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国豊山・善宗寺(ぜんしゅうじ、埼玉県久喜市菖蒲町栢間)は後世に徳川十六神将(しんしょう)と称され家康を支えて活躍した重臣の一人として著名な武将である内藤正成(ないとう・まさなり、1526~1602)が開基した浄土宗寺院でここには初代正成から13代正當(まさあつ)までの歴代当主並びにその夫人などを祀る宝篋印塔を有する菩提寺となっています。<br /><br />内藤氏は平将門(たいらの・まさかど)を討伐したという藤原秀郷(ふじわらの・ひでさと)の末裔と言われ、応仁年間に三河国に移住した後同地に勢力を扶植した松平氏に従い、正成は父清政(きよまさ)とともに家康の父広忠(ひろただ)に仕えた旧臣であります。<br /><br />正成は武勇に優れ家康方の武将として姉川・三方ヶ原・長篠の戦いなど数々の戦いに参戦し戦功をあげ松平広忠時代から無類の強弓振りでは並ぶものなしとの評価を得るに至り、晩年病に倒れた正成に対し二代将軍秀忠は名医を栢間の陣屋に差し向け幕府創建に貢献した老臣に対し格別の配慮を与えていたほどです。<br /><br />天正18年(1590)家康の関東入府に際し三河国幡豆郡7百石から大加増して武蔵国埼玉郡栢間村、戸ヶ崎(菖蒲)村、新堀村、三箇(さんが)村、小林(おばやし)村など合わせて5千石の知行が家康から与えられ正成は栢間(かやま)に陣屋(現在の栢間小学校付近)を構え領地経営にあたります。<br /><br />寛永8年(1631)に孫の忠俊(ただとし)の不祥事により改易処分とされますが、初代正成の三河以来の勲功が考慮され外孫正重(まさしげ)が旧知行5千石を賜り復活、天和2年(1682)に五代正吉(まさよし)の代に7百石の加増により5千7百石の大身旗本として明治維新まで続きます。<br /><br /><br />境内墓地には左右に並んだ歴代当主らを祀った宝篋印塔の入口には次の通り記載された説明板があります。<br /><br /><br />「旗本内藤家歴代の墓所(宝篋印塔ほか)<br /><br />    指定年月日 平成19年3月19日<br />    所 在 地 久喜市菖蒲町下栢間2639<br /><br />旗本内藤氏は、天正18年(1590)徳川家康に従って関東に入府し、幕末まで約280年間・14代にわたって、菖蒲地区に5千石の知行地(幕府や藩が家臣に与えた土地)を有し、栢間村(現在の栢間小学校付近)に陣屋を置き領地経営を行っていた。<br /><br />内藤氏は、三代忠俊(ただとし)までは陣屋(旗本・郡代・代官などの支配地における役宅や屋敷)に居を構えていたが、寛永2年(1625)以降は旗本の府内宅地の制により、陣屋などはそのまま江戸住まいとなった。善宗寺(ぜんそうじ)は、内藤氏の初代正成(まさなり)により開かれた浄土宗の名刹で、歴代内藤家の菩提寺でもある。<br /><br />内藤家の歴代の墓所は、初代正成から13代正當の妻までの22基の墓石(宝篋印塔)からなっている。<br /><br />なお、初代正成は徳川家康の父広忠(ひろただ)の代から仕え、軍功著しく、徳川十六神将のひとりに数えられている。<br /><br />          平成26年11月7日<br />               久喜市教育委員会 」<br />

武蔵久喜 徳川十六神将の一人と評され譜代中の譜代の武将として名高い内藤正成を初代とする旗本内藤氏歴代当主の宝篋印塔が並ぶ菩提寺『善宗寺』散歩

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2017/11/04 - 2017/11/04

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滝山氏照

滝山氏照さん

国豊山・善宗寺(ぜんしゅうじ、埼玉県久喜市菖蒲町栢間)は後世に徳川十六神将(しんしょう)と称され家康を支えて活躍した重臣の一人として著名な武将である内藤正成(ないとう・まさなり、1526~1602)が開基した浄土宗寺院でここには初代正成から13代正當(まさあつ)までの歴代当主並びにその夫人などを祀る宝篋印塔を有する菩提寺となっています。

内藤氏は平将門(たいらの・まさかど)を討伐したという藤原秀郷(ふじわらの・ひでさと)の末裔と言われ、応仁年間に三河国に移住した後同地に勢力を扶植した松平氏に従い、正成は父清政(きよまさ)とともに家康の父広忠(ひろただ)に仕えた旧臣であります。

