2017/11/22 - 2017/11/24
19位(同エリア69件中)
ミヤマなアカウントさん
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母島旅行5泊6日の前編(ははじま丸乗船から母島滞在3日目まで)
単なる旅行の記録
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ははじま丸に乗って風景をみれば良いのに船に弱いため寝ることに。
父島から母島までは2時間かかるので、9時30分に到着予定。
9時00分には母島丸がだいぶ近くに見えてきます。 -
カツオドリが船に並走してお出迎えです。
ちなみに、父島からでてあとはたくさんのカツオドリが追いかけてきました。 -
ははじま丸の乗船券です。
綺麗なデザインですが、船から降りるときに回収されます。
このチケットを持って帰りたい人は、下側の乗船券本体と上のデザイン部のミシン目を切り離して、本体だけを渡しましょう。 -
母島の港に近づいてきました。
母島には元地集落と静沢集落のふたつがありますが、どちらも沖港周辺に位置しています。 -
ははじま丸の待合所も見えてきました。
港には宿の方が迎えに来てくれていました。
しかし宿には向かわず荷物を渡しただけで、観光へ。 -
さて、この日母島観光協会にお願いしてガイドさんを手配してもらいました。
ガイド内容としては島内観光と堺ヶ岳。
ガイドさんは「坂入千之」さん。
この合わなかっただけかもしれませんが、このガイドはちょっとないんじゃないって感じ。観光協会もこんな人を……。
言葉遣いが何故かタメ口(そういうキャラの人もいるか)
話しかけても話が続くような返事はせず、気のない返事や話しかけても返事すらないことも。
こちらが興味を示したことよりも、坂入ガイド自身が興味がある事象が大事。
ゆっくりすると時間がなくなると言いまくって急かしたにもかかわらず、時間が大きく余って、最後は訳が分からないまま車から降ろされて放置(協会ウェブサイトでの目安時間よりも大幅に短時間で終了)。
このガイドはないわー、でもまぁ人には合う合わないがあるので多少はね。
父島では2人のガイドさんにお願いし、また道中で他のガイドさん数人んも拝見しましたが、その限りではこんな人はいませんでした。
もう途中からこのガイドが早く終わるように願う始末。
最初、直観では他のあるガイドさんが良いと感じたのですが、その方は島内観光は実施されていなかったので観光協会に相談した結果が坂入ガイドでした。
母島で初っ端から残念な結果。母島観光協会による斡旋ということもあって、母島の印象が凄く悪くなりました。
でも、これ以降には嫌なことはなかったので、母島の評価がこの後うなぎのぼり。 -
まぁ、後から書いている旅行記でグチグチしても仕方ない。
ガイドの車でまずは母島の南方面へ。
都道最南端。
だからどーしたー!って思いもするけど、まぁ都道最南端に嘘偽りはない。 -
ここから南に行くには徒歩となります。
小富士という展望が良い場所や南崎の海岸があります。 -
次は母島新ヘリポートを見下ろす場所へ。
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ここからは小富士が見えます。郷土富士は色々なところにあって、戦前には外国にもありましたが、とりあえずこれは現在日本最南端の郷土富士。たしかにそれらしい佇まい。
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お次は戻って元地集落のロース記念館へ。
開拓時代にロース石という特有の石を使用することを編み出したロース氏にちなんだ記念施設。
ここにはおばちゃんが常駐していますが、場合によっては話が非常に長くなるらしい。先を急ぐ人はちょっと気をつけましょう。 -
ロース氏の像。
坂入ガイドに時間が無くなると急かされます。なんでやねん。 -
ロース記念館の目の前はロース石の石切り場。
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集落をでて北へ。
新夕日ヶ丘。 -
夕日を見ると綺麗かもしれないけど、徒歩でここで夕日を見ると集落に帰るのが厳しいかも。
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次は桑ノ木へ。
それにしても、父島と母島は同じ地名があってちょっとややこしい。 -
桑ノ木山では一部分だけフェンスで囲って植物を保護しています。
また名前の通りこのあたりでは昔は小笠原桑が多くみられたようです。残念ながら今はほとんど見られなくなり、少しずつ増やすように取り組みがされています。 -
次はガイドなしでは入られない堺ヶ岳へ。
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堺ヶ岳は石門地区の一角になります。
石門には入山禁止期間があって、3月~9月しか入れません -
いつものように、母島でもいつものように靴裏ゴシゴシお酢噴霧、衣類は粘着テープコロコロ。
では、参ります。 -
こうやって見える気はほとんどがアカギ。外来種で成長が早く薪に使うために導入されました。
今では父島でも母島でもかなり森を侵食してしまって、特に母島では深刻。
下手に伐採すると倒れた木の途中からさらに芽が出てきて余計に増えるから伐採はNG。
樹皮をはいで巻き枯らしをしようとしても復活することもあるので、現在では薬を注入して枯らしています。 -
森を進んでいきます。
父島は乾性の森林、母島は湿性の森林ということで植生が結構違っています。 -
森を抜けて目指す堺ヶ岳が見えました。
この場所だけ何故か開けているのですが、どうも昔は畑として利用していたっぽくて、現在下に生えている草もかなり強いらしく新しく木が生えにくいんだとか。 -
