。
こちら側にある諸堂(見学できるエリア)は、多宝塔を除き、回廊で繋がっているらしく便利です。 -
大玄関。
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堂内の文化財は撮影禁止・・・お庭はOKです。
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永観堂の歴史は、大きく3つの時代に分けられます。
863年、弘法大師の高弟・真紹(しんじょ)僧都が、藤原関雄の山荘を得て、その土地に、真言密教の寺を建立することにしました。
当時は、出家の僧侶が財産を所有したり売買することは禁止されていた上、私寺の建立も禁じられていました。どのように上手く立ち回ったのかわかりませんが、官寺である定額寺として、清和天皇から禅林寺という名を賜りました。
第一期は、真言密教の道場として約220年間続きます。 -
第二期は、永観堂の通称の由来となった永観律師(1033~1111)が住職になってから静遍(じょうへん)僧都までの約140年間。この期間には、真言、浄土教、奈良仏教などが混在しました。
永観律師は、境内に施療院を建てるなど、恵まれない人々のために奔走し、永観律師を慕う人々によって、禅林寺は永観堂とよばれるようになりました。
鎌倉時代に住職となった静遍僧都(1165~1223)は、高名な真言宗の僧侶でした。念仏を唱えるだけで救われる・・・という教えに反発を覚え、自分の方が正しいことを証明しようと、法然上人の著書を読みました。ところがいくら読んでも、間違っているのは自分では・・・と思わせられることばかり。ついに静遍は、念仏の教えに深く帰依します。 -
静遍上人は、法然上人の弟子であった證空(しょうくう)上人を次の住職として招きました。
こうして禅林寺は、真言宗を主旨としながら、浄土教に帰依したことで、浄土宗の念仏道場として発展することとなりました。 -
縁や回廊を進むたびに、落ち着いた美しいお庭が目に入り・・・変化していきます。
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釈迦堂から見えるお庭には、唐門(勅使門)があります。
釈迦堂との間に、盛り砂が造られています。小判形で、市松模様があしらわれています。勅使は、この盛り砂を踏んで、身を清めてから入堂したそうです。現在は、当寺の住職が亡くなった時のみ使われるそうです。 -
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山の斜面を這うように上っていく臥龍廊。
このあたりからは、回廊にも階段の上り下りがあります。 -
臥龍廊の方へ行く前に、御影堂(大殿)へ。堂内48本の丸柱は、阿弥陀の48願に因んでいます。
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御影堂(大殿)正面からの眺め。
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お目当ての美仏がいらっしゃる阿弥陀堂(本堂)は、御影堂よりも更に上にあります。
臥龍廊を上っていきますが、エレベーターもあります。阿弥陀堂あたりの高さから見た臥龍廊。 -
阿弥陀堂まで上ってきました。
豊臣秀頼の建立による、大坂四天王寺の曼荼羅堂が移築されたものです。堂内は極彩色で、格天井には百花が描かれていますが、両端の長方形の部分だけは、白く塗った「散り蓮華」となっています。 -
阿弥陀堂の外縁から眺める景色。
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鐘楼が見えます。
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(永観堂話譚の写真を写しました)
阿弥陀堂(本堂)に安置されている阿弥陀如来立像(みかえり阿弥陀)。
体を正面を向けて来迎院を結び、左肩を少し落として左に振り返り、後ろ側の床方向に視線を落としています。
この「みかえり阿弥陀」さまにお会いしたくて、永観堂へやってきたのです。東寺は、やっぱり行っとかなきゃ・・・という感じでしたが、こちらは是非にもお会いしたい仏さまでした。
本堂内は暗く、思っていたよりも小さい仏さまだったので(像高77cm)、やや距離があって金網があるとなかなか見づらかったですが、一応、正面と・・・お顔を向けた側とから拝観できるようになっていました。
永保2年(1082)、永観50歳の頃・・・2月15日酷寒の早朝4時頃、永観は、夜を徹して、阿弥陀堂で像のまわりを念仏して行道していました。
すると突然、須弥壇に安置してある阿弥陀さまが壇を下りて、永観を先導し歩き始めました。永観が驚き呆然と立ちつくしていると、阿弥陀さまが左肩越しに振り返り「永観、おそし」と声をかけられました。みかえり阿弥陀像は、振り返ったその時のお姿なのです。このエピソードを知ると、ぜひにもお会いしたくなりました。
また寺伝では、この阿弥陀さまは、もとは聖武天皇のご本尊で、東大寺の宝蔵に安置されていました。たまたま永観がその像を拝する機会があると、像から呼びかける声を聞きました。永観は「衆生済度こそ、この仏の本願であり、宝蔵にしまっておくのはもったいない」と嘆きました。これが白河法皇の耳に入り、永観が護持し供養することとなりました。
永観が東大寺別当職を辞して、像を背負って京に帰る途中、東大寺の僧たちが取り戻そうと追いかけてきました。しかし阿弥陀像は、永観の背に取り付いて離れようとしなかったので、僧たちはあきらめたと言い伝えられています。 -
阿弥陀堂から降ります。
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阿弥陀堂とは反対側・・・臥龍廊を上ります。山の斜面に沿って、巧みに木を組み合わせて造られた廊下です。
振り返ると、かなりの急こう配とカーブ。 -
臥龍廊の先には、開山堂。
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この回廊からの眺めはなかなかステキ。紅葉の時期には一面真っ赤なのかしら?
