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JR高崎線桶川駅東口から菖蒲車庫行朝日バスで加納下車徒歩約15分、加納城(かのうじょう、埼玉県桶川市加納)は今では住宅造成により内郭のほぼ全域が「城跡団地」と呼ばれる戸建住宅エリアとなっています。<br /><br />築城時期や築城者は定かではありませんが、伝承としては戦国時代において扇谷上杉氏に属する岩槻城主の太田氏に仕えた鴻巣七騎(こうのすしちき)のひとりである本木氏の居城であったと言われています。<br /><br />鴻巣七騎とは後世の呼び名で武蔵国足立郡鴻巣郷(現在の鴻巣市・北本市)周辺にいた土着領主たちの総称ですが七騎の人名や所在地には種々説があり、またその人数も必ずしも人数7名であったとは限られてはいないようです。<br /><br />天文15年(1546)河越夜戦で山内・扇谷上杉氏らに勝利し武蔵国全域の支配を盤石とした小田原北条氏の傘下に組み込まれた太田氏に対し本木氏ら鴻巣七騎は太田氏意向に従った道をたどるしかなく、天正18年(1590)豊臣秀吉の小田原北条氏討伐と没落そして岩槻城の落城に伴い加納城は廃城となったと思われます。<br /><br />廃された旧城主たちの転身は新たに関東入府した徳川家康に仕えたのかあるいは出仕を望まず帰農したのかは特定はできませんが、本木氏については帰農したようで現在でも同市内に同姓の15代続く農家があるようです。<br /><br /><br />加納城跡石柱位置の奥に設置された加納城跡説明板には下記の通り記載されています。<br /><br />「 桶川市指定文化財 加納城跡<br /><br />加納城は、赤堀川の低湿地を防御に利用した中世の平城です。発掘調査の結果から、戦国期を下限とする室町時代(13~16世紀頃)に存在した城であると考えられます。平面形は出丸を持つ方形の内郭と、それを取り囲む外郭で構成されています。内郭の面積は11、400m2で外郭を含めると43、000m2に及びます。<br /><br />この城の来歴や城主は不明ですが、岩槻太田氏の支配下にあった「鴻巣七騎」と呼ばれた土豪のひとりである本木氏であると推定されています。<br /><br />昭和30年代までは約43、000m2の縄張りに土塁や堀をよく残しており、中世当時の城郭の様子を留めていました。しかしながら、昭和40年代の住宅団地造成により、その遺構の大部分を失ってしまいました。現在は、内郭土塁と堀のごく一部を残すのみとなっています。<br /><br />現在の住宅団地(城跡団地)がある範囲が、城の内郭部分と外郭部の一部に該当しています。外堀のあった部分は、現在は道路となっており、当時の城郭形状をしのぶことができます。城郭南西部隅にあった外堀の「おりひずみ」も、現在の道路形状に見ることができます。」

武蔵桶川 扇谷上杉氏から小田原北条氏に主家が変るも岩槻城主太田氏に仕え「鴻巣七騎」と呼称された国衆の一人であった本木氏居館『加納城』訪問

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2017/11/04 - 2017/11/04

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滝山氏照

滝山氏照さん

JR高崎線桶川駅東口から菖蒲車庫行朝日バスで加納下車徒歩約15分、加納城(かのうじょう、埼玉県桶川市加納)は今では住宅造成により内郭のほぼ全域が「城跡団地」と呼ばれる戸建住宅エリアとなっています。

築城時期や築城者は定かではありませんが、伝承としては戦国時代において扇谷上杉氏に属する岩槻城主の太田氏に仕えた鴻巣七騎(こうのすしちき)のひとりである本木氏の居城であったと言われています。

鴻巣七騎とは後世の呼び名で武蔵国足立郡鴻巣郷(現在の鴻巣市・北本市)周辺にいた土着領主たちの総称ですが七騎の人名や所在地には種々説があり、またその人数も必ずしも人数7名であったとは限られてはいないようです。

天文15年(1546)河越夜戦で山内・扇谷上杉氏らに勝利し武蔵国全域の支配を盤石とした小田原北条氏の傘下に組み込まれた太田氏に対し本木氏ら鴻巣七騎は太田氏意向に従った道をたどるしかなく、天正18年(1590)豊臣秀吉の小田原北条氏討伐と没落そして岩槻城の落城に伴い加納城は廃城となったと思われます。

廃された旧城主たちの転身は新たに関東入府した徳川家康に仕えたのかあるいは出仕を望まず帰農したのかは特定はできませんが、本木氏については帰農したようで現在でも同市内に同姓の15代続く農家があるようです。


加納城跡石柱位置の奥に設置された加納城跡説明板には下記の通り記載されています。

「 桶川市指定文化財 加納城跡

加納城は、赤堀川の低湿地を防御に利用した中世の平城です。発掘調査の結果から、戦国期を下限とする室町時代(13~16世紀頃)に存在した城であると考えられます。平面形は出丸を持つ方形の内郭と、それを取り囲む外郭で構成されています。内郭の面積は11、400m2で外郭を含めると43、000m2に及びます。

