2018/01/14 - 2018/01/14
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夏子の探検さん
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過去に出し損ねていた旅行記ですみません。
もうすぐGWですが・・・どこにも行けないのではなく、どこにも行かない!決意をして欲しい時期に成りました。
私だってお出かけしたいですが、こんな時期に・・・は・・・
お願いです。都内含むコロナ発生が多い地域ら、GWに田舎の実家に戻り、その街で、お年寄りの方や、その周囲の方に、どうか「うつさない!」「自分は症状は無いけど、田舎の街や、住民にうつさない為に、今年は帰省は諦めて頂きたいです。お願いします。どうかお電話で・・・
全国にはまだ感染者の少ない地域も多くあります。不用意に生活エリアを超えた移動をしないこと。これが誰かのふるさとを守ることにつながります。
寒い日でした。バスを降りると道の両脇が湖で凍っていました。しかし地元民は、此処でアイスホッケーやスケートを楽しんでいるようでした。
ウキペディアより
トラカイ島城(リトアニア語: Trak?・ salos pilis)は、リトアニアのトラカイ、ガルヴェ湖上に浮かぶ島の上に建てられた城の名称。トラカイ城、トゥラカイ城とも表記する[1]。城は時折、「小さなマルボルク城」と呼ばれる。石造の城の建設は中世リトアニアの君主ケストゥティス (K?・stutis) により始められ、1409年頃に彼の息子であるヴィタウタスにより竣工へと至った[2]。彼は1430年にこの城で亡くなっている。トラカイはリトアニア大公国において中心的な場所であり、城も戦略的に大変重要な位置にあった。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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Vilnius bus station(ビリニュスバスステーション)からバスに約40分乗車し、Trakai bus station(トラカイバスステーション)で下車します。
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トラカイのバスターミナルから城までは、およそ1.5キロ
バスで30~40分です。 -
橋のそばには、案内所も有ります。
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スケートを楽しむ地元民
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いやいや、アイスホッケーでした!
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おチビちゃんの服装で寒さの度合いが解りますか?
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ここの人達は、寒さを極寒を楽しんでいますね!
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湖面が完全に凍っています(寒)
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湖に浮かぶではなく、氷の上に立つトラカイ城
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アップで?
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トラカイという街のガルヴェ湖上に浮かぶように建てられたトラカイ城。ドラクエに出てくるお城に似ているとの声があり、ドラクエ城と呼ばれることもあるようです
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遊歩道~気候の良い時なら気持ち良さそうですが・・・この日は極寒
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凍った湖を渡る橋・・・気候の良い時は気持ち良さそうですが・・・
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橋を渡って~
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お城です。う~~~さむい。。。
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トラカイ城入場料:?7(約900円)
カメラ持ち込み料:?1.5(約200円)をここで支払います。 -
城内の図面
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トラカイ島城は、幾つかの段階を経て建設された。14世紀後半に建てられた第1段階では、城がケストゥティスの命により、ガルヴェ湖上の3つの島の中で最も大きい島の上に建設された。トラカイ島城の建設は、トラカイ半島城の拡張と補強に関連していた。ケストゥティスは自身の住居と宝物庫を、このトラカイ島城へ移動させた。
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1377年に行われたドイツ騎士団による攻撃で、城は大きな損傷に見舞われた。ケストゥティスの暗殺の後、リトアニア大公の地位をめぐってヨガイラとヴィトフトの間で権力闘争が始まった。その際、城は双方から包囲されている。双方の和解が成立したすぐ後に、建設の第2段階工事が開始され、1409年まで続けられた。この段階は城の歴史において、大きな発展であったとみなされている。ドイツ騎士団との休戦中、建設工事は騎士団の石工ラディケ (Radike) により、指揮されていたと思われる。これは1410年のグルンヴァルトの戦いから4年前の出来事であった。
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建設の第2段階工事中、2つの建物の翼部が加えられ、南側に6階建て、35メートルの天守閣が建設された。この天守閣には、建物と船首楼を分ける可動の門が取り付けられていた。天守閣は様々な用途に使用された上、別の防御用建造物として機能し、礼拝堂や生活住居も備えていた。また、構内の庭にあった多層の公爵宮殿と繋がっていた。この庭には内部の壁周辺に木製の回廊があり、これらは宮殿内部へ入らずに様々な支援物資を運搬するため使用された。
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南側宮殿の南翼部分全体は、公爵広間として使用された。この広間は10メートル×21メートルの広さで、リトアニア国内にあるヴィリニュス城の「上の城」部分がこの広間をかろうじて上回る程である。公爵広間はその装飾などがありのままの姿で保存されてきている。
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建設の主要な素材には、いわゆる赤いゴシック煉瓦が用いられていた。石製のブロックは建物の基礎と建物上部、塔と壁にのみ用いられている。城は様々な様式で装飾されており、これらにはガラスのタイル屋根や焼きレンガ、ステンドグラス窓が含まれている。建築の第2段階工事後、全体の様式はロマネスク様式を含んだゴシック様式の特徴を有していた。
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可愛い作りです。
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城の周囲にはお濠も有りました。
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15世紀初頭に行われた船首楼の拡張工事は、トラカイ島城の造成の第3段階となった。船首楼の壁は回廊が取り付けられ、2.5メートルの厚さに強化された。
3つの主要な防御塔は、隅に建設され、南側の塔は牢屋としても使用された。構内にある塔の頭頂部は兵士に向けて造られ、多くの大砲を有した。中心となる門楼は、公爵宮殿と同じく、可動式の門が設けられた。この門楼は回廊用に新たな区画を設けて補強されている。また、内部の壁の近隣には幾つかの建物が建設されており、この中には馬小屋や調理場等が含まれている。15世紀に城が拡張されていた際、ガルヴェ湖の水面の高さが、現在の高さよりも数メートル高かった。城の建築者たちは小さなボートが通れるくらいの幅で作った濠により、公爵宮殿と船首楼を分けて湖を利用していた。これらは敵の襲撃の際に起立させられる門で接続されていた。 -