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上ってきた方を振り返ってみました。
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回廊で繋がった伽藍の屋根が見えます。
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大玄関まで戻って外に出ました。
諸堂前を通り抜ける遊歩道・・・今は葉っぱが落ちた木々ですが、すべてもみじなんでしょうね~。
言うまでもないですが、永観堂禅林寺は、もみじの永観堂として有名です。この木々が真っ赤に染まったら、どんなに見事な景色だろうと、現地に来て改めて実感しました。 -
先ほど、釈迦堂の庭から眺めた唐門(勅使門)の外側です。江戸時代末期に再建されたもの。
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遊歩道を南へ歩いて行くと・・・御影堂(大殿)の正面が現れました。
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諸堂をつなぐ回廊を歩いていたときには、複雑な造りだな~と感じましたが、外から眺めてみると、違った感じを受けます。
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さらに南へ進むと・・・石段の上に阿弥陀堂(本堂)があります。
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先ほどは、外から眺めることができなかったので・・・。
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美しいです。
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阿弥陀堂の高さから・・・。
石段の下でちんまり待っているのは連れ合いです(;^ω^)。 -
放生池にかかる極楽橋を渡ります。
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橋を渡った側から・・・伽藍を眺めます。もみじの頃には、伽藍を埋め尽くすように木々が赤く染まるんだな~と想像しながら・・・。
ところで、御影堂のあたりから、さらに140段の石段を上ると多宝塔がありますが(諸堂の回廊で繋がってはいません)、ヘタレのわが家は行きませんでした。 -
池の西側には、1914年に建てられた画仙堂があります。
日本画家・鈴木松年の発願により建立されたもので、堂内に、その子・松僊が描いた天龍図があります(見ていませんが)。
画仙堂の周りも、遊歩道が整備されたお庭になっているようですが、11時半を過ぎたので・・・そろそろ京都駅へお土産買いに行くことを考えないと・・・。 -
その前に・・・最初から気になっていた茶屋でひと休みすることにしました。
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放生池の真ん中にかかる錦雲橋。その橋を渡ると弁天島です。
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弁天島には、1866年に建立された弁天社があります。
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お茶が来ました~~!連れ合いはぜんざい、わたしはみたらし団子を頂きま~す!