では、さらに進んでいきます。色々な固有植物も見られます。
たぶんこの坂入ガイドは植物が好きなんでしょう。
立ち止まって無言もしくは独り言を言いながら1人で植物を見て納得して、勝手に進んでいくことが少なくありません。
はぁ。 -
ワダンノキ。花が咲く季節ですね。
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のぼっていくと、またまた開けた場所へ。
乳房山が見えます。 -
きっと見た目が乳房に似ている気がしたとか、まぁそんな単純な由来だと思う。
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途中からは長袖と長ズボンが必須。木が茂った中を歩きます。
通りにくい道ですが、やはりそう簡単に木を伐採してよいものではありません。 -
少しのぼると、石門が見えます。
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これが石門の大崩れ。いまでも少しずつ崩れているそうです。
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堺ヶ岳頂上に到着。
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頂上もしっかり木が生い茂っています。
父島の山の頂上では岩肌が多かったのとは大きな違いです、 -
眺望は、う~ん。別に良くない。というより、木が茂っていて見える場所がほとんど見つからない。
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では降りましょう
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降りる方向では東崎が見えます。
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途中で母島固有種のメグロの集団に遭遇。
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メグロの特等は、目の周りが黒いこと。母島にはメジロもいますが、メジロは100年ほど前に人が連れてきた外来種のようです。
メグロをこちらが見て写真を撮っていても坂入ガイドはさっさと進んでいきます。
なんなんだこのおっさん。
こっちは植物よりも動物が気になるんだけど、こっちに合わす気はないのね。 -
北港にいって東屋で昼食。
なんか坂入ガイドに話しかけても全然話にならないし、やる気がないのかこの人は。この時間は苦痛だ。 -
北港周辺には北村と村がありました。ちなみに、現在母島の集落は当時は沖村。
第二次大戦中に疎開が始まるまで北村には多いときには600人が住んでいたとのこと。
終戦後は米軍統治下で無人の状態が続き、小笠原の日本変換後に暮らす人も現れましたが、定着することができず。
桟橋も昔の名残として残っているのみ。 -
次は東港へ。
ここは一時期捕鯨に利用されていましたが、いまでは船も浮かんでいません。港から釣りをする人が訪れるくらい。 -
この灯台は奇麗なので管理されているっぽい。
夜になると光るのでしょうか。 -
東港は捕鯨に使用されたということもあって、大きく奇麗だし利用しないのはもったいない。でも地元の人は基本的にかなり遠くへ行って漁をするので、結局戻ってくるのは沖港。わざわざ東港に戻る意味はないし、仕方ないか。
そして、ここでも何故か急かす坂入ガイド。最初は午後3時30分終了が目安と言っていたけど、午後1時20分。まだまだ時間はあると思うが。 -
途中でフルーツロードに寄って沖村まで戻ってきました。
途中の車でこちらから坂入ガイドに話しかけても生返事なことも多く、もう早く別れたいくらい。苦痛だ。
って、午後2時には最初の港、つまり客船待合所兼観光協会事務所近くに戻ってきました。
観光協会ウェブサイト記載の所要時間からも計算して、当初は5時間半の予定という話でしたが4時間に。予定よりも1時間30分も早い。
時間がなくなるからとことあるごとに急かしておいてこの仕打ち。
まぁ早めに解放されて良かったのかも。
しかも最後は時間が早いから海岸を歩いて時間をつぶせば良いだろうって、脇浜なぎさ公園手前で降ろされました。
早く仕事が住めば楽だということでしょうか。
悪気はないのかもしれませんが、もう酷すぎでしょこのおっさんって印象しかありません。これで13,000円って。
前日の父島のガイドさんとの落差が激しいなぁ。
母島観光協会に斡旋してもらったガイドなら大丈夫だろうと安心していましたが逆でした。
正直、人間にはどうしても好みや主観的な部分が入るので、悪い方向での評価を書くのは好きではないのですが、今回はどうしても納得できなかったので書くことにしました。 -
いきなり脇浜なぎさ公園に放り出されてどうしろと。
予定外の現状にどう動くか今から考えないと。
ガイドマップを見てとりあえず、なぎさ公園からは鮫ヶ先展望台へ行けるようなので、階段をのぼって向かうことに。 -
階段をのぼると分岐点。
左手、つまり南に行くと展望台。 -
鮫ヶ先展望台にはすぐに到着しました。
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この展望台は場所的にもははじま丸の出入港を見ることができて見送りには良いかも。
集落にも近いのでしっかり整備されています。 -
大海原
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謎の像。父島にもこんな感じのモニュメントがありました。なんか小笠原で流行った時期があるのでしょうか。