正成は武勇に優れ家康方の武将として姉川・三方ヶ原・長篠の戦いなど数々の戦いに参戦し戦功をあげ松平広忠時代から無類の強弓振りでは並ぶものなしとの評価を得るに至り、晩年病に倒れた正成に対し二代将軍秀忠は名医を栢間の陣屋に差し向け幕府創建に貢献した老臣に対し格別の配慮を与えていたほどです。

天正18年(1590)家康の関東入府に際し三河国幡豆郡7百石から大加増して武蔵国埼玉郡栢間村、戸ヶ崎(菖蒲)村、新堀村、三箇(さんが)村、小林(おばやし)村など合わせて5千石の知行が家康から与えられ正成は栢間(かやま)に陣屋(現在の栢間小学校付近)を構え領地経営にあたります。

寛永8年(1631)に孫の忠俊(ただとし)の不祥事により改易処分とされますが、初代正成の三河以来の勲功が考慮され外孫正重(まさしげ)が旧知行5千石を賜り復活、天和2年(1682)に五代正吉(まさよし)の代に7百石の加増により5千7百石の大身旗本として明治維新まで続きます。


境内墓地には左右に並んだ歴代当主らを祀った宝篋印塔の入口には次の通り記載された説明板があります。


「旗本内藤家歴代の墓所(宝篋印塔ほか)

    指定年月日 平成19年3月19日
    所 在 地 久喜市菖蒲町下栢間2639

旗本内藤氏は、天正18年(1590)徳川家康に従って関東に入府し、幕末まで約280年間・14代にわたって、菖蒲地区に5千石の知行地(幕府や藩が家臣に与えた土地)を有し、栢間村(現在の栢間小学校付近)に陣屋を置き領地経営を行っていた。

内藤氏は、三代忠俊(ただとし)までは陣屋(旗本・郡代・代官などの支配地における役宅や屋敷)に居を構えていたが、寛永2年(1625)以降は旗本の府内宅地の制により、陣屋などはそのまま江戸住まいとなった。善宗寺(ぜんそうじ)は、内藤氏の初代正成(まさなり)により開かれた浄土宗の名刹で、歴代内藤家の菩提寺でもある。

内藤家の歴代の墓所は、初代正成から13代正當の妻までの22基の墓石(宝篋印塔)からなっている。

なお、初代正成は徳川家康の父広忠(ひろただ)の代から仕え、軍功著しく、徳川十六神将のひとりに数えられている。

          平成26年11月7日
               久喜市教育委員会 」

交通手段
高速・路線バス JRローカル
  • 善宗寺周辺(元荒川)<br /><br />桶川市から久喜市に入ると下栢間町となり善宗寺はその東側に在しています。<br /><br />

    善宗寺周辺(元荒川)

    桶川市から久喜市に入ると下栢間町となり善宗寺はその東側に在しています。

  • 善宗寺・山門

    善宗寺・山門

  • 善宗寺・山門(近景)<br /><br />山門は永きにわたって手入れが行き届かずやや寂しげな佇まいとなっています・。

    善宗寺・山門(近景)

    山門は永きにわたって手入れが行き届かずやや寂しげな佇まいとなっています・。

  • 善宗寺・山門(右側)<br /><br />山門右の柱には「浄土宗」と書かれた銘板が付されています。

    善宗寺・山門(右側)

    山門右の柱には「浄土宗」と書かれた銘板が付されています。

  • 善宗寺・山門(左側)<br /><br />同様に山門左には「善宗寺」と書かれた名板が付されています。

    善宗寺・山門(左側)

    同様に山門左には「善宗寺」と書かれた名板が付されています。

  • 善宗寺・参道

    善宗寺・参道

  • 宝篋印塔<br /><br />参道左側には大規模な宝篋印塔が建っています。

    宝篋印塔

    参道左側には大規模な宝篋印塔が建っています。

  • 宝篋印塔(全景)<br /><br />嘉永3年(1850)に奉納された宝篋印塔(高さ190cm、幅100cm)が建てられています。

    宝篋印塔(全景)

    嘉永3年(1850)に奉納された宝篋印塔(高さ190cm、幅100cm)が建てられています。

  • 宝篋印塔(中央部)<br /><br />菖蒲領を支配していた旗本内藤氏の天下泰平・武運長久を願って発願者や世話人らによって建てられたものです。

    宝篋印塔(中央部)

    菖蒲領を支配していた旗本内藤氏の天下泰平・武運長久を願って発願者や世話人らによって建てられたものです。

  • 宝篋印塔(下部)<br /><br />家紋と思われますが不鮮明でよくわかりません。出自が藤原秀郷であれば「下り藤」ですが・・・・・。

    宝篋印塔(下部)

    家紋と思われますが不鮮明でよくわかりません。出自が藤原秀郷であれば「下り藤」ですが・・・・・。

  • 宝篋印塔(側面)<br /><br />塔の左側上段には家老斎藤為右衛門以下発願者14名の名が刻されているそうです。<br />

    宝篋印塔(側面)

