2016/12/08 - 2016/12/14
57位(同エリア120件中)
ミズ旅撮る人さん
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1週間で、4か国・10か所のクリスマスマーケットを訪れるという無謀なツアーに参加しました。
訪問国は、クロアチア・スロヴェニア・オーストリア・イタリアです。
第16回目は、イタリアのベルガモです。とうとう2016年クリスマスマーケットの旅の終着点です。
今回の北イタリアの訪問都市は、ヴェローナ以外は、名前を聞いたこともないような、小さな都市ばかりです。
ここベルガモも、クリスマスマーケットがなければ、訪れることもなかったかもしれません。しかし、有名観光地にしか絶景がないわけではありません。
ベルガモは、15世紀にヴェネツィア共和国の一部となって都市が整備され、特徴的な景観を完成させました。
現在のベルガモは大きく2つの部分に分かれていて、1つがチッタ・アルタ、もう一つがチッタ・バッサと呼ばれます。
この両者がどう異なるのかは見れば一目瞭然。では、行ってみましょう。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 徒歩
- 航空会社
- ターキッシュ エアラインズ
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
-
ヴェローナを朝出発して、次のベルガモに向かいます。ヴェローナを出るとイタリア最大の湖ガルダ湖の南端を西に走ります。
デゼンツァノ デル・ガルダ (Desenzano del Garda)の町が見えて来ました。 -
ロンバルディア州カッツァーゴ・サン・マルティーノ(Cazzago San Martino)の町。カトリック教会(Parrocchia Nativita' Di Maria Vergine)が見えます。
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バスはベルガモの町に入り、国鉄ベルガモ(Bergamo)駅の前のグリェルモ・マルコーニ広場(Piazzale Guglielmo Marconi)で私たちを下ろしました。
毎度のことですが、添乗員はここがどこなのか、クリスマスマーケットがどこにあるのかわからないのです。
早速、そばにいた地元の人に、マーケットの場所を聞いていました。 -
天気は最高、寒くもないし絶好の散策日和です。
ベルガモは、ロンバルディア州で第3番目に大きな都市です。
プレアルプス (Prealpi)と呼ばれる山脈の麓に位置します。 -
クリスマスマーケットはアルピーニ広場(Piazzale degli Alpini)で開かれていました。
しかし、露店があるのはジョバンニ23世通り(Viale Papa Giovanni XXIII)に面した一面に並んでいるだけ。それも、ありきたりで特徴のない店ばかりで見て回る気になれません。
ここで、昼食含めて1時間45分の自由行動です。日程表には約2時間と書かれていても、それは駐車場から駐車場までを意味するので、実質はいつも短くなります。
今回はバスが迎えに来る場所まで近いので、この程度の短縮で済みました。 -
ドライフルーツの詰め合わせが、とても綺麗にラッピングされていました。
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アルピーニ広場の周りには、病院や学校などの公共施設が集まっています。
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ジョバンニ23世通りを北に歩いて行く事にします。
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この通りは、駅から真っすぐチッタ・アルタに向かって伸びるメイン通りです。
まだ、ポプラの葉が落ちきらない晩秋を思わせる風情の大通りは、少しずつ坂を登って行くようになっています。 -
Largo Porta Nuovaの交差点です。目の前に神殿のような建物が建っています。
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銀行(Credito Bergamasco)の建物もちょっと「神殿風」
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その前に立つ、このトルソーは、素晴らしい!まるで朽ちかけた木彫でありながら、たった1本突き出した足で「神像」になっている。あっぱれ!