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返還20周年記念ということですので、30年ほど前になります。
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脇浜なぎさ公園が一望できます。
普段は子供が泳いでいるのですが、さすがに平日の昼過ぎでは誰もいません。 -
鮫ヶ先展望台にいてもやることがない。メグロが来たけどすぐにどこかにいってしまった。
とりあえず、遊歩道があるので歩いてみよう。 -
自然遊歩道を歩いて静沢集落へ。
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静沢集落に到着。午後2時20分。
午後3時30分と伝えていたチェックイン時間まで1時間。
まぁどうせやることないし。適当に歩くか。 -
母島ではオガサワラトカゲがたくさんいます。父島ではあまり見られなかったのですが、母島では見放題。
こういう道路の壁の水抜き穴から顔を出して日光浴をしている個体が多数。
中にはたまにグリーンアノールもいますが。 -
月ヶ岡神社へ。翌日は例大祭です。準備状況をちょっと覗いてみます。
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テントも置いてあって後は持ち上げるだけ。
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これはたぶんお神輿。
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月ヶ岡神社の社殿。こじんまりとしています。
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月ヶ岡神社の北側からはの参道からは、六角堂とも呼ばれる清見寺の横にでることになります。
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母島の中心部を散策。
村役場母島支所。 -
行幸記念碑。
父島にもありました。 -
昭和二年の天皇陛下行幸は小笠原の人にとって言葉に表せないほどの感動だったのでしょう。
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貨幣石
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大型有孔虫の化石が発見されていると。
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母島は父島と違って「島」って感じがします。
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おっと、野良猫発見。
いや、首輪をしているので放し飼いか。
母島では野生鳥獣保護のために猫の捕獲推進、放し飼いの禁止に取り組んでいるはずだけど……。 -
母島診療所。救急車があるんだ。
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ロースとモットレイ夫妻の墓なる観光名所があります。
100年ほど前のお墓だと思うのですが、そんなに古くないのに観光名所となるのか。 -
立札の目印があるのは最初だけ。
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あとはどう進んでよいのかわかりません!
墓地が点在するのですが、どこに行けばよいのか。 -
蟲塚!?
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害虫駆除の歴史。
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おっと、それっぽい場所を発見。
立札もあるし、ここかな。 -
モットレイ ロースの墓
何とか読める。 -
お墓を撮影するのは気が引けたので、写真は無し。
お墓の横にあった紹介文です。 -
もう疲れたので宿に行こう。
客船待合所の横を通って、 -
待合所横にはクジラの尾びれのモニュメント。
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母島ではミズナギドリが集落の光に誘われて地面に落ちてしまうことがあるので、見つけたら通報しましょう。放置すると車に潰されたり猫に襲われたりします。
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宿に到着。
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階段をのぼって中に入ります。
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部屋は1階と2階にあって、2階の部屋に通されました。
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便所とお風呂。
ビジネスホテルによくあるタイプです。 -
2階から食堂を見下ろすとこんな感じ。吹き抜けになっています。
では、シャワーを浴びて夕食までのんびりします。 -
夕食は午後6時00分から。
食堂の端のちょっと高いところにメニューが掲示されています。 -
夕食です。
食後は疲れているのですぐに寝ました。
泊っていてつらかったのが1泊目と日3泊目の夜。
隣室の人間が宿泊客以外を部屋に連れ込んで、夜中の12時30分くらいまでうるさい。2泊目は夜は祭があったから来なかっただけでしょう。
宿泊客でないということは宿の人間か?それとも外部か?
