2017/12/22 - 2017/12/29
4位(同エリア1005件中)
noelさん
この葬祭殿は、ナイル川の西岸にあります。
王家の谷から近いです。
・・・というか、この裏側が王家の谷になっています。
「デイル・エル=バハリ」と言うのは、「北部地方の修道院(アラビア語)」という意味です。
なぜ修道院かというと、以前はコプト教の修道院がありました。
(今はもうありません。)
ハトシェプスト女王は古代エジプト第18王朝の第5代のファラオです。
そして初の女性ファラオでした。
そんな女性ファラオが自身のために造った葬祭殿、とくと拝見したいと思います。
まず葬祭殿というのは、ファラオの弔いの儀式が行われる場所です。
つまりは王の再生と復活を願って造られました。
断崖を利用し、とても重々しく重厚でありながら、まるでギリシャ神殿のような美しさも兼ね備えています。
しかも3階建てのテラス式様式になっています。
・・・・実は後でわかったのですが、ギリシャ神殿に似ているのも当然、
ギリシャは神々の祭壇や神像や神殿を建てること、また石に模様を刻むレリーフなどもエジプトから影響を受けました。
ギリシャのポセイドン神殿は、柱の溝の数までこのハトシェプスト葬祭殿の柱と同じだそうです。
では、足を踏み入れてみましょう!
【旅程】
12月22日(金)成田発 17:30(EY871便)⇒アブダビ着 翌日0:35
12月23日(土)アブダビ発 3:20(EY651便)⇒カイロ着5:30
カイロ発 10:35(MS361便)⇒ルクソール着11:45
クルーズ船へ
カルナック神殿観光
ルクソール神殿観光
12月24日(日)王家の谷観光
ハトシェプスト女王葬祭殿観光
メムノンの巨像観光
西岸から東岸へファルーカ船にて移動
クルーズ船にてエドフへ移動
12月25日(月) ホルス神殿観光
クルーズ船にてコムオンボへ移動
コムオンボ神殿観光
クルーズ船にてアスワン移動(予定)
12月26日(火) イシス神殿観光
アスワンハイダム観光
アブシンベル神殿観光
12月27日(水) アスワン発(NP82便 9:30⇒ カイロ着 10:55
考古学博物館入場
ハンハリーリバザール
12月28日(木) ギザのピラミッド、スフィンクス観光
カイロ発 15:00(EY648便)⇒アブダビ着 20:30
アブダビ発 22:00(EY878便)⇒
12月29日(金) 成田着 12:45
【2025年12月追記】
紀元前8世紀、ホメロスが『イリアス』で「エジプトのテーベ、山なす金塊の輝くところ」と謳いました。
ギリシャにもテーベはありますが、ギリシャ人自身が、エジプトの方を「百門のテーベ」、そしてギリシャのボイオティアの方は「7つの門のテーベ」と呼んで区別してるようです。
歴史家のヘロドトスは、エジプトのテーベを訪れて神官たちと話をしたそうです。そしてドドナ(ギリシャ北西部にある名高いゼウスの神託所)の起源はテーベにかると聞かされたそうです。
ただし、紀元前30年にローマに敗退し、その属州になってからは、このテーべもかつての姿は見る影もなく、ストラボンの『地理誌』には「都市に住む者もなく、いくつかの神殿が残っているとはいえ、それも大半が崩れかけている。‥‥今ではテーベは村の集まりにすぎない。」と記されています。
※ テーベとは現在のルクソールのことです。
参考:「失われた古代都市(歴史に刻まれた記憶)」
フィリップ・マティザック著
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 観光バス 船
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
入場料は80エジプトポンドです。
-
ジオラマです。
これを見るとわかるのですが、右側の手前の点々としたものは、スフィンクス参道のようになっていたようです。
ハトシェプスト女王葬祭殿とはいいますが、このジオラマの中でその部分は、右側の部分だけです。