この建物は、全て外階段
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1枚撮って頂く~少し若かったなぁ・・・
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下から見上げると・・・
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リトアニアとポーランドの軍がリトアニア大公国の第一の敵を打ち負かしたグルンヴァルトの戦い後すぐに、トラカイ島城はその軍事的重要性を失った。城は住居として機能が転換され、内側から新たに装飾が施された。壁にはフレスコ画が描かれたが、これは現在もその一部が保存されている。また、公爵宮殿には諸外国の特使達も招かれるようになった。1413年から1430年まで、ヨガイラが城を実に13度も訪れたことが知られている。リトアニア大公国大公ヴィトフトは1430年にこの城で亡くなった。その後ジグムント2世の統治下においては、城はルネサンス様式に装飾され、短期間のみ王室の夏の住居として機能した。14世紀から18世紀にかけてリトアニア大公により作られた文書の集積、「リトアニア・メトリカ (Lithuanian Metrica) 」は、1511年まで城で保管されていた。後になって城は牢獄として使用された。しかし、17世紀に巻き起こったモスクワ大公国との戦争で、城は損壊され再び建設されることはなく、徐々に荒廃の一途を辿った。
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19世紀中、城の再建計画が準備された。その元からあったフレスコ画は、ビリニュスの画家ヴィンセンタス・スマカウスカス (Vincentas Smakauskas) により保存・複写が行われた。また、考古学委員会も、1888年に城の残骸の調査に着手した。1905年、ロシアの権威達は廃墟となった城の一部を復元することへ決定を下した。第一次世界大戦中、ドイツ人が専門家を送り、城の修繕を幾度か試みた。1935年から1941年にかけては、公爵宮殿の壁の一部が補強され、南東に位置する船首楼の塔部分とその壁の一部が復元された。リトアニアとポーランドの建造物保護主義者達も建設工事にあたったが、戦争が熾烈を極めるにつれて工事は中止された。
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第二次世界大戦後、大きな再建計画が1946年に開始され、1951年から1952年にかけて工事が盛んに行われた。再建工事の大部分が終了したのは1961年のことである。城は15世紀の建築様式で建設された。
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1月でも室内にはツリーが。
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城内の教会
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王座の席
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上には登れなかった。
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現在城は、本丸、城壁ともに博物館として使われており、城内では、トラカイの歴史に関する展示や、かつて使われていた武具や美術・工芸品、家具などの展示を見ることができます。
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展示品
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トアニアの君主ケストゥティス~精悍なお顔ですね!
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ヴィタウタス大公の時代には、この広間は外国からの賓客を迎える場として使われていました
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200平方メートルの空間は、ゴシック様式のヴォールトやステンドグラスで彩られています。
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銀製品
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かなりお金持ちだった様子。
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展示品
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甲冑と盾
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本丸には、大公とその家族の居室や、客人との謁見に使われた部屋が9つあり、こちらはもっとも大きく、かつ美しいといわれる大広間。
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展示品
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フランスから贈られた時計
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城の立体模型
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こんなシャンデリアは初めて!
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1940~1943年時代
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当時の王室の服装
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何となくロシア風???
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見るからに寒々しい城内でしたが・・・
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これも記念で・・・
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トラカイ城周辺の湖畔の遊歩道沿いには、土産物屋やレストランが並び、のどかながらも観光地らしいにぎわいがあるようですが、この時期は閉まっていました。
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もう一度湖畔から~
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行きにバスを下車したTrakai bus stationの8・9番乗り場からバスに乗車します。
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最後はこの駐車場へ
過去の記録(写真だけ保存していた)ので、思い出に成っていますが、此処は絶対暖かい時期に行かれてください。ホッカイロも何個も持参して行きましたが、凍るかと思いました(泣)
少しでも早く、コロナが収束して、旅に出かけたいですね。
この状況では、何処に行くいつ行くの計画さえ立たないので、私は去年9月ドイツ旅行以降は、海外には行っていません(キャンセルなども泣く泣くしました)
国内は1月25日の若草山山焼き以降、温泉にさえ出かけて無いので(名古屋にも行っていません)流石に旅好きには辛いです。
また、気の毒にコロナが発症してしまった方々には、お見舞い申し上げると共に、治られるようお祈りいたします。
皆で頑張って、自宅で過ごしましょうね。私は断捨離してました(笑)
~~~では、拙い記録にお付き合い頂き、ありがとうございました~~~
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