壁の防音が強くないのと、声が大きいのでかなり聞こえます。眠れる環境ではない。
4泊目のときに苦情を言わねばと準備したのですが、ちょうどチェックアウトしていなくなっていました。良かった良かった。 -
翌朝、朝食です。
自家製レモンジャム。パンはおかわりできます。 -
この日は月ヶ岡神社例大祭。
ちょっとお腹というか胃というか、そのあたりがちょっと痛い。
お祭を見ることにしてあまり動かずにいようかな。 -
時間もあるし、集落横の気楽な展望地の小剣先へちょっと行ってみよ。
看板に従い小剣先入口へ。 -
この階段が小剣先入り口です。
突き当たりのお地蔵さんが目印。 -
集落に近いからもうちょっと整備されていると思ったけど、普通の山道です。
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お、目的地が見えてきた。
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ルートは2つに分かれます。
「岩場」と「階段」
今回は岩場を選択。 -
岩場は進みにくい。
まわりに生えている草から青虫がズボンや服につくし、途中で倒木を乗り越えないといけないし、階段を選択すべし。 -
でも、階段ルートから来ても最後は岩場をのぼることに。
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う~し。小剣先頂上です。
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小笠原では金属の看板が設置してあることが少なくないのですが、時とともに見えにくくなります。
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静沢集落を一望できます。
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じゃ、帰りまーす。帰りは階段を選択。
相変わらず腹痛が嫌な感じだなぁって思っていると、足が滑ってこけてしまった。
はぁ。 -
9時40分頃
集落では七五三の衣装を纏った子供たち。 -
こっちは子供チンドン参加者。
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みんな月ヶ岡神社へ向かっています。
コスプレしている人が多い。 -
ということで、10時前に神社へ移動。
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開会前に子供たちが集まっています。
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まずは子供たち向けの開会式。
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子供チンドンはそのまま集落を周りにいきます。
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社殿の方では式典が催されています。
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お神輿も午後の出番に向けて準備万端!
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静沢集落をまわって元地集落へまわる子供チンドン。
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子供チンドンの終盤。
開始から1時間、ちょっとお疲れっぽい。 -
子供チンドンも神社へ戻っていきます。お疲れさまでした。
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お昼時になったので昼食へ。
今月の目標を達成したから、今月のランチ営業はこの日でオシマイとのこと。商売っ気が無い。 -
カレーもあるけど「おもいつきメニューの豚丼を注文」
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豚丼には、こってり、普通、あっさりの3種類。普通にしました。
こってりだとプラスマヨネーズ、あっさりだとプラスお酢ってなるそうです。 -
ちょっと時間があるので静沢の遊歩道へ。
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ほう、これはなかなか立派な。
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静沢101高地防空砲台だそうです。
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お神輿を見に行くと、やってるやってる。
しかも警視庁の護衛付き! -
わっしょいわっしょい
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学校前でもわっしょいわっしょい
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こっちは子供も一緒にお神輿を担いでいます。
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お神輿は練り歩いていく途中で休憩を挟みます。
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休憩場所では食事や飲み物が提供されます。
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お神輿が練り歩く順番としては、まずはこの車(名称わかりません!)を引いて通ります。
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綺麗な装飾で、太鼓を叩きながら進んでいます。
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次が子供神輿
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最後に大人神輿が通ります。
やはり大人神輿は豪快です。 -
お神輿はこのあとさらに静沢集落へ。
相変わらず軽い腹痛が続くので宿で休憩することにしました。 -
夜になると神社の境内では、出店と舞台が出番となります。
雨が降る予報だったので、開催を1時間前倒しして午後5時00分からに。
出店ではお酒、飲料、おでん、唐揚げ、餃子、焼きそば、フランクフルトが販売され、ゲームの出店もありました。
この日は宿で夕食はお願いせずに、出店で食べるつもりでしたが、相変わらず軽い腹痛のため、食べないことに。 -
舞台では色々な余興が次々と。
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こういうイベントではカラオケが多くなりますね。
体調が芳しくないので早めに帰りました。太鼓や南洋踊りはできたそうですが、午後7時ごろに激しい雨が降り始めたためそこで終了。
まだまだ余興の出し物は計画されていたそうですが、残念。
でも、宿の係の人は自分のカラオケの順番が回ってこなくて助かったって言っていました。
この日は宿で早めに寝ました。というより、毎日早めに寝ているような気が。 -
翌朝。朝食です。
体調はそれなりに戻ってきました。これなら動けそう。 -
腹痛も治まって、動く分には問題なさそう。
ということで、元地集落から乳房山を登ります。
乳房山には登山口が三箇所あります。元地集落北側に東西の出入り口があるので、西から入山して東に下山、東から入山して西に下山のどちらかが基本コース。また、東側が下のほうで分岐してダムの方面に通じる道が3箇所目です。
