2007/11/28 - 2007/11/28
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motogenさん
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再び落ち着かない朝を迎えました。
外をのぞくとペアちゃんが、托鉢の坊さんにタンブンをしています。
お母さんを亡くしたこの子は、何を思っているんだろう・・・
今日は葬式本番の日です。
隣近所のおばさんたちが集ってきました。
-
この日も盛大な炊飯が始りました。
葬式は午後からのようで、この料理はその前の昼食だとのこと。
食べてばかりいるようです。 -
昼近くになり、できた料理は次々と来客のもとに運ばれて行きます。
近所のおばさん方も、黒っぽい服を着ています。 -
こんな光景が、もう3日間も続いています。
私は飽きてしまって帰りたいのですが、その機会を失って、帰れないままです。
えい! ここまできたら、帰るのは最後の本番を見てからにしよう。 -
ルンちゃんも身なりを整えて葬儀を待ちますが、やはり退屈そう。
親戚のお兄ちゃんに遊んでもらって気をまぎらわす。
葬式は遠い親戚までが集る、絶好の機会のようです。 -
棺の近くに佇んでいるのは、姉さんの恋人だった坊さんでした。
HIVに感染していますが、発症はしていないように見えます。
姉さんを死なせた張本人なのに、そんな目で見る人はいません。
おおらかで優しい人が暮らしている、タイの田舎です。 -
2時を過ぎてやっと葬式屋台が動き出し、お寺に向かいます。
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坊さんたちを先頭に、ぞろぞろと長い行列が続き、
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まるで、おお芝居見物にでも出かけるような、のどかな風景です。
聞けばタイの葬式は、死者を彼の世に送るのではなく、輪廻転生、命の再生を祈願するもののようで、 -
お祭りなのです。
葬式屋台は誰が引っ張っているのか見に行くと、トラックが牽引していました。 -
お寺は500mほど離れた場所にあって、
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周囲は林に囲まれていました。
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本堂は大規模な修復の真っ最中ですが、
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屋台が止められた場所は立派な建物の前でした。
ここが火葬場のようです。 -
人々はその火葬場の見える、屋根の下に移動しましたが、
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入りきれない人たちもいて、その周囲に座り込んでいます。
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お坊さんたちが壇上に一列に並んで、お経を唱え始めました。
木漏れ日できらめく境内に、坊さんのお経の音が、まるでコンサート会場の合唱のような響きで、流々と拡がっていきます。
野良犬が、坊さんの前で昼寝している姿もタイらしく、私は夢見心地。 -
ここでも参列者一同が、坊さんと一緒になってお経を唱えます。
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お経はなかなか終わりになりません。
おしまいかと思うと、少し休んで再開し、延々と続きます。 -
火葬場の前に止まっている葬式屋台はそのままです。
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私は飽きてしまい散歩することにしました。
すると林の奥に昔の火葬場を発見。
下に薪を積んで燃やす旧式のもので、私の子ども時代にもあったものです。 -
境内は思いのほか広く、鐘つきの塔があったり、
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鹿に似た動物が飼われていたりして、眠気が覚め、
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戻ってくると、喪主の家族が参列の有力者一人一人に、袈裟らしき布を渡しています。
20人を越えたでしょう。
渡された人は坊さんの前に進み出て、献上していきます。 -
儀式は終わりのようで、記念写真を撮り始めました。
親戚縁者、家族、来賓、近隣の人達、友人・・・
数えきれないほどの集合写真が撮られます。
家族の写真には、私も加わることになりました。 -
棺が火葬炉に入ります。
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棺が開けられて、最後のお見送りです。
-
厳かに棺は炉に中に入れられて、
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炉が閉じられました。
ペアちゃんの姿を探すと、おばあさんにしがみついて、目を真っ赤にしています。
肉親にとっては、やはり輪廻転生のお祝いではなく、悲しい悲しいお別れなのです。 -
ボッ!
と点火の音がしました。
参列者が最後のワイをしていきます。 -
参列者は4~500人にもなっていたでしょう。
-
参列者は親族の挨拶を受けて、そのまま境内から去っていきます。
-
あれ、みんな帰っちゃうの?
骨は拾わないの?
私には訳が分かりません。
家族もそのまま帰り支度をするのです。 -
「後を振り向いてはだめだよ。」
写真を撮っていると注意されました。
「骨は、どうするの?・・後からここに来るの?」
しかし、全てがこれで終わりのようです。
骨を入れる個人のお墓はなく、焼けた骨はお寺の方で処理するようです。
ゆえに、この後の法事などもありません。
檀家制度もありません。 -
境内のすみに台が放置されています。
「どうするの?」
と聞くと、「さあ・・」という返事。
「レンタルだったの? それが1万7千バーツもするの?」
はっきりした答えはありませんでした。 -
家に戻ると、後片付けが始まりました。
-
テントやテーブル、椅子が運ばれていきます。
-
遠くの親族たちは帰っていきます。
「親切にしてくれて、ありがとう」
私も挨拶します。
この後、やっとアルコール類が出てきて、残った人たちの宴会となったのでした。 -
この3日間、働き続けてくれた近所の方々への慰労なのでしょう。
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この旅行記へのコメント (1)
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- trat baldさん 2017/08/30 06:46:13
- 最後まで取材したmotogenさんに感服、むしろ出来た事が幸運かも。
- 相当に盛大なお葬式ですね、お姉さんは幸せな生まれ変わりを果たすでしょう。
彼女の人徳だけでなく上級警察官を夫に持つ妹さんの力に拠るところが有るかも知れません、お姉さんにHIVを感染させた男性は仏門へ入る事で総てを許されていると思います。
お葬式は一生一度の消費イベントで地域経済に寄与してると思います、1万7千バーツのお棺の台車はお寺がお清めをして次の死者のために保管するのじゃあないかしら、レンタルと云うよりもお寺への供養料でしょう。
このレベルだと推定10万バーツ以上でしょうから、後から兄弟で不足分を負担するかもしれません。
Ps.僕のG.Fの父親が死んだ時は11人兄弟の末っ子だった彼女は1万8千バーツ負担しました、相続人たる長女が貧乏なので僕が費用の一部を貸し付けましたが未だに返却はありません、その代わりに彼女は長女(父親)の家に同居する権利を得てます(^o^)
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