2017/06/17 - 2017/06/17
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旅人のくまさんさん
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日本百名城の長篠城の紹介です。永正5年(1508年)、今川氏親に誼を通じた菅沼元成が築城し、元成と、その子孫の長篠菅沼氏が居城としました。その後、徳川家康に服属しましたが、元亀2年(1571年)、武田信玄による三河侵攻の一端として攻められ、攻防が続きました。
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
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イチオシ
JR長篠城駅の建物光景です。無人駅ですから、降りる時には切符を車掌さんに渡し、帰りの切符は、乗車した後に車掌さんから購入しました。お城を連想させるようなデザインの駅です。
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長篠駅前にあった、大きな観光案内看板の光景です。『長篠城付近略図』のタイトルがあり、見所が図示され、写真などでも紹介されていました。
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JR東海飯田線長篠城駅からは徒歩で長篠上司に向かいました。『西方向に徒歩7分』とネットに紹介してありましたから、約500メートルです。
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長篠城に向かう途中の季節の花の紹介です。花姿から判断して、『ガクアジサイ(額紫陽花)』の1種で、『スミダノハナビ(墨田の花火)』のようです。白い花を咲かせていました。
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少し背丈が高かったようですから、ノース・ポールではなく、マーガレットの花のようです。キク科の半耐寒性多年草で、あまり使われない和名は、『モクシュンギク(木春菊)』です。
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『ヒルザキツキミソウ(昼咲月見草)』の薄いピンク色の花です。アカバナ科マツヨイグサ属の多年生植物です。
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黄色とオレンジのツートンカラーのエキゾチックな花の光景です。トリトマ・スカシユリです。トーチ・リリーの別名を持ちます。
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オレンジ色のユリの花の光景です。見頃でした。ユリの品種改良が盛んに行われるようになったのは、19世紀末以降とされます。
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薄めのピンク色の可愛らしいバラの花の光景です。薔薇の季節は過ぎていましたが、名残を惜しむには十分な花でした。
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ピンク色のグラディションを持った薔薇の花のズームアップ光景です。北半球の温帯域に広く自生していますが、不思議に南半球にはバラは自生していません。チベット周辺、中国の雲南省からミャンマーにかけてが主産地で、ここから中近東、ヨーロッパ、また極東から北アメリカへと伝播したようです。
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前方に見えてきたのは、国指定の史跡・長篠城址の光景です。その手前に、お寿司屋さんの幟がありました。ちょうどお昼時になりました。腹が減っては見学もできません。
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二階建ての造りのお寿司屋さんの建物光景です。長篠城址に隣接する場所にありましたが、元は二の丸か三の丸辺りになるようです。
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長篠城に到着した時、丁度お昼の時間になりましたので、見学の前に腹拵えです。熱中症対策の水分補給にはむしろマイナスですが、まずは軽く生ビールです。水分補給には、ペットボトルを持参して来ました。
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暖簾を潜ったのは、お寿司屋さんですが、長篠城近くには、ほかのお店もありました。こちらのお店には、鶏焼きや餃子の文字が入った暖簾がありました。
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イチオシ
新城市立長篠城址史蹟保存館の建物光景です。この建物の2階の受付に、百名城スタンプが置いてありましたので、最初にそちらに向かいました。
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『歴史を歩いて観ませんか!』の呼びかけが記された、『長篠の戦い・史跡めぐりコース』のタイトルの案内看板の光景です。中央付近に長篠城が位置していました。
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新城市立長篠城址史蹟保存館の側面に展示してあった、『国指定史跡・長篠城址』の説明パネルの光景です。長篠の戦の概要と、両軍の主要な武将の紹介などでした。
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『長篠戦図』のタイトルがあった解説看板です。長篠城を右端近くに、設楽原の決戦を含めた、戦陣図です。かつての日本陸軍参謀本部が編集した資料が元です。
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左下に見えているのが、写真撮影に対しての注意事項です。その要約です。
①周りの見学者に迷惑を掛けない。
②フラッシュを焚かない。
③営利等を目的としない私的使用に限る。
④指定された3点は、個人のHPなどでも公表しない。(第3展示ケースの磔図等)
⑤営業等に利用する場合は、事前申請を行う。 -
(長篠)菅沼氏の家紋、『丸にくぎぬき(釘抜き)』紋です。菅沼氏の出自は諸説ありますが、美濃守護職を務めた土岐氏の一族を称しているようです。菅沼氏の一族は東三河を中心に広く分布し、島田菅沼氏のほか、有力支族として野田菅沼氏、田峯菅沼氏、長篠菅沼氏などがありました。
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奥平氏の家紋、『ぐんばいうちわ(軍配団扇)』紋です。奥平氏の出自には各説があります。今川氏や織田氏、松平氏、武田氏を経て、徳川氏(松平より改姓)に臣従しました。
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織田氏の家紋、『もっこう(木瓜)』紋です。織田氏は、斯波氏の家臣の家柄が出自とされます。家紋は揚羽蝶、織田木瓜などです。織田信長を生んだことで、あまりにも有名な家紋です。明治維新後、大名の織田家四家が子爵に列し、現在でも直系子孫が続いています。
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徳川氏の家紋、『みつばあおい(三葉葵)』紋です。徳川氏は、松平氏当主の徳川家康が創始した苗字です。松平氏の伝承によれば、ルーツは三河国(愛知県)の庄屋だった松平太郎左衛門信重に婿養子に入った、時宗の遊行僧と伝えられる徳阿弥とされます。
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イチオシ
新城市立長篠城址史蹟保存館の内部光景です。写真撮影は諦めていましたが、フラッシュを焚かないなど、いくつかの注意点を守れば、写真撮影OKの表示がありましたので、注意しながらの撮影です。『武田信玄の雄図』のタイトルがあった1番展示コーナーの光景です。この1番コーナーには、公開禁止の展示物は例示されていませんでした。
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新城市立長篠城址史蹟保存館の内部光景訴訟買いが続きます。『長篠のろう城』のタイトルがあった、2番コーナーの展示状況です。ここには、血染めの陣太鼓が展示されていました。
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座布団の様な品が、『肌付き(はだつき)』、その左上の二つ折りの様な品が、『障泥(あおり)』です。『障泥』は、東アジアで考案された鞍の付属品とされ、馬の脇腹の下、鞍の左右にさげて、乗り手の脚に泥がかかるのを防ぐためのものです。
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発掘された『轡(くつわ)』の展示です。蓬莱山から世々川に流れ込む支流の『分垂川(ぶんだれがわ)』の轡が渕で発見された品です。
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同じく、『轡(くつわ)』の展示品です。同じ場所で発見された品のようでした。下に見える赤い布地は、展示用の緋毛氈の様な共通の敷物です。
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二個の『馬柄杓(まびしゃく)』の展示です。武田軍は、騎馬軍団で有名ですから、馬具に関する展示品は、武田軍の遺物が多いかも知れません。『馬柄杓』は、馬に水を与える柄杓を指します。
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左上から時計回りに、『前輪』、『後輪』、『鐙(2個)』、『馬のくつ(2種)』と蹄鉄です。いずれも馬具です。
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