最初に述べた西側登山口が母島公式のオススメコース。というのも、西から入山すると、頂上から東側を下山するときに眺望がよくなります。逆に西側の眺望は絶望的で単なる森です。
乳房山に登るときには西側から入山しましょう。
下山時に滝やダムにも寄りたい人やそのまま母島南部を目指す場合と、集落に戻ってくる場合で分かれます。
この日は集落に戻ってくることにしました。 -
給水のお願い
この先の遊歩道に小鳥の水場が設置してあります
水場の付近に用意してあるペットボトルの水を水場に給水して下さるよう、ご協力お願いします -
では、参ります。
8時30分頃に登山開始。
目標は3時間以内の下山。 -
最初は低木で進みやすいですね。
父島も母島も山に入れば蜘蛛の巣もありますが、先般旅行をした奄美方面に比べると蜘蛛が小さいので安心。
与路島、請島と加計呂麻島での旅行ではどの島でも蜘蛛の巣が多くて、さらに蜘蛛も大きかったので蜘蛛の巣を切りながら、さらにハブに注意しながら進んで大変でした。
小笠原の蜘蛛は小さくヘビもいないので気が楽です。 -
入山して12分ほど。ちゃんと東屋も整備されています。
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休憩所です。
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第二次大戦時に爆弾を落とされた跡。
小笠原では本土を空襲したときに帰る爆撃機があまった爆弾を落としていったという噂です。
本当に余っていたものなのかは不明ですが。 -
確かに大きな窪地です。とは言え、言われなければ誰も爆撃跡地だとは思うまい。
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入山して20余分で3分の2に達したか。余裕余裕。
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途中で岩場に出て、ここから岩場が続くのかと思ったけど、
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またすぐに森になりました。
以降、ずっと森。 -
直進を妨げるガジュマルが出現。
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方向を変えてガジュマルの中をくぐって進みます。
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これより国立公園。
まぁのぼるだけなので、国、都、村はあまり関係ないか。 -
おっと。これが例の小鳥の水場か。
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水がないじゃん。
ペットボトルから水を足してあげよう。 -
どうだ。これで問題ないだろう。
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近くには雨水を溜める目的で木にくくりつけたペットボトル。
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とりあえず、先を急ぎます。
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誰だお前は!?
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お前はアカガシラカラスバト(あかぽっぽ)!
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母時までも見られるとは。
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しばらく見ていましたが、全然逃げませんでした。達者でな~!
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山道をのぼっていきます。
途中では梯子をのぼることもあります。どうむ昔は階段があったようですが、崩れたためか落ち葉が酷いためか梯子になっています。 -
登山途中の東屋。
立て札には「登山口から1.8km、頂上まで0.5km」。
眺望が少し開けているようです。 -
これが
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こんな感じ。
のこり500m。一気に進みます。 -
そしてついてに午前9時40分頃乳房山頂上へ。
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乳房山山頂展望場へ。
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展望台からは母島東側が見られます。
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いいっすね~
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では展望台の南西側を。
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結構草がダイブ伸びてきています。
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さて、東側へ下山します。
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乳房山の東側は西側よりも整備されているようです。
こんな感じの通路や階段がちょこちょこあります。 -
東側下山だと展望が開けている場面が多くて気持ちが良い。
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拡大、集落もばっちり!
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このときは乳房山東側遊歩道整備工事が行われていて、この日はちょうどその工事と工事の隙間で通行可能となっていました。
のぼった日の前日まで通行止め、この日から3日間だけは通行可能となっていました。その後は工事再開で再び通行止め。 -
では、その3日間は何をしているのかといえば、廃材の搬出と資材の搬入。
搬出入は人力で、人が背負って運搬。
搬出入している人とすれ違いましたが大変そうでした。 -
登山道の整備って大変。
この後も何か所も整備工事をしている場所がありました。 -
いい眺めだなー。
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東屋もあるのですが、ご覧の通り屋根の草がなくなっています。
こういうの屋根材が吹き飛んでいる東屋が多い。 -
そういえば、西側からは2.3kmだったのですが、東側からは3.2㎞と900m距離が長い。
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だんだん標高が低くなってきましたが、それでも眺めが良いですね。
眺めを楽しみながらゆっくり進むのがお勧め。 -
母島東側。湾の一部の白色が微妙にグラデーションがかっています。
鹿児島県の硫黄島では地下から温泉が湧いていてこんな感じでしたが、ここではどうなんでしょ。 -
休憩所兼展望台
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これが、
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こんな感じか?