    塔の左側上段には家老斎藤為右衛門以下発願者14名の名が刻されているそうです。

  • 宝篋印塔(側面)<br /><br />下段には129名の世話人が記されているそうですがすり減って読めません。

    宝篋印塔(側面)

    下段には129名の世話人が記されているそうですがすり減って読めません。

  • 宝篋印塔

    宝篋印塔

  • 宝篋印塔・説明板<br /><br /><br /><br />下記内容となっています。<br /><br /><br />「 久喜市指定有形文化財(歴史資料)<br />善宗寺の嘉永三年銘宝篋印塔及び宝塔記碑<br />          指定年月日 平成19年3月29日<br />          所 在 地 久喜市菖蒲町下栢間2639<br /><br /><br />善宗寺は、江戸時代、菖蒲領五か村(栢間村、戸ヶ崎村、新堀村、三箇村、小林村)に五千石の知行地を有した旗本内藤氏の初代正成により開かれた浄土宗の寺院で、歴代内藤家の菩提寺でもある。<br /><br />嘉永三年(1850)銘の宝篋印塔は、内藤家の支配形態をよくあらわしており、家老(斎藤為右衛門藤原保定)、陣屋詰用人(辻健左衞門源元重・同人息辻好三郎源保あき)・割元・僧侶・用人妻・割元母の発願者14名、五か村の名主・年寄・組頭・問屋・百姓など129名の世話人によって、天下泰平・武運長久等を願い建てられたもので、その由緒が宝塔記に記されている。<br /><br />本宝篋印塔は、全国的に見ても大型の部類に属し、最上部の相輪部が一部欠けているものの、推定総高は約570センチメートルある。<br /><br />宝篋記碑は、辻健右衛門と息子好三郎が同年奉納したもので、高さ190センチメートル・幅100センチメートルある。<br /><br /> 平成26年11月7日       久喜市教育委員会  」<br />

    宝篋印塔・説明板



    下記内容となっています。


    「 久喜市指定有形文化財(歴史資料)
    善宗寺の嘉永三年銘宝篋印塔及び宝塔記碑
              指定年月日 平成19年3月29日
              所 在 地 久喜市菖蒲町下栢間2639


    善宗寺は、江戸時代、菖蒲領五か村(栢間村、戸ヶ崎村、新堀村、三箇村、小林村)に五千石の知行地を有した旗本内藤氏の初代正成により開かれた浄土宗の寺院で、歴代内藤家の菩提寺でもある。

    嘉永三年(1850)銘の宝篋印塔は、内藤家の支配形態をよくあらわしており、家老(斎藤為右衛門藤原保定)、陣屋詰用人(辻健左衞門源元重・同人息辻好三郎源保あき)・割元・僧侶・用人妻・割元母の発願者14名、五か村の名主・年寄・組頭・問屋・百姓など129名の世話人によって、天下泰平・武運長久等を願い建てられたもので、その由緒が宝塔記に記されている。

    本宝篋印塔は、全国的に見ても大型の部類に属し、最上部の相輪部が一部欠けているものの、推定総高は約570センチメートルある。

    宝篋記碑は、辻健右衛門と息子好三郎が同年奉納したもので、高さ190センチメートル・幅100センチメートルある。

     平成26年11月7日       久喜市教育委員会  」

  • 善宗寺・本堂

    善宗寺・本堂

  • 旗本内藤氏歴代当主墓所<br /><br />いちいち確認することはできませんが、説明板によれば当墓所には初代正成から13代正當までの歴代当主及び夫人の宝篋印塔(22基)が立ち並んでいるそうです。

    旗本内藤氏歴代当主墓所

    いちいち確認することはできませんが、説明板によれば当墓所には初代正成から13代正當までの歴代当主及び夫人の宝篋印塔(22基)が立ち並んでいるそうです。

  • 旗本内藤氏歴代当主墓所・説明板

    旗本内藤氏歴代当主墓所・説明板

  • 旗本内藤氏歴代当主墓石

    旗本内藤氏歴代当主墓石

  • 旗本内藤氏歴代当主・墓石

    旗本内藤氏歴代当主・墓石

  • 旗本内藤氏歴代当主・墓石

    旗本内藤氏歴代当主・墓石

  • 旗本内藤氏歴代当主墓所(奥から入口方向を見る)

    旗本内藤氏歴代当主墓所(奥から入口方向を見る)

  • 保存樹木<br /><br />内藤氏墓石群の脇には保存樹木として指定されたクスの木がそびえています。

    保存樹木

    内藤氏墓石群の脇には保存樹木として指定されたクスの木がそびえています。

  • 保存樹木プレ-ト

    保存樹木プレ-ト

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