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この辺りは、どの建物も威厳と風格があって、「さすがイタリア」という陳腐なセリフを吐きまくってしまいます。
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ジャコモ・マッテオッティ広場(Piazza Giacomo Matteotti)を過ぎて、ローマ通り(Viale Roma)に差し掛かると対岸にメリーゴーランドがありました。
しかし、その奥に、チッタ・アルタが見えて来て、もう目はそちらに釘付けです。 -
チッタ・アルタは上の町という意味で、文字通りチッタ・バッサ(下の町)の上にあるのです。
空中楼閣にように見える街並み。あれがこの町の観光の中心、旧市街です。
クリスマスマーケットは大抵、旧市街の広場で行われるので、ベルガモも当然、チッタ・アルタに行くものと思っていました。
ところが、バスが停まったのはベルガモ駅の前。
こんな遠く離れた地点にポツンと降り立つことになるとは、思っても見ず、かすんで見える憧れのチッタ・アルタに気持ちだけ飛んで行きました。 -
平日の昼間なので、メリーゴーランドに乗る子供はいません。こうした遊園地の施設は、ヨーロッパでは大抵が移動式です。
特にクリスマスマーケットに併設されるメリーゴーランドや観覧車は、その時期だけ設置されるものです。
こんな大掛かりなものを毎年わざわざ街中に設置するのがすごいですね。 -
こんな銀行に口座があったら、どんどん貢いでしまう?お金が貯まるかも。
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ローマ通りを、チッタ・アルタに少しでも近づきたくて歩いて行くと、いない筈の子供たちが列を成して歩いて来ます。
こういう時は、道を外れてみるのが街歩きの常識。 -
おや、ビルの谷間にスケートリンクが出来ていました。彼らは、ここから来たんですね。この存在はわからなかったなあ。
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公園(Piazza della Repubblica)まで、上って来ました。
目の前にチッタ・アルタが広がります。こんなにそばに見えるのに、あそこまで行かれないなんて。 -
ああ、丸屋根の上が金色に光るドゥオーモ(Duomo)が呼んでいる。
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まだ、集合時間までは十分に時間があるので、行かれるところまで行ってみよう。
ローマ通りからヴィットリオ・エマヌエーレ2世通り(Viale Vittorio Emanuele II)と名を変えた坂道をずんずん登って行きます。
レパブリカ公園から先は、かなり急な坂になりました。
途中で、バスが降りて来るのに出会いました。あれ?あの1Aのバスは、チッタ・アルタに向かうフニコラーレの駅に行くバスだ。
ああ、あれに乗ればアルタには簡単に行かれるのに。 -
道が大きく右にカーブして、見えて来たのがこれです。大きな看板も標識もないので、わかりにくいのですが、散々、出発前に予め見ておいたフニコラーレの駅です。
見た時には信じられませんでした。まさか、自分が目的のチッタ・アルタに向かって一直線に歩いて来ていたなんて。
チッタ・バッサからチッタ・アルタに歩いて行く事は考えていなかったので、途中の地図がなかったのです。
あまりの幸運に手が震えました。これで、チッタ・アルタに行ける! -
さて、では切符を買って・・と建物に向かうと、目の前を妙なものが横切りました。え?添乗員さん?
なんとツアーの、自分では行動できない人を束ねて、添乗員がチッタ・アルタに連れて来ていたのでした。
まったくの偶然から、同じ場所に行き着き、同じフニコラーレに乗ることになりました。
幸運と不運は常に背中合わせなのかもしれません。 -
これが、フニコラーレの駅にあったチッタ・アルタの地図です。
ベルガモは1428年にはヴェネツィア共和国の支配下に入り、以後1797年までその一部でした。
その後、1861年にイタリア王国が成立して、そこに組み込まれました。オーストリアの支配下にあった、これまで訪れた都市とは辿って来た歴史が違うのです。もうドイツの影響はありません。
15世紀、ヴェネツィア共和国の傭兵隊長(コンドッティエーレ)のバルトロメーオ・コッレオーニがこの街の領主となり、チッタ・アルタを要塞化しました。
その形は今でもそのまま残っています。 -
フニコラーレのアルタ駅から出ると、小さな広場になっていて、道が何本も出ています。
目的地に行くには左の道が一番ダイレクトに行かれるのですが、どうやら添乗員は、初めて来たらしく、道がわかりません。
ここで密かに離脱すればよかったのですが、仏心が顔を出しました。
「右からでも行かれますが、左の方が近いですよ。」 -
チッタ・アルタの中は、意外に急な坂道でした。
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この分岐点で、左の道を上がって行くと、マッジョーレ教会の入り口に行き、コッレオーニ礼拝堂へは、右の下側の道を行きます。
このアドバイスで私は、この後の自分の運命を決めてしまったのでした。 -
コッレオーニ礼拝堂(Cappella Colleoni)。
チッタ・アルタの要塞化を推進した傭兵隊長バルトロメオ・コッレオーニの命で、1476年にジョバンニ・アントニオ・アマデオによって建てられました。洗礼堂 (ベルガモ) 寺院・教会
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内部には最愛の娘メデアとコッレオーニ自身の墓が収められています。
白・赤・黒の多色大理石で彩られた、非常に芸術性の高い建築物です。
この礼拝堂は一番いい場所に建てるために、隣のマッジョーレ教会の一部を削って建てられています。 -
さて、礼拝堂を前にして、添乗員は言いました。「では、私はここで。後は大丈夫ですね。」
そして、一人歩き出来ないツアーの面々は、にっこり笑って「新しい添乗員が出来たから大丈夫です!」と、のたまったのでした。
それ、私の承諾を得ていないよね?私、なんで、自由行動の最中にあなたたちの面倒を見なくちゃならないわけ?