そして右の奥の部分はセンムトのお墓になっています。(wikipediaにはこれもまとめてハトシェプスト女王葬祭殿となっています。)
左手前がメンチュホテプの神殿です。
わかりにくいのですが、奥の方のちょっと小さな右に若干寄っているほぼ真ん中の部分がトトメス3世の神殿です。
ですから、これら全てをまとめたものが「Deir el Bahri」(デイル・エル=バハリ)です。 -
この葬祭殿にもタフタフで向かいます。(王家の谷もそうでした)
もう既に見えていましたので、十分歩いて行ける距離です。 -
イチオシ
目の前に見えているのが、ハトシェプスト女王の葬祭殿です。
岩をくりぬいて作った岩窟葬祭神殿です。
3階建てのテラスになっています。
先ほどジオラマで説明しましたが・・・
その左となりの奥まった部分が、トトメス3世の神殿です。
そしてその左側のあたりがメンチュホテプの神殿です。
ほとんど形がわかりませんから、今回観られるのはハトシェプスト女王葬祭殿部分だけです。
そのうち修復して見られるようになるといいです。 -
覆いで囲われていますが、これは木です。
実はこの木の根っこのような物は、今から約3500年前の物です。
ハトシェプスト女王がプントとの交易で持ち帰った木です。
この様子は葬祭殿のレリーフにも描かれています。 -
スフィンクスです。
ジオラマにはたくさんありましたが・・・。 -
イチオシ
それなりに人出もあります。
実はこの葬祭殿はかつて悲惨な事件の現場になってしまいました。
それは「ルクソール事件」です。
1997年11月17日午前9時ごろ、この葬祭殿の前で、外国人観光客に向けてテロリストが、無差別に銃を乱射し、その後は短剣で襲いました。この襲撃で日本人を含んだ観光客ら61名が殺害されてしまったのです。
今のこの光景からは想像できません。
事件はアル=ガマーア・アル=イスラーミーヤというイスラム原理主義テロ集団が計画したものでした。
この葬祭殿の観光を終えて、ここを立ち去る際に気づいたのですが、周囲には防犯カメラが一定間隔で設置されていました。
やはりテロは怖いです。 -
この付近は横に広がっていますので、ちょうどこのあたりで詰まってしまいます。
横の通路は、あまり広くありませんので。 -
プントの住宅と木(香木)?のレリーフです。
あまりよく見えませんが微かに見えます。 -
ちょっと見えにくいのですが、この青い〇の部分はプントの住宅のようです。これは高床式の住居になっています。
またその下の方には魚なども描かれています。 -
左側は遠征した兵士たちのレリーフです。
右側には船があります。船に木を載せています。
実はこの「プント国」というのは、まだはっきりはわかっていないようですが、現在のソマリア、ジプチ、スーダン、エリトリア付近とみられているようです。(紅海沿岸地方の「神の国」と呼ばれたエキゾチックな国だそうです。)
なんと凄いことには、このハトシェプスト女王の時代から更に遡って、エジプト第4王朝のクフ王の時代に黄金がもたらされたという記述があるそうです。
そして第5王朝のサフラー王の時代には、没薬や白金(プラチナ)が届けられていたようです。
またハトシェプスト女王の時代には、乳香、黒檀、象牙、猿や犬、豹皮・・・(神の地に生える)ありとあらゆる香りのよい樹木やミルラの樹脂、没薬の塊、伐採したばかりのミルラの木、イフムトの香、目の化粧に使う品なども船に満載させてエジプトにもたらされました。
おそらく入口にあった木も、そんな風に持ち込まれたようです。このレリーフのように1本丸ごと持ち込まれました。たぶんミルラの木ではないでしょうか?(私の推測です)ただし、エジプトではうまく育たなかったようです。
これまでは、これだけの品々を持ち帰った王はいなかったようです。
そしてその後、トトメス3世の時代になると、プントからの使節によって没薬が大量に持ち込まれたりもしました。
こうした没薬や乳香は、宗教儀礼で大量に消費されたようです。
そしてエジプトからは、青銅や装身具などが交換として提供されました。 -
プントに向かうところでしょうか?
