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日本百名城の岡崎城の紹介です。

2017初夏、日本百名城の岡崎城(6/6):二の丸、大手門、東隅櫓、浄瑠璃姫碑、乙川

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2017/06/21 - 2017/06/21

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旅行記グループ 2017年、三河の百名城巡り

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

日本百名城の岡崎城の紹介です。

交通手段
私鉄 徒歩
  • 『岡崎市指定文化財・史蹟・岡崎城跡』のタイトルがあった立看板の光景です。享徳元年(1452年)、または康正元年(1455年)、明大寺に居館を構えていた西郷弾正左衛門頼嗣(青海入道)が菅生川の北岸に砦となる城を築いたのが岡崎城の始まりと紹介されていました。その後、安祥城主から岡崎城主となった松平清康は享禄4年(1531年))にこの地を本拠とし、本格的な岡崎城を構えたとされます。

    『岡崎市指定文化財・史蹟・岡崎城跡』のタイトルがあった立看板の光景です。享徳元年(1452年)、または康正元年(1455年)、明大寺に居館を構えていた西郷弾正左衛門頼嗣(青海入道)が菅生川の北岸に砦となる城を築いたのが岡崎城の始まりと紹介されていました。その後、安祥城主から岡崎城主となった松平清康は享禄4年(1531年))にこの地を本拠とし、本格的な岡崎城を構えたとされます。

  • 大手門の光景です。

    大手門の光景です。

  • 東隅櫓と土塀の光景です。東隅櫓は、平成22年(2010年)に再建されました。この東隅櫓は、城の中核となる二の丸に繋がる切り通しを守る最後の砦です。岡崎城が解体された明治初頭まで存在していた櫓とされます。

    イチオシ

    東隅櫓と土塀の光景です。東隅櫓は、平成22年(2010年)に再建されました。この東隅櫓は、城の中核となる二の丸に繋がる切り通しを守る最後の砦です。岡崎城が解体された明治初頭まで存在していた櫓とされます。

  • 東隅櫓の光景です。

    イチオシ

    東隅櫓の光景です。

  • 再建された、長い土塀越しに眺めた天守閣の光景です。

    再建された、長い土塀越しに眺めた天守閣の光景です。

  • 西の空が茜に染まって来た、殿橋の上から眺めた光景です。依然として、乙川は、満水状態でした。

    イチオシ

    西の空が茜に染まって来た、殿橋の上から眺めた光景です。依然として、乙川は、満水状態でした。

  • 午後に出かけましたが、明るい内に戻ってきた、名古屋市地下鉄の出入口付近の光景です。椋鳥の大群が押し寄せていました。

    午後に出かけましたが、明るい内に戻ってきた、名古屋市地下鉄の出入口付近の光景です。椋鳥の大群が押し寄せていました。

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