ここのみたらし団子、思いの外美味しかったです。宇治で食べたお茶だんごも美味しかったし、京都のお団子、美味しいです! -
タクシーのドライバーさんが、この時期の永観堂は、静かでゆっくり見れるからいいですよ~とおっしゃっていましたが、ほんとにゆっくりと見ることができてよかったです。
正午になりました・・・そろそろ駅へ戻ります。 -
錦雲橋はなかなか美しい橋ですね。
諸堂の屋根の上方、木々に埋もれるように多宝塔が見えます。 -
多宝塔まで上らなかったので、アップで撮っておこう~。1928年に建立されたものです。
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中門を出て、先ほどタクシーで通り過ぎてしまった総門まで・・・。
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総門。
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東寺と永観堂のご朱印。
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禅林寺外塀沿いに続く通りは、とても静かな住宅街。塀に取り囲まれた立派なお屋敷群が、独特の雰囲気を醸し出しています。
もともとは南禅寺の敷地だったエリアですが、明治政府の神仏分離令や上知令により、大部分が召し上げられました。
琵琶湖疏水が開通し、当初は、水車動力を利用して工場用地として開発される予定でした。しかし計画が実現せず、高級別荘地として民間に分譲されることになりました。
政財界の人々はこぞって富を注ぎ込み、東山の景観と琵琶湖疏水の水を引き込んだ庭園を持つ、趣向を凝らした数寄屋建築の別荘を造りました。現在も15軒ほど残っているそうです。
見学できる別荘も(要予約や抽選のところも)あるようなので、お寺だけでなく、ブラブラしているだけでも落ち着いた気分になれる、このエリアの散策もありだな~と思いました。
通りにある南禅寺の大寂門を通ると、いよいよ南禅寺の敷地です。
通り沿いは、ず~っと南禅寺の敷地。塔頭寺院なども含め、ものすごく広大で・・・まるで公園のような敷地面積に驚くばかりです(これでも、大部分が召し上げられたんですからねぇ・・・)。 -
湯豆腐屋さんの前を通り(お休みでした)、南禅寺の巨大な三門の前を通りました。
時間がないので、通りから写真を撮るだけに留めました。 -
道路の両側には、白壁が続き・・・南禅寺の塔頭寺院が建ち並んでいます。日本庭園を拝観できるところもあり、南禅寺界隈だけで、優に1日つぶせそうです。
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垣根で囲まれた庭園。
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「ねじりまんぽ」と呼ばれるトンネルをくぐると、間もなく蹴上駅です。
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なぜ「ねじりまんぽ」と呼ばれるかは、トンネルの内壁が、らせん状にねじれているから・・・。トンネル上の線路を、台車に乗せた船が行き来したため、耐久性を上げるため、レンガを斜めに積み上げて造ってあるそうです。まんぽとは、線路の下をくぐるトンネルのこと。
このトンネルの上は、観光スポット(桜スポット)として有名なインクラインなんですね~。
南禅寺といったら、レンガ造りの水路閣やこのインクラインがフォトジェニックで・・・時間があったら寄ってみたいと思っていましたが、今回はムリのようです。琵琶湖疏水ねじりまんぼ 公園・植物園
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京都駅で、お目当てのお土産を買いこみ(伊勢丹など、どこも激混みで行列だらけ・・・ビックリしました)、14時過ぎのリムジンで、早めに伊丹空港に着きました。リムジンバスは10分ほど遅れていましたが、空港までの渋滞はありませんでした。
やけに早めに着いちゃったので・・・空港内のカフェで、遅めのランチ・・・中之島カレーを食べました。意外とおいしかったです(けっこう辛かったですが)。 -
予約時に、なぜか帰りの便だけプレミアムクラスにできます(追加料金なしで)・・・ということだったので、どういう加減でそうなるのかわからないまま・・・プレミアムクラスになりました。
わが家には2度とないかな~というラウンジで、まったり時間を過ごすことができました。 -
飛行機に乗り込みました。17時前・・・夕暮れてきました。
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うふっ!!あっという間に仙台に着いちゃうので、追加料金を払ってまでプレミアムにする気はないけれど、今回は嬉しい体験!
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え~!?離陸と着陸態勢を除いたら、ほんとに数十分しかないのに、軽食まで出ちゃうんだぁ・・・ビックリ。
フォカッチャサンドでした。 -
ANAは羽生選手所属しているので(それもあってANAびいき)・・・羽生選手の記事も載っていました~。
たった2ページのために、冊子を持って帰るのは、すでに荷物がパンパンすぎて(手持ちだけなので、お土産で一杯になってしまった・・・)入らないので、写真を撮るだけに留めました。 -
かま八老舗、老松、鶴屋吉信のお菓子、大原で買ったゆず皮ピール、そして帰りに京都駅の伊勢丹で買いこんだマールブランシュ、ジュヴァンセルのスイーツ。
伊勢丹地下お菓子売り場は、あまりの混雑ぶりで・・・並ぶのが面倒で諦めたものもあるので、チェックしておいたもの全部買えたわけではありませんが・・・箱物が多いので、かなりかさ張って、持ち込みサイズギリギリまでバッグが広がりました~(笑)。
中でも、ジュヴァンセルの竹取物語・・・写真左上のパウンドケーキですが・・・大きな栗と黒豆がたっぷり入っていて・・・食べ応えがあってとてもおいしかったです。
大原で買ったゆず皮ピールも(大原で採れるわけではないそうですが)、ちょっと苦みがあっておいしかったな~。
初京都・・・歩き周って疲れましたが、年初めに美仏にたくさんお会いできたので・・・良い一年になるといいな~。
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この旅行記へのコメント (10)
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- rinnmamaさん 2018/03/02 23:46:26
- 京都満喫の旅でしたね!