まだ船には積載されてないようですので。
船をこいでいる様子のレリーフです。
うっすらと色も残っています。 -
おそらくプントの木でしょう。
南国風です。
ひょっとすると先ほどにあった木(柵で囲まれていた)でしょうか。
ちょっとここで木について・・・
日本の香道で使用している香木は、木そのものに香りがあるわけではなく、老木などが長い歳月を経て土の中などで朽ちてたりして香りを発するようになったものです。(主に東南アジア周辺からのものです)
でも、プントから持ってきたのは、乳香の木やミルラ(没薬)の木ではないかと思います。
木の皮を削ると、そこから樹液が出ます。
それが樹脂です。
そしてしばらくすると、それは固まってきますので、それを削ぎ落します。
こうしたものを振り香炉などの中に薫香としてキリスト教などの宗教の儀式の際に神聖な香りとして焚き染めます。(教会などで)
古代エジプトでも神官たちが神殿に焚きしめました。
乳香はシバの女王がソロモン王に送ったとも言われています。
また、キリストが誕生した際に、東方から3人の博士が乳香、没薬、または黄金などを持ってやってきました。
香りの文化については、個人的にとても興味を持っています。
そんなわけで、今回の旅の第2の目的は香りについての探求でした。
(それほど大袈裟でもないのですが) -
オシリス神の姿をしたハトシェプスト女王の彫像です。
角柱に接して作られています。 -
腕を胸の前でクロスさせておりますので、これはオシリス神のポーズをとっていることになります。
つまりは死後の姿です。
ここでハトシェプスト女王について・・・・
もう皆さんもご存知かと思いますが、彼女の父はトトメス1世です。
ルクソールの東側のカルナック神殿にオベリスクがありますが、トトメス1世のものとハトシェプスト女王のものが近くにあります。
彼女の夫はトトメス2世です。(トトメス1世が第3代ファラオで、トトメス2世は第4代のファラオです。)
トトメス2世もハトシェプスト女王も父はトトメス1世ですが、トトメス2世が下位の王妃の子であるのに対して、ハトシェプスト女王は正妃の第1王女でした。
トトメス2世は側室のイシスとの間にトトメス3世をもうけました。
そしてトトメス3世を王位継承するよう指名したのですが、本人は病弱のために息子が成長する前に亡くなってしまいました。
トトメス3世はまだ幼かったために、ハトシェプストがその摂政として務めました。
そして以後は共同統治をしたのですが、実際には彼女自身が実権を握っていました。
そして男のように男装して付け髭までしました。
ただ、この像を見ると付け髭をしても、やはり女性の顔をしています。
そして平和的な外交を中心にエジプトの繁栄に努めました。
一方トトメス3世は・・・・・・
ハトシェプストが在位中は軍隊で過ごしていました。
そのようなわけで実権を握ってからはハトシェプストの外交から一転、軍事的に周辺の諸国に遠征をしました。
代表的なのは「メギドの戦い」です。
流石軍隊経験がありますので勝利しました。
ただ、ハトシェプストに対しての恨みは大きく、その後はハトシェプストの存在を否定するかの如く、その像やレリーフやら名前やら抹消してしまいました。
トトメス3世も偉大なファラオではありましたし、後世ではエジプトのナポレオンとまで言われましたが、ハトシェプストに対する恨みは、かなりのものだったようです。
(一応これは一般的な説で、別の説もあるようです。2人の関係は良好であったという説です。従って彼女をよく思わなかった人々が女王の痕跡を消し去ったとの説です。) -
至聖所の入口です。
中はそれほど広くなく、むしろ狭いです。
ちょっと詰まってます。 -
アメン神の至聖所
ところどころ色彩が残っているようです。 -
近くまで寄ってみました。
-
上エジプトと下エジプト統一のレリーフのようなものがあります。
ルクソール神殿でも観ました。
これは他でも見られます。
やはりエジプトを統一したという大きな功績を残したいわけですから。 -
アンクを胸の前で交差させています。
-
この像の横のレリーフには、まだ多少色彩が残っています。
-
天井には星が描かれています。
冥界を表しているのでしょうか。 -
この位置がはっきりしないのですが、現地のガラベイヤを着た人に、こっちこっちと呼ばれて行ってみました。
アヌビス神の礼拝所付近だったでしょうか・・・。
ちょっとはっきりしません。 -
さてテラスから見下ろしてみると、右の端の方に遺跡の石のような物がたくさんあります。
-
ハトシェプスト女王の頭部の像です。
-
第3柱廊(wikipediaのDier el Bahriには第2柱廊となってます)
ちなみにハトシェプスト女王のミイラが2007年に王家の谷で発見されました。
CTスキャンやDNAの鑑定などで確認されました。
約50歳で亡くなったようです。
すぐ側の王家の谷KV60が埋葬地です。
ミイラはカイロの博物館ですが。 -
センムト(Senmut)について・・・・
彼はハトシェプストの娘の王女ネフゥルウラーの教育係でした。
(ハトシェプストには男児が生まれませんでした)
またハトシェプスト女王の側近でした。
そして葬祭殿を設計建築した人物でもあります。
何しろ様々な役職を兼務していました。
彼女からも信頼されていたのでしょう。
深い仲であったとも言われています。
ハトシェプスト女王が平和的に統治できたのも、、センムトの影響があったのかもしれません。
ただ蜜月は永遠には続くことなく・・・(周囲からの妬み、陰謀等諸説りますが)
そんな中で葬祭殿に自分のお墓なども作り、まるで自身がファラオでもあるかのような振舞いまでしてしまいました。
これがハトシェプスト女王の怒りに触れ、追放されることになったようです。
なんだかよくあるような話です。 -
後で気付いたのですが、スロープの手前にホルス神がいました。
-
それにしても、パッと見た感じではギリシャ神殿のようにも見えます。
でも実際には、ギリシャ時代よりも1000年位は前に、このような葬祭殿があったのです。
しかも三層の広々としたテラス式です。
恐るべしエジプト人!