こういう時の、彼女らの強さは、他人は自分のために動くのが当たり前と信じていることです。
かくして、反論の余地もなく「新しい添乗員」への移譲は、瞬時に行われました。
ここまで連れて来たくせに、途中で投げ出す添乗員って、許されるわけ?と、声を大にして言いたいです。 -
洗礼堂(Battistero)。
コッレオーニの礼拝堂は、あくまでも個人のものなので、規模は小さく、中の撮影は出来ません。 -
Museo Storico dell'Eta Venetaの建物には、鐘楼が建っています。
そちらに行くのは後にして、今は、マッジョーレ教会の中に入ってみましょう。
4トラベルの地図では、この建物に「コッレオーニ礼拝堂」の印が付いているのでご注意ください。 -
コッレオーニの礼拝堂の入り口に並んだ、こちらの入り口からは入れません。建物の裏に回ります。
サンタ マリア マッジョーレ教会 寺院・教会
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サンタ・マリア・マッジョーレ教会(Basilica di Santa Maria Maggiore)。
12世紀に建て始められ、ロマネスク様式やバロック様式の装飾が施された美しい教会です。
16世紀の画家ロレンツォ・ロット(Lorenzo Lotto)の設計による寄木細工の聖歌隊席、17世紀の地元彫刻家アンドレア・ファントーニ(Andrea Fantoni)によるバロック様式の告解席などが有名です。
正面玄関(ファサード)がないのが特徴です。 -
サンタ・マリア・マッジョーレ教会には、東西南北に4つの入り口が付いています。
先ほど見たコッレオーニの礼拝堂の隣にある北口には、赤大理石の獅子像がありました。
反対側の南口は白大理石の獅子像があります。外観は質素ですが、内部が豪華なことで有名なのですが、なんと昼休みに当たってしまい、中には入れず仕舞いでした。
19世紀のオペラ作曲家ガエターノ・ドニゼッティとその恩師シモーネ・マイールの墓がこのバジリカには収められています。 -
ただ、すごすごと元の広場に戻るのはつまらないので、左回りに回ってみます。
ちゃんと参詣用の通路があって、このお堂も整備されていました。 -
マッジョーレ教会は、長い年月の間に、増築されてきたので、こうした無理矢理取り付けたような建物もあります。
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通路の先に一部屋だけ、中に入る事の出来る所がありました。古い壁画が残っています。
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壁画は本当に一部分しか残っていません。
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ここは、かなり残っています。
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あちらは、また違った雰囲気。
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壁紙代わりの壁画?
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ローマ法王が訪問された記念?