- こあひるさんへ
前々回の旅行記でコメントを書かせて頂いたのですが、送信の段階で消えてしまい落ち込んでしまって、その後にコメントも出来ずにおりました。
本当に良く観て回られましたね・・脱帽です。
何処も観光本もお手上げの詳しさで素晴らしい・・・
皆様、こあひるさんの旅行記参照で観光ですね(^^)
みかえり阿弥陀様・・私は何処何処って感じでしたが・・皆様が拝観されていらっしゃる方を見ましたらいらっしゃいました(^^)
春も秋も行ったことがありますが、想像を絶する混雑でその列をみて帰る事もたびたびです。。
冬は庭が寂しいですが、ゆっくり拝観できますので良いですね。
名古屋―京都はのぞみなら40分強ですので四季折々に行けますが、冬は苦手で行きませんね~
でも、観光客も少なくてノンビリできるんですよね。
東寺は息子夫婦の住まいの近くなので散歩コースです。
いつも、しだれ桜の時期にと思うのですが見れていません。
この間、宿坊があるのを見つけたと言っていまして、次回に泊ってみたらと言われました。
4月に疏水の川下りに行く予定です。
仙台も不安定な天候でしょうか?お気をつけて下さい。
膨大な写真整理・コメントお疲れ様でした。
rinnmama
- こあひるさん からの返信 2018/03/06 11:56:49
- RE: 京都満喫の旅でしたね!
- rinnmamaさん、こんにちは〜!
たまに書いたものが消えてしまうと、ショックで再投稿する気が失せちゃいますよね〜。それなのに、再びコメント頂きありがとうございます!
わたしがお寺を巡る基準は仏像次第なので・・・とりとめのないロケーションだったのですが、なんとか繋げて、1日にいくつかうまく周りきることができたのは良かったです。
みかえり阿弥陀さまって、思ったよりも小さいし、遠いし暗いところにいらっしゃいますからね〜。
永観堂はやはり春や秋のシーズンには激混みなんですね〜(苦笑)。それでも見たくなるほどの紅葉なのでしょうけれど・・・あのお寺の良い雰囲気を味わうには、シーズンオフが向いていますよね。
40分余りで京都に行けるなんて・・・羨ましすぎます!新幹線を使うと高くつくでしょうけれど、ローカル線で行けるのかな?御開帳シーズンとかに合わせて、いつでもぱっと行ける場所に3年ほどでいいから住みたい〜!です(笑)。京都も良かったけれど、やっぱり奈良も好きだし・・・。
rinmamaさんは、今年もこれからステキな京都の景色を見せてくれそうですね〜。楽しみにしています!
こあひる
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- milkさん 2018/02/28 21:10:21
- 美しいみかえり阿弥陀さま
- こあひるさん、こんばんは☆
みかえり阿弥陀さま、本当に美しいですね。
るなさんがおっしゃるように色っぽい!
私も合いに行きたくなりました。
永観堂禅林寺は紅葉が有名なのですね。でも、その時期はさぞかし混雑しているのでしょうね~。
冬は寂しいかもしれませんが、静かでのんびり見られると言う点では良いかもしれませんね。
そして何より気になってしまったのジュヴァンセルの竹取物語!
栗と黒豆が入ったパウンドケーキ??
絶対美味しいですね。食べたい!!
マールブランシュは大好きで京都に行くと必ず買っています。
あぁ、久し振りに京都に行きたい...。
milk
- こあひるさん からの返信 2018/03/06 11:44:13
- RE: 美しいみかえり阿弥陀さま
- milkさん、こんにちは!!