目の前に木が伸びてきてちょっと微妙です。 -
途中で登山道入口と玉川ダム方面へ抜ける道にわかれています。
今回は登山道入口へ。 -
さらに進むと剣先山見晴所への案内が。
前日に行ったのが小剣先、こっちは大剣先と呼ばれる場所です。
行ってみましょう。 -
大剣先から集落方面。
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う~ん。
眺望だけで言えば、小剣先の方が良いんじゃ。 -
おっと、ここは大きな工事途中。
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下には色々と工事資材が。
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下りて降りてもうちょっと。
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登山開始から3時間弱。ペースとしてはゆっくりではないですが、早くもない程度。
急げば2時間、普通で3時間、ゆっくりだと4時間ってくらいでしょうか。 -
さて、ちょうど昼食です。
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メニュー
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島寿司!
このお店、お客さんはほぼ全員がドンブリを注文します。かつ丼が圧倒的な人気。
そして、ドンブリのご飯が限られているので、すぐになくなってしまうことも。
御飯が亡くなった場合は、入店と同時に「もう終わりました」とか「もうご飯がありません」とか言われます。
そのときは「饂飩か蕎麦ありますか」って聞いてみると行けるときもあるようです。
さらに、注文されたドンブリ全部を作り終えてから島寿司をつくるので、かなり待つことになります。入店とか注文した順番は関係ありません。
島寿司を注文するなら30分~1時間は待つ覚悟で!
この日待った時間は30分弱。 -
お稲荷さんも追加。1個150円。
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こっちは夜のメニュー。夜は居酒屋みたいな感じかな。
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さて、昼食後12時40分くらいからは島の南側を攻略へ。
南崎・小富士まで徒歩で行くのは大変だと言われましたが、まぁ片道5㎞くらいでしょう。
普通に歩いていきます。 -
集落から少し南東方面に行くと、評議平地区。
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評議平にはテニスコートやら発電所やら研修施設、レンタカー会社もあります。
ちなみに母島にレンタサイクルはありません。レンタカーを評議平で借りるか、スクーターを静沢集落のユースホステルで借りるかのどちらかです。
島の道路の距離から考えると電動補助付き自転車なんかはちょうど良さそうな気がしますが、ないものは仕方ありません。
私は免許は持っていますが、旅行だと自転車か徒歩で回りたくなります。
スクーターも自動車も動いたり止まったり繰り返すのには向いていませんし、自動車の中からは景色もイマイチ楽しめない気がするので。 -
母島最南端まで4.8km
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母島旧ヘリポートへの道。
星が綺麗だとよく聞きますが、星に興味がない。
夜中にくるなら要レンタカー。歩いてはちょっと大変。 -
マニラ坂って。なぜマニラ。
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母島南部は農業が盛んです。ハウスが結構あります。
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母島では道路を歩いていると、道路脇から「ガサガサ」って音が。
日光浴をしているオガサワラトカゲが人間にビビって隠れる音です。
父島ではなかなか見られないオガサワラトカゲが、母島ではそこら中にいます。 -
とりあえず、南へ南へ寄り道をしないで歩き続けます。
道路標識にはオカヤドカリ。 -
よっし!都道最南端へ到着。
トラックが停まっています。来る途中に追い抜いて行ったトラックですが、なかの人には南崎海岸で会いました。 -
都道最南端からは遊歩道を歩くしかありません。
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午後1時35分。ここでもいつも通りの処置をしてから。
-
では行きますか。
-
途中で蓮池なる場所が。昔は蓮の池があったらしい。
だからどうしたっちゅーねん。 -
どこが元蓮池だったのかもわからないし、わざわざ看板をたてる必要があるのか疑問。
蓮池に生える外来種の植物のことも記載されています。 -
外来種ツヤオオズアリを駆除しています。
こいつ父島で見た気がします。 -
罠が設置してあります。
帰りに罠をチェックしている人とすれ違いました。
正直、罠を仕掛けても、たぶん撲滅は非常に困難。
環境保護も地道で大変。お疲れ様です。 -
スリバチ展望台に到着
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別に眺望は良くないのですが
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ここだけ何故か草が生えていなくて、すり鉢状になっています。
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なぜ今の子供は滑って遊ばないのか。
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ここから先に進むにあたり、足裏ゴシゴシ&酢の噴霧を求められます。
あと、この辺りは草がないので降雨後は地面がぬかるんでいます。 -
まだまだ林が続きます。
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都道最南端から2.3km。
小富士と南崎、さらに少しずれてワイビーチへの道が分かれています。
まずは小富士へ向かいます。 -
小富士というだけあって、ちょっと山になっています。
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尾根のようなところを進んでいくと
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着きました。小富士の展望台です。
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さすがに見晴しが良い。
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南崎の海岸も一望。
次の目的地はここ。 -
黒丸のところに人が3人。
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南崎には猫等の害獣侵入防止柵を設置して、カツオドリらの繁殖場所を保護しています。
一時期、猫によってかなりのダメージを受けていたそうで、ほとんど繁殖ができなくなっていたそうです。
今では猫を排除して柵の設置により保護が進んで繁殖地として復活してきています。 -
これが南崎の保護地区です
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フェンスも見えますね。
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では戻って次は南崎海岸へ向かいましょう
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先ほどの小富士と南崎の分岐点から、南崎方面に進むとすぐにワイビーチとの分岐点があります。
南崎までは200mです。 -
南崎へ到着!