この城の来歴や城主は不明ですが、岩槻太田氏の支配下にあった「鴻巣七騎」と呼ばれた土豪のひとりである本木氏であると推定されています。

昭和30年代までは約43、000m2の縄張りに土塁や堀をよく残しており、中世当時の城郭の様子を留めていました。しかしながら、昭和40年代の住宅団地造成により、その遺構の大部分を失ってしまいました。現在は、内郭土塁と堀のごく一部を残すのみとなっています。

現在の住宅団地(城跡団地)がある範囲が、城の内郭部分と外郭部の一部に該当しています。外堀のあった部分は、現在は道路となっており、当時の城郭形状をしのぶことができます。城郭南西部隅にあった外堀の「おりひずみ」も、現在の道路形状に見ることができます。」

交通手段
高速・路線バス JRローカル
  • 城跡団地公園<br /><br />城跡遺構を探し出せず昼食を取るため住宅地の中に配された公園のベンチに座ることにします。

    城跡団地公園

    城跡遺構を探し出せず昼食を取るため住宅地の中に配された公園のベンチに座ることにします。

  • 城跡団地公園<br /><br />すると公園の一角になにやら説明板らしきものが視野に入ります。

    城跡団地公園

    すると公園の一角になにやら説明板らしきものが視野に入ります。

  • 城跡団地公園<br /><br />公園の隅に加納城跡説明板が建てられています。

    城跡団地公園

    公園の隅に加納城跡説明板が建てられています。

  • 加納城跡説明版(昭和62年3月版)

    加納城跡説明版(昭和62年3月版)

  • 加納城縄張図(抜粋)

    加納城縄張図(抜粋)

  • 城跡団地風景

    城跡団地風景

  • 城跡団地案内板<br /><br />

    城跡団地案内板

  • 加納城跡石柱<br /><br />城跡団地案内板の背後は駐車場となっており、その奥は私有地で民家となっています。民家の右側に森影に通ずる小道が見え、石柱らしきものが建っています。

    加納城跡石柱

    城跡団地案内板の背後は駐車場となっており、その奥は私有地で民家となっています。民家の右側に森影に通ずる小道が見え、石柱らしきものが建っています。

  • 加納城跡石柱<br /><br />小規模な石柱ですが新規に設置されたようです。

    イチオシ

    加納城跡石柱

    小規模な石柱ですが新規に設置されたようです。

  • 加納城跡説明板<br /><br />石柱の更に奥には加納城跡説明板が設置されています。

    加納城跡説明板

    石柱の更に奥には加納城跡説明板が設置されています。

  • 加納城跡説明板<br /><br />先ほど確認した公園に設置の説明板より新しいもののようで縄張図のほか写真も付されています。

    加納城跡説明板

    先ほど確認した公園に設置の説明板より新しいもののようで縄張図のほか写真も付されています。

  • 加納城跡写真(説明板より抜粋)

    加納城跡写真(説明板より抜粋)

  • 加納城跡縄張図(説明板より抜粋)

    加納城跡縄張図(説明板より抜粋)

  • 加納城跡空堀<br /><br />加納城跡説明板設置の奥には遺構らしきものが認められます。

    加納城跡空堀

    加納城跡説明板設置の奥には遺構らしきものが認められます。

  • 加納城跡土塁<br /><br />崩れてはいますが土塁の姿が認められます。

    加納城跡土塁

    崩れてはいますが土塁の姿が認められます。

  • 加納城跡土塁<br /><br />東西に延びる土塁であることがわかります。

    加納城跡土塁

    東西に延びる土塁であることがわかります。

  • 加納城跡空堀跡

    加納城跡空堀跡

  • 加納城跡土塁

    加納城跡土塁

  • 空堀跡

    空堀跡

  • 祠堂<br /><br />遺構エリアの一角には小型の祠堂が見られます。

    祠堂

    遺構エリアの一角には小型の祠堂が見られます。

  • 祠堂内部<br /><br />内部を覗くと「笠間稲荷神社」と描かれています。<br /><br />

    祠堂内部

    内部を覗くと「笠間稲荷神社」と描かれています。

  • 遺構の南側<br /><br />民家の私有地に続くため撮影のみにとどめます。

    遺構の南側

    民家の私有地に続くため撮影のみにとどめます。

  • 加納城跡説明板<br /><br />遺構から振り返ると設置された説明板が確認されます。

    加納城跡説明板

    遺構から振り返ると設置された説明板が確認されます。

  • 遺構との境界<br /><br />住宅の背後と遺構との間は小規模空地となっています。

    遺構との境界

    住宅の背後と遺構との間は小規模空地となっています。

  • 遺構との境界<br /><br />東方向を望みます。やはり空地が広がっています。

    遺構との境界

    東方向を望みます。やはり空地が広がっています。

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