みかえり阿弥陀さま、ほんと色っぽいですよね。もともと仏像は中性的で色っぽいのですが、こちらの阿弥陀さまは、その姿勢や目線のせいもあってとても艶やかでした。
永観堂の紅葉は、とても有名ですが、その分もっのすっご〜〜い混雑です(行ったわけじゃありませんが)。その時期を外してゆっくり周るのが、このお寺の雰囲気には似合っていると思いました。まぁここの紅葉は、どんなに混雑していても見たい!ほど特別なのでしょうけれどね。
ジュヴァンセルでは、他にも少し焼き菓子を買いましたが、そちらも美味しかったので、何を食べてもきっと美味しいのだろうな〜と思いましたよ。竹取物語は、どっしりとした食べ応えのあるケーキで、今回の京都土産の中で一番気に入りました。もしまた京都に行ったら、竹取物語だけはまた買う!と思います。マールブランシュなどは、買う人の行列ができていましたが、ジュバンセルのところは、まったく列もなく、すぐに買えるのもよかったな〜。
こあひる
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- aoitomoさん 2018/02/28 19:57:25
- みかえり阿弥陀さま お会いしたい~
- こあひるさん こんばんは~
昨日、ベトナム旅行から帰ってきました。
『東寺』
こあひるさんのコメントを拝見して東寺も密教寺院でもあり、高野山と共通する部分も多く、『夜叉神像』も弘法大師の作と言われると、もしやそうなのかと思ってしまいます。
世の中、弘法大師の作多過ぎますからね。
信頼度でランク付けしてほしいものです。(爆)
『五重塔』
ここの中央心柱『大日如来』と『金剛界四如来』なども、
高野山壇上伽藍の大塔内部と似てます。
当たり前ではありますが、妙に感動してしまいます。
貴重な初層を観る事ができましたね。
『観智院』
本殿の『五大虚空蔵菩薩像』も高野山秘宝館の快慶作の孔雀明王像を想像してしまいます。
このように見ていくと、色々調べたくなってしまいます。
『永観堂禅林寺』
阿弥陀堂の『みかえり阿弥陀』。
この『みかえり阿弥陀』さまはインパクトありますよね。
知らずに見たら仰天しそうです。
実際に左下方を振り向いたような格好でなんか見られているようで。
正面も気になってネットで見ましたが、胸元も広げてなんとも艶かしい。
確かに色っぽい。(失言)
実物が見にくいのはよくある事ですが、私も永観堂禅林寺訪れてみたくなりました。
aoitomo
- こあひるさん からの返信 2018/03/06 11:07:14
- RE: みかえり阿弥陀さま お会いしたい?
- aoitomoさん、こんにちは!
あら!ベトナムに行かれていたのですね〜!!主目的は観光でしょうか、アクティビティでしょうか?
実は、今年のわが家の年末年始はハノイに行く予定です。いつもながら、あちこち移動するのが面倒で、ハノイだけでまったり過ごすことになりますが(ハロン湾ですら、海なのであまり興味がありません)。aoitomoさん、ベトナム旅行記は作成するのかなぁ〜〜!?
東寺は、さすがに高野山と共通する部分が多いですよね〜。でも、現在の東寺は、がら〜んとした敷地であまり風情がない・・・と思いましたが、高野山は全体で一体化した独自の雰囲気がありました。立体曼荼羅については、東寺の方が好きでした。
○○作ってのは、証拠がない限り、ほぼ都合のいい嘘だと思いますよね〜(笑)、特に有名な高僧などが彫った・・・なんて話はまたまた〜〜ぁ!って思っちゃうような素晴らしい仏像もありますしね〜。
五重塔の初層公開は、たまたまお正月だったのでラッキーでした。普段は閉まっているので、障壁画の保存状態もけっこう良くて、拝観できて良かった〜と思いました。
みかえり阿弥陀さまは、思っていたよりも小さな仏像だったので、かなり見えづらかったのが残念です。もっと近くに寄って、左側に座って見上げたら、左下を振り向いている目線がもっとよく見えたのでしょうけれど・・・。
永観堂は、もちろんもみじが有名で、確かに素晴らしいだろうな〜と思いますが、なにしろすっごい人混みなので(行ったことはないですが)・・・そんな時期を外して訪れて、ゆっくり拝観するのが似合う・・・とても雰囲気のよいお寺でした。今回の京都旅行の中で、大原と禅林寺はとても印象に残りました。
こあひる
- aoitomoさん からの返信 2018/03/06 20:28:28
- RE: RE: みかえり阿弥陀さま お会いしたい?
- こあひるさん
> あら!ベトナムに行かれていたのですね〜!!主目的は観光でしょうか、アクティビティでしょうか?