東屋の向こうが南崎海岸。 -
流れが速いから一人では泳いではダメ。
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南崎の海岸です。
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海岸は石ですが、石の下には砂も見えます。
海の中はひょっとすると石が少なくなっているかも?
さっきの小富士から見えた3人組がいましたが、挨拶だけしてサクッと戻ります。 -
分岐点まで戻ってワイビーチへ。100mなら目と鼻の先ですね。
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階段を降りると
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ワイビーチです。
「ワイ」っていうのは「ホワイト」のワイらしい。
そういえば、ワイシャツのワイの語源もホワイトだったっけ。 -
ワイビーチは砂浜の海岸。
とはいえ、そこまでしっかりした砂浜でもありません。そして海岸が狭い! -
また戻って、今度は蓬莱根への分岐点へ。
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途中、ちょっと道がわかりにくい部分もありますが、何となく進んでいきます。
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ということで、蓬莱根に到着。
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振り返るとこんな感じ。ちょっと通りにくい道でした。
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蓬莱根の海岸は右の岩を海を泳いで渡った先にあります。
大潮の干潮時には、ぎりぎり泳がずにも渡れるらしい。
蓬莱根海岸は美しい砂浜ということですが、近年砂の減少が進んでいるそうです。
島の人は特に最近の減り方が酷いので、今後どうなるか心配ということも言っていました。 -
お、蓬莱根にも防空壕みたいなのがありますね。
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ぱぱぱっと戻って、都道最南端から遊歩道に入ったところには、万年青浜(おもとはま)への分岐点があります。
午後3時30分。暗くなるのが早いので急ぐ必要がありますが、当然、万年青浜にも行きます。それにしても万年青(おもと)って植物の名前なんですね。 -
走って進みます。
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万年青浜まであと一歩。
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万年青浜に到着!
ここは玉石の歩きにくくてたまらない海岸だ! -
万年青浜には海岸を見下ろせるちょっとせいた高台が設置されています。
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シュノーケリングをすると良いそうです。
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高台から万年青浜を見下ろすとこんな感じ。
ここも海岸自体は狭いですね。 -
戻って遊歩道入り口へ。この万年青浜付近から南崎まで遊歩道が続いていて、それを歩いてきました。看板左下の感じのアップダウンで、たいしたことはありませんでした。
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都道に出ました。さてさて午後4時00分前なので帰りましょう。
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北上して集落に戻る途中に南京浜がありますので、ここも寄っていきましょう。
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海岸までの距離はすぐそこん。でもたぶんここに来る人は多くないのか鬱蒼としています。
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南京浜です。う~ん。パッと見たときの感想としては微妙というか。
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南京浜から少し戻ると御幸之浜に通じる道があります。
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ということで、御幸之浜園地へ来ました。
ここは園地であって、御幸之浜自体はもう少し離れています。 -
御幸之浜園地はかなり綺麗に整備されています。
御幸之浜元々は南京浜の一部でしたが、昭和2年の昭和天皇行幸のときに、ここで生物採集されたことから名前が付けられたそうです。貨幣石という大型有孔虫の珍しい化石が見られるんだとか。 -
左下にはオガサワラオオコウモリのことも書かれていますが、母島では結構数が少なくなっています。
以前、鼠駆除のために空中から殺鼠剤入りの餌を撒いたのですが、オガサワラオオコウモリも食べてしまって減ったのではないかという噂もあるそうです。
これが本当かどうかはわかりませんが、そういう話題もあったので殺鼠剤入り餌の散布は反対意見があって中止になっているんだとか。 -