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洗礼堂(Battistero)越しに鐘楼が見えます。これで、一回りして、コッレオーニ礼拝堂の前に戻りました。
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礼拝所(Battistero)の屋根の先端に立っている天使像は、下から見上げる人のために、少し前のめりになっていました。
洗礼堂には入れませんでしたが、ドームの先端の丸いステンドグラスが、中からはどう見えたのか興味があります。 -
1183年に建てられた旧市庁舎( Palazzo della Ragione )、ラッジョーネ館と呼ばれます。
サンタ・マリア・マッジョーレ教会の真ん前にあり、下部のアーチを抜けて、ヴェッキア広場に至ります。ラジョーネ宮 城・宮殿
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「サン・マルコのライオン」と呼ばれるライオンが壁に描かれ、ベネツィア共和国の一部だったことを表しています。
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ヴェッキア広場(Piazza Vecchia)です。写真だけでは絶対に伝えられないのが、この広場に流れるオペラ音楽です。
広場の空間を埋め尽くすオペラの朗々とした歌声。生で感じた「イタリア」でした。ヴェッキア広場 広場・公園
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ラッジョーネ館の一部は博物館になっていました。
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こちらは、チッタ・バッサの公園で、アルタを見上げていた時に見えた、大聖堂(Duomo di Bergamo)の先端です。
15世紀から建設が始まり、このドームは18世紀に完成しました。 -
ヴェッキア広場の一角には鐘楼(Torre civica /Campanone)があります。
12世紀ごろ作られ、高さは52m、上に登ることが出来ます。 -
17世紀、外敵から町を守るためチッタ・アルタへ通じる4つの門は夜10時に閉められました。
閉門する時間であることを市民に知らせるため、この鐘が100回鳴らされました。
現在は、ベルガモの守護聖人聖アレッサンドロの祝日や、市議会の開催日などに100回の鐘を聞くことができます。
中世で閉門が夜の10時だなんて、意外と遅くまで開いていたんですね。
今回のツアーで最初に訪れたクロアチアのザグレブでも、城壁の外で農作業をする人が毎日通った門を見ました。
中世の生活が垣間見えるエピソードですね。 -
ヴェッキア広場の中央には、「コンタリーニの噴水」があります。
1780年に、ヴェネツィア共和国元首コンタリーニが寄贈したものだとか。なぜ、スフィンクスと蛇なんでしょう? -
アンジェロ・マイ市立図書館 (Biblioteca Angelo Mai)は、
ラッジョーネ館の向かい側にある白大理石の建物で、「新館(Palazzo Nuovo)」とも呼ばれます。
16世紀の建築家ヴィンチェンツォ・スカラモッツィ(Vincenzo Scaramozzi)によって施工されたものの、完成したのは20世紀初頭だったので「新館」なのだそうです。
1768年フリエッティ枢機卿が寄贈した蔵書から始まって、現在100万冊を超え、イタリアでも有数の蔵書数を誇るな図書館となっています。 -
アンジェロ・マイ市立図書館の右端に設置されている彫刻です。
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そろそろチッタ・アルタから降りなければなりません。やはりちゃんと観光するには時間が無さ過ぎます。
最後に、鐘楼の時計が30分毎に鳴るそうなので、あと2分待つことにしました。
そして、鳴ったのは「カ~ン」だけ。中世では毎晩100回も鳴らしていたくせに、たった1回だけ?
1時に待っていた私が悪いんです。せめて正午だったら、最低でも12回は聞けたのに。
それにしても、もう少し音楽的なものが聞けるのかと思っていました。 -
鐘も鳴ったし、さあ帰ろう。今度はメインストリートのゴンビト通り(Via Gombito)を東へ歩いて行きます。
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チッタ・アルタは、イタリアの中で第二次世界大戦の被害を受けなかった貴重な都市で、まるまる中世の街並みが残っています。
一日かけて寺院や博物館などの見学をしつつ、散策を出来れば、とても楽しいと思います。
アルタの西側には、更に上るフニコラーレがあり、サン・ビジーリオ城へと行くことが出来ます。
ツアーでは、なかなか行かないお勧めの都市を見つけました。 -
突き当りにゴンビト塔(Torre del Gombito)が見えます。
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ゴンビト通り(Via Gombito)は、ショッピングが楽しい通りです。
フニコラーレの駅に向かって下り坂なので、気軽に歩いて行かれます。 -
ゴンビト塔(Torre del Gombito)の周りを、道は迂回して行きます。
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「お菓子の家」とマーブルチョコのタワー。楽しいディスプレーに足が止まります。
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おや!目線でカメラマンを呼んだね。なかなか大した女の子だ。
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おお、これらを素通りするのは、辛い・・・。この道は誘惑が多すぎる。
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途中には、インフォメーションセンターの表示とトイレの看板がありました。
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振り返ると、結構下って来ました。
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脇道は、更に急に下って行きます。
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途中には、小さな教会(Chiesa di San Pancrazio)があったり、
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レストラン&ホテル(Agnello D'Oro)があったり。
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うわ~、お菓子がいっぱい。
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「お菓子の家」は、なかなか高価です。21.9ユーロ・・・クリスマスケーキと思えば、そんなもの?