本当はアクティビティ旅がしたいのですが、普通に観光でした。
行ったのはハノイです。
こあひるさん も行かれるのですね。
今からなら十分に計画が立てられますね。
> 実は、今年のわが家の年末年始はハノイに行く予定です。いつもながら、あちこち移動するのが面倒で、ハノイだけでまったり過ごすことになりますが(ハロン湾ですら、海なのであまり興味がありません)。aoitomoさん、ベトナム旅行記は作成するのかなぁ〜〜!?
旅行記も作成したいのですが、どうなるかわかりません。
自分が良かったと思うところだけでも、紹介したいなと思ってますが。
旅行記も出来るかあてにならないので、私がいいと思ったところだけご案内します。
まずこあひるさんも飛びつくと思っているのが、
◼ハノイ駅の北側の線路上の景観です。
線路上で仕事や焚き火をしている人がいたりして線路の両脇にはノスタルジックな建物と洗濯物が!
フォトジェニックな景観です。
◼ロンビエン橋が良く見えるカフェもおすすめです。
『SEREIN CAFE & LOUNGE』9時00分〜23時00分
https://www.facebook.com/SereinCafeLounge16/
このカフェの屋上テラスからロンビエン橋が美しく見えます。
橋は歩いて渡れないので橋の写真を撮るのならここがおすすめです。
ロンビエン駅もすぐそばにあります。
◼フォアロー捕虜収容所
ここは好みが分かれますが、見ておいて良かった場所です。
◼朝方は露店で皆が朝食を始める時間でその光景もフォトジェニックです。カメラを向けるのに気を使うのが難点ですが。
大教会の裏側(西側)、病院の前が朝食の光景が凄かったです。これは至る所で見れると思います。
(とりあえず大教会も入れました。無料・ノーフラッシュ撮影可)
◼安南パーラー
腹を壊さずに安心してチェーが食べられます。
完全に日本人御用達な気もしますが、
チェーがフォトジェニックです。
甘さもきつくなく、こあひるさんだとむしろ物足りないかも。
◼フォー・ティン(Phở Thìn)
ハノイでもフォーが最も美味しいと言われる店。
美味しく完食しました。5万ドン(2人で10万ドン)
小汚い感じがフォトジェニック!
日中は激混みで早朝がおすすめかも。
5時から開いてます。
◼『ハノイ市内観光』ツアーにも参加しましたが、
『タンロン遺跡』『一柱寺』『文廟』は入って見ましたが歴史も不勉強でいまいちでした。個人的見解ですが。
『ホーチミン廟』も外観を見て終わり。
午前中(8時〜11時30分(月・金曜は終日閉館))なら中に入ってホーチミンさんの亡骸も拝見できますが、カメラ不可です。ということで市内観光参加は不発に終わり自分で歩いた方がいいと思いました。
私好みの『ベトナム軍事歴史博物館』も行きたかったのですが、
閉館が迫って行けませんでした。
少しだけですが、ご参考になれば・・
まあ、こあひるさんなら凄い場所激写してくるでしょうが。
バッチャン村も行かれるのでしょうか?
まだ先ですが、またこあひるさんの激写期待してしまいます。
aoitomo
- こあひるさん からの返信 2018/03/06 22:11:55
- RE: RE: RE: みかえり阿弥陀さま お会いしたい?
- aoitomoさん
わ〜ぁ!!たくさんスポットを教えて頂いて嬉しいです!
まだ先のことなので、エアチケとホテルだけとりあえずとってありますが、あとは直前になってから調べますが・・・ ハノイ駅北側の線路上の光景は、細かい場所は知りませんでした、いつだったか写真で見たことがあって・・・ぜひにも見てみたい〜!と思っていました。
あとのスポットは知らないところばかりなので(ベトナムは、ホイアン以外に行くことがあるとはあまり思っていなかったので)、秋以降にわからないことがあったらお聞きするかもしれません〜。
バッチャン村の名前が出てくるとは・・・さすがにaoitomoさん、情報が豊富!現地ツアーで行こうか・・・でもガイドがウザいな〜・・・どうしようかな〜なんて考えていますが、日帰りで訪れたい候補ですよ〜〜(笑)。
色々教えて下さって感謝!します〜〜!!また相談に乗ってくださいね!