なにやら立派な展望台も。
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ザトウクジラの行動の解説。ここから見られるのかな。
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左後ろを見ると、画面奥のように先ほどの南京浜が見えます。
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ということで、さらに遊歩道を進んで御幸之浜につきました。
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さすが御幸之浜というだけあって、南京浜よりも結構綺麗ですし広い。
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これが貨幣石の化石とかが見られる地層でしょうか。
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後は遊歩道から都道へ脱出して午後5時過ぎに宿に戻りました。
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夕食メニューです。
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この日はおがさわら丸の入港日でお客さんもかなり増えていました。
やはり釣りとバードウォッチングの人が多いで
7日間レンタルで何十万円もするというカメラを持ってきている人も。
夕食後は疲れていたのですぐに寝ました。
後編に続きます。
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この旅行記へのコメント (3)
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- メイリンさん 2020/04/29 21:11:28
- ガイドさん、残念でしたね
- 初めまして、小笠原の旅行記楽しく拝見させていただきました。
未踏ではありますが、母島の魅力がふんだんに伝わってきました。あかぽっぽ可愛いですね。
ガイドさん、仮にもお金をもらっているプロなのに、時間を早めに切り上げてしまうのはいけませんね…。どうしても植物寄り、動物寄りになってしまう傾向はあるかと思いますが、それ以前の問題ですね。残念な思いをされましたね。
小笠原は船でしか行けないうえ、家族が船がダメなのでいくなら一人で行かないといけませんがなかなか長期休暇が取れず行く機会がありません。とはいえ、ここに空港が出来て欲しいとも思いません。生態系、固有種があるのも小笠原の魅力、それが崩れるようなきっかけになるものは極力作らないでもらいたいものです。
話は変わりますが、お祭りで出る「この車」は山車(だし)と言います。検索をすると派手なものが出てきますが、大小あれど車輪があって祭りの時に引っ張るものは山車です。
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- 琉球熱さん 2018/01/03 22:12:12
- あまりに残念
- ミヤマな旅行者さん、こんにちは
久しぶりに小笠原、それも母島の旅行記に接し、懐かしく拝読いたしました。
それにしても残念なガイドですね。
観光協会から紹介されたら安心と思うのは当然ですが、母島は住人同士がほぼ全て顔見知りのようですから、狎れあいになっているのかもしれません。
私は母島の希少生物が知りたくて、父島よりも長い滞在をしたのですが、とても一週間程度では足りない場所だと痛感しました。
ネイチャーガイドも頼みましたが、とても腕の良いガイドで人柄も良く、さらなる興味関心をわかせてくれる方でしたよ。今でも連絡を取り合っています。
父島では戦跡ガイドをお願いし、戦友会所縁の人に頼んだら、これも当たりでした。
このような点での印象が、その地の印象を左右してしまいますね。
再訪したいものの、日程と費用がネックでなかなか叶いません。
ミヤマな旅行者さんも、これに懲りずに再訪を果たしてください。
-------琉球熱-------
- ミヤマなアカウントさん からの返信 2018/01/14 11:00:50
- RE: あまりに残念
- 琉球熱さん、こんにちは。
ガイドさんでも波長が合わない方もいるとは思うのですが、今回のはそういうレベルではなく。
ガイド協会のサイトにこのガイドさんの所要時間も記載してあったのですが、急かした上に大幅に短時間で終わったというのは、ガイドさんに問題があると言わざるを得ないと思いました。
初っ端がこんなことになって、父島のガイドさんとの落差もあって母島の印象は凄く低くなりましたが、その後は楽しく過ごせたので何とか好印象にはなりましたが。
母島の観光協会は地雷というかあてにならないという感じは拭えず。
次に行くときは違うガイドさんに協会を通さずにお願いするつもりです。
ガイドさんもピンからキリなので、次はアタリを引けるようにしないと。
でも琉球熱さんと同じく、特に長期休暇をとらないといけないという問題からなかなかいけそうにもなく。いくのなら2航海にはしたいというのもありますので。
小笠原は一回行っただけでは、まだ足りないと思わせる魅力がある場所ですね。
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