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フニコラーレの駅に到着しました。
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駅の中は、ちょっと洒落た感じです。
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フニコラーレは、2連結です。
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このように、打刻機を使って時刻を印字します。
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チッタ・アルタからチッタ・バッサを見下ろす最後の眺め。
例えわずかな時間でも、ここに来られて本当によかったです。フニコラーレの駅を見つけた時の信じられない思い。
後で地図を見てみれば、ただ一直線に歩いて来て、当然の結果で着いたのですが、予想もしていなかったので、本当に嬉しかったです。
アルタが呼んでくれたんだなと感謝しています。だって、どこで引き返していてもおかしくなかったんですから。 -
かなりの急こう配
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さて、このチケットですが、ツアーの人たちが添乗員の指示でこれを買ったと言うので、そのままお金を払ってもらって来たのですが、なぜか2.5ユーロだったんです。
フニコラーレの片道は1ユーロですから、往復でも2ユーロの筈。2.5ユーロなら、ひょっとして1日券なのでは?1日券はバス・フニコラーレ共通で2.5ユーロなのです。
ツアーの中で英語の出来る人が、フニコラーレの運転手に確認すると、これでバスも乗れるとのこと。
これに気が付いたおかげで、帰りはバスに乗ってクリスマスマーケットの会場まで戻ることが出来ました。やはり下調べはしておくもんです。 -
これが、お世話になった1Aのバス。フニコラーレを使わなくとも、チッタ・アルタに上がるバスはあるようです。
でも、やっぱり観光客はフニコラーレに乗らなきゃね。 -
チッタ・バッサは、新市街と言っても、それなりに歴史を刻んだ町です。街並みも見応えがあります。
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振り返るとチッタ・アルタ。おもしろい街でした。
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バス停から、クリスマスマーケットの会場へと歩く途中、お昼を食べていなかったことに気づきました。
まだ多少時間があるので、ちょっとその辺のカフェに立ち寄りましょう。 -
小ぎれいなカフェを見つけました。
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意外なほど、小ぎれいでこざっぱりした店内
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黄緑色が効いてるね。
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待っている間に、トイレも借りてバッチリでした。
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さあ、クリスマスマーケットの会場は目の前です。
結局、ここのマーケットは何にも見なかったなあ。「ベルガモのクリスマス」には、ならなかったですね。すみません。 -
ベルガモ駅前広場でバスを待ちます。国鉄やバスの他に、トラムもあるようです。
わずか2時間弱の滞在でなければもっと、いろいろ調べたのですが。
町の真ん中を一直線に行って帰って来ただけの訪問でしたが、ベルガモはじっくり楽しめる街だと思います。
これで、このツアーの観光も終わりです。ミラノ・マルペンサ国際空港から帰国します。
今回のツアーは、滅多に訪れることのない都市がたくさんあって、その意味ではたいへん楽しめました。
しかし、この旅行会社の悪い癖である「たくさんの都市を訪れれば中身がなくてもいい」という方針が如実に出ていました。
ザルツブルクのクリスマスマーケットに朝っぱらから訪れるなんてナンセンスだし、一日に4都市も詰め込むなんて無謀も甚だしい。出発前から添乗員自ら言っていたように、このツアーの次の設定はあり得ないでしょう。
すべて自由行動にしてガイドを雇わずに安価なツアーを組み、現地でのガイドを添乗員に背負わせる。
どうも、久しぶりにこの会社を利用したけれど、質の向上は見込めないのかなあ。
ため息とともに、2016年のクリスマスマーケットシリーズは終了します。ありがとうございました。
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