こあひる
-
- るなさん 2018/02/28 17:26:33
- 色っぽい「みかえり阿弥陀」
- あひる殿、こんちは♪
花粉症に悩まされる時期となりました(>_<)
明日なんて21度まで上がるとか!!聞いただけでくしゃみが出そうだよ~
ホントだ、ホームの椅子の向きが珍しいね。何か電車に乗ってる気分になる?(笑)
京都ってのは見るものすべてが歴史的建造物なんじゃ?って思えてくるよね。
もちろん神社仏閣は特別な、いわゆる歴史の背景が濃い~場所って気がするよ。まったくもって歴史音痴なんで深くは探ろうとも思わないのだが、やっぱり京都へ行くと神聖な気持ちになるよね。
誰がどこに祀られてるだの、誰が何を創っただの、もうついていけない(爆)すまん....こあひるさんの説明を読んでいてもわからん(=_=)
欧米の方から見たら、私達がいつもヨーロッパなどで見て感動する教会やらと同じ気持ちになるのかしら?ね。
手入れの行き届いたお庭もホントに素晴らしいねぇ~葉をつけていない細い枝までもが芸術的!!
枯山水、まさに絵になると思うし♪
うちの元ダンナの実家もお義父さんが生きている時は、枯山水とまでは言わないものの(当たり前か)中庭の砂利がすごく美しかったのを思い出します。今や誰も手をかけないので、敷石も見えないほどに雑草が生えてしまっているけどね。もったいなぁい!!
この時期は寒さもあるけど、廊下ってのもすごく絵になるよね。
「みかえり阿弥陀」
何だか色っぽいわぁ(笑)こんな仏像初めて見たわ!
まさに和の美しさを見ることが出来ましたわ♪
たまにはこういう景色もいいもんですな。って言いながらも国内旅行の予定は今のところない私(爆)尾道とか行きたいな~なんて漠然と思ってはいるけど。
るなっちょ
- こあひるさん からの返信 2018/03/01 14:48:19
- RE: 色っぽい「みかえり阿弥陀」
- るなっちょ、こんちは〜!
東京、暑そうだねぇ〜〜。花粉はすでに飛びまくっているんだろうけれど、ますますピークになりそうだね。こちらは今は、晴れているけれど暴風が吹いているよ〜。
やっぱり、ホームのあのイスの向き、東京とかじゃ見ないよね〜。最初に見かけた時、ビックリしたよ・・・あ〜!?こんな向きもあるのかぁ〜と。
今の京都の家並みは、特別なものを除けば、江戸時代以降のものがほとんどだろうけれど、わたしの興味は、平安時代の頃だから・・・その名残りを求めると、神社仏閣が中心になっちゃうよねぇ・・・。
京都のお寺は、キレイに(人工的に)整備されたお庭が売り・・・のところが多いので、桜や紅葉・・・あるいは新緑のシーズンに行けば、庭自体を愛でて楽しむことがもっとできるんだろうな〜。私の場合は、庭よりやっぱり仏像だけれど・・・。
寝殿造りを思わせる回廊つながりの建物ってのは、なんかいいよねぇ・・・。ちょっとだけ、平安貴族の生活ぶりが見えるような気がして・・・。
みかえり阿弥陀・・・なるほどぉ〜〜!色っぽいかぁ!上手いね、るなっちょ。仏像って、中性的な顔や姿をしているので、もともと色気があるんだけれど、色気という点だけで見ると、その仏像によって、色々あるもんだなぁ〜と改めて感じました。るなっちょにはたぶんわからないだろうけれど、如来よりも菩薩のほうが色っぽいことが多いかも〜。
尾道とかよさげだよね〜。階段や路地だらけで、るなっちょもわたしもと〜っても好きそうだ〜、わかるわ〜。
わが家も、るなっちょみたいに、もっと海外に頻繁に行きたい〜〜!!!のだけれど・・・連れ合いのお休みと、エアチケが高い時期が同じなので・・・ヨーロッパになると、やっぱり年に一度くらいしか行けないのが悲しい・・・。
連れ合いが一人で生活できるなら、安い時期にひとりでちゃちゃっと行ってみたいけれど、会社通勤や買い物すらひとりじゃできないので、何泊もとなるとなかなか・・・。結局、意外に高くついてガッカリする国内旅行(笑)か、安く行けそうな近場のアジア(ちょっと凝ったところだとアジアでも高い)になっちゃうのよね〜。
ん!?るなっちょ、今度はGWのイタリアだっけ?夏休みももちろん海外だろうね〜!?(笑・・・わが家は、ものすごく地味で暗いイメージの下北半島よぉ〜)。
こあひる
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