これを設計したセンムトは、やはり凄いです。 -
さて、今度は左側の横のあたりを見ます。
牛が描かれています。
つまりハトホル神の象徴です。 -
こちらにも描かれていますが、ハトシェプストの部分は削られてしまっています。
このようにトトメス3世の恨みは大きかったようです。
他にもこのようになってしまったものが、たくさんあります。 -
ハトホル神殿の礼拝所
この入口の両側には、ハトホル神が描かれた柱があります。
そしてこの写真には写っていませんが、 屋根のすぐ下には、2匹の長い蛇に挟まれた太陽のシンボルとしてのウアジェト神が描かれています。
ウアジェトとは、古代エジプトの女神で、コブラや頭にコブラをつけた女性の姿で描かれます。下エジプトの守護女神です。
そして上エジプトの守護女神のネクベト神とともに、ファラオを守ります。
あの有名なホルスが仇のセトを討つときに奪われてしまった左目の図柄が「ウアジェトの目」です。 -
牛の乳を飲むハトシェプスト女王
-
ハトホル神殿
ハトホル神は、愛と美と豊穣と歓喜と音楽の女神です。
太陽円盤やコブラや首飾りや王冠をつけた状態で表現されることが多いです。
そして牝牛がその象徴ですが、同時にイチジクもそうです。
ちなみにハトホル神への崇拝は、イシス神とも同様に、古代ローマ帝国にまで広がりました。ギリシャではアフロディーテとも同一視されました。
つまりはその後はヴィーナスとも同一視されたことになります。
そのようなわけで女性に信仰されたようです。
それがハトシェプストであり、クレオパトラでもありました。
ついでに・・・
この写真では頭に妙な物を載せていますが、これはシストルム(シストラム)という楽器です。
ガラガラのような楽器は儀礼の場で使われました。またそればかりではなく、世俗的な娯楽のために音楽が利用されるときにもこのシストルムが使われました。
またシストルムばかりではなく、メナトという持ち物もハトホルを信仰する宗教儀式では使われたそうです。 -
一応売店やトイレがあります。
-
イチオシ
こうして見上げてみると、岩が迫ってきています。
-
シェイク・アブド・エル・クルナ( Sheikh Abd el-Qurna )
-
この2枚の写真を見比べて、後で「あら?」と思いました。
2階建て?(上の写真)それとも3階建て?(下の写真)
こんな風に思うのは、テラスの部分がとても広いからなんです。
上の写真は1階のテラス部分から撮ったものです。
ところで、王家の谷に着いたばかりの頃はひんやりしていましたが、この時間帯になると随分と暖かくなりました。
寒暖の差がありますので、重ね着をして調整することをおすすめします。
【追記】
2021年5月5日
実はNHKのBSで、「エジプト発掘 海を渡ったエジプトの民」を観て、追記します。(再放送のようですが。)
ハトシェプスト女王は、プントと交易を行いましたが、その際に船で行ったことは、わかっていますが、その航路はナイル川ではなく、海でした。
ナイル川はアスワンよりも先の上流は、流れが速く、困難でした。
そこで、紅海を航路としました。
紅海までは、東側に道を作りました。そして、途中には水を供給できるように、井戸も掘られました。(これが10年前まで、使われていたそうです。)
しかも、盗賊などから守るために、いくつかのポイントに見張り所が高台に設置されました。
凄い一大事業です。
全ての道はローマに通ず‥‥ですが、距離はローマに負けますが、それよりも遥かに昔に行われたのには吃驚です。
ちなみに番組では、船を再現して、サファーガ(Sagara)港から、紅海を途中まで航海しました。
(近くでロープが発掘されています。個人的には、それが当時の物かどうかは、まだ疑わしく思ってはいますが。)
これが約3500年前に行われた思うと、ハトシェプスト女王の偉大さを再確認させられました。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- teniponさん 2026/01/03 10:39:08
- とても懐かしいです
- 1989年に新婚旅行で行きました。確か、外気温が52度だったと思います。
その後、1997年にルクソール事件が起きて新婚旅行中の日本人10名を含む外国人観光客ら62名が亡くなった時はとても驚きました。
- noelさん からの返信 2026/01/03 19:42:43
- Re: とても懐かしいです
- teniponさん
「いいね」とコメントをいただき、ありがとうございます。
新婚旅行でのエジプト、楽しかったでしょうね。
ただ、52度はかなりきつかったでしょう。
ルクソール事件の前のことだったんですね。
テロの危険もあるため、今はかなり警備が厳しいです。
でも、昨年には大エジプト博物館が完成し、新たなエジプトの顔になりました。
できたら、また行きたいような・・特にルクソールには。
どうぞ今後ともよろしくお願いします。
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